狼神(犬神様)との同居。
ペットショップに一時的に宿泊しながら未央は曉(狼神・犬様)と一緒に住めるマンションを探す。
衝撃的なアクシデントはあったものの、なんとか引っ越しを完了して一人と一匹の共同生活が始まったのだった。
『ただいま、あー疲れた』
私は毎度の疲労を声に出して帰宅を教える。
と、言っても出迎えてくれるのは一匹しか居ないのだけれど。
まだマンションは見つかっておらず、ペットホテル暮らし。
『お帰り』
曉の声がする。
でも、その声はベッドのある方から。
和室もあるけど私たちは布団をあげる必要がないベッドで寝ていた。
『今日はベッドの方に居るの? いつもソファーに寝ているのに』
それに出迎えに来てくれない。
いくら仕事での朝帰りでも、入り口まで顔を見せてくれるのにな。
『どうしたの? 何かあった?』
ベッドのある方へ移動した、そこはナイトテーブルの電気だけがついている。
『う、えっ(;゜∇゜)』
思わず変な声が出た。
また、有り得ない現実がそこに―――――
『え・・・っと・・・・あ、曉?』
泊まっている部屋は合っている、現に鍵が開いた。
それに私の“ただいま”の声に答えた声は曉のもの。
でも、でも、目の前に居るのは・・・裸の知らない女の人だった。
曉は雌固体だから女の人なのか、ベッドに眉間にシワを寄せて不機嫌そうな様子で膝を立てて座っている。
『ど、どうしたのそれ?!』
自分でも驚きを小さく押さえたものだと思う、うん。
多少のことなら慣れたつもりだったけれどこれは無理、さすがに有り得ない事態だ。
変身なんて漫画か?!と叫びたい。
『・・・こういう神力は残っているようだ』
『変身なんて出来たの?』
ビックリ、驚きすぎて思わず固まってしまっている。
『2度目だな、人の姿になるのは。歩きにくいんだ、二足歩行は・・・』
『ちなみに前はいつなの?』
私にそう聞かれて曉は考える風に天井を見上げたが「忘れた」と返してきた。
『で、なんでその歩きにくい人間に変身したの? いきなり裸の人がベッドに居たら驚くじゃない』
今でも驚いているけど。
人間の曉は座っているけれど随分と背が高いと分かる、それに女性らしいというよりはアスリート的な体つきだった。
さすがにジロジロとは見ないけれど。
まあ、人によっては惚れ惚れとするような肉体美に見える。
ちょっとドキッとしたことは内緒。
『・・・ほら、未央が私のデカさがネックだと言うから』
以前、言ったことを気にしていたらしい。
確かに大型犬と一緒だとなかなかいいマンションがないとは言ったけども。
『身体の大きさはどうにもならなかったの?』
そっちの方が不便ではないだろうに
『そっちの方も試したがダメだった、私も出来ることなら小型化の方が良かった』
『でも、ありがと曉』
『うん?』
『マンションが決まらないことを気にしてくれたんでしょ?』
『唸っていたからな、私の事だし何とかしたいと思ったんだ』
曉は頭をかく。
『曉が人間になれるなら、ペット可じゃなくても問題ないわ。それならすぐに決まりそうね』
『それより・・・普段の姿が裸なのに人間に変身した途端、羞恥を覚えるのはどういうことなんだ?』
曉が戸惑っているというより、不機嫌なのはいつも感じない羞恥を感じているからなのか(苦笑)
『狼神とは違う神様は男女のアダムとイブを作って、それから羞恥というものを作ったみたいだけど』
『そんなものは知らん』
『ふふふ、変身出来るなら着るものを買ってくるわ。慣れないなら元の姿に戻って』
『それがずっとこのままで困っているんだ、多分大丈夫だとは思うけれど・・・』
『ちょっと・・・真面目に?!』
頷く曉。
驚いたり、ホッとしたり、焦ったり仕事から疲れて帰ってきたのに・・・私はため息をつく。
『とりあえず、疲れたからお風呂入ってくる』
『未央』
私がどうにか出来るものではないので放っておくことにした、曉には悪いけれど。
お風呂から出たら元に戻っていたりしないかなあーと思いながらお風呂に入りに行った。
