懐中時計/もしもし?
初投稿です。至らない点も多々あると思いますがそこはご愛嬌ということで。
どうしていなくなっちゃったんだろう。
私がいるのに。なんで? どうして?
一一私を置いていかないで。お姉ちゃん。
あーあ。つまんないなあ。
暖簾の向こうからかすかに聞こえるチッチッ、カチャカチャと魔導器の細部を弄くり回す音。町工場のおじさんの直るかな、と心配そうな声。大丈夫ですよ、と柔らかな姉の声。
そんな音を聞きながら、店の裏で魔導回路の仕組みを紙へ書き写す毎日だった。変わらない日々にうんざりしていた。でも、そんな変わらない日々が好きだった。
一週間前、お姉ちゃんは一人で居なくなった。
姉が教えてくれたから炊事も洗濯もできた。でも魔導技師の仕事だけは絶対に無理だ。私の知識じゃ。私の右手じゃ。
店はどうすればいいんだろう。私が代わりにやる? まともにピンセットも持てないこの私が?
…………一旦落ち着け、私。そう自分に言い聞かせて両の頬に平手打ちする。
あれから「CLOSE」の看板を掲げたままだ。一昨日には三人も来てしまった。「すみません。お困りのところは承知しているのですが、店主は今不在で……」と何度言ったことか。
一通りの身支度を整えてから普段からのルーティンであるガラス張りの店先の拭き掃除を始める。もちろん看板は裏返しのままだが。
はあ、と小さくため息をつくと、それに続いてガラスを拭く手も止まる。落ち着けと言い聞かせても頭の中はぐちゃぐちゃなままだ。鏡越しに映る自分と目が合う。まともに手も動かすことも出来ない自分が心底嫌になる。どうしたらいいんだろう。そもそも解決策なんてあるのだろうか一一
「……せん。すみません。あのー、もしもし?」
ハッと我に返り振り返ると、そこには私と同じくらいの身長の女の子が立っていた。質素なローブに身を包ませ、装飾のほとんどないとんがり帽子を被っている。この年齢の冒険者を見るのは初めてだ。
「撫子魔導器さんで合ってるかな?リンシアさんに修理を依頼したくて、この街だとここが良いって聞いたんだけど……」
「すみませんが、姉は今不在ですので、店は閉めているんです」
こんな朝早くから珍しいお客さんだなと思いつつ、いつも通り定型文で依頼を断る。ふと見ると彼女の手には鈍く光る魔導器が握られている。
「それは残念だな……じゃあ、君に修理を頼んでも?」
……は? 今までやり過ごしていた時とは違う返答が帰ってきて一瞬思考が止まる。手を見れば私が修理をできないことくらい分かるはずなのに。
「あの、私、この義手を修理に使えるほど上手く扱えないので依頼は請けられないんです。すみませんが、他に店をお探しになった方がいいと思います」
「いやいや、君の手のことはどうだっていいんだ。さ、中に入れておくれよ」
その少女はにんまりと笑顔を浮かべて閉めていた店にずかずかと入っていく。あっけに取られ呆然と立ち尽くす私を尻目に、来客用の椅子に座り手招きさえしている。
「こんなに内装だって綺麗なままじゃないか。何日か閉めているとは思えないよ。」
「姉がいつ帰ってくるか分からないだけです。お願いですのでお引き取りを一一」
「まあまあ、これだっていつ使い物にならなくなるか分からないものだったから買い換えようとも思っていたんだ。せっかくだし君に任せるよ」
この人、聞く耳を持っていない。わざとらしく深ーくため息でもついてやろうか。
「それに君、『できない』んじゃなくて『やらない』だけじゃないのかい?」
その言葉でぐっと息が詰まる。実際できないから右手がちゃんと動くようになるまでは知識を詰め込もうと勉強してきたんじゃないか。
「できないからやらないんです。できたら今すぐにだって修理してますよ」
「やる気があるならやってみてよ。やってできないなら私も納得するよ。今回は客じゃなくて友人のお願いだと思って、ね?」
「…………」
上手く言いくるめられた私は不貞腐れた顔でいることしか出来なかった。それに、この客は懐中時計を木っ端微塵にするくらいしないと帰ってくれないのではないだろうか。
「準備できました」としぶしぶ姉の修理道具を揃えた私はあからさまに嫌そうな態度で彼女に伝えた。
彼女は意に介した様子も見せず、「これを」とポケットから懐中時計を取り出して見せた。
明らかに一点物だ。受け取る手がかすかに震える。
魔導技師は故障した魔導器の魔導回路を解析し、壊れた部品を新たに作ったり、交換したりして直す「修理屋」としての仕事が大部分を占める。
右目にルーペを嵌め、側を外す。まだ手が震えている。呼吸を一息ついて、集中。
一一構造解析、開始。
ルーペを通して視界にマナの流れが映し出される。純度の高い魔晶石から絶え間なく流れるマナが、小指の腹よりも小さいであろう歯車達を通っていくのが見える。この流れを追っていけばどこで故障しているか分かるはずだ。
……あった。ぜんまいの軸が摩耗してマナが流れなくなっている。軸を新たに作らなければ直すのは不可能だろう。
「軸がすり減っています。作り直さないと……」
俯きながら彼女に話す。そうなんだ、と適当な返事が返ってくる。
「私の手ではこのパーツを作るのは……」
一点物であることに気づいた時点で薄々勘づいていた。話しながら声がどんどん小さくなるのが自分でも分かる。ここまで来て直せないのか私は。悔しい。やるせない。平静を装うものの目には涙が浮かんできている。
その時だった。
「もっと肩の力を抜いてくれないと、見てるこっちも心配になっちゃうよ」
顔を上げると頬杖をついた彼女がこちらにふわっと笑いかけていた。
そうか。お姉ちゃんはこんなふうに……
「そうですね。力みすぎていました」
自然と緊張がほぐれていく。気づくと私も笑っている。
「あの、お名前とか聞いてもいいですか?」
「もう大丈夫そうだね。シオンだよ。君は?」
「ダイアです。そういえば、姉もこうしてお客さんと色々な話をしながら仕事をしていました」
「じゃあ、僕とこいつの馴れ初めでも聞いていく?」
「良いですね。お願いします」
奥の棚から成形前のホルム鉄を探しながら返事をする。
「では、僕の勇猛果敢で一騎当千のうんたらかんたらな大冒険譚をお聞かせしよう!」
シオンは腕組みをしながら深々と椅子に座り直した。
好きな物全部ぶっこんだら闇鍋になった。でも創作ってそういうものだよね。




