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ディオニス王

作者: 朝馬手紙。

 私は、その男が描いた絵を三枚、見たことがある。一枚目は十歳にも満たない少年の燃えたぎる瞳が印象的な絵だ。これから世界を変える、何かそういった覚悟さえ感じてしまいそうだ。そして二枚目は剣を手に、遠くを見つめる独りぼっちの青年の寂しい絵だ。ここで私はハテ?と首を傾げる。

「もしかして別人ですかね」

 と、描いた本人が席を外している合間に声を漏らした。でも先生は確かに三部作だと仰っていたから間違えているはずがない。この三枚、全て違う人物を描いている。そして残りの一枚は荒々しく燃える夕暮れに立ち向かうように走る男の背中がある。

 何となく独特な絵の具の香りが漂ってきた。ゆっくりと振り返ると先生が私の元へ歩いてきていました。私は、長い長い話になるだろう、と思わざるを得なかったのでした。 




















 僕の名はディオニス。剣士学校の一年生だ。普通の学校の勉学は既に終えている。次は武術、体力、精神力を鍛えなくてはいけない。

「何の為に剣を取る?」

 僕はその答えを知っている。だから、じっと先生の目を見つめた。

「それでは……ディオニス、答えてみなさい」

 剣の先生に指さされた僕は体育座りしている若い生徒たちの中からスッと立ち上がった。

「この世界を変える為です」

「…ふむ。なるほど」

 後ろの方で笑いを堪えている声が聴こえる。叶うわけない、と誰かの声も聴こえた。先生が静かにするようにと手を叩く音が余計に辛い。授業の終わりの礼をして僕達生徒はバラバラに解散していく。周りと同じようにスタスタと歩いていると、一人の男子とすれ違う瞬間のことだった。

「俺は叶うと思うよ」

 パッと振り返ると彼と目があった。黄金色に光る髪が眩しい。彼の名はアーサー。僕の知る限り、この学校で一番の剣の実力を持つ男だ。ただ、会話はなく視線だけ交わして、二人は軽くお辞儀して別れた。


 この国で一番高い場所に有る椅子に座ってきた血を引く僕は有名だ。なので、ご飯の時間も独りなのは必然と言えよう。冷たい芋のスープは美味しいので問題はない。3回ほどスプーンで口に運んだ僕の向かいの席に同じスープが現れた。

「よう」

「……」

「あれ?冷たいな」

「仕方ないだろ。全員の分を作るのは大変なんだから。感謝して食べなくちゃ」

「いや…まぁ、そうだな。ディオニス様の言う通りだ」

 カン、とスプーンで音を立ててしまう。

「アーサー様は何か用ですか?」

 カン、と彼の容器から鳴った。お互いに長いため息をフゥーっと吐く。

「悪かったな、ディオニス」

「僕も悪かったよ」

 僕らは冷たいスープを飲みながら雑談をした。話してみるとアーサーは僕と同じように芯のある男で、とても素晴らしい。最初は王族に気に入ってもらおうとする大人たちと同じかと疑っていたけれど、間違っていた。

「アーサーは凄いな」

「俺は何も凄くないよ。これからだよ、全ては」

 アーサーの夢はみんなを守る最強の剣士になること。彼の目は美しい。きっと夢が叶う人というのは彼のことを言うのだろう。僕も同じ瞳で生まれたかったなと思った。


 アーサーと意気投合してからのいうもの、毎日が変わった。

 いつの日だったか。二人で大人一人を相手に善戦してみせたり。どちらが早く食べれるか競争したり。気に入っていた服を渡したりした。お陰で女子からの視線が変わってしまった。




「アーサー」

「どうした?」

「僕は王になる。だから、アーサーは騎士団長になってよ」

「あぁ、言われなくてもなってやるさ」

 そう言う彼の顔が僕は一生忘れることのできないモノになりました。でも、この時、アーサーが本当は何を考えていたのか。全く気にすることもなく二人の約束が解れないように小指で固く結んで別れました。