翌朝――――――
さすがに全裸の曉と一緒に一つのベッドに寝るわけにはいかないので私は初めて布団を敷いて寝た。
疲れのためか、布団でもぐっすりと眠れて翌日曉に起こされたくらい。
『もう、朝ご飯・・・?』
布団をボンボンと叩かれる。
『曉・・・』
ぼんやりと狼の輪郭を私の瞳がとらえた。
『内線とやらが鳴ってる』
朝方のやり取りが嘘かと思えるように曉は元に戻っていた。
『――――――うん、良かった・・・あ、内線!』
数時間でも寝られたので良かった、私は慌てて内線に出る。
朝食の件だった、曉のご飯は肉がメインで私はパンメインで軽めにした。
『ホテルを出たらこういうのじゃないお肉を買ってあげるから』
ホテルで出される食事はどうもオシャレすぎる、狼である曉ならもっとワイルドに肉をドーン!が似合うのに(苦笑)
まあ、曉が規格外なのだ。
『味は薄いが腹は満たされるからいい』
私に食べるところを見られながら言う。
狼神様はホントに欲もなく、文句も言わない。
『今日はマンション決まりそう、人間になれるのが分かったから』
私は朝食を食べるのを早々に、スマホをいじり始めた。
ペットではないのなら、人間様二人として今より少し大きめな部屋があるところ。
狼の姿でも歩き回れる感じの――――――と。
人間様二人だとすぐに決まった。
曉が変身できて良かったと思う、でもこれがマトモではないのだと思わなければならない。
狼が現代に居ることも、山の神様ということも、変身することもファンタジーでしかありえないのだから。
良く自分は順応しているものだと思う、馴染みすぎな気がしないでもない。
『移動の時は変身した姿で、マンションの中ではいつもの姿ね』
『分かった』
『私たちの関係はどうしようかなあ・・・姉妹じゃ無理があるかな? シェア仲間の方がいい?』
『任せる、現代の人間社会は私にはまだ分からん』
また車を借りないと。
あと私は運転できないから口の固い友達に頼もう、とにかく曉は大きくて目立ちすぎる。
まずは今、住んでいる家に行って引っ越しの片付け→引っ越ししないと。
『ねえ、曉』
『なんだ』
『あなたって、力持ち?』
手伝ってもらおうかというズルい考えが浮かぶ。
さすが神様に引っ越しの手伝いをさせるのはダメかな(笑)
『・・・人間になれば大丈夫だと思うが』
意外な返事。
『引っ越しの準備手伝って貰える?』
ダメもとで聞いてみる、ダメなら全部引っ越し業者に任せる。
必要なものだけまとめてあとはもったいないけど捨てる、バッサリと。
『構わない』
『ありがとう!』
もふっ。
私はもふもふの毛を蓄えている曉に抱きついた。
夏は暑そうだからトリミングした方がいいのかしら・・・などと考えてしまう。
もふもふ。
『未央・・・』
『なに?』
『いつまで抱きついているんだ』
『えー、いや?』
このもふもふ具合がいい(・ω・)。
いい男より、この“癒し“よね。
はー、癒される。
『吸うな』
戸惑いぎみに曉が言う。
『いいじゃないの―――――』
もうちょっと堪能させてくれたって。
『・・・仕方がない、あと少しだけだぞ』
『うん、うん』
私は夕方からの仕事に向けてもふもふを堪能した。
引っ越し当日。
引っ越しは力仕事だともいえる、要るものと要らないものを分けて要るものだけをまとめる。
要らないものはリサイクルショップに引き取って貰って資金にした、結構な金額になったので侮れない。
食器は一人なのでそんなになく、服と化粧品、バックが多かった。
曉には顔をしかめて多すぎだ!と怒られた。
彼女がそう言うのだから多すぎるのだろう(笑)
この際、少し減らしてもいいのかもしれない。
一人だとすごく時間がかかるところ、曉が手伝ってくれたので引っ越しは移動からセッティングまであっという間に終わった。
私の引っ越しにしてはすごく早い、曉に感謝である。
あとでご飯とお水の容器を買いに行こう(それはまだ買っていなかった・笑)
『お疲れさまー、疲れたねえ』
