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食堂で働き始めて今日で五日目になる。
仕事にも慣れてきて、お昼のピーク時にも多少の余裕はでてきた。
お客さんの数が落ち着いてきたというのもあるかもしれないけど。
それでも女将さんが言うにはいつもより多いんだとか。
なんとなくイメージしていた村だと、
みんな自宅で食事をするものだと思っていたけど
結構食堂に食べに来る人も多いんだね。
そんなお昼のピークが終わった昼下がり、
見慣れないお客さんが入って来た。
「ふぅ…腹へったぜ」
「リーダー私お肉が食べたい!」
「マヨリさん、肉ばかり食べてるとバランス壊しますよ。
ちゃんと野菜も食べないと」
「みなさん、とりあえず席についてくださいね」
そんな騒がしい四人組。
最初に入って来たのは無骨な鎧を着た戦士のような中年の男の人。
顔に傷があったりして、結構な修羅場をくぐってきてそうだ。
お肉を所望しているのはキツネのような耳をピンとたてた女の子。
ファンタジーでおなじみの獣人という存在なのかな?
年齢は伊吹と同じくらいだと思う。種族的に見た目と実年齢が違う可能性もあるけど。
食生活を注意しているのは長身の青年だ。
とはいえゆったりとしたローブ姿なので、
戦士じゃなくて魔法使いとかなのかもしれない。
最後に入って来たのは二十代半ばくらいの女性。
革製の鎧に身を包んでいる、さっぱりとした感じのする美人さんだ。
立ち位置的にこの人がリーダーなのかもしれない。
戦士のようでそうじゃなさそうな…
でも落ち着いた雰囲気を感じさせる人だなぁ。
話に聞いていた冒険者の人達なのかもしれない。
そう言った職の人がいるとは聞いていたけど
実際に見るのは初めてだね。
っと呑気に観察している場合じゃなかった。接客しないと。
「いらっしゃいませ。メニューは何になさいますか?」
私はにっこりと笑顔で応対する。接客は笑顔が大事だからね!
「あら、新しく入った子なのかしら?」
リーダーっぽい女性が私を見て少し驚いた顔をする。
ひょっとしたら定期的に村に立ち寄っているのかもしれない。
「はい、五日前から働かさせていただいてます」
そう言ってぺこりとお辞儀する。他の三人からも興味深げな視線を感じる。
「あら、じゃあまだ入ったばかりなのね。
お仕事慣れるまで大変だろうけど頑張ってね」
「はい!」
「それじゃあ注文をお願いしようかしら…」
そう言って女性が何種類かのメニューを注文する。
途中でキツネ耳の女の子が青年と言い争いしつつも、
なんとかまとまったようだ。
私が女将さんに注文を伝えると、女将さんが四人組に気が付いたようだ。
やっぱり常連さんみたいだね。
「リベルじゃないか。久しぶりだねぇ」
食事を終えて一息ついている四人組に、女将さんが声をかける。
もうお客さんはこの四人以外いないので、余裕ができたんだろう。
声のかけ方から、結構親しい間柄のようだね。
「久しぶりってひと月くらいしかたってないですよ」
「いやいや、私らみたいにずーっと村にいるとひと月が長く感じるものさ」
女将さんとリベルと呼ばれた女性は親しそうに会話を始める。
あっちは女将さんに任せて大丈夫そうなので、
私はお昼の片づけと夜の仕込みにかかるとしよう。
っと仕込みの前にお昼ご飯だ。お腹ぺこぺこだよ。
料理人である女将さんの旦那さんがお昼ご飯を用意してくれている。
「あの女将さんと話をしている方達、よく来るんですか」
用意されたシチューとパンを食べながら、旦那さんに尋ねる。
「ああ。南の森に依頼でよく来るんだよ。そのたびに寄ってくれてるんだ。
うちのやつは村の外の話が聞けるって喜んで話しかけるもんだから、
随分と親しくなったみたいだな。
あんまり喋り掛け過ぎて迷惑になってないといいんだけどなぁ」
そう言って苦笑する旦那さん。とはいえ、会話している様子はすごく親しげだったし
村を訪れるたびに来てくれてるのなら、悪くは思っていないんじゃないかな。
でもやっぱり冒険者とかを見かけると、
ここはファンタジーな世界なんだなぁと改めてかんじる。
伊吹だったらこういう世界好きそうだな。
二人一緒だったら、この世界を見て回るのも悪くなかったかもね…。
私はお昼ご飯を食べ終わると、
旦那さんにお礼を言って夜の仕込みにとりかかることにした。
「そういえば新しい子を雇ったんですね。なんだか不思議なかんじの子です」
「あぁ、あの子は雇ったというか…しばらく家で引き取ってるんだよ。
迷い人だから不思議なかんじがするのかもしれないねぇ。でも凄く良い子だよ」
その言葉を聞いて、私は少し驚く。
「迷い人なんですか。それなら…たしかに納得します。
どこか纏っている空気がちがいますし…」
「でもすっごく美人だよねー。最初エルフの人かと思っちゃった。
耳が長くないから違うんだろうけど」
マヨリがそう口にする。
たしかに美形揃いのエルフのように整った顔立ちをしている。
ただエルフは皆どこかとっつきにくい雰囲気を感じることがあるけど、
彼女はどちらかというと親しみやすい雰囲気がする。
「リーダー気が付いてた?
ロップってばチラチラとあの子の事目で追いかけてたんだよ。
いやーやっぱりロップも男の子だねー」
「ちょっマヨリさん、何言ってるんですか!?」
いつものようにロップがマヨリにからかわれている。うん…ロップ…わかりやすいからね。
「でも迷い人か。依頼の途中じゃなかったら私達が町まで送っても良かったんだけど、
今から森に行かないと駄目なのよね」
迷い人の保護はギルドの特別依頼として常にある。
出来得る限りは手助けをしてほしいというのがギルドの方針。
ただ、今は他の依頼を受けているのでそちらまで手が回らない。
幸いこの村で保護されているようだし、この村に任せても大丈夫だろう。
こっちの依頼を疎かにしてしまうと、そちらのほうで罰則が発生してしまう。
「…町まで歩いていくには、あの少女にはつらかろう。獣車を待つのが得策だ」
それまで黙っていたダンジルさんがそう呟く。
たしかに私達のように冒険者として鍛えているならまだしも、
歩いて町まで行くのは体力的にきついかもしれない。
魔物も多いし、精神的にも厳しいだろう。
「そうね。私達基準で考えたら駄目だったわね」
「…うむ」
「あー…ロップってば…ちょっと残念だなーとか思った?
一緒に行きたかったなぁとか」
「なっ、何を言ってるんですかマヨリさん!?」
マヨリの言葉にロップがうろたえる。
…うん…ほんとに分かりやすいな君は…
女将さんがダンジルさんに旅の話を聞かせてくれとせがんでいるのを聞きながら、
私の視線は先ほどの少女を追いかける。
テーブルの上に残された食器を手早く片づけながら
店内を右へ左へと動き回っている。
……って私までロップと同じように目で追いかけてしまっている。
でも妙に庇護欲を感じさせるというか…守ってあげたくなる少女だ。
……ひょっとしたらあの子の姿を重ねてしまっているのかもしれない。
もういないあの子のことを…。
私は視線を外せないまま、少女が店内の奥へとひっこむまで見守り続けていた。