互いに知り、互いに生きて行く。
未央と暁、同居からその先、それから後に続く最終話になります。
プスッ。
ビクン!
押さえつけてはいないけれど抱えている曉が身じろいだ。
今、首の後ろを注射されたところ。
『はい、終わり』
ペシッと、実日子が曉を軽く叩く。
曉は私の腕の中で大人しい、もっとも暴れず基本的にじっとしていてくれる。
でも、注射は嫌だという表情はしている。
時が経つのは早くて曉と住み出してはや3年、色々と分かってくるものは多い。
ブルブルと身体を震わせてから逃げた(笑)
『図体はデカイのに』
実日子は笑う。
『曉のこと、いじめないでよ』
私は仕事が終わった彼女にお茶を出すためにキッチンに立つ。
『いじめてない、ホントにデカイと感心してる』
最初の頃は驚かれたけれど今は呆れつつも、曉のために予防接種とか具合が悪いときに(それはあまり無い)見てもらっていた。
『未央が犬を飼うって聞いたときは驚いたよ、しかもこんなデカイヤツ』
曉は今、私たちと距離を取った場所に寝そべっている。
実日子が来たときはいつもそうだ、注射同様に苦手なのだろう。
『ふふふ、私もよ』
大型犬よりも大きい、彼女には狼だとバレているかもしれない。
獣医だし、専門家なのだ。
『立派な番犬だな』
『まあ、それは本当ね』
キッチンからカップと急須を持ってきて、テーブルの席に座る。
あと、昨日曉が買ってきたバナナケーキとお煎餅。
『お、気が利くな』
お煎餅は実日子の大好物だ、一仕事のあとは必ず私は出した。
早速、手を伸ばしてお煎餅を食べる。
『食費もバカにならないだろう?』
『うーん、そうでもない』
『そうか? たくさん食いそうだけど』
視線を曉が寝ている方にむけて。
寝そべって丸くなっているけど、私たちの会話は聞いている。
意思の疎通が出来るので、曉が自分で食事を抑えたりすることもある。
最近は人間の姿で買い物が出来るようになり、スマホも与えてみたら器用に使いこなしている。
現代生活に慣れてきた山神様だ(笑)。
『ああ見えても頭がいいのよ、手がかからなくて助かるの』
便利に使ってしまっているけど、文句も言わない。
前は玄関での出迎えだったけど今はマンションの外まで出てきてくれている。
『ふうん。でもさ、あんなのと一緒だと彼氏も出来ないじゃないの』
『そこがね』
『あれ込みで、未央を受け止めてくれる男がいればだけど』
『焦らないわ』
『そんなのんびりしてると行き遅れるぞ』
『あなたもね』
彼女の場合は忙しく過ぎるのがネックみたいだけどね。
お互い数十年来の付き合いだからこういう言い合いはしょっちゅうだ、気心も知れていて安心できる。
お茶を飲みつつ、しばらくつかの間の休憩を実日子は楽しんでいった。
『行ったか?』
玄関の扉が閉まるとすぐ後ろで曉の声がした。
振り向くとこちらを覗いている。
苦手を拗らせて隠れているとは(苦笑)
『ええ、帰ったわ』
いつもの曉とは違うので笑ってしまう。
『しばらくは来ないな』
『そんなに嫌がらなくてもいいのに』
私は部屋に戻りつつ、すり寄ってきた身体を撫でた。
『あれはどうもな、この私が萎縮してしまう』
『そうなの? 意外ね』
実日子が飲んだカップなどはまだ片付けない、今日は休暇で仕事がない日だ。
1日だらだらしていたい。
私に付いてきた曉は私がソファーベッドに座ると飛び乗り、隣に座った。
家に居ると大概は私たちは引っ付いている。
それが当たり前になりつつあり、なんだかそれが居心地が良かった。
時々、もふもふの気分になると私は曉に抱きつく。
相変わらず、獣毛はふかふかだし臭くはない。
夏はエアコンをかけていたけど、人間の姿の方がお金がかからないと知って夏だけマンションに居る時は人間の姿になった。
なかなか、便利である。
あと、3年の間で変わったことがいくつか。
曉が買い物を完璧にこなせるようになったことと、なんと働き始めたのだ。週に3日ほどだけれど。
それでもこの変化は驚きだった、だって山神様が都会で労働とか。
私が言ったわけでも無く、お金だってあるのに。
そして、一番大きかった変化が。
『なに?』
『ーーー別に』
そう言いながら曉は頭を私の腿の上に乗せる。
隣に座ってからの、腿乗せまでのタイミングがいい。
私も嫌ではないので改めて曉をどかしはしなかった。
そのまま、放ってあった読みかけの本を手に取った。
『夕飯は外で食べたい』
ついさっきは言わなかったのに私が本を読み始めたら言う。
しかも顔も上げない頓着。