少し広くなったリビングでまったりお茶を飲む。
曉はまだ人間のままでいて、私同様にお茶を飲んでいる。
『さすがに私も疲れた』
曉は人間に変身したらいい感じなので、色々と服のコーディネイトが楽しい。
あの男の人のような話し方は変わらないので、スカートよりパンツ&ジーンズが良く似合う。
引っ越しの時もすれ違う人や引っ越し会社の人にも良く見られていたっけ。
ちょっと優越感(´▽`)。
『食事はどっちで食べる?』
意外と融通がきき、人間&狼のどちらでも生活が出来るらしいということが分かった。
『このまま汗を流してくる、それからにする』
元の姿に戻らないということなので私は普通にご飯を作ればいい。
いつも作ってあげられないからたまにはいいだろう。
私は夕方から翌朝まで居ないし、帰ってきても速攻寝ちゃうし。
曉がシャワーを浴びている間にサクサクと作る、うん。
何が好きか分からないからとりあえず食べさせてみて、好きなものを知ろうと思う。
せっかく一緒に住んでいるのだし、楽しく過ごさないと勿体ない。
『・・・って、早っ』
お風呂にお湯は張ってあるというのにシャワーだけ。
お湯があまり好きではないらしい、お猿だってカピバラだってお湯が気持ちいものだって知っているのに。
『汗は流した、問題ないだろう?!』
私の視線を気にしたのか曉は慌てるように言う。
『別にいいけど――――』
『お湯は苦手なんだ、熱いし・・・』
あんまり神様を苛めるのもね、ほどほどにしておこう。
『レトルトカレーにしました』
『おお、いい匂いはこれか』
髪を拭きながらリビングのテーブルに歩いてきた曉は言う。
『今日は曉が頑張ってくれたからお肉は牛に』
『私はなんでも食べるぞ』
『それは知っているけれどね、お肉の中では牛が一番上なの。だからご褒美や特別な日には牛ね』
そう言えば、曉の餌は何がいいんだろう?
一応、好みは聞いておいた方がいいんだろうか。
『なんだ?』
『ちなみに、普段は何をどれくらい食べるの?』
曉は私の顔を見てから「肉を食べる、量は1日6~7㎏くらいか。獲物が取れない日もあったから変動はするが・・」と言った。
沢山食べるかも、ということは分かっていたけど・・・頑張って働かないと(苦笑)
『食事の事を気にしているなら大丈夫だ、3食キッチリ食べなくても私は死にはしない。ここは山じゃないからな動かない都会じゃ、私も肥えてしまいかねない』
思わず狼神の肥えた姿を想像してしまって、吹き出す。
『・・・曉が太ったら嫌かも』
『機敏でなくなったら未央の事を守れなくなるからな、私も気を付ける』
カレーを食べ始めた。
今まで他人と住んだことは付き合った人を含めて何人かいたけれど、ボディーガードとしては初めて。
まあ、普通に生きていたらこんなことはないのだけれど。
もし、おじいちゃんの家に私が行かなかったら今も何も変わらない生活だったのだろうか。
『面白くなりそう』
『なに?』
『ううん、なんでもない。美味しい?』
聞いてみる、ペットホテルでの食事はある意味、手を加えているから味が足りなかったみたいだけれど。
それに狼と人間では味覚に大きな差もある。
『不思議な感じだ、美味しいと感じる』
『濃いとか、薄いとかは?』
『そういうのは無くて、私の口に合うな』
『そう、それは良かった』
私は笑って曉が食べ終わるのを見ていた。
『飽きたら勉強して』
私は仕事に出掛ける前、曉に色々と教えた。
狼の姿でずっと居ても良かったけれど暇するだろうと思って。
テレビやパソコンで情報を得られること、これが一番重要だ。
曉に足りないのは現代の情報である、柔軟性はあるようなので得た情報はすぐに取り込めるだろう。
『分かった』
玄関先まで神様に見送ってもらうのは罰当たりな気がしないでもないけれど今までは一人だったので、これはこれで嬉しい。
『行ってきます』
私の仕事は夕方から出勤する。
狼は鼻が凄くいいから家を早めに出て、途中の美容院で髪をセットし、化粧をして着替える。
