プリーズ転生ノーセンキュー
私は地球の神だ。
今日は我が世界で亡くなった魂を異世界に魂を送り出す大事な儀式があるので、ちょっといい服を着てきた。
ファッションに明るい天使達が選んでくれたから、たぶん間違いないと思う。
ワンショルダーという片方の肩を大胆に見せる服らしいが、ゆったりとした着心地なので乳首まで見えないか少し心配だ。
もし見えそうになったら、光でなんとか隠すしかあるまい。
「我が世界で生を終えた魂を、ここへ」
滅多にやらない儀式だから緊張する。
手順は手のひらに書いてきたから間違えることはないだろう。
まずは転生する魂との挨拶。
「地球での長き輪廻の旅、ご苦労であったな」
「・・・・・・僕はもう何にも生まれ変われないのですか」
「そう落ち込むでない。それはこの地球においての話だ」
さて次は説明だ。
事前に天使からざっくり聞いているだろうが、あやつらは本当にざっくりとしか話さんからな。
ひとつの世界で百の転生を繰り返した魂は、同じ世界では転生できないこと。
その理由は、転生するたびに魂に溜まる魔力が、百を超えると自分の魂にも負荷が加わるのみならず、他の魂にもダメージを与えてしまうこと。
最後に、溜まった魔力を異世界に転生するパワーに変換することで危機を回避できること。
魔力の一部を天界エネルギー資源にしていることは、内緒にしておくとして、あとは何か話すことはあっただろうか。
いや、ないな。
「というわけだ」
「それでも僕は、地球以外の世界で生まれ変わりたくありません・・・・・・」
たまにやる儀式に限って、すんなりと終わってくれないのが悩ましい。
ただそれだけ私の世界に愛着を持ってくれているということだから、ちょっと嬉しい。
そして一度断られるのは想定内の範囲だ。
事前アンケートによれば、この魂は『犬』として今世を終えている。
自身の生涯幸福度は、十段階中の九とかなり高めの評価。
「とても幸せな生を送ったのだな」
「はい」
「よき思い出を失うのが辛いのは神とて同じ・・・・・・」
「そうなんですか」
「今回だけ特別に、生前の記憶は消さずに転生させてやろう」
こういう時は、相手の気持ちに寄り添うのが大事だ。
実は異世界転生するときは標準で生前の記憶がついてくるのだが、あたかも特別扱いされているように思わせる。
今回だけ、特別に、あなただけに、とっておきの、限定で、お得に、無料で。
これらのワードに心が揺れない者はそうそうおるまい。
「・・・・・・その異世界に転生するのは、僕だけですか」
おっとクエスチョンときたか。
だが心はしっかり揺れているとみた。
生前の親しい者たちとともに異世界へいけないか、という意味と捉えて間違いないだろう。
答えはイエス。
この魂の親しい者たちは、まだ百の輪廻を終えていないから一緒に転生はできない。
あと前世記憶保持者がひとつの世界にいっぱいいると、その世界にはない便利系アイテムを沢山作り出して異世界人堕落させるから、ひとつの世界に三魂だけってルールがつい最近決められたばかりだ。
「だったら、記憶なしで転生させたほうがいいのでは?」
「その地にはない新しい文化を取り込むことも、世界の成長にとっては必要なことなのでな」
「そういうものですか」
昔は記憶なしで転生させていたのが懐かしい。
地球のどこぞの小説家が書いた、異世界に転生するときは前世の記憶がついて無双できる、という物語を生前愛読していた魂が、前世の記憶がないと転生しないとごねたのがきっかけだったか。
しかたなく記憶ありで転生させてみたら異世界によき発展をもたらし、長年悪さをして困らせていた魔王も排除し、あちらの神からとても感謝されたものだ。
あの魂は、元気にしているだろうか。
異世界にきて二度目以降の転生は記憶は引き継がれないが、きっとあの魂のことだ。
やんちゃに日々を楽しんでいることだろう。
「でも前世を思い出して、寂しくなってしまいそうで・・・・・・」
いかんいかん、つい思い出に耽ってしまった。
今は目の前の魂に集中しなくては、失礼にあたる。
「確かに、記憶の中の親しかった者たちと会えるわけではない」
「ですよね・・・・・・」
「記憶などなければよかったと、嘆く者も少なからずいた」
「やっぱり・・・・・・」
「だがな」
