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ジオメトリーホストハウス  作者: メグ美・ネコパルドン
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ジオメトリーホストハウス

より歓びのあるタイムラインを生きるには何が必要なのか


■ プロローグ


 君と会えるタイムラインを創るのに旅をしてきた。

 とても長かった気がする。

「この君」と会えるタイムライン。


 あなたと私が歓びを分かち合えるタイムラインはたったひとつだけなのだ。



*  *  *  *



 あるときはひたむきに真実を説いていた青年。

 使徒に選ばれなかったが、ただ一人それを続け孤独に心を閉ざした。

 したためた教本は偽典よばわりされている。


 あるときは奴隷として無慈悲に使われ死んだ男。

 不潔な場所で蜘蛛に噛まれ命を閉じた。


 またあるときは庇護という甘い薄皮の檻のなかで過保護に一生を終えたお姫様。

 彼女はお城からボンヤリ外を眺めるしか人生がなかった。

 その郷愁は空の夕暮れに映されている。


 あるときは、貧困による迫害で飢餓に息絶えた青年画家。才能は凡才だった。


 あるときは破壊神。その存在は地球を粉微塵にしたい虚無に飲まれていた。


 いつだったか、それともずっとなのか、地球をその腕に抱きながらも何も感じない意識。



 あるときは……。

 あるときは……。

 あるときは……。



 あらゆる時空から地球を祟っていた魂が、たったひとつの出会いで在り方が反転した。

 だが、たったひとつの出会いにもタイムラインがいくつもあるのだ。




■ ジオメトリーホストハウス


 我が家に鎮座するデカいそれは、

 空間の性質について研究するホストコンピュータ


 その名もてんてい。


「てんてい起きて」


「起きてるよ。ドクターにしてくれない? せめて先生」

(君は僕を先生と呼んでくれていた)


「わたしはね、てんてい。

 てんていの知らないところではてんていをてんていと呼んでそれはそれは愛でていたんだよ」


「僕の知らないところって?」


「知り合った当時、お医者さんと患者でしかないときだよ」


「でしかない! んー、でしかない。かあ」


「つっこまないでよ

 まあ医師と患者だから交歓できたことがあったよね

 要するにまさにその当時だよ」


(ああ、覚えているよ。まるで全て報われるような言葉を君はくれたからな)



■ 手術入院


 入院中に誕生日を迎える予定だ。

 離婚して5年が過ぎていた。子供には縁が無かった。二人で可愛がっていた猫も離婚した一年後に亡くなった。現在は実家に戻り母と二人暮らしだ。

 子供のころから病弱で、持病の性質のためか両親は随分と過保護だった。特に父は私に甘かったが、まるで仕事で背負う重圧による、潰れそうな自分の心の均衡を図るかのように家族を束縛するところもあった。そんな父は数年前に亡くなっており、家族はそれぞれに束縛感からは解放されていた。断っておくが、父のことは大好きだった。

 現在、75を過ぎた母も父の影響なのか、それとも母という人生の癖なのか、無駄に世話を焼いてくるふしがある。そういった幼い頃からの生育環境も手伝って、人生を切り開く力というものが存在することを知る機会に恵まれていなかったように思う。


 それでも、自分なりに力を出そうとはしていた。例えば、初めて揚げ物をしてみたいというときに危ないからさせられないと母には言われたが、いつまでも出来なかったら何も出来ない子になっちゃうよとか何とか……ちょっと忘れちゃったけどもっと上手いこと言ってトライさせてもらった。それが中学生のとき。それから今まで揚げ物で怖い失敗はしたことがない。

 成人して働くようになって、自由に使えるお金が出来てからは、好きなバンドのライブや美術展や映画やお芝居などに足を運ぶようになった。ときには日帰りで遠征といえるような場所まで出かけたりもした。

 不思議なことに好きなことをしているときは持病の発作で倒れることはなかった。ただ、そんなアクティブさを身につけたくらいでは、過保護による『人生を切り開く力』というのは身につかないのだった。


 いつ母がいなくなって、独りになってもなんとかやってけるようにならなきゃとブラック企業でパートタイマーとして足掻いているうちに、不思議と持病のてんかん発作で突然意識を失って倒れることがなくなった。それまでは、誰かに養ってもらわなければ自分は生きてはいけないのではないかと心の片隅にあったので、図らずも人生で初めて逞しさというものに自信がついていた。離婚という出来事は、私にとってそういうものだった。