『材料は買ってあるのにわざわざ出掛けるの?』
見られるのには慣れたらしい、しかも愛想を振り撒く事を覚えて恐るべき順応ぶり。
特に女性には過剰に愛想を振り撒くのだ、腹立たしいくらい。
『たまにはいいと思うが』
『遊びに行きたいだけでしょ、一人で行ってもいいのよ?』
『・・・・どうしてそういう風に言う』
やっと顔を上げた。
困惑した様子の曉。
つい、そういう風に言ってしまう。
『何が気に入らないんだ』
『気に入らない訳じゃないわ』
多分、曉の態度が気に入らないのだ。
今の私への態度ではなく、外に出た時の。
はっきりと意識し始めたのはあの出来事がきっかけだ。
曉は、分かっているのかいないのか・・・
ペロリ。
顔を舐められた。
『汚れる』
『・・・・ひどいな』
曉は傷ついた声で言う。
『ごめんーーー』
やっぱり私が悪い。
これじゃ、八つ当たりだ。
もふもふの首に抱きついて謝った。
『もう・・・余裕無さすぎ、私』
『余裕?』
『ううん、いいの。お夕飯は外で食べよ』
『いいのか?』
『曉が好きなお店に行こ』
神様相手に、なに子供っぽい事をしているんだか・・・曉は誰よりも私を優先してくれているというのに。
守ってくれると言ってくれたことを実践してくれている。
グリグリと曉の首回りと顔を両手で撫でた。
夜の繁華街は仕事以外で来るのは久しぶり。
賑やかで人もごちゃごちゃして歩きにくいけれど日中とは違う熱気がある。
曉は手を繋いでくれた。
Vネックの黒いシャツ、その上に紺のジャケット。
ジーンズを履いたら女性には見えない、よく見たら分かるかもしれないけれど。
『以前、行った創作居酒屋にしよう』
私を引き連れてサクサクと歩く。
それでもちゃんと歩くスピードは合わせてくれていた。
『何が気に入ったの?』
『雰囲気だな、あと個室だ』
後者の言葉にドキリとしてしまう。
何の意図もないだろうに・・・私は内心、苦笑する。
私と曉は、守られる者と守る者。
人間に変身は出来るけど山の神様で、狼神。
それに女の人だし、色々とハードルが高い。
要は、私は曉のことが好きになってしまったのだ。
だから外での曉の女の人たちへの態度に嫉妬してしまう。
「いらっしゃいませー!」
いつの間にかお店まで来ていて、席まで案内されていた。
『未央、大丈夫か? ボーッとしているが』
『大丈夫、うん』
私たちは個室に通される。
囲まれているから他人の目を気にすることはない、“私”が。
『とりあえず、ビールだな』
メニューも見ないで曉は言う。
『俗世に毒されちゃってない?』
『私はもう、山神であることは辞めたのだ。私を求める民はもう居ない、私の神力は未央を守ることに使うことにした』
『曉・・・』
真面目なことを言われてまじまじと曉を見てしまう。
『ーーーなので、思いっきり人間になりきって楽しむつもりだ』
テーブルの備え付けタブレットを取り、注文し始める。
良いこと言ったばかりなのに・・・(苦笑)
『未央は何を飲む?』
『私もとりあえず、ビールで』
一杯くらいは良いだろう、そのあとは烏龍茶で。
『それから何が食べたい?』
タブレットの画面を見せてくれた。
片付けや洗い物を気にしないでいいのは楽で良い、美味しいものを好きなだけ食べられる。
テキトーに頼む、私が食べきれなかったら曉が食べてくれるし。
ホントにすっかり人間っぽくなっちゃって・・・
『なんだ?』
私が苦笑しているのを見た曉が聞いてくる、満喫しているのはいいことなのに。
『なんでも。実日子を怖がって離れていたのにね、と思って』
『怖くはない、苦手なだけだ』
お、言うねぇ。
耳が垂れそうになってたのを私は見てたよ(笑)
ビールがすぐに来て、私はたちは乾杯する。
おじいちゃんともお酒は飲んだようで、その話は何度も聞いた。
その時は変身せず、日本酒のみで盃で飲んだらしい。
『山の冬は寒いからな、日本酒は暖まる。あれは濁酒を造ってもいたな』
『ふうん』
『酒に種類があるのは知らなかった、覚えたら面白いな』
楽しそうに言う。
『今度、私に造ってみてよ』
そうなのだ、曉がしている仕事は想像さえもしなかったバーテンダーだった。
私も仕事で作るときもあるけど、バーテンダーとは比べ物にならない。
それを短期間で覚え、仕事にしてしまうとは山神様のスキルってどうなっているのか・・・
最近じゃ私の方が押されぎみだ。
それに、本人にその気がなくてもモテるし。
キツい匂いは苦手だって言っていたくせに、香水の匂いをさせて帰って来るってどういうこと?
