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・・・怪物たちの朝

設定33


でもルゥリィと私の対決は、その時はそこで終わった。

突然、窓ガラスを割って飛び込んできたモノは。

それは爆発。衝撃と光。「きゃっ」そして吐き出される煙。

ルゥリィ中心体は近くにいたためにもろにくらったようだ。

「まずい。教室から逃げろ」

前の席の彼が代わりに指示する。私の手を、つかんで引っ張って駆け出す。

一斉にルゥリィたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


彼は私の手をつかんで走っていく。

いつも混乱してうまく足がまわらない。

「大丈夫か? もうちょっとだけふんばれっ」


どうしてちょっと前まで敵だったのに私のこと助けてくれるの。

でも疑問は声にならないの。

敵だとおもってるのはこっちだけか。彼はルゥリィで、ルゥリィは私を『自分』に加えるつもりなんだから。

あちこちから悲鳴が聞こえる。

教室という教室から人がでてくる。すべての教室で同じことが起こっているようだ。

人が大勢出てくる。

「なんなの? いったい」

「わかんね。だめだー」

「ぐほっ、ごほっ」

この中にどれだけルゥリィがいるのだろう。


私は少しだけ自分が生きるに値しない存在であることを少しだけ忘れた。

だからこうなった。私はダメなやつだ。

いつもこうだね。お前が殺したんだ。生きる価値がない生き物が生きてるとこういうことになるんだよ。

頭のなか、リフレイン。

ざりっ。


《《ある男の視点:2:始め》》

「すべての人間を集めて体育館へ入れろ。従わないものは無力化しろ。ギーメないしギメロットであることが確実であればその場で射殺して良い」

「なあ、そんな分かりきったことをなぜ命令するんだ? いつもどおりのやつだろ?」

「ノンギーメを誤って殺害したものは原則として処分する。我々は人間を守るために戦っているのだ。わかっているのだろうな」

「それはそれは、難しそうな話だな。ところで、もしただの普通の人間がだ、俺たちに歯向かって戦いを挑んできたらどうするんだ?」

「可能なかぎり殺さずに無力化しろ」

「聞かなかった方がよかったな、すぐに殺しちゃまずいのか? 実際同じだろ?」

「処刑されるほど愚かなのか?」

「人は人を殺すために生まれてきたというのに。残念だ」

「今こそ我らの目的のために戦う時がきたのだ。まだ無力だった日々の屈辱をおもえ。2度と敗北は許されぬ。フォー・ザ・マンカインド」

ギーメを除く諸民族への誓約。

《《視点終わり》》


昔、先生が言っていた。

「私のことは先生と呼ぶように」はい。

この2つの“何か”を2つのグループに分けなさい。

分けました。

「やり直し」はい。

何度も何度も繰り返して、ようやく出来るようになったみにくいお化けの子だね。

私はみにくいお化けの子どもです。

人間の子供である可能性は遺伝学的にゼロです。

お化けは悪魔なのです。

なぜなら誰かの未来を食いつぶしているから。

無力な外見に騙されてはなりません。

それは純粋な悪そのもの。

「なぜあなたはいつもそうなの?」はい。

そこから先のことはちょっとよく覚えていない。

多分、いつの頃か、2つに分けることが出来るようになったと思う。

おそらくは。

でもそれがいつかは覚えていない。


破裂音がする。空気が強く連続的にたたかれる音。

銃声?

生徒たちがパニックになりかかっていた。それを何とか引率してる教師が1階へ誘導しようとしてる。この状況を彼らがどこまで飲み込めているのか疑問だ。

この中にどれだけルゥリィがいるのかも謎だ。

彼と私はその人波の反対を目指して走っていた。

「この中にかくれていろっ」

女子更衣室だった。当然ながら誰もいない。まだ朝の授業が始まる前だ。

「今、下に降りるのはまずい。とりあえずここに隠れているんだ。俺は状況を見てくる。またすぐにもどってくるから」

そう言って押し込まれた。

こく。言葉を出せずにうなずくと、すぐに彼は振りかえって走っていく。

あ―――。

彼が走りだすまでにまだわずかに時間があったはず。だけど、なにも話せなかった。

もっとほかに訊くべきことあった、あったのに。

ルゥリィのこととか、有村さんといつもなに話してたのとか、家でいつもどんなことしてるのとか、いつかどんなところに行きたいのとか。いや、もちろん彼はルゥリィなんだけど、でも不思議とそんな気はしなかった。それどころか、私がよく知っている誰かのような気がした。記憶の欠落。

走っていく彼の背中が、ほら、もう見えなくなっちゃった。

お前はみにくいお化けの子だね。

人間の子供である可能性は遺伝学的にゼロです。

なんでこうなの?

答え。悪魔だから。


戦争は語られない家族の秘密。

シーツに包んで、ちぎって、かぶれ。

もし丁寧に隠しきれたらもう1日だけ。

もとの世界にもどれるかもしれない。

透明な空気が私たちを窒息させていく。

この呪いを解くものに災いあれ。


誰も私を助けてくれない。呪いの意味はそういうことだ。


我が校の女子更衣室は基本せまくて、ごちゃごちゃしてる。

なので隠れがいがあるといえばある。銃を持ってきている人間に期待するのは正直言って甘いけど、もし男性なら見逃すかもしれない。いや、やっぱり入ってくるかな。

彼のこと、どうせルゥリィの1人であったなら話すだけ無駄とか、まだうだうだ未練がましく考えてる。

1番奥のロッカーの中に隠れる。閉める前に、手を伸ばしてその前にゴミ箱や置いてあったダンボール箱を置く。

そんなことしても意味ないけど、少しでも入ってこれないように。

なんの意味もないよ。

バカなの? それとも人並みに自殺願望でもあるの?

こんなダンボール箱で隠しても丸見えじゃない! こんな子供が頭にかぶりものして隠れてるようなもの意味なんてあるわけないじゃない!!

お前なんかどうせもう死んでおけば。

ガチャリ。

ドアノブが回った。

何をするにしてももう時間がない。


設定34


《《教師高松の視点:始め》》

少女たちが悲鳴を上げていた。

ここは私が、私がなんとかしなければ。

高松は教師になって25年になる。正直いってこれまで若い女性に、いやおよそ女性というものにあまり尊重された記憶がないような気がする。というかない。だからこそ!

だからこそ立たねばならんのである。

「落ち着け、落ち着くんだ、みんな。ほら出席番号順に避難するぞ」

落ち着け、高松。出席番号順に避難してどうする。

しかし誰も突っ込まなかった。

銃弾、飛来。

蛍光灯が派手に爆散する。

キャアア「うわぁぁぁ」アアアア。

制服姿の男たちが手帳を見せつけながら入ってきた。

「我々は警察です。不審者が銃をもち無差別に発泡している。至急、体育館に避難してください」

簡潔なる説明。得心する大衆。唐突なる行動。速やかなる誘導。

「警察です。指示にしたがって避難してください」

命令通り体育館に連れて行く。

銃弾、飛来。

鮮血が派手に爆散する。

うわああああああああ。もはや自分が何を言ってるのかさえわからない高松であった。

《《視点:終わり》》


《《アクリタイス兵士Aの思考ログ:1:始め》》

「ギメロット1名、弾着しました」

「よしっ、間違いねぇな。あいつうるせいからな」

「は、パターンからして間違いありません」

タバコの男は兵士の肩を優しくたたいた。

「もし間違えてヒトを撃っちまったら、お前がやったことな」

「は、……は?」

「すっとぼけてんじゃねえ、次さがせ」

照準をあわせながらつぶやく。

「俺の赫いタバコは見えねえよ。誰にも見えねえ」

めずらしく闘志が湧いてくるタバコの男である。

こういう時間は貴重だ。

《《ログ終わり》》


《《泊シスカの視点:2:始め》》

泊シスカは逃げていた。

完全に巻き込まれている。これはあいつらの領分なのに。

くそ、あたしは関係ないのに。

ふと、本能的に頭を下げた。

頭のうえ、爆散。

狙われている。

「冗談じゃねえぞおお、これえ」

彼女は同僚を激しく心の中で罵った。

「おまえらの仕事だろがあ、これは! 早く何とかしろ」

あかん、心の中だけのつもりが、もう口に出てる。

のっぴきならないシスカであった。

《《視点終わり》》


《《アクリタイス兵士Bの思考ログ:始め》》

兵士2名。誰もいない教室をまわる。

「警察です。まだ避難してない人はいませんか」

紀野純一は、この部隊に配属されてまだ短い。

いわゆる、世界の真実を知り参加した現地応募要員。

サブマシンガン系の武装。

敵するギーメは恐るべき存在と言われている。だがこれまで直接に見たことはなかった。

彼らの洗脳を無力化する防御を自分たちは持っている。

恐れることはないと説明された。

ひとり学生がこちらに歩いてくる。

「お巡りさん、ああ、ちょうど良かった」

ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんんんんんんんん。

チリチリリ。

腰につけたシリンジ計測器が急に悲鳴を上げた。

「敵だっ」

一瞬のうちに同僚がその少年を撃ち倒した。

紀野純一は呆然とした。

この少年はギーメだった?


