写真機/美しいものって、
PVに全身全霊の感謝。
「写真機」後半はケアル視点となっております。よろしゅう。
カシャッ。
ボタンを押すと鳴る独特な、心地よい音。父親の形見として唯一僕に手渡されたのはこれ一つだけだった。だけど、父親の冒険家気質を受け継いだ僕には、この魔導器一つで家を出るには十分な理由になった。
大空を悠々と泳ぐ鯨。
鉱石が万色に照らす地下道。
無限に広がる黄金の大地。
母親は極地探検隊に向かう父をいつも止めていたけれど、僕はこの景色を見ながら逝けた父はなんて幸運だったのだろう、と不謹慎にも思ってしまった。
一一3年前、水と風の街アルフェリア
「はあ……あれもこれもどれも不合格……なんで……」
父親が遺した手記や記録から得た極地の知識、普段からの走り込みや筋力トレーニング、実際に街を出て経験したサバイバルの経験、何をとっても不足ないほど実力はあったはずだった。なのに届く手紙はことごとく不合格。むしゃくしゃした僕は家を飛び出していた。
どのくらい歩いたのだろうか。辺りがもう暗くなり始めたのに気づくまで、飲まず食わずでさまよい続けていた自分に驚きながら、朝の出来事がいつまでも心の翳りになっているのを感じ続けていた。
歩き疲れてしばらく何も考えずにぼーっと立ち尽くしていると、足にぴり、と鈍い痛みを感じる。よく見てみると、足元の植物が足首に絡みついて出血していた。
「……あっ!」
その植物はカミトリクサ一一の固有種だった。本来小さな虫を捕食しているカミトリクサだが、大きさだけでなく、栄養の吸収方法でさえも多様に変化する固有種であるそれに、今現在僕は噛みつかれているような状態だった。
都会の整備された地域であれば、固有生物の生息する地域は管理され、立ち入りに制限があるものなのだが、こんな辺境の地でそんなことをする人手があるはずもなく、僕は何も考えずに足を踏み入れて、かつ固有植物に襲われていたのだった。
成長した草木が生い茂り、もはや樹海同然の固有エリアに目印もつけずに立ち入った僕は森を出るあてもなく、ただ凶暴化した固有生物に襲われないように息を潜めていることしか出来なかった。
そんな時だった。彼女が僕の前に現れたのは。
がさり、と草むらに何かがいる音が聞こえる。鼻のいい固有種にいつか見つかるだろうと踏んでいた僕は、腰につけていた採取用の小型ナイフを両手に握りしめて音の方向を見つめていた。
目の前に飛び出てきたのは子供の翼竜だった。獰猛な翼竜種は、大型小型問わず人間を襲う危険な固有種としてよく知られている。反射的に僕の腕ががくがくと震え始めたのは仕方もなかった。
だが、間髪入れずに奥から出てきたのは、僕よりも小さな少女だった。汚れのない白髪をなびかせながら走りよる彼女の赤とも取れる朱色の瞳には心配の色が浮かんでいた。
「大丈夫?」
あ、ハイ、と声が出かけるが、彼女の心配の眼差しは僕ではなく、翼竜の方に向いていることに気づき、喉の先で息が止まる。目の前の翼竜は翼を傷つけていたのだった。
「痛かったね。何かあったの?」
少女は臆することなく、翼竜に手を差し伸べる。低い唸り声をあげて威嚇していた翼竜が次第に落ち着いていき、少女に体を預けて翼の手当てを受けるようになった。
気がつくと、僕はひとりでに父親の写真機を構えていた。
カシャッ。
変な音だな、と最初は思った。でも、それから映し出された写真にはそんなことはどうでも良くさせてしまうほどの美しさを持っていた。
少女と竜。これが、僕が撮った最初の写真になった。
「あら、どうしたんですか?⠀こんなところで」
写真機の音で僕の存在にようやく気がついた彼女は、今度は不思議そうな眼差しでこちらを覗き込んできた。僕は写真機のレンズ越しに彼女を見つめていた。