『店の焼き鳥は旨いな、山で捕った雉も美味かったが』
そのままなのか、おじいちゃんに捌いてから焼いてもらったのか気になる・・・
『ほかには?』
『野うさぎに、狸、鹿もある。さすがに熊はずっと昔にだ』
まあ、普通に今も山に居る動物ではある。
『山が恋しくない?』
聞いてみた、都会ライフを満喫している曉に。
野性を忘れてしまうんじゃないかという不安。
『そりゃあ恋しいさ、ずっと住んでいたからな。ここは楽しいが私は落ち着かない』
あっという間にビールジョキが空になる。
すぐさま曉はタブレットで追加のビールを頼んだ。
私は一杯だけにしておく。
『私が死んだら山に帰るの?』
『おいおい、ずっと先の話だぞ? それに未央の子供が出来たらその子を守ってもいい。お前は一族の子孫だからな』
先祖代々、私の一族の女性が山神様である狼神に贄として捧げられてきた。
しかし、時代が代わりゆく間に山からは人は去り、信仰は廃れていった。
今やその存在は数少ない記録にしか残っていない。
『何を心配している? まだ始まったばかりだろうに』
そう言いながら頼んでいたキュウリのピリ辛漬けを食べる。
好き嫌いは無い曉は何でも食べるけれど、舌はおじさんぽい(笑)
『ーーーそうなんだけどね』
なんとなくすぐ終わりが来そうな気がしてしまう。
そんなことはないんだろうけれど。
『景気の悪い顔をするな、未央。お前は笑っていた方がいい』
むにっ。頬をつままれた。
いつも私が曉にしている事を今日は私がやられてしまう。
『なにするのよ、もう・・・』
『いつものしかえしだ』
そう笑う曉の笑顔がまた良すぎて見とれてしまう。
これまではそんなことはなかったのに・・・参った。
そんな私の気持ちなんて知らない曉は、無邪気に居酒屋料理を堪能している。
『・・・料理も今じゃ、曉の方が上手ってどうなのよ』
ため息を付く。
『狼じゃ、寝ているだけですることがないからな。変身が出来るならした方がいいじゃないか』
アクティブな神様よね、曉って(苦笑)。
『自然の摂理を無視じゃない・・・』
『未央は不満が多すぎるな、もっと楽しめ。この焼きナスは美味いぞ』
大きな焼きナス、八丁味噌が塗ってあって確かに美味しそう・・・
お腹は空いているからちゃんと空腹を主張してくる。
ただ、気持ちの方が胸を圧迫していてあまり手が伸びなかった。
自然と飲み物に手が行く、最初はビールで次は烏龍茶にしていたけどお酒を頼んでしまう。
2杯目以降もお酒にしても曉はなにも言わない、仕事でも飲んでいるから大丈夫だからと分かっているのだ。
『そろそろ、私は未央が仕事をしているのを見たいぞ』
私の仕事をググっておじいちゃんにどう言ったらいいんだ!と慌てて言っていたのに今じゃ見たいなんて奇特な。
『いや』
『なんでだ、いいじゃないか。未央に接待してもらいたいぞ』
『接待って・・・普段の私じゃないから、見られるのはいやなの』
化粧をして、時々作り笑いで笑ったり、お客さんの話に相づちをうったり色々とストレスがたまる仕事でもある。
それでも続けているのは、嫌なことがあっても楽しいこともあるから。
他の仕事では味わえない感動も。
『私は見たいけどな、それに綺麗な服を着た未央に酒を注いで貰うのも一興だ。普段は気を抜いた服装しか見ていないから新鮮だろう』
『見て笑うんでしょ? 趣味の悪い』
ぷんすかo(*`ω´*)o
自然とお酒のピッチが上がる。
飲み物は咀嚼しなくて良いから、抵抗なく喉を通過して胃の中に流し込まれてゆく。
『早すぎるぞ』
飲もうとして上げたジョッキを曉に押さえられてしまった。
それが私のカンに触れ、私は反抗してしまう。
『大丈夫よ』
曉の手をかいくぐって私は飲む。
『あぁ、もうーーー知らないぞ、私は』
『大丈夫だし、酒豪の未央さんを知らないな?』
『そんなものは知らん』
