ちいさきもの
小さな小さな・・・とても小さな体はリクドウの手のひらほどの大きさだ。
そのとても小さな体には凄惨な暴力行為の痕がしっかりと刻まれていた。
顔には本来はあるはずのものがない。
その両方の瞳はくり抜かれていた。
「・・・なんと惨いことをする」
その小さな生命をいたわるかのように手をかざし、リクドウは幼い魂に刻まれた記憶を読み取っていた。
視点がとても低い。
小さな命の・・・ちいさきものの視点だった。
このちいさきものは好奇心旺盛なのだろう。
人間の子供たちの輪に入ろうと人間の子供たちに声をかける。
『ねぇねぇ!あそぼ!あそぼ!』
気味悪がったのだろう。なにか悪さをされると受け止めたのかもしれない。
人間の子供たちは一斉に石を投げる。
ちいさきものを攻撃することを選んだのだ。
『うわぁぁん!いたいよぉ!』
『ごめんなさい!ごめんなさい!』
ちいさきものは傷ついた体を引き摺るようにして歩き、その小さな体を木の根元に預けていた。
『〇〇、わるいこだからかみさまにめっ!されてるんだ。だからもっといいこにならなくちゃ!』
木々の隙間から見える星空に向かって、ちいさきものは誓いを立てた。
ほどなくして、ちいさきものの気持ちが通じたのか、神様からの御褒美なのか、ひとりの人間の男が近づいてきた。
『〇〇のともだちになってくれるの?』
ちいさきものはとても嬉しかった。
もうひとりじゃない。
もうひとりじゃないんだ。と喜んだ。
『〇〇のからだ、どうしちゃったのかな?うごけなくなっちゃった』
しかし、それは簡単に裏切られた。
人間の男の本当の目的は『ともだち』になることではなかったからだ。
ちいさいものの瞳がほしかった。
取り出せば希少価値のある美しい宝石になる瞳がほしかったのだ。
『これは珍しいお菓子だ』とちいさきものを騙して毒殺したのだった。
『・・・・・・〇〇、わるいこだからかみさまにめっ!されてるんだ。・・・だから・・・・・・もっといいこに・・・・・・・・・』
ちいさきものはその意識が途絶えるその瞬間ですら、瞳をえぐりだしている人間の男のことを疑うことなく信じ続けていた。
そして、今まさにリクドウの手の中でちいさきものの生命は消えようとしていた。
ギリッと奥歯を噛み締め、唸るような声でリクドウは言葉を吐き出す。
「こんなことが許されてなるものか」
愛する孫娘から『おまもり』として貰った『ネコモドキ』という名前のマスコットをポケットから出す。
意味もなく手にしたわけではない『ネコモドキ』のマスコットを依代とし、ちいさきものを式神として現世に固定するためだ。
「わたしは神様でもなんでもないが、お前の願いを叶えよう」
ちいさきものは目を覚ました。
目の前にいる使役術士の男の式神になったということだけはわかっていた。
ほかには何もない。
どこで生まれたのか、何という名前なのか。
ちいさきものは何一つ、覚えていなかった。
「お前の名前は『サイ』だ」
男はそう告げる。
それはとても優しくて温かい声だった。
「『サイ』?」
「そう、『サイ』だ。わたしは『リクドウ』でお前の主であり、友でもある」
難しいことはまだ『サイ』にはわからなかったが、『友』は何を意味する言葉なのかはよくわかっていた。
ずっとずっとほしかったからだ。
どうしてほしかったのか、それは覚えていないけれど、兎角ずっとほしかったのだ。
「『リクドウ』と『サイ』はともだち?」
「ああ、そうだ。友だちだ」
『リクドウ』の紅い瞳を見つめ、『サイ』は無邪気に問いかける。
優しく温かな声が『サイ』に届き、『サイ』はその小さな体で喜びを表した。
「わぁーい!うれしいな!うれしいな!」
小さな体をめいっぱい動かし、自由自在に空を飛び回る。
『リクドウ』はその無邪気な姿をただただ見守っていた。
全身で喜びを感じてほしかったからだ。
そして、これからもそれは続いていく。
「サイ、そろそろ行くぞ」
「はぁーい!」
【了】