抗シリンジ剤。ギーメもしくはギメロットのシリンジを無効化させる薬剤である。これを事前投与するとシリンジに対してある程度の抵抗性を発揮する。原理についてはまったく説明されなかった。機密。またシリンジは機械的な手段で計測できるようになっている。ギーメは常にごく微量のシリンジを行っているので、これを近づければ相手を見分けることができる。この2つがあって始めて彼らと戦えるのだ。

謎の組織、アクリタイスのみがその2つの技術を提供している。


これがギーメか。ギーメなのか。


紀野純一は戦慄したが、わずかな罪悪感も感じられた。人間(ノンギーメ)とまったく変わらない。外見はどこまでもただの……。

「大丈夫か」

同僚に声を掛けられた。

「おちつけ。こいつらは人間のように見えるが違う。危なかったな」

紀野純一は呆然とした。

「まあ、実戦が最初じゃ無理もないか。かなり入り込まれている。気をつけろ」

同僚は自分よりも先輩だった。

まだ紀野純一は呆然としている。

「まあ、この機械や薬もどれだけ効くのかっていうと疑わしいとこもあんだけどな」

緊張感を解きほぐすためか、話しかけてくる同僚。

「そ、そういう事例があったんですか?」

ようやく声を吐いた紀野純一。

「まあな。明らかにシリンジされるときには気づけるが、感度が低い。通常時には捉えらきれないとか。言うなよ。そういう話があるって程度だ。実際」

同僚は自分も身につける腰の機械を指して言った。

話の最中、紀野純一は死体から意識的に目をそらし続けた。

「俺も連中と戦ったことはほとんどないからな。確かめたことはない。死体はあとの奴らが片付ける。ここはいい。行こう」

2人は先に進んだ。


3階を回って、2人はしばらく休憩を取った。同僚が本部と連絡を取っているところ、紀野純一は空き教室に入って適当な椅子で休む。

彼自身はまったく記憶にないが、彼はギーメに家族を奪われたのだという。妹がいたのだという。それを告げられたときに、もうその記憶は存在しなかった。初めは信じなかった。だが圧倒的な物理記録により、単にその部分の記憶が、空白に置き換わっているだけであることに気づく。記憶にないというのがすでにただ殺されるよりひどい。感情ではなく理詰めでようやく理解した。

そういう理由で戦いに参加している。これまでは、だから疑問を抱くこともなかった。敵愾心を養うことができた。人類の敵だ。復讐を!

だが、相手の死体を見て急に動揺した。

本当に大丈夫なのか? 彼は自分が何か間違ったことをしているのではないかと反問し、そして否定した。間違ってはいない。こうしないと人間を守れないから。

訓練で人間そっくりの人形を何回も射撃したが、それはどこまで行っても人形だ。

同僚はまだ連絡を取っている。


間違ってはいないと、何度も自分に確認を取った。

外見で人は区別できない。キャリアや属性や人種で人は区別できない。

最悪の敵はきっといつだってすぐそばにいる。


その時だ。この教室に自分だけがいるわけではないと気づいたのが。

教卓の下。なにやらがさごそ。同僚はまだ連絡している。

武器を構えて近づく紀野純一。

今度こそ、今度こそ自分が殺すのだろうか。

戦慄が高まる。

「きゃっ」

可愛らしい声がする。

見ると教卓の下に女子生徒が1人隠れていた。

可愛らしそうな脅えかた。

紀野純一は腰のメーターを確認した。作動してない。

ふうぅ。息を抜いた。

彼女は人間だ。

脅える彼女。


「あの、その」

脅える彼女。無理もない。

「警察です。避難してください」

「お、おまわりさん?」

「大丈夫ですか。ひょっとして怪我をしてませんか」

「だ、大丈夫です。転んでスカート破けちゃって」

見ると確かに破けている部分がある。

怪我もしているかもしれない。

「あ、あ、失礼しました」

紀野純一は後を向いた。

彼女ががさごそと出てくる音が聞こえる。

「よければ安全ピンがあるので使って下さい」

紀野純一はポケットのひとつからいくつかのピンを取り出す。

妹が使っていたものらしいが、今はもう分からない。記憶にない。使ってもらえれば幸いだ。

「もうみんな避難したんですか?」

「あ、いま体育館に集まってもらってるところです。失礼ですが、お名前は」

「有村ノエですよ」

咄嗟に学校生徒名簿の一覧を頭の中に浮かべた。

脳の一部分を電子化するという処置を受けたので、こういうデータファイルはすぐに思い出せる。便利なものだ。

その中に、確かに彼女の名前があった。

そうだ、間違いない。彼女はわが組織が守るべき対象、ホモ・サピエンスの1人だ。

「もういいですよ、安全ピンで止めたから」

紀野純一は送っていこうかと迷った。普通ならそうするべきだ。警官と自己紹介したその通りの身分なら。しかし自分はアクリタイスだ。ギーメを狩るのが仕事だ。ここは。

「それでは本職は他の教室を回りますので。早く避難してください。お気をつけて」

これでいい。

ふと、違和感を感じた。

振り返り、彼女を改めて見つめ直す。

すごく可愛らしい、いや、美しいというべきか。胸もある。違う、そうじゃない。

自分の男としての本質に幻滅してから、もういちど思考を洗いなおす。

何に違和感を感じたのだろう。

彼女は避難の状況を訊いてきた。何が起こっているかを訊くものじゃないか普通は。

見つめてくる彼女。

チリチリリ。腰の装置が警報を鳴らす。

違う世界からの警報のように聞こえる。

一瞬、周りを見渡してしまう。

だってここにはどう見ても2人しかいないじゃないか!

ほんの刹那、別の可能性に期待するのだが。

「なるほど。そういう機械があるんですね」

甘い声に打ち砕かれる。偽りが効かない現実。

なんでさっきはならなかったんだ! 

銃をかまえる自分。だがどうも撃てない。

ダメだな。やはり自分は戦いには向いてない。

だがそこまで自動思考したあと、紀野純一は奮起した。

違う! 妹の仇なんだ。だまってトリガーを引くんだ。引け!

こんなことになるなんて考えてなかった。

彼女はただ微笑んで立ちすくんでいる。当初の脅えた雰囲気はもうすでにない。

どこの誰が、銃を持った相手にこんな笑顔ができるんだ?