そういえば家飲みはしたことないな、と思う。
まあ、曉はいつも狼の姿で家に居るから仕方がない。
狼と飲むとか想像しないのだ。
『曉が来たかったんだから楽しめばいいのよ、私は私で楽しむから』
『楽しんでいるさ』
曉は、ふと遠くの方を見るような目になる。
その雰囲気に私は一瞬、引き付けられた。
『こちらの生活も結構楽しいぞ』
『そ・・・う』
返事に詰まってしまう。
『私にも役目ができて嬉しいんだ、存在している理由が出来たからな。昔はもっと沢山の民が私を求めてくれたが今じゃその民は無く、廃れて私も消え行く存在だった。だが、八伊児が私を必要としてくれ消え行く私をこの世に引き戻してくれた。お前たち一族には感謝している』
『生け贄だったけどね』
曉はふと笑う。
『今は、とって喰わないさ』
『ホントに贄を食べていたの?』
『さあ・・・な』
どちらとも取れない笑いをひとつして曉はビールを飲み干した。
『まったく、重いぞ・・・未央』
曉の声がボーッとした頭のどこかで響く。
身体は気持ち良い上に、ふわふわしていた。
力が入らず、されるがまま。
『・・・・こ、こ、お店じゃ・・・?』
『店はとうの昔に出たぞ、すっかり酔っぱらって私がここまで運んだんだ』
とりあえず、意識の定まらない頭を動かして周りを見る。
ぽんぽん。
自分が座っているこのふかふかな掛け布団はーーー自分のベットだ。
『・・・覚えてない』
『飲みすぎなんだ、ほら水』
お店からマンション、私のベッドまで運んでくれたのか。
水のペットボトルを受け取り、一口二口と飲んだ。
『今日はそのまま寝とけ、その酔いじゃ風呂もシャワーも危ない』
ぽん、と頭を軽く叩かれる。
子供みたいに。
親はまだ存命だけど曉にされるとなんだか変な気分になる。
嫌とかじゃなくて、なんとも言い表せない気持ち。
冷たいお水を飲んでもふわふわな気分は引かない、完全に酔いがまわっているようだった。
『曉・・・』
『うん? なんだ』
曉は私からペットボトルを受け取り、言葉を聞こうと身体を屈めた。
『・・・寝ぼけるな、今の私はもふもふな姿じゃないぞ』
曉がため息を付きながら言った。
突然、私に抱きつかれたのに冷静で落ち着いている。
『なんでそんなに落ち着いているのよ、憎たらしい・・・』
私は曉に抱きつきながら不満を言った。
曉が狼の姿の時は容赦なく&遠慮なく抱きつくけど人間の姿の時は抱きつかない。
だって、恥ずかしいじゃない。
狼の時はもふもふが理由になるけど、人間の時は理由なんて無いし変に思われる。
『酔っぱらいの仕業だと思うからだ、ほら寝ろ』
今度は優しく背中を撫でられた。
びくんっ
『ひゃっ』
ゾクリとしたものが脊髄を走り抜ける。
『なんだ、その声は。そんなに変なことはしてないぞ私は』
曉は苦笑しながら私を引き離そうとした。
けど、私がしがみついたまま離さない。
『曉のせいなんだから・・・』
『何が』
『なんで・・・』
『とにかく、酔っぱらい過ぎだ、未央』
引きはなそうとしながら曉は耳元に声なんてかけてくる。
ビククッ
私の身体がまた反応した。
『もぅ・・・そんな風に耳元で言わないで・・・』
『未央、お前ーーー』
ギクリとした様子で曉は顔だけ引く。
私の顔が耳まで真っ赤なのは酔いのせいだけではないはず。
『まて、まて!』
慌てたように声を上げる曉に私は抱きつく手に力を込めた。
恥ずかしくて私は曉の胸に、服の上から顔を埋める。
『・・・・マジメにか』
曉の方は私の身体から手を離していて、宙に浮いていた。
思わぬ私の気持ちに混乱して、呆然自失している模様。
『ーーー私だって、自分がどうかしちゃったのかって・・・』
声は服に吸収されてしまい、小さくなってしまうけれどかろうじて聞こえるだろう。
『なんでだ?』
『知らないわよ!私だってまだ戸惑っているんだから・・・』