普段の私とは全く違ってしまうので仕事中の私を曉が見ても分からないだろうな。
私も仕事中の姿は見せたくない、化粧は対人間には有効だけど生き物には強い匂いだろうから。
いつもは自分のために好きで仕事をしてきたけど今後は曉のためにも仕事を頑張るつもり。
おじいちゃんは凄く良いものを私に残してくれた、昔からの疑問も溶けたし(あの声の主の正体は曉だったということ)犬のことも少しずつだけど恐くなくなってきたのである。
それに家に帰ったら誰かが迎えてくれるのは嬉しい、ただいま、おかえり、っていい言葉。
私は気分良く仕事に向かったのだった。
あと、曉のご飯はお肉の卸屋さんに頼むことにした。
さすがに曉にドックフードを食べさせる訳には・・・
幸い、家の冷蔵庫は大きいし私はそんなに買わないから肉を買って保存スペースは確保出来る。
ただ、卸屋さんには個人で配達したのは初めてですと言われてしまった。
時々、ジビエ肉も取り寄せてみた。
野生を忘れないようにと。
マンションでは曉はほとんど狼の姿で居るので服は最低限度、ほんとはもっと買ってあげてモデルみたいに着飾らせたいんだけどな。
嫌がらないからそれは密かに計画進行中。
運動についてはやっぱり人間と狼とは違うみたいで思いっきり走らせてあげないといけないようだ。
ドックランは他の犬達が騒いだり怯えてしまうからダメ、かといってどこかの山に放つのはちょっと・・・・
「らんにんぐましーんと言うものはどうだ?」
カタコト横文字で曉が言った。
運動不足解消の件についてPCで検索したらしい、学習能力は高くてあっという間に使いこなしてしまっている。
現代の知識も政治、世相、トレンドから芸能ニュースまで私より詳しいかもしれない。
ランニングマシーンは良いかもと即購入、あとお客さんに大きな庭を持っている人がいるので交渉して思いっきり運動をさせてあげる予定。
なかなか楽しい。
繰り返される毎日だったけれど曉が私の生活の中に入って来ただけでこんなに充実するとは思わなかった。
それと、部屋に引き込もってばかりだと気分も滅入るだろうと私が休暇の日は曉を人間に変身させて一緒に出歩いてみる。
最初は戸惑いぎみだったけれど3、4回くらいで慣れてしまって相変わらずの順応性に驚かされた。
これなら一人で買い物くらいは出来そうな感じ?
『もう全然、大丈夫みたいね、曉』
歩き疲れてカフェを探しながら私は言った。
今日はストレス解消の買い物デー、買ったものを曉に持たせて私は手ぶらで(笑)
『まあ・・・なんとか・・・な』
そう言ったものの曉は苦い顔をしている。
『まだ歩きにくいの?』
『それはないが、じろじろ見られるのが少し・・・』
『ふふふ』
私は笑う。
今日のコーディネイトも、男性ものにしてみた。
体格はいいし、似合うから腕によりをかけてみた(笑)
曉は文句も言わないで着てくれるから嬉しい。
もっとカッコ良くさせてうちのお店に来てもらいたいくらい。
今もすれ違ったカップルの彼女の方がさり気なく振り返る。
私は気分がいい、うん。
『ここにしょう』
外から見て比較的に空いてそうな喫茶店に入った、カフェではなく。
ここのお店でも曉は目立った、入ってすぐに店内のお客さんの視線が一斉に曉に向かう。
狼の姿の時もその大きさで目立つけれども、人間は目をそらしてくれないからねぇ。
『曉の好きなホットミルク、あるよ』
席に案内され、座ると早速メニューを取って見た。
曉はブラックコーヒーを飲みそうな容姿にして、子供が好きそうなホットミルクが好きだ。
甘々なミルクティーも好きだし、タピオカミルクティーも大好物。
さすがに糖分過多なので人間の時にしかあげていないけれど。
『そうか、それにするぞ』
『はいはい、ホットケーキも食べる?』
お出掛け限定の甘いもの畳み掛け。
『もちろんだ、食べていいのなら食べたい』
もう、食べる気満々の曉。
力が入っている。
『半分こにしょっか、すみません―――――』
ウェイターを呼び、ホットミルクティーとカフェオレとホットケーキを頼んだ。