覚えていない妹の姿を。重ねるな。これは敵だ。

トリガー。

ダダダンッ。

数発が銃口から飛び出したが。まったく当たらなかった。

弾丸は何かにめり込むような音を立ててから、床に転がるだけ。

「安心して下さいね」

彼女は脇に手をやってバレリーナのようにくるりと体を回転させて甘く囁いたのだ。

それが紀野純一の見た最後の光景。

「即死させてあげる」

《《ログ終わり》》


2発。

同僚は銃声を聞いて急いで駆けつけて来た。教室の中に駆け込んでくる。

紀野の死体が教師の机の真ん中に倒れている。

近づく同僚。しかしそばまで来てようやく気づくのだ。

紀野のそばに女の子がうずくまっているということ。

彼女がこちらを見つめていること。

何かを向けていること。

にこり。

現実感が奇妙なほどまったくない。

本物の悪夢には現実感などない。

3発。


《《とある少女ギーメ兵の視点:1:始め》》

小型拳銃PSMの残弾を早くも撃ち尽くしてしまった。弾倉早くも入れ替え。もう予備がない。しかし幸いにして敵の武器がある。指紋承認でもないらしく、使えそうだ。ロシア製のやつだ。フォルムが何となく逆三角形。どこで入手したんだこいつら。まあいいどうでもいい。

もちろん例の警報装置も持っていく。

念のためスカートの生地内に詰めていた武装を取り出して準備するのに思いのほか手間取った。プリチェックなどないのだが、念のためだ。万が一にも所持品検査で発覚するようなことがあったら今までの偽装が水の泡。

さて。

体育館に集められているのか。それはグッドニュースだ。好きなだけ暴れてよし。アクリタイス以外の人間が死んだり、目撃者が出るのを上は嫌がる。

抗シリンジ剤。シリンジ警報装置。

このような武装でアクリタイスはギーメ側に対して有利に立ったと考えている。

そこで元よりギーメ同胞を相手に戦うための特殊部隊であるVD隊が対アクリタイス戦に転用されるのは当然のことだった。つまりここからは通常の銃火器戦だ。負ける気はしない。それに向こうに切り札があるならこちらにも切り札がある。

最後に死体から通信機を奪う。

「もしもし」

《《ログ終わり》》


《《ある男の視点:3:始め》》

アクリタイス指揮官はその無線を聞いた。

「1人撃たれた。第1校舎3階だ、教室番号は3-2」

「そちらは誰だ。IDを述べよ」

通信担当官の声が響くが、答えは返ってこない。

なに、意外な選択を。てっきり群衆の中に紛れてくると思ったが。これは先のギメロットなのか、それとも。それ以外の可能性を指揮官が考えたとき、次の振動がきた。

《《視点終わり》》


《《とある少女ギーメ兵の視点:2:始め》》

「爆発コード **********」音声起爆認識コードを指定の電話番号に向けて携帯端末から着信させる。教卓が吹っ飛んだ。たいしたことのない破壊力だが、相手の注意をひきつけることができる。

というか持ってきた割に使い道が他に思いつかなかった。

通信機をオンにしたまま投げ込んで、隣の教室で待つ。

《《視点終わり》》


《《ある男の視点:3:始め》》

くだんの第1校舎で爆発が発生した。轟音と振動。それほど大きい規模の爆発ではないとはいえ遠くからでも明らかに感じ取れる。宣戦布告。

「なんだとっ」

指揮官はおもわず呻く。

予想外の展開に混乱しかかるが、すぐに思い直す。

いや、いぶりだしたのだ。これで良いのだ。

まだ避難中の生徒たちがざわめき始めた。しばらくすればパニック状態になる。

「A班は引き続き避難を誘導しろ。B班、C班は爆発地点の確認だ。敵がいるぞ。狩り出せ」

命令を出す指揮官だが、これが当初の目標だろうか、と考える。

不自然すぎる。

こいつは別のやつだ。ひそかに確信する。

ここからが本番だった。

《《視点終わり》》


B班が爆発地点の調査に向かう。

階段で2階に上がり爆発した教室方向をみる。

「俺と牧瀬でいく。2名ここで援護しろ」

B班リーダーと牧瀬は、壁をまがって教室方面にむかう。

おもったより小さい爆発だ。

それにしてもなぜ部隊をばらして1班だけにしたのか? 失策だった。

油断にも程がある。

探索チームを分遣したA班リーダーの責任を問わなくてはならない。

B班リーダーはそう考えるが、実行することはついにできなかった。

爆発があった教室のひとつ手前の教室がある。

その前を通りかかったとき、壁越しに銃撃をうける。

1人が撃たれ、そして。


《《アクリタイス兵士Aの思考ログ:2:始め》》

「おいおい、面白くなってきたじゃねえか」

タバコを捨てる。足で踏み潰して次のタバコをつける。

「あのねえちゃんはもういい。命拾いしたなあ。でもまたあとで戻ってくるぜ。せいぜいその間に逃げな。さて、こっちはだれだ」

「シリンジが確認されました。ギーメです」

「こいつは最初に狙ってた奴じゃねえな。他にもいるぞ。探せ。多少人間でもかまわねえ」

おかしなことを命令するタバコの男。

なるだけ気にしないようにする。

「あいつに命令されたことはこの時点でキレイさっぱり抜けた。

遠慮なんかしねえし謝っても許さねえしとりあえずぶっころす」

《《ログ終わり》》


《《とある少女ギーメ兵の視点:3:始め》》

スカート生地から取り出した爆薬に点火後、釣られてやってくる敵を待ち伏せる。

階段からもどって1つ手前の教室に入る。

しばらくして足音。

廊下方向を向き壁にむかって銃をかまえる。

2連射。綺麗に逆三角形の弾倉を使い切って2名を屠る。弾倉交換。

こういうパーティションは簡単に弾がブチ抜ける。

ご愁傷様。

さて次の手は。

とおもったが教室内を赫い光点がチラつき始める。レーザーアイムか。

チラチラするのが自分に合わさる。咄嗟によける! ガンツツツ。

背中にくっついてた椅子が爆散。

狙撃か。

窓ガラスも割れる。そっち方向か。

かがむ。これなら高さ的に向こうから見えもしない狙撃もできまい。

移動、でもどこに反射しているのか、チラチラする光が自分に合わさる、やな予感。よける! ガンツツツ。

反対列の机が爆散。

あれ?

角度からするに銃弾の方向は廊下側から来た。反対側からも狙われてるのか。

向こうの窓ガラスとさっき自分がブチ抜いたパーテションがまたブチ抜かれ。

2箇所から撃ってるのか。

スナイパー2人なのか? 変だ。角度がおかしい。

しかしそれを考えている暇はない。

外側からもう2人の兵士が詰めてくる。中をのぞき込まずに銃だけ覗きこんで射撃してくる。実質的にかこまれ。捕捉されるの早いな。素人集団と見くびっていたが。

教室外の兵士に反撃して頭を下げさせる。

一方、室内ではチラチラする光が、教室内をヒラヒラ飛んでる。

あちらこちらに反射してい。光だけが教室の空間内の1点を染めてフラフラと動いている。なんだこれ。レーザーアイムじゃない。

とおもったら、チラチラするのがスーっとこっちにくる。

戦慄とともに椅子をひっつかんでかまえた。椅子が爆散。今度は破片がもろに体にあたる。致命傷ではないけどかなり。囲む空間に白い筋が走った様子がわずかに見えた。

まずい、アレがなかったらこの時点で戦闘不能だ。とりあえずここから脱出する。

チラチラするのが、そこらへんをうようよ。爆散。爆散。爆散。

教室外からも兵士2名が撃ち込んでくる。撃ち返す。

机とパイプとパイプ椅子とパイプの破片が、そこらへんを飛び交う。それでもまっしぐらに教室のいちばん後ろにいってそこにあるロッカーを手にとって、かぶる。

馬鹿力でかぶる。

チラチラするのが、また大きくふらつきはじめるのを尻目に、外向けの窓ガラスに発砲、全弾使い切ってガラスをぶち割り、そしてロッカーごと突っこんだ。

校舎の2階外側へ、つまりは何もない空中へ。

《《視点終わり》》


《《アクリタイス兵士Aの思考ログ:3:始め》》

「うおお。こっちのねえちゃんはすげえな。殺しがいがあるぜ」

「2階から1階へ飛び降りたのを確認」

《《ログ終わり》》


《《とある少女ギーメ兵の視点:4:始め》》

アレがなかったらこの時点で戦闘不能だ。透明だから見えてないよな。

中庭に墜落。

衝撃を受け止めて周りの空気が白く歪んだように見える。

中庭に4名ほどの警官、もとい敵がいる。

びっくりしてこっちを見る、見てるまに1発くらい撃てよと言いたい。

ありがたくも先制攻撃。1、2連射、1人倒す。

でも残りの3人が一斉に撃ってくる。

アレがなかったらこの時点でやはり戦闘不能。バレてしまうけどもう仕方ない。

《《視点終わり》》


《《アクリタイス兵士Eの思考ログ:始め》》

突然、中庭におちてきた、ロッカー。ロッカーなのか?

