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ホイフクローさんに案内された私達は、
それほど時間がかからずに開けた場所に辿りつく。
「ここは…」
それは森の中に出来た村というものか…
村というよりはもっと小さい規模だけど。
木を利用して作られた家のようなものがいくつか見られた。
住人らしき姿もいくつか見えたが、みんな人間ではないようだ。
「ほーほほっ、ここは森神の住処。
我ら争いを好まん森に住む者にとっての憩いの場じゃ」
そう言いながらも進むホイフクローさん。
その時私の横を歩いていたサーベルウルフが低く鳴くとスーッと消えていく。
「あっ!?」
私はその時思いだす。召喚したユニットには制限時間がある。
エナジーを消費しきったサーベルウルフはカードに戻ったのだろう。
ということはプレートボアももうすぐ消えてしまう。
そう考えると、とたんに不安が湧いてくる。
目の前のホイフクローさんは敵意はないとはいえ会ったばかりだ。
それに他には危害を加えてくる魔物がいるかもしれない。
「ほーほほっ、どうやら召喚時間というものがあるようじゃな。
わしの知っておる召喚術は召喚している間は
魔力を消費しつづけるようじゃが
それとはまた違う系統のようじゃのぉ。興味深い。
それにさきほどの攻撃魔法は熟練の魔術師にひけをとらぬ威力。
召喚に攻撃魔法…どちらも一級の腕を持っておろうとは…
やはり異世界の者は面白い」
ホイフクローさんは内心ワタワタしている私のことなど気にする様でもなく、
なにやら一人で疑問を出して一人で納得している。
私は少し逡巡したものの、曖昧に笑ってそのまま受け流すことにした。
新たな召喚もとりあえずやめておく。
危険という可能性もあるけど、カードが無尽蔵にドローできるとも限らない。
ゲームでは編集したカード「デッキ」が無くなるとプレイヤーの負けになる。
この世界でどうなるかはわからないけど、
少なくともカードの力が無いと生き抜くのは難しいだろう。
まさに生命線といえる。
今は落ち着いて自分の出来ることと出来ない事を調べる必要がありそう。
しばらく歩くうちにプレートボアも消え去る。
私は何事もないかのように歩き続ける。
やがて少し小さな家のような木のようなものの前に辿りつく。
「わしの家じゃ。特に遠慮する必要もない」
「お邪魔します」
私は少しかがみながら木の家に入る。
中は思ったよりも広く、ずっと屈み続ける必要もなさそうだ。
「さて、ここには他に住人もいるが基本的に皆無関心じゃ。
気にすることはない。この森神の住処は戦闘はもちろん、
騒がしい行いも禁じられておるからの。
破ろうとするものは普通はおらん。安心するといい」
「えっ…禁じられている? それって誰からですか?」
私はホイフクローさんに色々と疑問に思ったことを尋ねる。
それによると、この森神の住処というのは
森神と呼ばれる強大な力を持つ魔物の住処なんだとか。
ただ森神自体は温厚な魔物でとくに騒がしくしたりしない限りは、
特に何もしてこない。
その為に森に住むいくつかの魔物達はこうしてひっそりと
近くで住むようになったという。
そのお返しに森神の好みそうな果物などを差し入れたりしているんだとか。
いわゆる共生ってやつかな。
戦闘行為などの騒がしい行為をすると、
森神から排除されると言う。なのでここに住むもの達は
暗黙の了解としてそのような行為を行わないようにしているんだとか。
たまに寄りつく獰猛な魔物なんかがいるらしいけど、
あっさりと排除させられると言うからには
森神という魔物…かなり強いんだろうな。
まぁそれなら大人しくしている分には安全といえそうだ。
私はホイフクローさんから果物や水を貰いながら空腹を満たしていく。
こっちに来てから歩き通しで何も食べてなかったからね。
ほんとに身体に染み込むなぁ。
驚いたことに、ホイフクローさんは回復魔法まで使いこなせた。
最初は賢者って自称かなと思ってたけど、