 その日の夜。懐かしい夢を見たような気がする。でも内容は覚えていない。ザワザワと外が煩い。僕はフカフカの高級ベッドの上で薄っすらと目を開いた。

「アーサー……?」

 そこにはいるはずのないアーサーがベッドの側に立ち尽くしている。城内もこんなに騒がしいのも何処か怖いものがあった。

「どうして、ここに?」

「……」

 アーサーは口を閉ざしている。太陽のように明るい金髪もフードで隠していて顔もよくわからない。でも悲しそうだなと感じた。

「ディオニス」

「ど、とうしたの?」

「ディオニス。俺はお前に言わなくちゃ、いけないことがある」

 彼の腰にある剣士の証がカチャリと鳴った。僕はその瞬間、自分の剣の場所までの距離を考えてしまった。

「王子ー!!王子ーー!!」

「っ!?」

 廊下で執事の声が響いてきたと思ったらアーサーが慌てて部屋を出ようとした。

「ど、どこに行くの?」

 止めることは出来ずに背を向けたままアーサーは消えた。暫くして執事が部屋にやってきて言い放った。

「暗殺者です。王子も逃げてください」

「……え」

 どんな奴だったか、聞くのが恐ろしくて手が震えている。ゴトンゴトンと何かが崩れ落ちて粉々に砕け散る。

「金髪の男です」

 僕はその言葉を聞いたとき、涙は出なかった。ただ、柔らかい高級ベッドの上で真っ白になっていた。





 数年後。アーサーは行方不明となった。暗殺者は別に捕まえることに成功したと聞かされた。

「あぁ、そう…」

 また一年、また一年。彼が僕の前に現れるどころか、噂一つ耳に入ることもなかった。まぁ、そんなことは、どうでもいい。僕の父上と母上の陰口の方が気に入らない。

 きっと僕が生まれる前から、国王という人間は庭師にすら陰口を言われるのだろう。そして本人の前ではヘコヘコと頭を下げてお酒も喜んで注ぐのだ。あの玉座に座る人は最低な奴ばかりなのか。それとも誰が座ったって同じなのか。人は皆、クズなのか。

「ディオニス王、あなたのお陰です。本当にありがとうございました」

 笑顔でお礼を言う人の腹の中は何色だ?僕はその色は黒なんじゃないかと思う。それを確かめる術がないのら、あぁ、どうして心があるのだ。

「ディオニス王、お許しください……」

 この椅子も座り慣れると陰口が聴こえるようになってきた。僕は天を仰いだ。天井の飾りを見て嗤った。そして僕は誰もいない部屋で呟いた。

「木で出来た、ガタガタとする椅子に座りたい…」

 僕は、国王には相応しくない。国王、失格。この世界を変える、と豪語していたアノ時代は一体何だったのだろう。ああ。

「みんな、嘘ばかりだ…」

 僕も、彼も、彼女も、みんなみんな、嘘だ。怪しくない人なんてこの世にはいないのだ。全員、牢屋がお似合いなのだろう。そして何よりも僕自身が一番牢屋に似合う。



 今日も国は民衆の騒音で生きている、

「お前も有罪」

「そんな…?!王様!どうか、お許しください。私は何もしていません!」

「…牢屋に連れて行け。」

 国民だった罪人の悲痛の叫びが響く。これが日常になったのは何年前からだったか。

「陛下」

 側近が話しかけてきた。なんだ、と答えると、またも怪しい人物を連れてきたという。無言で頷いてため息を吐いた。


「この者はメロスと言うそうです」

「そうか」

 連れてこられた男はまだ若く、この国では見られない瞳の色をしていた。恐らく隣国の人種だろう。

「あんたが国王か」

 メロスは鬼の形相で睨めつけた。

「陛下に失礼だぞ!」

「うるせえ!」

 兵隊たちが構えるのを宥めてからメロスに話しかける。

「メロスよ。何をしたのだ?」

「何もしてねーよ。してるのはアンタだろ。罪のない国民を捕まえていいと思っているのか?!今すぐ解放しやがれ!!」

 暴れようとするメロスに判決を言い渡す。この国では他国を裁く時、死刑にしてもいいと古来から決められている。

「メロス。本当はこのまま見逃してもいいのだが、そこまで言うなら解放してやってもいい」

「ほ、ほんとか?!」

「ただし、命と引き換えだ。お前が死ねば捕まえた国民全員解放してやる。どうだ?いい考えだろう?」

「なに?!」

「お前が死なないのなら解放しない」

「………それは今日か?」

「ん?いや、明日にしようと思っている」

「なら、一度、国に帰らせてくれ。結婚した妹の出産が近いんだ、産まれてきた子の名前をつけると約束したんだ」

 人間というモノは本当に醜い、と思った。どこまでも自分のことしか考えていない生き物だ。

「逃げるのか?メロスよ」

「逃げない。必ずココで死ぬと誓う」

 その目は誰かに似ていると思ったら、金髪の男のことを思いだした。握る拳に力が入る。

「しかし、それは出来ない。せめて人質を置いていけ」

「………分かった」

 そう言ってメロスはセリヌンティウスという男を置いていくと言い出した。あぁ、どこまでも人は醜い。

 







 ディオニス王の前では威勢良く吠えていたが、実際に行うとなるとメロスの心は逃げたいと叫びだした。クラクラと街中を歩く。すると前方から男性が二人話しているのを見た。

「ヨーちゃんも有名になっちゃったなぁ」

 背の高い、色気のある男が言った。ヨーちゃんと呼ばれた人は謙遜といった様子で小さく笑みを作っている。

「でも、ヨーちゃんこんなところで道草食ってる場合じゃないだろ?」

「え?なんで?」

 と、ヨーちゃんが答えた。

「だってヨシコちゃん、今二人目を身籠っているんだろう?早く帰ってやりなよ」

 二人はそこで別れた。メロスはただ幸せな時間が流れたこの瞬間を肌で、全身で感じた。もう迷う必要はない。


 メロスは決心した。友の為、己のため、妹のため。そして産まれてくる命のため、メロスは決心した。そうして駆け出すメロスの背中をヨーちゃんと呼ばれていた一人の画家は心奪われたように見つめ、新しい色の絵の具を買いに行きました。