アクリタイス兵士たちは警戒する。

ロッカーにしか見えない何かから、突然だれかが立ち上がった。

武器をもってる! 警戒せよ。

連続する銃声が仲間の1人を穿つ。敵だ。

理解できないまま、即座に撃った。

この学校の生徒の服を着てる。女生徒か。

でも容赦しなかった。射撃。

でも倒れない。

防弾ベストを着てるのか?

でも撃ち続けた。

敵はまったく無視して突っ込んできた。

当たってないのか?

いや、敵のまわりにガラスみたいなキラメキがある。実際、ガラスが鈍く割れてるような低い音がする。丸く円形にガラスの塊を銃弾で撃ったような跡が見える。

敵が仲間の1人の目の前まで来る。

ガンッ、1発で頭を撃ち抜かれた。

これを見てあたしはまっしぐらに逃げた。

こいつは勝てない敵だ。

それなら逃げるにしかず。逃げて報告するのが義務というもの。

もう1人はリロードしてまだ射撃してる。

敵はやはりまったく無視して突っ込んでく。

またしてもガラスみたいなキラメキが出来る。

ガンッ、やはり1発で頭を撃ち抜かれた。

でもあたしはそれを見ていない。

恐怖でなかば気が狂いそうになって逃げているから。

《《ログ終わり》》


《《とある少女ギーメ兵の視点:5:始め》》

アレもとい、見えない防弾ベスト、エリアティッシュを展開させて敵に突っ込む。

ガラス様の空間に鉛玉が突っ込んで運動エネルギーを完全に奪い取る。

ガラスのひび割れで視界が歪む。

そのまま1人、至近距離まで突っこんで銃で撃ち殺す。

この防弾ベスト、外から来るものには干渉するけど、内から出て行くものには干渉しない。ご都合よすぎる。これもギーメだけの武装だ。

もう1人。でも見ると走って逃げているではないか。

まあいいか。

じゃあもう1人。こいつはリロードして打ち続けてくるわね。

目の前まで行って弾切れを待つ。

ガシャン。

おしまい。さあ、こっちのばん。

私の逆三角形の銃に朝時間帯、まだ朝タイムだ、の光が微かに反射。

さっさと逃げればいいものを。

リロードする手が震えてるわよ。

あー楽しい。

《《視点終わり》》


設定35


ガチャリ。

ドアが開いた。

私はすんでのところでいちばん近いロッカーに隠れる、いちばん奥のではなく。

当然だけどゴミ箱とダンボール箱も間に合わない。

ハァハァ、もっと息を殺さなきゃ。

誰かが室内に入ってくる。

ロッカーの窓目から光りがもれる。わずかな隙間から向こう側の人影がよく見えた。

キルト地の制服はここの制服。うちの生徒だ。女子っぽい。

希望で崩れ落ちそう。

思わず扉をあけてしまう。「助けて。ここの生徒なの」

でもそれで脅えたのは向こうの方だった。

「ひゃあああああああ」こちらを向きなおり手にしてるものは。

ガンガンガンガンガッ。

たちまちハチの巣になる私とロッカー。選択肢をまちがえた。

更衣室のロッカーで終わる人生。

……………………。

ダメだ、この選択肢はダメだ。

うちの生徒の服を着ていても味方とは断定できない。

だからやりすごすのが正しい選択肢。

私はロッカーの中で狂気的に長くかんじられる時間に耐える。

彼女は部屋の中をあれこれ探している。ものをどかしてみたり、どれかのロッカーを開けたり、そのうち自分が見当違いの行動をとっていると気づいてくれたようだ。

ためいき。

彼女はここを去ることに決めた。

振り返らない彼女。

それでいいの。どうか振り返らないで。

しかし1度だけ振り返った。

そして気づく。


《《アクリタイス兵士Fの思考ログ:始め》》

ギーメは恐ろしきもの。文字通り人をとって食べる悪魔的な存在だと教えられてきた。そんな者が子供たちの身近に居ていいはずがない。

いい歳をして高校生の制服を着て、校内に潜んできたのだが、直接戦おうとするのは選択肢を間違えたかもしれない。怖い。いくらシリンジの攻撃を受けにくくなる薬剤を投与されているとは言え。

そもそもその話だって、彼らの受け売りで、確かめたわけじゃない。

だから女子更衣室の中に踏み込んだ時は明らかに自分の選択を悔やんだ。

でも仕方がない。勇気を振り絞って更衣室の中を調べる。そもそもこんなところに居るかどうか。いやでも男性隊員に調べさせるわけには。

「いたか?」

「ちょっと待って」

2人1組に行動するもうひとりの男性パートナーが部屋の外から声をかけてくる。

きっと何もいない。うん、確かにいない。

安堵して振り返る彼女は閉じているロッカーを見つけた。すぐ外に服が何着か落ちている。ロッカーの中身が外に放り出されているということは。

《《ログ終わり》》


ロッカーの明り取り窓から外をみる私と、その外からみる彼女。

黒い瞳がお互いを視認した。

「ひゃあああああああ」こちらを向きなおり手にしてるものは。

もうダメだっ。

私は目をつぶった。こういう時に目をつぶっては本当はいけない、だけど。

私は自分のまぶたの裏を見つめる。

沈黙。

沈黙。

終末に至る時間は想ってるよりずっと長い。違う?


暗闇の中で光が見えたような気がした。

目をつぶっているのになんで光?


しばらく暗闇に耐えると、ロッカーの外から倒れる音がした。

鈍い音が響く。

なにが?

なにがおこってるの?

誰かが入ってきたのがわかる、眺めている。あしおとっ。


そしてこのロッカーにまっしぐらにやってくるっ。


開けた。戦慄を感じる。


「やっぱりっ、私がいないとダメねぇ、あきれるぐらい」

「……ルゥリィ?」

「自分の身くらい守りなさい。なんでシリンジで戦わないの」

「……し、シリンジが効かない相手なんだよ」

「私の十字は通用したけど」

少しだけ苛立ちを含む視線でみすえられる。

「抗シリンジ剤なんて大出力で破れるわ。力一杯のをかましなさい。あなたならできるでしょ」

簡潔に言い述べて、自分が作ったばかりの死体を検分。

床には女子生徒が血まみれになって最後の痙攣をしている、頭部が4つに切り裂かれた十字の傷跡が致命傷。手に持つのはSFチックな外見の機関銃みたいなもの。

外にももう一人、こちらは男子。せなかにに十字の傷。やはり致命傷。

シリンジが通用しないにも関わらず、彼女のこれは効果が出ている。

「さようなら。アクリタイスの可愛い兵隊さんたち。なに、思ってたより年増の人? 学生さんじゃないのね」

つぶやくルゥリィ。しかしすぐ関心を無くしたようだ。

この敵の名はアクリタイス。

懐かしい敵よ。いや、そんなに昔でもない。

ギーメやギメロットを狩ることを目的にしている武装集団。数年前より突如出現。経歴不明。由来不明。出資者不明。本拠地不明。規模不明。兵力不明。しいていえば構成員は現地徴募することがある。しかし誰がどのように勧誘しているかはよく知られていない。

そこまでがこの世界で一通り知られている事実。そして。

「さて、ひととおり終わったわ。待たせたわね」

ルゥリィは私の手を無理やりつかむと女子更衣室を出て走り出した。


《《ある男の視点:4:始め》》

「なんだ、これは?」

指揮官はその場に踏みこんで愕然とする。

死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体。

ギーメ掃討用の重装備C班があっさり全滅している。

すべての死体には十字の傷跡があり、そこから流れ出した血液が小川のように流れ出している。

我々はいったい何を相手にして戦っているのだ。かなりの大物と言わざるをえなかった。

「指揮官、応援を頼んだほうが」

「いや、いまさら増援は間に合わん。それより撤収の準備をしろ」

「て、撤収ですか」

「心配するな。敵がある程度以上の勢力である場合、より上級の任務部隊を呼び寄せて後事を任すのがセオリーだ。つまりわれわれ一般部隊の敗北は予想されている、この時点で我らの任務はなかば達成したといってよい」

一般部隊は勝つための部隊ではなく、当て馬のようなものだった。ともかくこの軍隊ではそうだ。アクリタイスにおいて兵士たちの命は軽い。

巨敵をいぶりだすことに成功したのなら、敗北であっても成功と言える。

「了解しました」兵士は復唱する。

「ある程度の距離をとって継続的に監視するミッションに切り替える。体育館の要員を速やかに撤収、ガンシップを呼び寄せろ」

輸送用飛行船兼火力制圧母艦に命令を出す。

後はあいつらの仕事だと指揮官は考える。

「直ちに」

気をとりなおした部下が走っていく。

ところで指揮官にはもう1つ気になる点があった。

あいつはなにをやっている?