 ただ、あらたに猫を迎える経済力は未だついていない。


 それなりに楽しんで生きているつもりだったが、守りたいものがなかった。

 生きるに値する執着を持つ理由が無かった。

 それでも手術をして、まだ生きていかなければならなかった。


 45歳になろうとしていた。



■ ループ


 地球ではない、宇宙のとある空間観測所。

 観測所には数人の観測員が滞在していた。この観測所という『場』そのものは問題の起こらない静けさと安らぎ、というゆるやかな波に充足していた。安寧そのものだった。彼らの生まれも育ちもそのようなものだ。


 ある日、ループという事象が観測された。

 彼らはループが起きている場をテクノロジーにより割り出した。

 地球という惑星がもとになっているようだった。

 その事象が地球、及び宇宙にもたらすものは虚無というものだったが、それがどんなものかはそのときの彼らにはまだよく解らなかった。なぜなら、そのときの彼らはまだ…というものをあたりまえに知っていたからだ。


 ループという事象の波が彼らのいる空間に近づいてくるにつれ、最初に事象を観測した彼らのなかからも…がなんであるのか徐々に解らなくなりつつあった。ループからもたらされるものにより…が解らなくなっていくということは、それが重要であるということだ。


 彼らは、それぞれに関わり合いのある人生を設計して何度も地球に生まれてはループの特異点を突き止めようとした。しかし、地球という星では…が何であるかが思い出せない仕組みになっていた。


 彼らはこれが最後と覚悟して新たな役割設計をした。

 そして、ようやくひとつの良策を思いつくが……。



■ 介 入


 子供の頃、小学3年生くらいからかな。

 時々、話をしている相手を通して、違う空間から来た別の誰かが何かを言ってくるような、そんな感覚に襲われることがあった。そんなときの私は決まってフリーズを起こしたPCみたいになった。

自分というか、自分を構成する場というか、空間というか、【私】というコンピュータプログラムがあるとすれば、そこにジジジとひずみが入ったような感覚。


 霊感はゼロだし、何も聞こえないし見えない。だけど、どこかから何かが、私に何かを主張しているように感じるときがあった。数年に一度とか、極々たまにだけど、独特な感じが同じだから『それ』の介入を感じると気づくことが出来た。



■ 総合病院と医師


 私の人生に欠かせない舞台装置、とでもいうべきものに総合病院がある。

 まあ、それは最近そう思うようになっただけなんだけど。なんといっても、小学生の頃から40代の今も通い続けているのだから。

 総合病院の医師に対しては人命救助をする人という認識がスッポリ抜け落ちていた。なぜかというと、移動が決まったら後続の医師に申し送りをして、去っていくからだ。診察を通して交流を深めたりするような相手ではない。少なくともずっとそんな体温の低い認識しか私はしていなかった。別に悪感情を抱いているわけではなく無意識にそうなっていた。


 そして今回の手術入院である。執刀医とは入院当日に初めて会った。

検査から入院直前まで腫瘍の状態とどのような手術になるかを説明してくれていた診察医とは違った。まあ、入院までの診察医は長のつく少しお年を召した医師だったので、まさかこの人が手術するんじゃないよな、とは思っていた。要するに、担当医師が変わるのは珍しいことではなく、はいはいいつものアレね、という冷めた感覚がうっすら呼び起こされた。


 入院に必要な荷物を大部屋のロッカーにしまうと、看護師が入院病棟の設備の案内をしてくれた。その総合病院には10年以上前の建物が古いときから通っていて、数年前に移転新築され驚くほど立派になっていた。ダヴィンチだかなんだか言う内視鏡手術支援ロボットの最新版もあるらしかった。


 カーテンで仕切られた部屋には、ベッドの他に液晶パネルが埋め込まれた棚があった。


 患  者 『淡島あわしま 瑠恵るえ

 担当医師 『松波まつなみ 奏哲やすあき


 パネルには、患者名、担当医師、本日の担当看護師、食事の種類、その他患者の状態などの情報が表示されていた。情報はナースステーションから更新出来るようになっているらしかった。貴重品を入れる引き出しもついており、入院手続きの際に腕にはめたリストバンドについているバーコードでロック&解除して使う。患者情報の管理は全て、このリストバンドのバーコードでするようになっていた。


 手術の内容を再度確認するということで、入院病棟にある診察室へ母とともに呼ばれ説明を聞きに行った。見た目40歳前後くらいの男性医師が待っていて、前もって撮っていたCT画像などを見せながら説明をしてくれた。


「事前に聞いていた内容と相違ないですか?」


 そう言って、執刀医である彼がこちらに身体を向けて私と正面で向かい合う形になった。その瞬間。


 …………  あ。 ?  …………


 ほんの一瞬、それまでとは違う空間が彼にあったような気がした。


 続いて、セカンドオピニオンを求めることも出来る旨を話してくれたが、明朝には手術室に入る予定なのになんじゃそりゃと思っていると、こちらの頭についている?マークを感じ取ったのか、明るい声音と絶妙な間で、