 




 ディオニス王は嘲笑った。セリヌンティウスは友に裏切られたのに、まだ気付いていない様子だったので嘲笑った。

「メロスは最低な男だ」

「そんなことはないです。私の友はそんな人間ではありません」

 縄で柱に縛られたセリヌンティウスは訴えてくる。が、どの言葉も薄っぺらい言葉にしか聞こえない。

「まさか知らないのか?人間は簡単に裏切るんだぞ?息をするように嘘もつく。いいや、嘘をつくことで呼吸をしているのかもしれない」

 ディオニス王は思ったことだけを言った。

「メロスは必ず帰ってきます。人を信じる意味を知っています」

「私は知らない」

「…」

 もし仮に帰ってきたとしても次に裏切るかもしれない。何度、証明しても、証明しても、疑いが晴れることは決してないのだから。











 斜陽、斜陽、西南西の空の色。約束の時刻が迫っている。セリヌンティウスの顔はどんな顔をしているのか覗いてみたが眩しくて見られなかった。

 刹那、扉が開かれた。そして、ヨロヨロと支えられながらメロスが帰ってきた。

「メロス!」

「セリヌンティウス……良かった……」

 メロスが帰ってきた。一人の鎧の男に支えられて。ディオニス王は何も言わずに剣を取り、鎧の男に歩み近寄っていく。

「久しぶりだな、アーサー」

 王が言うと鎧の男はゆっくりと顔を表す。スルリと長く伸びた金髪が垂れ落ちた。

「感動の再会、とはならないよな…」

「当たり前だ」

 この裏切り者、と言い放つとアーサーは苦い顔をして忠誠を誓うようにひれ伏した。ディオニス王は激怒した。裏切り者には罰を与えねばならぬ。この世の誰のことも信じることはできぬ。良く切れる剣を鞘から引き抜いた。

「ディオニス、俺を恨んでいるか?」

「当たり前だろう」

「そうか………なぁ、ディオニス」

「なんだ」


「俺を切れ」


 それは濁りのない透き通った声で、広い部屋に響いた。

「俺は友を裏切った。何年も帰らなかった。だから、お前に切られることに、なんの恐怖もない」

 アーサーは目を瞑って首をさらけ出している。手が、震えだした。

「へ、陛下!」

「なんだこの忙しい時に」

「無礼を承知で申し上げます。そこにいる者、あのコロッセオにて伝説となったアーサーです!!全勝無敗のアーサーです!!」

「……何?」

 その時ディオニス王はかつて交わした約束を思い返していた。最強の剣士になる、その夢を…叶えてしまったのか…。

「ディオニス」

 かつての友が「自分を殺せ」と言っている。一歩、また一歩、進めど、足が重くて苦しい。頭に乗っているだけの王冠が重くて痛い。

「こ、このっ!」

 唇を噛み締めながら大きく振り上げた刃が振り下ろされるも首筋寸前で止まった。……ツーっと血が流れて、そして、カランと剣の落ちる音が響いた。その場に崩れ落ちたのは王だった。

「友よ、顔を上げてくれ。私の負けだ」

「ディオニス…?」

「約束を守った友を殺すなんて私には出来ない」

「………」

「アーサー、私を殴ってくれ」

「ディオニス?!」

「私は友を信じることが出来ない人間なんだ。いいや、人間失格なんだ。だから、思いっきり殴ってくれ」

 もう、いっそ剣で心臓を貫かれてもいい。本当の裏切り者にこそ死あるのみ。

「ディオニス、それは出来ない」

「ど、どうして?!」

「俺も裏切り者だからだよ。先に俺のことを殴ってくれ。2回殴ってくれ」

 アーサーが右の頬を差し出してきた。勿論、できる訳もなく、親友の身体を抱きしめることしか出来ないのだった。本当にすまなかった。いいや、俺の方こそ。

 そんな会話を繰り返していると解放されたセリヌンティウスが牢屋の鍵を渡すよう言ってきた。

「ほら、牢屋の鍵だ」

「いいえ、違いますよ」

「どういうことだ?」

 するとセリヌンティウスはメロスの身体を支えながら微笑んで言うのだった。

「きっとこれは天国への鍵ですよ」



 その日、捕らえられていた国民は全員解放された。泣き疲れて机に伏せている女性の元に急いで帰る女性の姿があった。きっと彼女らは夫婦の様に抱き合って再開を喜ぶだろう。そんな光景が国中に溢れかえる一日となりました。


















 ヨウゾウ先生がそこまで話し終わると飲み物を口にされた。

「その後、どうなったんです?」

 私は話の続きが気になって前のめりに聞いた。すると先生は優しい笑顔を浮かべながら答えた。

「それは、もう知っていると思いますよ。ここに来る途中で何を見たのか、思い出してみてください」

 そう言われて私はこの大きく栄えた国の風景を頭に思い浮かべる。なるほど、と顎に手を当てて頷く。そんな私を見て満足そうに窓の外を見る先生の横顔が綺麗で、見とれてしまいました。なんだか、神様の子みたいな人だと思いました。

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