『・・・しかし、随分と買い物をしたな』
四人がけの机で、椅子を紙袋が二つも占有している。
『いいの、たまのことなんだから。時々はガス抜きをしないと』
『人間は大変だな』
『ストレスで死んじゃう人もいるのよ? 余裕がないとね』
『あの山では八伊児は自給自足、山は嵐がないと朝と夜は静かで畑仕事や猟をして気楽な生活をしていたな』
窓側の席だったので曉は頬杖をついて外を見た。
『都会はガチャガチャうるさいでしょ?』
『ああ、なまじっか耳がいいからな』
最初にカフェオレが来て、ホットミルクティーが来た。
『それでも――――面白いとは思う』
『山神様なのにね』
私を守ってくれると言って付いて来てくれたけど気に入ってくれるかどうかは不安だった、途中で嫌になって帰ってしまうんじゃないかと。
『もう十分、私は役目を果たしたさ。八伊児も言った通り廃れて誰も願わない神より、必要とされる人間の役にたちたい』
『・・・・もう』
熱っぽく語ってくれるんだから(苦笑)
しかも、無自覚に。
『顔が赤いぞ』
『店内が暖かいせいよ。ホットミルクティー、冷めちゃうから』
『暖かいなら冷めにくいはずだぞ』
『―――――――――――――』
感情の機微には鈍いんだから・・・曉は。
私は一息付いてからカフェオレのカップに手を伸ばす。
『そう言えば―――――』
曉はホットケーキに私より先にフォークを入れる、フォークとナイフの使い方も慣れてきたようで様になっている。
『なに?』
『未央の仕事とは何だ?』
『私?』
私の仕事に興味があるとは意外だ。
『未央の友人であるカブラギというやつは動物の医者で、カハラというやつは会社員だろう?』
『そう、良く覚えてるわね』
『カブラギはあれは怖い、あんなぶっといものを私に突き刺すからな・・・』
ふふふ、曉でも注射は怖いんだ(笑)
実日子も容赦ないからなあ、患者にも。
『仕事は接客業よ、お店に来てもらって私がお客さんの話し相手になるの』
『なんだ、話し相手になるだけで金が貰えるのか』
知らないからか、そんなことを曉は言う。
『そう簡単なものじゃないわ、テクニックは必要だし色々と大変なのよ』
詳しくは言う気はないけども。
『あと、あのきつい匂いを落として来るのは私の為か?』
『・・・やっぱり、分かってた?』
なるべく落としたつもりだったけど、香水もお化粧も。
『私の嗅覚を甘くみるな』
『手間だけど、さっぱりして家に帰って来たいからいいの』
別のフォークを伸ばして曉が食べているホットケーキをぶんどる。
『未央』
『半分こ、でしょ』
ぐぬぬぬと、なる曉。
こういうときは子供っぽいので苛めたくなる(笑)
私よりずっと年上だけど。
『そんなに食べたいのなら、うちで作ってあげるわ』
『ホントか?!』
『ホント』
『約束だぞ?』
ホットケーキくらいで喜ばれるとは思わなかったので顔が緩む。
曉はギャップも面白いなあ(*´艸`*)。
『なら、やる』
お皿ごと、私の方に滑らせてきた。
ついさっきまで半分取られるのを嫌がっていたくせにゲンキンなんだから。
私は別にホットケーキはどうでも良かったけど一口だけ食べると、フォークで一口サイズにした。
『はい』
『?』
目の前でキョトンとする曉。
『未央は食べないのか?』
『うん、太りたくないから。代わりに曉を太らせてあげる』
と、いうよりは“あーん”がしたかっただけ。
見た目、硬派っぽい曉が“あーん”してくれたらドキドキするかな。
私も周りも。
『はい、あーん』
『・・・私は子供じゃないぞ』
やっぱりプライドはあるか(苦笑)。
『それに、こういうことは恋人同士でとするものだ』
腕を組んで私に言い諭す。
テレビか漫画か何かで情報を得たのだろうか、したり顔だし。
『やだ、曉ってばいつの間にそんな知識――――』
『ドラマだ、あれは面白いな。私も夜ドラにハマってしまったぞ』
どこの世界に夜ドラにハマる狼(狼神)がいるのよ・・・
呆れつつ、曉がこの現代社会に溶け込み始めているのはなにより。