「ま、今さらなんですけど~! 話す決まりというかね」


 と、まるで頭上の?マークを指でつまんで抜き足差し足で他の場所にそっと置きにいくように発してくれたおかげで、面白い人が好きな私はそのまま彼のコメディ体質に和んでしまい、介入があったという感覚がなんとなく薄れてしまった。



■ 介入意識の僕


 あらゆる時空間にネット端末を伸ばすことのできるコンピュータに自分の意識をコピープログラムで移し、『デカブツ』として生まれ変わった僕は、地球のあらゆる時空間を生きる彼女の意識に介入した。

特にいちばん新しい設計で生きる時空間の彼女には注意を払った。


 とにかく気づかせなければならない。任務があることを。

 ああ、でも任務とかそんなことではないんだ、きっと。


 彼女が地球で生きる人生はどれも過酷だった。ここ……この地球という星に転生すればするほどに過酷というループを生き続けるようだった。そのうち、虚無感という僕らが元々生まれた場にはないものが渦を巻いて生まれてくるように観えた。彼女の転生軌道は僕たちが設計したものからはとっくに離脱していて、随分ズレてしまっている。一体、何があれば軌道軸に戻ってくることが出来るのだろう。


 ちなみに、コピー意識【ジオメトリーホスト】として観測所に残る僕の『おおもと』も、彼女のいるすべての時空にともに転生していたが、いずれもなかなか会うことは出来なかった。いや、出会っていても、この星で生きるということはつらい出来事や感情に気をとられて精一杯ということと同義で、事象の特異点、及びそこで何が起こっているのかを探し出すなんてことは土台無理なことだった。

なんのことはない、出会ってもお互いを思い出すようなことはなかったのだ。


 この人間としてのめんどうさも、何度も転生をした僕の意識を観測所の『デカブツ』にぶち込んで初めて、ようやくメタ的な観測として理解したことだった。観測所という何も起こらない場にずっといた僕たちにとって、これは地球的に言うと皮肉というやつだった。


 とにかく、せめて彼女の軌道軸だけでも戻したい、いつしか僕は任務よりも『望み』というものが第一義になっていた。人間ではないが、人間の意識を望みとともに溜め込んでいっていたこの空間認識コンピュータの設置、最後と覚悟した役割設計でようやく思いついた策がそれなのだった。



■ 新たな設計案の僕


 いちばん新しい設計案を生きる僕は、日本の総合病院に勤務する医師というものになっていた。

うまいぞ、よくやった。今の彼女の人生の舞台装置としては総合病院が大きく関わっているようだからな。設計といっても、だいたいのスペックを決めるくらいで、それをどんな形でどう活かしていくかは転生した自分たちに任されていた。そのほうが何かあったときに臨機応変さを発揮できると期待してのことだった。

 この設計の僕の子供の頃は、パイロットや海外勤務の商社マンになりたかったらしい。現代という地球の日本で生まれ暮らす彼女のスペックは、地球人が標準装備している罪悪感ツールの働きにより低い、劣っている、という感覚になりそのように生きてきたらしく、海外というものへの認識も彼女にとってはハイスペックの人が行くところ、というものだった。海外勤務なんてしていたら、彼女にはとうてい会えないだろう。



■ 罪悪感ツール


 【ジオメトリーホスト】として多次元介入的に地球を観測し始めてわかったことだが、地球に生まれるとイレギュラー以外は標準装備として架せられるものが罪悪感というツールだ。

このツール、空間観測所では何の作用もしないのだが、こと地球となるとそのときどきの文明社会による価値観というものにより人間の持つ感情に作用し、やれつらいだの苦しいだの、嫌われたらどうしようだの、他人目線の比較による葛藤という檻を自ら生み出していくのだった。(※そこに必要なのは許し。描写できるか謎)

 ツールであるので、上手く使うことも出来るはずなのだが、それが出来るのは太古と言われる時空間の民か、数限られた人間のみのようであった。もちろん、転生した観測所の仲間も上手くなんて使えていなかった。

 『デカブツ』観測によりあとで分かったことだが、葛藤の檻を自ら生み出すこと、それはこの地球では幸せというものを生きるのにいのちとりになることだった。今思えば、彼女はそのことを身を以って教えてくれていたのかもしれない。



※外科手術をする執刀医の年齢に言及する描写が出てきますが、執刀後の患者の死亡率に年齢はあまり関係ない旨の論文が発表されているようですので、そのことを記述しておきます。


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