《《視点終わり》》


《《桜緒カノカの視点:2:始め》》

桜緒カノカ は、TV付きパソコンの3面投影画面に見入っている。

無人戦闘機“ブーメラン”を家庭用ゲーム機のコントローラで操作している。

アルファベットのCに似た機体。

中央部に爆装できるようになっているけど僕はやらない。

後方に緩やかにカーブを描く機体後尾から線形スパイクノズルが見えている。

中に片翼3発、計6発のアニソン社製小型ターボファンジェットエンジンを搭載。

女性らしいイチゴ色の天使のパーソナルマーク。

円形翼外周上の線形スパイクノズルが想像を絶する機体操作を可能にするけど、とどのつまり操作するのがかなりきびしい。

反応速度は危険なまでに過激。過激なまでに危険。

普通こういうのはコンピュータ制御されるんじゃないの?

いやモードを指定しておまかせすればよいのだけど、僕はやっぱり自分の手で飛ばないと気が済まないみたいだ。

いろいろな操縦補助設定をわざとはずして飛んでいる。

だって過激に操作できるなら自分の手でそれをやらないと、不満だからだよ。

せっかく安全なセーフティリミットをつけた自動車ではなく、わざわざそれを外した不十分な車でドリフト走行をするような。

制御できる危険に身を落とすのが僕の快楽。

これは自分に許したわずかな贅沢。

体調は今のところ問題ない。この瞬間に限っていえば。まだ完全だった時に比べても。

想ってるより過激な性格。もともとはそうではなかったんだけど。

知り合いに影響されたというか。

いや、もっと遠い昔はもともとこういうキャラだったというか。

まあいい。自分のことはもういい。次こそ失敗は許されないのだから。

残された時間は少ない。

出撃して作戦空域に侵入。

ゆけ空飛ぶパンケーキ。

都市伝説になれるといいね。

《《視点終わり》》


設定36


《《とある少女ギーメ兵の視点:6:始め》》

っ私もリロードする。奪った弾倉が残り少ない。空の弾倉は捨てる。

本当は弾倉は高いから捨ててはいけないんだけど、これ敵のだからな。

倒した相手のも少し奪っておく。

さて。

中庭の敵を一掃、赫いチラチラは、ついてきてるな。

なら話は早い。こいつから始末させてもらおう。

もうひとつ、高高度上空を接近する物体も、さりげなく通信装置で確認。

頭蓋骨内浸潤埋め込み型通信装置、ノッキンインザヘッドに指示して急行する。頭蓋骨で響かせる音声方式なのだ。シリンジ通信はダメージを伴うものなので以下略。つまりそれ以外の通常通信だ。

だがジャミングのため、直接通信はできない。

危険ではあるがシリンジで通信連絡の代わりをする。

シリンジは攻撃であって通信手段にはならないとの前提だが、極度の危険が伴う場合は話が別だ。物事には優先順位がある。自分の一部を攻撃に対して解放、全体統制シリンジ担当に投げ与える。

たぶん、今日はペオがやってるはずだ。

そのあと私のごく一部分はペオになってしまうけど、命あってのものだねだ。

いや、もどるけど。ギーメはシリンジに対して免疫がある。

でもしばらくペオのくせがつくのは否めない。

あたしは頭の中でちりちり計算しながら、建物の中に入り見つけた最初の階段をのぼる。2階に上ったところで遭遇戦、武装兵4人、出会いがしらで1人倒し、残りが反撃してくるけど無視して上にのぼる。いちばん上に屋上に、扉の鍵を1連射で打ち抜いて扉を蹴破って屋上に出る。

屋上。円を描いて走りまわる。

これはもう撃ってくれと言わんばかりの無謀さ。狂気の作戦だけど、いささか無理があるけど、私って直感を信じてるから。

果たして。複数の赫いチラチラが私に重なる。

やはりそれは射撃だった。全方位から狙撃が行われている。

いや、上空に何かいる。やはり空か。

ガンッ。

来た。

ガンガンガンガガンガンガンガンガガンッ。

エリアティッシュの防御力を信じてる。

ガガガガガガガッーーーーーガッガーーーー。

射撃音が連続しすぎて1つの音に聞こえ始める。

エリアティッシュが白濁する。

1発でも貫通すればきっと臨死体験すら体験できねーってレベルで。

相手の銃弾の威力はさっき確認したとはいえ。

狂神女のごとくおつむがおかしくなりそーなガラス破砕音、灰色のシャッターコーンが目の前を埋め尽くす中で落ちていく擬似感覚にとらわれ。

視界の隅に砕かれる黒色のフェザープリントがかすかにみえ。

刹那、自分の一部が書き換えられるのが分かる。

(特定したから降りて)

自動思考。こういう強制思考はシリンジの証だ。味方からのものと確信しているので抵抗せず。

自動思考を神の声としんじて4階の高さから今度こそ頭から墜落。

射界からはずれる私。

おかしい。普通はエリアティッシュが空気抵抗で速度を減じてくれるので、ふわりと落ちるはずなのにそう落ちない、期待外れの重力加速度のままがつんと、マシンの力で守られて周囲の世界がようやく白濁して作用してくれる。白のかたまり。

