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私は五枚のカードのうち、サンダージャベリンをマナに変えて
ドリアードの癒し手を呼び出す。
カードが消え去ると同時に現れる、妖艶な美女。
所々の大事な部分を葉っぱや蔦で隠しているけど、
逆にそれが背徳感を与えているよね…。
「マスター、どうぞご命令を」
美女に傅かれて、女同士なのに妙にドキッとしてしまう。
絵の時もかなり魅力的な姿だったけど、
実体を持った姿で現れると迫力が違うから当然の反応かもしれないけど。
とはいえ、ドリアードの癒し手を呼び出したのは
別に美女を見たいからってわけじゃない。
私のデッキの中で、数少ない人型で会話できそうなユニットだからだ。
もう少し高いコストで何体かいることはいるけど、
能力的に呼び出しにくかったりする。
その点ドリアードなら能力は回復だし
コストも少ないからうってつけなんだよね。
「命令ってわけじゃないんだけど…
ちょっと話をしたくって。こんな理由でよんでよかったのかな?」
なんとなく意気込んで出てきてくれたっぽいから、
話をしたいだけというのは気が咎める。
こんななんでもない理由で呼び出してゴメンねっていう気持ちでいっぱいだ。
でも、私の言葉を聞いてもドリアードは優しく微笑むだけだった。
「マスターのお望みであれば、理由などどんな些細なことでもかまいません。
むしろ呼んでいただけるだけで嬉しく思います」
最初は美人過ぎて圧倒されたけど、
こんな風に優しく微笑んでくれるとすごく親しみが湧くね。
冷たい態度を取られるんじゃないかと思って不安だったけどよかった。
「ありがとう。えっと…あなたに色々と聞きたいことがあるんだけど…」
「はい。何なりとお聞きください。
私が知っていることでしたら全てお答えいたしましょう」
こうして私とドリアードは時間の許す限り、会話を続けていった。
およそ三十分がたち、ドリアードは手を振りながら消えていった。
最初はぎこちない会話だったけど、最後は随分打ち解けれた気がするよ。
クラスの友達とはちがう…先生とも違う…
ちょっと年上のお姉さんってかんじかな。
そういった存在がこれまでいなかったから、なんだか新鮮な気分。
ただ残念ながら知りたかった情報の半分もわからないままだった。
この世界の事…カードの力、原理のこと…元の世界に帰る方法…。
ドリアードに分かるのは、
自分の力や呼び出されるまでは別の世界に意識体として漂っている事。
その別の世界というのは「オルディアナ」ということ。
オルディアナというのは私や伊吹がやっていたゲームの名前だ。
とするとこの世界はゲームの世界とは全く関係ない世界なんだろう。
カードの力がどうして使えるのかもわからないけど…。
ふぅ…でもとりあえず話ができる仲間がいるとわかったのは、
少し心強くなったかな。
ホイフクローさんや村の人達も良くしてくれるけど、
やっぱり心細かったし…。
伊吹は…心細くしていないかな…早く会いたいな…
私はそんなことを考えながら、眠りに落ちていった。
――三津 伊吹――
「スペル・ライトニング!」
俺の言葉とともに、巨体のオーガを稲妻が穿つ。
その一撃が致命傷になったのか、燻ぶる煙を上げながらオーガは地面に沈んだ。
「あいかわらずイブキの魔法は強力ね」
俺の横にはジュナさんが羨ましいという視線でこちらを見ている。
「いえ、制約もありますから…。ジュナさんの精霊術? のほうが羨ましいですよ」
俺は騎士達が残った魔物を掃討していくのを見ながら、
これまでの状況を振り返る。
騎士達は定期的に魔物の討伐を行っている。
俺が最初にでくわしたのも、そんな討伐任務の最中だったらしい。
想定外に大量の魔物が湧いており、
さらに援軍まで呼ばれた為に窮地に陥っていたんだそうだけど。
俺は姉ちゃんの情報を集めてもらっている傍ら、
その魔物討伐に随伴させてもらうことにした。
普通ならよくわからない異世界の人間なんて
連れて行こうと思わないんだろうけど、
力は示したし幸い騎士団の人達の信頼も得ることが出来た。
命の危険があるということをしっかりと確認させられた上で、
随伴の許可を得ることが出来た。
理由は二つあった。
その一つは情報を待つだけの状況に耐えられなかったから。
自分で探しに行きたいけど、右も左もわからない世界では
とてもじゃないけど探しようがない。
騎士団を通じて広いネットワークで調査してもらうほうが、
よっぽど効率的だろう。
俺の中の歯がゆい思いを抑えることが出来れば…。
その為に騎士団の人達とは協力しあえる関係でありたかった。
もう一つは俺のデッキの横にあるポイントという数字。
これはオルディアナでカードパックを入手するのに
必要なものだったが、どうやら魔物を倒すことで増えていくらしい。
最初に大量のゴブリンを倒したことで、
そこそこのポイントを得ることが出来ていた。
つまり魔物を討伐することは、俺自身の強化にもつながる。
カードの効果によっては姉ちゃんを探すのに有用なものもいくつか思い当る。
だから積極的に魔物討伐に参加している。
残念なことに、ゲームで持っていた
俺のカードは持っているデッキの三十枚をのぞいて全てなくなっていた。
レアなカードも結構持っていたんだけどな…ないものはしかたない。
ちなみに俺は魔術師ということになっている。
持っているデッキがスペル中心のデッキというのもあるけど、
手札を明かさないのはカードゲームの基本だ。
召喚のことやデッキ、カードのことは伏せておいた。
バイカルさんもジュナさんも騎士団の人達も、凄く良い人達だ。
窮地を助けたとはいえ、見ず知らずの俺にとてもよくしてくれる。
でもいつ敵になるかわからないし、
そうじゃなくとも理解できない力は恐怖を誘う。
(姉ちゃん…心細くしてないかな…)
この世界で一人震えているであろう姉ちゃんを思うと、
どうしようもないとはいえ焦燥感に包まれる。
手札を全て明かせる存在…俺にとってそれは姉ちゃん一人だった。