いつまで私を守ってくれるのかは分からないけれど、住みやすいように馴染んでくれればいい。
『まあ・・・曉は恋人じゃないけど食べて、はい』
『う・・・っ』
必殺の営業スマイル、曉に通用するか否か。
お化粧もしていないし、仕事服も着ていないけれど。
『はい』
『・・・・・・・』
フォークに刺さったホットケーキを目の前に固まる曉。
意地悪だな、自分。
困らせて、曉が困惑するところが見たくなるのである。
『・・・・屈辱だ』
そう言いながらも食べてくれた。
『どうして? 嫌だった?』
写メ撮ればよかったな、と思いつつ。
『い、嫌というわけでは・・・』
『じゃあ、なに? 屈辱ということは私が曉のことを見下したみたいなことでしょう?』
そういう意味ではないこと分かっているけど分からないふり。
『はい』
ニッコリ。
また、一口。
『未央』
『ん?』
あまり競い合うことは好きじゃないけどお店では上から3本の指に入るくらい指名はあるし、それなりのお給料はもらっている。
そんな私の“あーん”なのだぞ、曉。
『私の負けだ・・・』
『負けって、大袈裟ね。お客さんなら喜んで食べてくれるのに』
最後の一口も、曉は文句を言いつつ食べてくれた。
照れ隠しなのか、恥ずかしさ隠しなのか最後にゴホンと咳をひとつ。
『良く食べました』
『ドラマと実際は違うものだな、視線が・・・恥ずかし過ぎる』
『ドラマは人間の欲の具現化だもの、フィルタを通してならどんなに恥ずかしくても見られるでしょ?』
『未央がいつもの未央には見えないぞ』
ふふふ。
私は小さく笑った。
別な日も朝がしらけてからの帰宅となる私。
まあ、仕事の形態がそうなってしまうので仕方がない。
今は楽しいからいいかな。
『だだいま~』
手にはお土産のケーキ。
『未央!』
『な、なに?』
いつものゆる~い感じの帰宅だったのに曉は「おかえり」の言葉じゃなくて私の名前を呼んだ。
狼の姿じゃなくて変身した姿で。
なんか、雰囲気が・・・
『お前の仕事!』
『私の仕事・・・?』
いつぞや、喫茶店で話したのを思い出す。
玄関を上がってすぐにがしっと両肩を掴まれる。
『調べたら、あれはなんだ! ホントに話すだけなのか?!』
あ、あー( ̄▽ ̄;)
私の仕事まで調べるとか、まさか思わなかったよね。
人に言えない仕事じゃないけど、お水の仕事。
ちょっと普通の仕事じゃないけどね。
『ホントだよ、お触りしたら出禁だし』
『全然、分からなかったぞ!』
『そりゃあ、山の神様なんかしてたら知らないでしょ』
知ってたら逆に怖い。
『八伊児にどう言ったらいいんだ、私は』
なんで曉が頭を抱えるのか分からないんだけど。
『身体を売りものにしている訳じゃないから、曉』
『・・・・・・』
『私は好きでこの仕事をしているの、お客さんと話すのは楽しいしチップも貰えるし。曉が考えていることは分かるけど心配しないで』
心配は嬉しいけどね。
『客から言い寄られたりはしていないんだな?』
心配げに聞いてくる。
夜ドラの見すぎじゃないの?(笑)
『無い無い、変な心配しないで。それより、ケーキ買ってきたの』
もふっと、曉に抱きつきたかったけど変身しているから一緒に食べる。
『お湯。ダージリンでケーキ食べる』
私はふらつきながらリビングに向かう、酔ってはいないけど疲労が少し。
もふりたかったなあ・・・
『私がするから未央は座っていろ』
『気が利くぅー』
最近では色々と覚えてくれて出来るようになってしまった曉。
神様をこんな風にこき使ってマズイよね(苦笑)
でもさ、意外と甲斐甲斐しくやってくれるから頼んじゃう。
ごつん。
私はテーブルに頭を乗せて寄りかかった。
お湯はすぐに沸く、ガチャカチャと音をさせて曉がカップと茶葉、小さめのフォークを持ってきてくれた。
『眠いなら明日にしたらどうだ?』
聞いてくる。
『せっかく、持ってきてくれたのに?』
『風呂も入るんだろう?』
『・・・・もふ不足』
『は?』
『もふ、不足!』