ショックアブソーブ。

まあ、死なないけどさ。

頭はくらくらするけど。

《《視点終わり》》


双胴型飛行船「空の幼女」ロッキード・マーティンP791-C。4隻。

まるで飛行船をふたつ繋げた胴体に4本の足を生やしたような。なので幼女などと不名誉な名前を誰かがつけた。

どこかで売却処分された機体を現地アクリタイス代表が買い取ったものだ。それがマザーガンシップに使われている。機体表面は電子迷彩しているので識別が非常に難しい。

タバコのリモートで統制射撃を行っている。


《《桜緒カノカの視点:3:始め》》

「今です」

こちらは有線会話のペオからのキーを受けて、カノカはスティックを操作、無人戦闘機ブーメランはペイロードを放出する。機体と一体化している部分がそのまんまAAM。

4本の左右非対称型ショト01空対空ミサイルとなってそのまま空中進行、双胴型飛行船「空の幼女」ロッキード・マーティンP791-Cに突入して爆砕。

今の今まで学校の屋上を狙撃・支配していたものが、狩るもの狩られるもの一瞬で立場が逆になる。

残り3隻。

見る間にミサイルは忠実に目標へ駆け寄って、合計4隻すべてを食いちぎって、ブーメランは上空制圧。そのまま火力支援に入る。

居住地上空で爆発してないことを確認。田舎なのが幸いする。今回は航空支援の威力を最大限に発揮できた。

あとでノイエにこの借りをきっちり請求しとかないと。

3日月型UFOがニュースになったかどうかはまた別のお話です。

《《視点終わり》》


《《アクリタイス兵士Aの思考ログ:4:始め》》

「ざっけんなー、勝手にデバって勝手にやられやがってー」

タバコはもはや赫い光をなくしている。

射撃システムの方が破壊された結果、照準システムは戦わずして無力化された。

今回は。

本人いわく、最後の攻撃は自分の指示ではなく、射撃システムが勝手にやったと主張している。

怒りのあまり周辺の機材を殴りつけているようだが。

「この、このっ、くそやろうが、バカにしやがってっ」

唖然とする自分の目の前で狂乱するタバコ。

この男、普段はやる気なさげだが、時に発作的に凶暴になる。

これは報告しなくてもいいのだろうか、報告すべきにきまってる。

こんなやつ、戦果をあげられなければただのクズだ。

《《ログ終わり》》


つかまれる手が痛い。

ルゥリィが私の手をつかんで走っているから。

私の痛みにまるで気づかない彼女。

「私にはあなたが、あなたには私が必要なのよ。信じなさい、ハァ」

息せき切って喋るルゥリィ。黙る私。

誰かが誰かに手を差し伸べたとき、握られた手は痛いことがあります。

さっきからずっと校舎の中を走ってる。何処へ行くつもりなのか。

「止まりなさい。警察っ、ぐぼぅ」吐瀉。最後まで発言することが出来ずに絶命。

わずかの間、とてもまぶしい。何かが光ったような気がする。

もう1人、前方に出てきた制服があっというまに血をふいてたおれる。やはりというか多分というか十字の傷が致命傷。また光る。何が光っているかは分からない。

とにかく、ルゥリィは自分が見たものすべてに十字の致命傷を負わせることができる。

そうやって血だまりの上をとおりすぎてく。

渡り廊下をわたって第1校舎にはいって生徒玄関まで。その先には正門があるが、いったんは玄関の手前で止まる。息を整える。まだ手は離してくれない。

そこでは銃撃戦を展開中。警察制服の人たちが外にむかって銃撃してる。

警察制服はアクリタイスだ。その彼らが交戦している相手ということはつまり。

ルゥリィはすぐ突っ込まずにいったん壁のかげにかくれる。

「ふふん。うしろはがら空きね。舐められたものだわ」

舌なめずりして光のなかへ踏みだす。

制服たちは気づかない。そのまま十字で襲いかかる。吐瀉、悲鳴上げて、吐瀉。ただ倒されてく。ルゥリィはきらめく十字の狂気をふりまわす。数秒。そのまま死体置き場になっていくゲタ箱。沈黙。外からの銃撃が止まった。

(例のやつだ)「例のやつだ」

自動指向はシリンジの証。一方的な上書きを受けて思わず自由な方の手を口に当てる。

「んぐっ」一生懸命に口をつぐんだ。

誰かが、シリンジを非常用の通信手段として使っている。これをやっていると最悪の場合には、受信者は死んでしまう。よってこういうのは兵士のみがしていること。目前の戦闘に生き残る方が、後で死ぬことよりも重要なのだ。

ようやく気づく。これは三つ巴の戦いなのだ。

「今度はギーメたちが敵みたいね」

ルゥリィが見当をつけて解説しました。そして彼女は私を手元に引き寄せました。手はずっと握ったままです。

「生糸。私たちもいきましょう。私たちはこれから私たちが1人であることを奴らに思い知らせないといけないわ」

握った手は絶対に離してくれません。

「……ひ、1人で行くのはだめなのかな?」

「私1人だと撃たれてしまうわ」

そのような答えでした。つまり人質です。

「……オレを守る気なんてあまりないみたい?」

「お互いがお互いを守るのよ。やる気ないみたい?」

「……でも、オレはまだ何も言ってないのに」

そうするとルゥリィは笑みを浮かべて、

「あなた、今までなにをして生きてきたの?」

ああ、彼女もついに本音を語ったのだ。

「愛するということはその相手を傷つけることなのよ。相手を傷つけないと愛せないの。愛はそういうものなの」

繋がれた私を引き連れて彼女は舞台の中心に進み出る。

「さあ。世界は私たちに跪くの、それを望む意志のある者に開かれるのっっ」


《《とある少女ギーメ兵の視点:7:始め》》

敵母船が落とされたことで電波回線障害から回復。

「時間を稼げ。すぐに行く」

ジャミングが解けたのでノッキンインザヘッドより直接指示を出す。

途中、制服5人ほどの小班と遭遇。エリアティッシュを作動させて突撃。相手の銃撃が白いガラス弾痕の霧になって視界を防ぐ。そのまま撃つ。至近距離。もう1人。相手の真ん中を突き抜けた後、脇に入れてあるPSMに手をやって真後ろに回った相手を倒す。

あっというまに弾切れして、ナイフを抜く。


短くて極度に湾曲した恐竜の鉤爪しか連想できないようなナイフ、恐竜ナイフだ。切るという突き刺してから抉り取るための逆刃刀、最初から逆刃の方で切る、というより、もはや刺突武器だ。

続けて、いくらか機能性を犠牲にして無理やり組み込んだナイフ内銃身に特殊銃弾を入れる。真ん中からブレイクオープンして反り返る恐竜ナイフ、弾を装填、単発式だ、戻して柄からせり上がるコックを引いて撃鉄を起こすとようやく柄から姿を現すトリガーホール。


鉤のようなナイフを相手の首筋に叩き込んだ。その死体の向こう側にくるりと回り込んで、死体を盾にして最後の1人をナイフ内銃身で撃つ。全滅。

この小隊兵士はなんだかSFチックな外見の突撃銃を持っている。ロシア製逆三角形からこちらに持ち替え。

恐竜ナイフに特殊弾を装填しておく。とっておきだ。


アクリタイス兵が敷地の向う側を走っている、こちら側の航空機に攻撃されながら。もうこちらを認識しているどころか、それどころではない様子だ。

校舎の周りにアクリタイスの装甲バスが並べられている。誰も外に出さないつもりなのだが、空を飛んでいる側にとってはそれは絶好の標的。

いま一台の装甲バスが航空攻撃で炎上。

生き残ったバスの一台が人を載せてどこかへ行こうとするが、なにせ田舎なのでだだっ広い。それも標的になる。また炎上。出さないつもりだな。カノカの奴。

どうもアクリタイスは算を乱して退却するつもりだ。

これは航空機のせいだけじゃないな。こいつらは当たり前だけど私たちが目当てで来たわけじゃない。自分を隠すつもりゼロのあいつを追いかけてきた。でも良くも悪くもあいつはそれほど簡単な相手じゃない。というわけで。

もちろん連中の予想をはるかにくつがえしたのは私たちだろうけど。

悪いけどあいつは私たちがいただく。

私たちも実はアクリタイスではなく、あいつが目当てだ。

シスカのようにただの司法観測に来ているようなのとは根本的に違う。

アクリタイス兵を見て胸の奥でつぶやき。

お前たちは仲間の死体を担いで帰るといい。2度と来るな。

視線で止めのセリフを放ちながら、第1校舎を回り込んで正門前に突入する。

間に合った。

《《視点終わり》》


光の下へ。

「もしこのまま撃たれなければ、外に出て車を借りましょう。運転手つきでね。シリンジを使うわ」

運転手ごと手に入れるつもり。

私はなんと彼女に羽交い締めにされて前を歩かされている。

「言うとおりにしなさい。さもないと酷い目にあわすから」

ストーカー的な本性を現すルゥリィ。

「……こんな、おかしいよっ」

「おかしくないわ。付き合いなさい。慣れなさい」

「……オレはあなたが思ってるような人じゃないよ」

いろいろな意味で。

「その話は後よ」

前方のアクリタイス兵は一掃されたが、そのかわりギーメ兵たちが遮蔽物に隠れて狙撃の機会をまっている。

(人質を解放して投降しろ。今なら助ける)

シリンジ警告。

(この大嘘つきどもがっ、近づけば彼女を痛めつけるっ、どけっ)

ルゥリィ反撃。

両者の間に信頼関係はまったくない。

「私たち、きっと幸せになれるわ。私が約束する」

その約束は空手形だよ。私は知っているから。

どうしよう。どうしたらいいんだろう?

例によって消極的な思考以外は何も出てこない。

そもそも私は、あんまり生きようと思ってない。

そんな私だからすぐパニックになったりもするんだけど。

ギーメ兵はそれっきり手を出してこない。私たちが足を不器用に引きずる音だけ。静かだ。誰かが走り込んでくる。


《《とある少女ギーメ兵の視点:8:始め》》

恐竜ナイフを持って駆け付ける私。間に合った。

私がついたときに、女子生徒が2人。片方が片方の後ろ手をつかみながらよろよろと歩く。

ルゥリィ・エンスリンのメソッドを確認。後ろの方がそう。後ろが奴だ。前のが人質。

この状況を見るに敵はエリアティッシュのような防御システムを持ってない。

それで友軍、オクファたちが姿を見せないのはルゥリィ・エンスリンの武装でありメソッドであるところの十字を恐れているからか。

妥当である。

だが今この瞬間からは違う。敵に判断する余裕など与えない。私はすべての危険を無視して相手の目の前に飛び出した。

十字の攻撃で死ぬかもしれない。

《《視点終わり》》


設定37


目の前に人が飛び出してくる。

その人の顔をみて驚愕する。有村さん?