本当に賢者なのかもしれない…。
曰く、私のような別の世界からの来訪者というのは
たまに報告があるんだとか。
この世界が何かしら不安定な為に、
そのようなことが起こるのだろうと言っていたけど
難しいことはよく聞き取れなかった。
ただ帰れたという話はまだ聞いたことが無いという。
まぁ帰ったらそのまま報告に戻ることはないだろうから
ひょっとしたら帰れたものもいるかもしれないという言葉に少し救われたけど。
とりあえず今日はここで休んで、
明日にでもこの森を抜けて近くの村に案内してくれるということになった。
右も左もわからない私にとっては、非常にありがたい申し出だ。
そのかわり、私の住んでいた場所の話を聞かせて欲しいとねだられた。
正直面白いのかな…と思いながらも住んでいた町…
日常の出来事…使っている道具なんかについて話をする。
目を爛々と輝かせて私の話に聞き入るフクロウは、えらく可愛かった。
森の賢者というよりは、
近くに住む子供に絵本を読み聞かせている感覚というか…
私の話が終わると、熱心に紙に文字を書き続けていた。
羽根なのに器用にペンを持つんだね。
あと書いてる字も読めるみたい。
字は見たことない記号みたいに見えるのに、
意味が頭にはいってくるんだよね…。
英語の字幕の映画を日本語の吹き替えで見てるような…不思議な感じ。
私はベッドに腰掛けて今日一日のことを思い出す。
なんだか色々とあり過ぎていまだに実感がないけど、
ここは違う世界なんだよね…はぁ…伊吹…今頃心配しているだろうな。
とはいえできることをするしかない。
私は眠る前に自分の出来ることをチェックすることにした。
まずはデッキがどんな風になっているのか。
ゲームではデッキは30枚のカードで作られる。
ゴールドは10枚まで、シルバーは20枚まで、ブロンズは制限なし。
私がカードを意識すると目の前に五枚の手札が現れる。
どれも白く輝きすぐにマナに変換できる状態だ。
今のマナは0。
デッキは…意識することでカードが積まれた物が見える。
これがデッキかな…?
デッキを意識することでそのデッキを構成するカードがわかる。
カードの枚数は23枚。
二枚使い手札に五枚あるから合計30枚。これはゲームそのままだ。
デッキの横には墓地と呼ばれる使用したカードを置く場所がある。
そこには二枚のカード。
サーベルウルフとプレートボアの二枚だ。
でもその横にシャッフルとあるのは何なんだろう? こんなのあったかな…。
私はシャッフルを意識して見る。すると頭の中にシャッフルの説明が浮かんでくる。
ふむふむ…墓地と手札のカードをデッキに含めて
デッキ選択状態に戻す…ただしマナも0にする…か。
これを使えばデッキ切れの心配はないんじゃないかな。
それなら心配していた問題の一つがなくなる。
カードが使えなくなるのが怖かったからね。
ただし使えるのは一日に一回だけ。つまり一度使うと二十四時間使えなくなる。
うん…よく考えてシャッフルは使おうか…。
さらにポイントという項目も見える。
これはたしかゲームでカードパックを
新たに入手するときに消費するものだったかな。
伊吹にはあまり使いすぎないように言ってたけど、
私も何回か購入したことがあるんだよね。
そのポイントには50という数字が表示されている。
たしか五枚入りのパックを入手するのに必要なポイントが200。
ポイントは対戦相手を倒す、課金して購入することで得られていたけど…
これって苔人間を倒したからかな?
もしそうなら、勝てば勝つほど強くなれそうだけど…
正直命の危険があるこの世界ではなるべく戦いたくないかな。
ふぅ…なんとなく生きていけそうと思ったら眠気がやってきた。
安心したからかもしれない。私は一枚のカードをマナに変えて眠ることにする。
ホイフクローさんにおやすみの挨拶をすると、字を書きながら挨拶を返された。
まだ私の話を書き写しているらしい。
こうして私の長い一日はようやく終わりを迎えた。