私はガバッと曉にしがみついた。
『う、わっ』
『なんで狼の姿じゃないの?! もふもふがいいのに!』
『悪かった・・・調べものをするには人間の体じゃないと難しいんだ』
『もふ、もふ!』
私は睡魔に襲われながら曉に催促する。
いつもはこんなことはないのに、変なテンションと自覚しながら身体が勝手に――――
『・・・・もふもふってなあ―――――』
困っているのは分かった。
『もふ、したいの!』
ついには抱きついてしまった。
疲労で頭が回らなかったのか、いつもならクダなんて巻かないのに。
『もふ・・・』
『お、いっ、寝るな! 未央』
揺すられたけどそれも気持ち良くなる。
とうとう私の瞼がくっついて私は意識を失ったのだった。
もぞり。
私は身動ぐ。
いつものように、いつもするように。
代わり映えがないはずだった。
昨晩もちゃんと帰って来て、お風呂に入って寝たから。
――――――――――ん?
そこでまだ覚醒していない頭があれ?っと違和感を覚える。
私、お風呂に入ったんだっけ?と。
この時点で私はまだ目を覚まさない。
起きる少し前の状態で、しばし待機中。
『むむむ・・・』
思い出そうとするも、お風呂には入っていないと私の残意識が語りかけてくる。
おかしいなあ、いつもはちゃんとお風呂に入るのに。
頬に何かが触れた。
気持ち悪い。
何か、が分からないから。
布団でもない、生き物っぽい。
あの、黒いGか?!
私はそんなのが顔を這うのは嫌だと目を開けた。
ぱちっ
目を開けると手が見えた。
『手?』
そして見慣れた服から手が伸びていることを確認する。
『えっ?』
思わず寝たまま、顔を上げた。
『あ、曉?!』
驚いた。
寝るときはいつも狼の姿で、ベッドに入って来ることはないのに。
『あー、変な想像はするなよ?』
『変な想像って?』
『――――――っ』
曉は目をつぶって何かを我慢するような仕草をする。
『昨晩は未央が抱きついて私を離してくれなかったんだ、掴まれたままだったから変身も出来なかったんだぞ』
曉に言われて昨晩の自分のヤバイ行動が明らかになり、覚えがなくてビックリした。
お店ではお酒もそんなに影響しなかったと思うのに。
『ごめん、曉には迷惑かけちゃった』
『別にいい、ただもふもふと言って人の身体をまさぐるのは止めてくれ』
『そんなこともしたの? 私?!』
あまり酔ってもいなかったのにそんな事を・・・
『くすぐったいんだ、あれは』
『重ね重ね、ごめん・・・とんだ醜態を・・・』
もー、最悪。
深く反省。
『未央が買ってきたケーキが冷蔵庫にある』
のっそり起き出した私に言う。
『朝ごはんにケーキはさすがに・・・』
『私は構わないぞ』
『ダメ、ケーキはおやつなんだから』
まだ落ち込んで現実に戻って来られていないのでシャワーを浴びることにした。
さっぱりして忘れよう、うん。
私はよたよたと浴室に向かったのだった。
『あー、さっぱり』
髪を洗って全身洗ったらスッキリ。
朝のことなどどこかへうっちゃりたい。
『未央』
『あ、元に戻ったね曉』
髪を拭きつつ声のした方に視線をむければ狼の姿の曉が座っている。
『もふってもいいぞ』
ばん!と、胸を反らせて私に言う。
昨晩はもふもふが出来なかったから、という曉なりの配慮だろうか。
『ありがと。でも、朝ごはん食べてからね』
『いいのか?』
『今は大丈夫』
頭だけ撫でてやると朝ごはんの準備を始めた。
冷蔵庫を開け、解凍しておいた鹿肉のブロックを手に取る。
鹿肉とかジビエはおじいちゃんの仲間だった人に譲ってもらったり、友達の知り合いの猟師さんに曉を貸し出して(いいのかな・・・と思いつつ)捕った一部を貰ったりしていた。
さすが狼なので一番大きな身体で他の狩猟犬を圧倒し、直ぐにリーダーになったらしい。
狼は群れで過ごすからなあ・・・
でも、山神様だから一匹だったけど。
ダン、ダン、とブロックを包丁である程度小さく切る。
なかなか骨だけど、ストレス発散にもいい。
『あ、週末は実日子が来るからね』
ダン!