その者たちがいかにして嘆きから立ち上がったか教えてやるのも大事なプロセスだ。
これによって、自分も前を向いて新生活に臨めるかもしれないという希望が湧く。
多少誇張している部分もあるが、その方が明るい気持ちになれるだろう。
「・・・・・・」
おかしい、暗い表情のままだ。
「まだそなたの不安は拭えぬか」
「次の世界は、魔法や魔物が存在すると聞いています」
「そうだな」
「そんな世界で、まこちゃ・・・・・・飼い主のもと安穏と生きてきた僕が生きていけるのでしょうか」
そういえば言い忘れていた。
魂に溜まった魔力の大部分は異世界への送り出し(あと天界エネルギー資源)に持っていかれるが、残りの魔力は新生活を安心安全に過ごしてもらえるスキルに変換する。
副作用として肉体も現地生物の十倍は頑丈になるし、そうそう死ぬことはない。
よし、これで不安要素はすべて取り除けただろう。
「・・・・・・まこちゃん・・・・・・」
まだか、まだダメなのか。
主を慕う気持ちは分からんでもないが、いやぶっちゃけ神だからあまり分からないが、そろそろ向かってくれないと、さっきから天使が『異世界神待ちくたびれ』とハンドサインを出してきているのだ。
このままだと、まずい事態になる。
「ちわーっス、転生まだっスか」
ほらみろ、異世界神が来てしまった。
「おお、かわいい魂っスね」
「すまない。現世への未練がなかなか断ち切れぬようでな」
「もう一度だけ、あともう一度だけ、まこちゃんに会いたいんです・・・・・・」
「あー、なるほどなるほど」
しかし好都合かもしれない。
この魂も異世界神をも待たせていると分かれば、決心もつきやすかろう。
それにしても、神としてその身なりはいかがなものか。
上半身は首から垂れ下がったファー以外丸出しのうえ、ギラギラした腰布と共に金色の鎖をじゃらじゃら巻き付けるなんて、恥ずかしくないのだろうか。
最近の若い神は派手さを好む傾向にあると聞いたことがあるが、ここまでとは思わなかった。
言葉遣いも目上の神に対するものとは思えない。
一度神々を招集してマナーについて話し合うべきか。
「いっそ地球神さん、しばらく置いてあげたらどっスか」
「ん?」
何を言っているのだ、こやつ。
「だから、そのまこちゃん?が生を終える頃まで、この子を天界に置いてあげるんス」
「え、いや何言ってんのお前」
しまった、素が出てしまった。
「俺んとこの魔王まだ寝てますし、他の魂きた時に回してくれればいっスよ」
「いやいやいやいやそういうものではなく、転生を終えた魂は、早く新しい器に入れてやらねば消えてしまうではないか」
「じゃその辺のダサい彫刻に入れといたらどうっスか?」
ダサいとはなんだ。
先々代の神から受け継がれし神の間を厳かな雰囲気に仕立て上げる重要なものだぞ。
「俺前から思ってたんスけど、転生ってハッピーな気持ちでやるべきだと思うんスよね」
「つまりなんだというのだ」
「ね、置いてあげちゃいましょーよ」
ね、じゃねぇ。
「地球の神様」
しまった、肝心の魂を放置してしまった。
「その、この神の言うことはだな・・・・・・」
「やっぱり僕、まだ転生できないです!」
「いや、しかしだな・・・・・・」
「いっぱいお手伝いしますから!」
「あの、でも世の中にはルールというものが・・・・・・」
「ダメ、ですか・・・・・・?」
やめろ、本当そういうキラキラした光出すのやめろ。
この間も転生予定のない不憫な魂を天使が拾ってきて、つい転生させたしまったばっかりなのだ。
そうイレギュラーばかり作っては、また他の神々から厄介神扱いされてしまう。
俺は今回はしっかり神としてやると決めたのだ。
決めたのだ。
決め。
あ。
【 天使報告書 】
かみさま、いぬのたましいを、ちょうこくにいれる。
ななじゅうにねんご、いぬのたましい、まこちゃんとあう。
いぬのたましい、なでなでされ、いせかいにたびだつ。
読んでくださってありがとうございます!
ちなみに犬の魂はシェットランドシープドッグです。シェルティすき。
犬の魂は飼い主のまこちゃんに会ったあと、異世界でフェンリルに転生します。
あとはほら、お決まりのね、チート能力で無双したりして女の子にきゃっきゃもふもふされつつ世界救ったりなんかして幸せに過ごします。
時々まこちゃんに撫でてもらった感触を思い出しつつ、ね。