でも違う。これは違う。これはどこか私の知ってる有村さんじゃない。身にまとっている空気がちがう。

私たち2人の前にちょうと立ちふさがる。

「ルゥリィ・エンスリン」

「毬村ノイエ」

お互いに相手の名前を宣言する。

たぶん有村さんのこちらが本当の名前だ。

「見てわからないかしら。この子を血に染めたくなければどいて欲しいのだけど。それともあなたも十字架に吊るしたほうがいい?」ルゥリィ脅迫。

「見てわかんないのかよ。その子を引き渡せ」逆に脅し返す。

もう喋り方だって違う。

それが本当のあなたなのという感じ。

有村さん、銃を捨てた。そして何かを私たちに向けて突き出した、鎌みたいな何か?

そのままこっちに歩いてくる、考える時間を与えない。

「近づくのを止めなさい」

「やだね」

「ふふっ、ちょっとでも取り引きしようとしたのが我ながら――愚問だな」

有村さんが前に走り出した、ような気がした。

何かがきらめく。


%%%%%

十字の――――――――――――――――――――――光?

%%%%%


頭の中の映像。自動思考。音の出る言の葉。%表示は一瞬で浮かんでは消える映像のようなもの。圧倒的な感覚。絶対的な記憶。


これまでちらりと見えてきたモノが、はっきりと見えた。

十字が使われるときには必ずこの映像がともに来る。


有村さんの胴体に十字の傷が現れる。すごく大きな。

そのまま倒れ伏せる。血まみれになって。私の目の前で。

「やっ」

私のお魚さんっ。思わず悲鳴を上げた私。


《《自称怪物の視点:1:始め》》

あっけないわね。止めをさしておいた方がいいのかしら。

毬村ノイエとは敵同士だ。

ギメロットがしばしばこいつにやられていることはよく知っている。

私も住みかを追われたことが何度かある。

ギメロット狩りの特殊部隊。

いや、しかしこいつの仲間がまだいるんだった。さっさと外に出て車を、運転手ごと手に入れる。もしどうしてもというなら、生糸は置いていこう。あとで救いだすチャンスはまだある。ちょっとばかりスマートさに欠けるかもしれない。この私がそんな人間くさい行動をするなんて少し屈辱だ。

私はエリアティッシュのようなシールドを持ってないから、本格的な銃撃戦には無力だ。それでも、さいあく撃たれたとしても体を乗り換えればいい。1人でも生き残っていれば私は継続できる。今回だって最終個体を別に退避させてた。全滅はしない。同時にすべての個体にシリンジ攻撃を受けなければ。さすがに自分を書き換えられたら戦闘不能だ。


それにしてもアクリタイスとギーメが同時に攻撃してきたのは驚いた。典型的な遭遇戦ということ? 片方だけなら完全に対処できた自信があるのだけど。

片方だけだったら、例えばアクリタイスだけが相手なら十字で倒せるはずだし、ギーメだけが相手ならそれこそ逃げる手もあった。

無理はしない。無理をするだけの価値のある子を見つけたとはいえ。

片方だけだったら。

アクリタイスだけだと思った。だから十字で戦うと決めてしまった。

でも、もしこれが故意になら?

そういうこと?

ガツン。

右つま先に鈍痛が響く。

《《視点終わり》》


入った。


《《毬村ノイエの視点:9:始め》》

毬村ノイエは倒されたままチャンスを待った。

もし相手が止めをさそうと考えたなら、万事休す、次の誰かに期待するしかない。次の“私”に私の記憶や意志が残っていることはほぼ完全に当てにできない。

ギメロットやミスキスじゃないのだ。

死。

常にいのちの選択を。

右に進むか、左に行くか、向かう先のどちらかは未来が閉じている。

生有るものは、かならずどちらかを選ばなければならない。

その結果がどうであれ、選んだ報いを受けねばならない。

それが命の呪い。

ただ生きてることで受ける呪い。

ただ生きていくためだけに科される業火。

それは忌むべきことなりや?

否、と毬村ノイエはおもう。

これまで数多の死を見てきた。

自分で踏みにじった命もあれば、蹂躙されるのを守れなかった命もある。

愛する者よ、殺しあえ。

地獄で良いのだ。

不完全な選り好みをする天国など吐き気がするっ。

私は地獄がいいよ。

これが呪いなら私こそはどうか呪いそのものでありますように。

大切なものはきっとこの中に全部あると信じてる。

だから恐竜ナイフを握りしめて倒れた。親指がひとつの動作で発射口栓と安全装置を解除する。トリガー励起。ルゥリィがその銃口のすぐ先を通るまで。

《《視点終わり》》


《《自称怪物の視点:2:始め》》

つま先から入ったそれは回転しながら足の内部を登っていった。それは銃弾ではない。敢えて表現すれば金属弾頭の生物だった。擬似生命というべきか。足の筋肉を貪食しながら、あるいは粉砕しながら、胴体にむけて登ってくる。無論、想像を絶する激痛は感じる、しかし重大なのはそのことではない。

きらめく十字。

自分の足を破壊する。

だが間に合わなかった。

それは腰部に侵攻。アウトだ。この身体は放棄する。


「こ、これ、これで、終わりじゃない、わ」

激痛で少し発音がおかしい。もう楽にする。私は首を十字で切り落とす。

見えなくなる直前、私は毬村ノイエを―――。


お前のことを覚えておくぞ。

《《視点終わり》》


倒れた。自由にされたともいえる。

なにか泥の中で何かを引きずってる音がするんだけど。

そしてバスッとかいう音がして水が私にかかるんだけど。

キーンッという金属の回転音がするんだけど。

歯医者さんで聞こえるあれ。

私はうっかり振り返った。

そして自分がどれだけ汚れているか見てしまった。


ざりっ。

もう1人の私は、しかし出てこなかった。


設定38


それから先のこと。


「ぜぇぜぇ、帰還する。現場は、そのままにしてお、ごふっ」

「いや、ノイエ、あなた自分でおもってるより重傷なのね」

「いいから、これしき」


………………。

だめだ、意識がかなりぼうっとしてる。

…………。

…………。

…………。

……。

……。

いや、本当は全部おぼえてる。

ルゥリィ・エンスリンとその最後も。

あれは殺人者だったのだろうか? それはそうだろう。

ならなぜ抗った? おまえの生は地獄だったのに。

与えてやるが良かっただろうに。

飢えてる虎のほうが、おまえより生きるに値しただろうに。


ちょっと心が死んでる。


有村さん。

「改めまして。毬村ノイエといいます。有村ノエはわかりやすい偽名です」

「……」

偽名だったんだ。予想通り。でもなんの感情もわいてこない。

ちょっと心が死にすぎてる。

隣りにはよく教室で一緒に話してた人、えと、久住さんだっけ。

「私も、本当の名前はユ・オクファといいます。ノイエにはずっとむかし助けてもらったことがあって、それ以来の関係なのね」

後で聞いた話では、北の方の国から逃げてきた人なのだとか。いつだったか、ノイエに助けられてからその腹心になったのだとか。

でもこんなことは全部後で聞いた話です。

それで有村さ、毬村ノイエさんだけど、もうかつての優しい雰囲気に戻っていた。

どうも普段の性格は、人格まで偽装してたわけとかでなく、あれが地だったみたい。

「それでちょっとお話があるん、ですよねー」

語尾を上げる口調で話すノイエ。来るべきものがくる。尋問か。

「ぶっちゃけ、転校してほしいん、ですよねー。あ、ここより南の学校なんだけど」

セリフの棒読み攻撃。尋問とか苦手なのかもしれない。

「なんでかというとですね、ギーメが通える学校というのがこの辺にないのですよね」

どこまでも明るく喋るノイエ。

ところで私は重大なことを忘れてる。

私は野良ギーメというか、人の記憶に寄生して生きてる生き物だ。

「……あの、2人、とも」

質問しようとして言葉をのみこんだ。

2人がギーメであるか確認しようとおもったけれど、よく考えたらこれほど意味もなく危険な問いもない。

私はリコママの殺人者だ。

いや、厳密に言うと、いずれこのままだと観察者症候群でリコママを殺すということ。

それだけじゃない。

これまで生きてくためにシリンジしてきた数多の人に対する殺人者だ。

人間の側からみれば―――私は、悪意ある怪物。

そしてギーメの側からみれば―――私は、同胞への義務からの逃亡者。

徴兵拒否して逃げ出してるようなものなのだ。

いずれ目の前の2人がギーメであることはもはや否めないとしても、私のことがどこまで知られてるかで、運命が違ってくる。

言っちゃいけない。

自分の口から語ってはいけない。

相手に語らせること。取り調べのときはできるだけ相手に話をさせて、どこまで把握されてるかを確認しないといけない。

でもそんな小賢しい私のおもいは、ノイエの次のセリフであっさりと崩壊した。

「あ、猫間のおばさんはもう君が気にしなくても大丈夫だから」

真っ白になる私の脳髄に追加攻撃。

「君のこと調べたけど、ギメロットじゃないなら私たちはどうもしません。

よっぽどのことがない限り、これまで何かをやったにせよ、原則として罰があったりとかはしません。ただし、今後は私たちの組織の中で生きていってもらいます。

ギーメはあんまり人間の世界で生きてちゃいけないんだよ。だからギーメだけの学校に転校するわけ。今後は基本的にそこで生きていってもらうことになります」

…………。

…………。

…………。

ほんとに何の処罰もないのだろうか?