『げっ Σ(T▽T;)』
曉が耳を垂れさせて後さずりした。
『ダメだよ、注射はちゃんと射って貰わないと』
大概の犬が動物病院や獣医さんが苦手なように、曉も注射は苦手だった。
『・・・来るのか、あれが』
小さく呟く。
『あんなの、一瞬じゃない。我慢、我慢』
ダン、ダン、ダン!
『あの尖ったのが嫌いなんだ』
『病気になりたくないでしょ? 神様だって風邪はひくんだから、あんなツライ思いはしたくないでしょ』
『むうう・・・』
そうなのだ、曉は1度風邪をひいた。
その時、神様とはいえ病気になるのだなあと思ったものだ私は。
ゴロリ。
ブツ切りにしたお肉を容器にいれてやる。
『おまたせ、ゆっくり食べてね』
「すまない、ありがたく頂く」と言うと食べ始めた。
バリボリ。
こ気味のいい音がする、肉を骨ごと噛み砕く音。
『見ていて楽しいか?』
苦笑しているような表情で曉が聞いてくる。
『うん、永久に見ていられる』
『変なヤツ』
『さっき、黒いGが私の頬をカサカサって歩いていかなかった?』
感触を思い出してゾワっとした。
『そんなものは居なかった、気のせいだ』
ボリボリ。
『そうかなぁ、何か触れたと思ったのに?』
『あ』
『なに?』
『・・・なんでも』
『なんでもなくない顔をしてる』
『未央に私の表情がわかるか』
曉の頭に手を乗せて撫で撫で。
ご飯中、撫でられても曉は怒らない。
『分かるよ、なんか気まずいことしたでしょ?』
ポロリ。
口から肉が転げ落ちる。
『見てたのか?!』
『うん』
見てないけど、勘で(笑)。
様子もおかしいから多分、当たり。
『・・・・ちょっとだけだ』
曉ってば珍しく小さい声で。
『なにを?』
『・・・・・・・』
バリボリ、バリボリ。
『ここまで言って言わないつもり?』
『私にも出来心はある』
出来心って・・・何?
『ちょっと、触ってみただけだ』
『・・・・・・・・』
ちょっと驚いた。
意外で。
どういう経緯で触れたいと思ったのか気になる。
まあ、性的なものではないとは思うけれど。
『寝ている女性に何かするのはダメなんだから、曉は女子だけどね』
『悪かった、つい・・・』
しゅん、と耳が垂れるのは可愛い(*≧з≦)!
身体が大きいからさらにギャップ萠え!
『キスじゃないでしょうね?』
追求する手は緩めない。
『さ、さすがにそれはないぞ!』
ガウ!と、吠える。
『うん、わかってる』
あれは指の感触だと思い出す。
無防備な肌に触れたのはおあいことしよう、私も昨晩は曉に迷惑をかけたから。
『・・・怒ってないか?』
『無い無い、私も昨晩は大変だったみたいだし』
『もふもふ、うるさかった』
『今後は私の平穏のために狼の姿で出迎えてね』
『―――――分かった』
もふもふは癒しよね、あれがあるのとないのでは家に帰ってきてからの動きも気分も違う。
さて、と。
今度は私の朝ごはんを作らないと。
トーストと目玉焼きとコーヒーといこう、スタンダードに。
バリボリという音を聞きながら私は自分のご飯を作り始めた。