「あ、いや凄く、綺麗だな、と思いまして……構図が……」
「そうなんですか?⠀迷子なのでしたら、森の外まで送りますよ!」
写真機を知らない彼女にとっては、何を言っているのかよく分からないという様子ではあったが、彼女は親切心から僕に同行してくれる、と言ってくれた。
その日から僕はあの森に毎日通い、彼女と一緒に翼竜の世話をすることになった。
「それは残念でしたね……でも、来年の極地探検隊には選ばれるんじゃないですか?⠀今年は運が悪かったんです!」
「来年も運が悪くて落とされたりしたら、どうすればいいのか分からないよ……」
「今からそんなこと考える暇があるなら、筋トレしましょう!⠀一緒に腕立て伏せでも!」
おいおいと自分より小さな女の子に泣きつく僕はさぞかしみっともなかっただろうが、あの時の僕の心の支えになっていたのは確かだった。仕事の出張で来ていると言う彼女との短いながら普段と違う日々は、とても楽しいものだった。
ある日の夕方の事だった。
家の玄関先で母と隣人が話していた。いつものように翼竜の世話を終えて帰ってきた僕は、ただいま、と言いかける。その時、耳に入ってしまったのだ。
「うちの子、いつになっても諦めてくれないの……送った手紙をわざわざ別のに替えて不合格にしても、毎日お父さんの写真機を持ってどこかにふらふら出てっちゃうのよ……」
心拍が一気に早くなり、どくん、と心臓が鳴動する。小刻みになった呼吸のまま、僕は来た道を戻っていった。
僕は今怒っているのだろうか、それとも悲しいのだろうか、自分のことすら訳が分からなくなって、早歩きだった歩み足はいつの間にか駆け足になっていた。
少女は、静かに眠る翼竜の傍らで薄く笑みを零しながら、翼竜の硬い深紅の鱗を撫でていた。
「あら、どうしたんですか?⠀もしかして忘れ物一一」
「母さんが、僕の書類を別のにすり替えてたんだ」
僕はその時、泣いていた。あんなことをした母に怒っていたのか、母親すら説得させられなかった自分自身の不甲斐なさを責めていたのかは、今でもよく分からない。
「ケアルさんは、なんで極地探検隊に志願しようと思ったんですか?」
静かに、それでいて力の籠った声で彼女は言った。
父さんの見てきた美しい景色を、僕も見たいと思ったから。この写真機で、自分の見た景色を遺したい、と思ったから。噛み締めて、絞り出すように僕は言った。
「でも、美しいものって、何かに所属してないと見られないものじゃないと思うんです、私。それに、ケアルさんしか見つけてない美しい景色、もう見つけてますよね?」
顔が耳まで赤くなった。彼女と初めて出会った時のこと、僕だけが見た美しい景色を思い出す。彼女の優しく微笑む姿で、僕は一人で旅に出る決心をつけた一一
「……一目惚れしてるじゃないですか」
「いっ、いや!⠀決してそんなやましい感情は……!」
魔導器に映る彼の旅路を眺めながら、私は呆れた声で言った。
新緑の中に悠然と咲く大輪の花。
甲板で力比べをする船頭たち。
そして、傷ついた翼竜に包帯を巻く姉。
決して世界に一つしかない景色という訳ではないだろう。だが、写真に映る景色の一つ一つから感じる物語に、自然と顔がほころんだ。
「ありがとう。お代はこの通りだよ」
「当然です。今度来る時はあんなことしないでくださいよ」
月が沈み、明け方の光が差し込む店先で、ケアルを見送る。
彼の写真機には、気難しい顔で食材を選ぶ少女の姿が映されていた。
最後まで読んでくれてありがとう。
ケアル君は抜けてる(careless)から取ったんですが、完成して読み直してみたらそんなに抜けてるところなかった。