これはもう、お酒の勢いを借りたどさくさ紛れ。
こんなことは素面じゃ言えないし、狼の姿の曉になんてもっと言えない。
『何も私じゃなくてもいいだろうに、この姿か?』
ため息をつかれる。
曉には迷惑なのだろうか?
私は不安と拒否される恐れの入り交じった表情で顔を上げた。
『ーーーーそんな顔で見るな』
至近距離、良く見れば曉の顔も心なしか赤い・・・?
『あ、曉・・・も?』
ふいっと、横を向いてしまう。
『曉』
『・・・だから、そんなに顔をして身体を寄せるな』
『私のこと、嫌い?』
『そんなわけ、ないだろう』
顔を背けたままの曉。
『じゃあ、私のことは好き?』
『・・・・・・・』
口をつぐんでそれには答えてくれない。
『どうなの?』
『・・・・・・・』
沈黙は金なりなんて言うけど、全然そんなんじゃない。
気まずい時間でしかなかった、ずっとそんなのが続くのは嫌だったので私から曉に言い寄る。
『黙ってないで答えてよ、私のこと好きなの? 嫌いなの!?』
『う・・・っ』
曉が私に圧されて呻く。
お酒が入っているから私は勢いづいた。
『わ、私はーーー』
後になってこの時、随分と罰当たりな事をしたと反省した私だ。
一応、曉は山神様なのに(苦笑)
『・・・私は?』
『未央・・・圧がすごすぎるぞ』
『ごまかさないで』
『・・・悪い』
私の剣幕にあっさり謝る曉、観念したように頭をがしがしとかいて再び口を開いた。
『好きだぞ、私はお前のことが好きだ』
目を見て曉が言う。
『でも、お前は人間で私は人ならざらるものだ。分かるな?』
『それが問題?』
『それが問題って・・・未央・・・何にも感じないのか?』
きっぱりと言い切り、引かない私に曉は困惑ぎみに聞いてくる。
『山神様とは恋愛をしてはダメという規則でもあるの?』
常識の問題と、頭では分かっていたけど本能の方が抑えられない。
『そんなものは無いが・・・』
『好きだって言ったくせにまだゴチャゴチャ言うの? 神様のくせに』
じれったい。
外に出た時はもっとハッキリしていて頼り甲斐があるのに。
私は行動に出た、曉がハッキリしないから。
『う、わ・・・っ、未央?!』
『私は曉が好きなの』
私よりも体格が大きい曉をベッドに押し倒していた。
酔っていてふらふらだったくせに私は一心で。
これでも応えてくれなかったら諦めるしかないーー
私に見下ろされながら曉はしばらく驚いた顔をしていたけれど突然、プッと笑って吹き出した。
『な、なによ』
笑われるようなことはしていないはず。
『ーーーまったく、未央は予想の斜めにくるな』
まだ笑っている。
『ひどい、人が真剣に・・・』
『ひとつ、分かっているのか? 私は男がしてやれることは望めないぞ』
曉の手が伸びてきて私の頬に触れた。
その表情は優しいながらも苦笑している、呆れているのかも。
『生殖のこと?』
『・・・・少しはオブラートに包め』
『子供は要らない、今のところあなたしか興味ないからーーー』
私がさらに顔を近づけると曉は頬の手を後ろに滑らせて首に当てた。
『まったく・・・八伊児に怒られるな、私は』
そう言いながら、私を引き寄せると唇を重ねてきた。
さすがに女性とはキスをしたことも、付き合ったこともないけれど曉とのキスは男性とのキスと差が無いように感じる。
もしかしたら山神様のイメージが強く、それにあまり性を感じないからかもしれない。
唇は重なってすぐに離れてしまう、もう少ししていたかったのにと思って曉を見る。
『今日はーーこれ以上は止めておく』
『どうしてよ』
やっとキスできたのに。
お酒を飲むのと同じくらい気持ちよかった。
『お前のことが欲しくなるからさ』
ニヤリ( ̄ー+ ̄)と笑う。
『・・・・別にいいのに、私』
山神様がカッコいいとか卑怯だ。
これって、逆にアレになだれ込むパターンじゃない?
