気付いてはいけない
その駅は、昔からよく気絶する人が出ることで有名だった。駅の利用客が突然気を失うのだ。
長年にわたって起きるそれは今もって原因は不明で、何度も調査が入ったにもかかわらず分からずじまいだった。
しかし、それが大きな問題になった事は無い。
なぜなら……
「駅長ー、また倒れた人が出たそうです」
駅の職員が駅長を呼びに来る。
「またか」
駅長は手を止め、やってきた職員に指示を出す。
「なら、いつも通りそっちのソファーに寝かせてやってくれ」
「わかりましたー」
言われた通り、職員たちは気を失った青年をソファーに寝かせてやる。
「毎度の事とはいえ、なんなんですかねぇ、これ」
職員が駅長に尋ねる。
「わからん。原因不明なんだから、そういうものだと思っておくしかないだろう」
「それもそうですね。じゃ、私は仕事に戻ります」
「ああ、何時もありがとう。後は私が見ておくから」
職員は駅長に一礼してから仕事へと戻っていく。
いつもの事なので、駅長はソファーに寝かせた青年の様子を見るだけで特に救急車等は呼んだりはしなかった。
「……ん、うぅん」
青年の口からうめき声が漏れる。
「ん、気がついたかね。君は今まで気を失ってたんだ。起きれるかい?」
駅長が優しく声をかける。
「大丈夫です」
青年は即座に言葉を返した。
彼らは、一時間もしないうちに目を覚まし、その足で駅を去っていくからだ。
その日、OLは珍しく仕事が早く終わり、帰路についていた。普段なら、日が沈みきってからしか帰れないところなのに、今はまだ日が沈みきっていない。
真っ赤な夕日に照らされた構内には人はまばらで、帰宅ラッシュの時間にはまだ早かった。
そんな中、彼女は一人電車を待っていた。次の電車が来るまでまだ十分以上間が空いており、思っていたより早く帰られる事に慣れない彼女は、時間を持て余していた。普段の帰宅時間なら疲れているせいもあって、気がついたら時間が過ぎていることが多く、電車を待つ時間など意識しない。
(こんなことになるなら、何か持ってくるんだった……)
ボーっと次の電車を待つ時間。
真っ赤な夕日に照らされた彼女の影は長々と壁にまで達している。
他のホームから流れてくるアナウンス。ホームを通り過ぎていく快走列車の音。何時もの音のはずなのに、どこか遠い世界の音のような気がした。
そうしている彼女の耳にかすかに聞こえてくる音があった。
(……………………………アナウンス?)
それはとても小さく、普段なら絶対に気がつかない音だった。どこからとも無く聞こえてきたようで、音の発信源が分からなかった。ただ、他のホームから聞こえてきたわけではないことだけは分かった。
(どこからだろう?)
そう思って耳を澄ましていると、今度はプシューッという電車が止まった時に聞こえてくるような排熱音がした。
――上から
音に惹かれて顔を上げる彼女は見てしまった。
鏡写しのような逆さまの駅舎と、そこに停まった逆さまの電車を。そして、そこからはき出される黒いもやのようなものを。
「え?」
思わず声が出る。
すると、電車から吐き出されているであろう無数の黒いもやが一斉に彼女を見た気がした。黒いもやの中に浮かんだ白い三つの丸。それが彼女を見つめていた。
次の瞬間、彼女に気がついたそれらは、そのもやの中から触手のように黒いもやを伸ばしてくる。それはとても速く、彼女が悲鳴を上げるよりも先に彼女の身体に纏わりつき、その身体を引っ張り上げる。
一瞬の浮遊感。
すぐ後に来る落ちる感覚。
その浮遊感が無くなる瞬間、彼女は見てしまう。
自分の身体がくずおれるのを。同時に、自分に纏わりついたもやの一つが自分の身体の中に入っていくのを。
あっという間の出来事で、彼女は反応を返す事も出来なかった。
次に来たのは落下の衝撃だった。
彼女は身体と同じように気を失った。
目を覚ますと彼女は電車の椅子に座っていた。
「え?」
「次の停車駅は黄泉の国~、黄泉の国~」
「え?」
今度のアナウンスはよく聞こえた。