現実感がまったくない。

これは私の妄想、ではないのだな。

「いや人間の警察に捕まりたければ別だけど。どっちにしろ協定があるから私たちがギーメの子を引き取ることになってるの」

そこで話は終わりみたいだった。

「じゃあ詳しいことはまたあとで訊かせてね」

「……あの、ケガは?」

「ん?」

「……あの、有村さ……毬村さんかなりひどいケガをしたって、聞こえたけど」

「ああ、うん、もうなんとか治るよ。あとノイエでいいよ」

元気に大丈夫のジェスチャーするノイエだけど、

あの、それポーズが。ちょっとへん。なんで四角?

うん、写真を撮ったりするときの構図のポーズですよねそれ。

「ああっと、それからあなたを人質にしてたギメロットのことだけど、それも詳しくは向こうで訊くから。今は移動が最優先ね」

もうひとつ、私はこのことを訊かなければならない。いま訊かなければならない。そうしないといけない。私は生き残るために歪んでしまっているのかもしれない。せめて自分が歪んでいることは知っていなければならないかもしれない。

「……あの、彼女に仲間にされた人たちも元気なんですか?」

私以外の2人がわずかだけ視線を見合わせた。

私は沈黙した。

理解したというか、いや、させられたというか。


昨日までの世界は、それが幸福かどうかはさておくとして滅びた。

いずれにせよ2度と蘇ることはない。

「ギメロットに食べられちゃうと助けるのはちょっとね、無理というか。仮に死ななかったとしても」

「1度そうなると元には戻せないのですね。戻せても時間の問題。からだのほうが3ヶ月ぐらいしか持たないのですね」

重なる言葉で弁解する2人。いや、でも知っているのだ私は。わかっていたのだ。

2人はお互いの顔を見合わせ、心配そうな表情を見せるもすぐに立ち去る。彼女たちは仲間と思われる人たちのところへ行く。後始末があるのだろう。あとで聞いたことだが、私が考えてるよりこの時は忙しかったらしい。

そのあと、私は涙を流せなかった。

彼の顔がすぐには想いだせない。想いだせないな。

というか名前も思い出せない。


《《ある男の視点:5:始め》》

「Drポイズンリバースですか。奇妙な名前ですね」

「コードネームなんだろ。勝手に人殺しをしている連中だ。俺たちには逮捕権すらない」いまいましいにもほどがある。

かすかに風にのって流れ聞こえてくる罵倒を傲岸に無視する。

しばらく以前とはこの国のやり方もだいぶ変わった。

ところで、その女は白衣を着て化粧気がなく無愛想。

素は整っているであろう顔が見てすぐにわかるが、付属する厳しさがお世辞にも人から好かれるカテゴリーには入れてもらえない理由。

例えて言えば、マッドサイエンティストのカテゴリに含まれるであろう空気。

「出ろ」

拘置所の扉から出てきた指揮官は。

何の表情も浮かべられなかった。

彼女を相手に人間らしい感情は身を守るためのいかなる意味も持たない。

あの後、飛行船が撃沈されたことにより車両のみによる撤退となったが、案の定うまくいかなかった。

兵站を飛行船に頼っていたことが原因である。

霧のごとく消え去るあるいは現れる光学迷彩付き兵員輸送システム、さらに攻撃のためのガンシップにもなる武器であったが、相手側が予想をはるかにうわまわる火力を使用したことにより裏目に出た。

大型飛行船を撃沈するだけの火力、無人制空戦闘機クラスの兵器を投入してきたのである。

道路が封鎖されたあと、待ち構えていた日本内務省警察の手のうちにこれはもう落ちるしかなかった。

くわえて敵であるギーメ部隊も完全に見失っている。

ちなみにアクリタイス側と違い、この敵は見事に姿をくらませて消えた。

証拠隠滅することはなく現場は日本内務省警察の管理下となっている。

敗北である。

責任追及はもはや免れようもなく。

はっきりいって友軍により日本側の拘置所から解放されても、心楽しくない未来しか想像できなかった。

が、ポイズンリバースから出てきた言葉は予想外であった。

「罪は問わない」

拘置所の建物をでて、車に乗り込んだあとである。

「何らかの情報操作によって構築されたトラップを踏んでしまったという可能性が高い。だがそれに関してはお前の責任ではない」

指揮官はその意図を訝しんだ。

無論、この女の意思ではないだろう。

「先の敵の拠点を確認している。この拠点に侵入し偵察をおこなえ」

懲罰部隊か。

圧倒的に優勢な敵にたいし、攻勢をかけるのは自殺行為だが、味方が壊滅してもそれで情報が取れればいいということだろう。

兵力差については自然と想像がついた。

負け犬にふさわしい任務ということか。

それならわざわざ自分を救出したのもうなずける。

「おっと、勘違いするなよ」

ポイズンリバースは言う。

「私はおまえに何の感情もない。むしろ生き残って良かったとさえ思ってる。目撃した本人から話を聴きたいのだからな」

話の流れが変わったのを、確かに感じた。

「というと自分が見たものに何か意味があると?」

「この娘だ。現場で目撃したか?」

彼女、ポイズンリバースは手招きで廊下の椅子に座っている少年を呼び寄せた。士官候補生か。灰色の髪の少年が近寄ってきて1枚の写真を手渡す。

少年の服装は、普通の青緑迷彩ジャケットに大きな円形のカラビナリングが両肩にそれぞれついてる。写真が少年からポイズンリバースへ、ポイズンリから指揮官へ。

具体的にとある1名のみ探しているらしい。

「自分が見てなくても部下に見たものがいるかもしれません」

「私はおまえに訊いてるんだが?」

お前の部下にはもう訊いているという視線、その程度のこともわからないのかという蔑み。

おもわず鼻白む。

無能な相手への憎しみに打撃をうけ、自尊心が反撃を命ずるのを感じる。

もし選べるチャンスがあればだが、この女に有利になるような事をする選択肢は選ぶまい。

「自分はありませんが」

「そうか。確認したら私に報告しろ。口頭でだ」

女は念を押した。

これは使えるかもしれない。

わざわざ口頭で報告しろとの命令。

これはこの女の弱みにつながっているのかもしれない。かすかな期待感。

早すぎる復讐の本能にかられる指揮官は、ゆえに写真の少女を確かに記憶した。


写真の少女の名前は、楠本生糸である。

《《視点終わり》》


《《彼の視点:1:始め》》

少年はまだ生きていた。

楠本生糸を隠したあとそのまま戦場を離脱して発見をまぬがれた。

その意味ではノイエは嘘をついていたことになる。

ただギメロットの精神を受肉した以上、このままでは肉体は数か月しか持たないであろう。

だが腐りきるまでのわずかな月日、そのからだの中には、今なおルゥリィ・エンスリンの精神が息づいている。

彼あるいは彼女はノイエや生糸を追いかけての旅をはじめていた。

ギメロットは同期を取らないまま長期にわたって別行動をすると、次第に別の人格に遷移し始める。それでも元々の指向性が完全に消滅することはない。

彼女のことを忘れることはできない。自分を必要としてくれる者の存在は自分を定義づける。理由などもはや。

《《視点終わり》》

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