狙って言ったのだろうか。
『あとでだ、今未央は酔っていて後で私に襲われたと文句を言われるのは困る』
そう言いながら曉は片手を私の腰に回し、お尻を妖しく撫でてきた。
びくんっ
『あ、ん・・・っ、曉!』
『今から期待していていい、だから今日は寝ろ』
私を押さえ、身体の下から抜け出る曉。
するとそのまま、本来の狼の姿に戻った。
『ーーーもう!』
『本当は酔っぱらいを抱くのは趣味じゃないんだ、ちゃんとした意識のある時にな』
私をベッドに残し、曉は悠々と出て行ったのだった。
ガウッ、ガウッ。
犬が吠える。
彼らのことは嫌いじゃなくなり、苦手でもなくなったけれどいまだに吠えられたり飛びかかられそうになる。
休日、マンションから近いコンビニまで買い物に来たけどそこまで行く間にもう3匹くらいに私は吠えられている。
でも、隣にいる曉が吠えている犬を見ると途端に犬は耳を垂れさせ、尻尾を巻き込んで飼い主の陰に隠れた。
『みだりに未央に吠えるからだ、犬の分際で』
ふん、( ̄^ ̄)と曉が息巻く。
犬からすると人間に変身しているとはいえ、元は狼神の曉は本能的に威圧感を与えるのだろうか。
『いじめないであげて、私は大丈夫だから』
『飛びかかって来たらどうする? あいつらにはどちらが上か教えてやらないとな』
『飛びかかられたら助けてくれるんでしょう? 曉』
私は曉の腕に自分の腕を絡める。
『そうならないようにするのも私の役目だ、無用な争いはしないに限る』
『平和主義だものね』
『昔は私も血気盛んだったから喧嘩はしたものだがな』
神様は一番偉くて、強いかと思っていたけど違うのかしら?
コンビニには甘いデザートを買いに行く、新作が本日発売なので曉の希望で買いに出た、相変わらず甘いものには目がない。
糖尿病になるのではないかと少し心配している私だ。
『それより、甘いものは程ほどにしてよね』
『私の人間の時の唯一の楽しみなんだ、好きにさせてくれ』
そこを突かれると曉は急に弱くなる(笑)
『体調には気を付けるの、神様が恰幅が良くなったり、病気になったりとか笑えないから』
『未央~』
絡めていた私の腕をほどき、しがみついておねだりしてきた。
吠えてきた犬を威圧した時とのギャップがかわいい。
つい、いじめてしまいがち。
曉とは、あのあとに恋人になった。
一般的な普通の恋人とはかなり違うけれどこれだけ人間がいて、世界は広いのだから私たちみたいな恋人同士がいてもいいだろうと思う。
もはや、ファンタジーに足を突っ込んでいるけれど。
世の中、分からないものだ。
山の神様が居るのだからもしかしたら異星人もUMAも、河童も居るかもしれない。
『今日はこれだけな』
カゴにデザートのスィーツがこんもり。
『・・・入れ過ぎ、半分戻してきて』
曉の体調のためには厳しめにいきますから。
『えっ、マジΣ(゜◇゜;)!?』
耳と尻尾が見えるようだ(笑)
でも、甘えさせない。
『未央、頼むっ。これが無いと乗り切れないんだ』
曉が私を後ろから抱き締めてくる、コンビニの中なのに。
最近では、外でもマンションでもスキンシップが多くなってきた。
それと比例して狼の姿でいる時間が少なくなった気がする。
でも、過度のストレスでもふもふが欲しくなったら狼に戻ってもらい、“もふる”からいいのだ。
『今晩は激しくするから、な?』
ばちっ。
私は手の平で曉の顔を軽く叩く。
まったく・・・外でそんなことを言うなんて以前の曉ではあり得なかったのに赤面してしまう、お店に居る他のお客さんが変な顔をして私たちをているじゃないの。
『痛いな、未央ーーー』
『お店の中で変なことは言わないで、マンションじゃないんだから・・・恥ずかしい』
『事実だぞ、私はその気だ』
『あぁ、曉!』
慌ててまた手の平で曉の口を塞ぐ。
これ以上、こうしていると何を言うか分からない。
私は仕方なくカゴに入っている曉が入れたものを全部買うことにした。
子供かーーーー
レジで会計しながら曉に呆れつつ、彼女に甘い自分にため息をついた。
『お、終わったな』
会計が終わってコンビニから出ると曉が待っていた。
品物が入っているビニール袋を持ってくれる。
欲しいものが買えてニコニコの曉。
『曉、人目があるところで抱きついたり、あんな恥ずかしい事を言うのはやめてよね』
『恥ずかしいのか』
『二人だけの事でしょ? わざわざ他人に余計な話題を提供することないのに』
曉が並びで歩きながら私の顔を見る。
『ーーーそれはそうだな、男どもに未央の裸をわざわ想像させる事はないな』
『曉・・・・それなの、その発言』
『今は誰も近くには居ない、大丈夫だ』
真面目くさって言う。
そうじゃないんだけどなあ・・・・頭が痛い。
『冗談だ、未央』
にやにやと笑う曉。
『私、冗談は嫌いなの』
私は歩くスピードを少し足を早めた。
『まて、まて、私が悪かった』
曉が、私を追ってくる。
私たちは恋人同士だと認識されるだろう。
それは私たち以外の人にはどうでもいいことだけれど、私と曉には重要なこと。
ごく普通の恋人同士に見えることが大事なのだから。
曉は元山神様の狼神で、私は山神様に生け贄として捧げられた一族の末裔。
漫画のような、狼神と人間の恋人同士。
『待った』
曉が私の腕を強く掴んで止まらせる。
人通りはある道だからすれ違う人たちが私たちを興味深く見て行く。
『アイス、溶けちゃう』
『悪かった、私も嬉しくてついあんなことを・・・』
『嬉しくて?』
『ああ、今が楽しいんだ。浮かれていると言ってもいい、だけど未央に嫌な思いをさせるのはいい事じゃないな』
『曉・・・』
『今後は気を付ける』
『あっ』
それは唐突に、だった。
予想もしていなかったこと。
『曉!』
私は曉に勢いよく引き寄せられ、あっという間に顔が近づく。
そのまま、私は歩道のど真ん中で曉にキスをされた。
さすがに道の往来でーーーと、突き離そうとするも曉にしっかりとホールドされて離れられない。
そのうち私は曉のキスに応え出してしまう。
ダメなのにーーーと思いながら
『・・・ん・・・っ』
『・・・未央』
人の気配を感じるものの、キスを止めることができない。
私も曉もどちらも唇を離せなくなった。
キスをしながら歩道の柵に私は追いやられる。
これなら歩道を占有しなくていい、通れなくて文句を言われることはない。
ただし、別の文句は来るかもしれないけれど(笑)。
『・・・・もう、曉ってばーー』
キスには応えた私だけれど、じわじわと恥ずかしさが沸き上がってくる。
曉はそんな私を隠すように自分の胸に抱え込んだ。
『落ち着いたら帰るぞ、帰って続きだ』
『もう・・・』
曉の一言でさらに私は体温が上がり始める。
これでは落ち着くなんて到底、無理。
なんで火に油を注ぐような言葉を言うのかなぁ・・・
今後も、曉にはドキドキさせられるのかもしれない。
狼の姿も今の姿も私はどちらも好きだ。
ドキドキがおさまらない私はしばらくの間、曉の胸に抱え込まれていた。