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んーなんだかドアをドンドンって叩く音がしたけど…
それよりもそろそろ起きて朝食の準備を――
「んんっ…むにゃ…なんだかスースーす…る…!?」
私は違和感を感じて身を起こす。
辺り一面の木々。周囲は柔らかな草が茂っていて…
「えっ? どこなのここ?」
昨日はお風呂からあがってしばらく本を読んで、ベッドに入って…
「夢…にしては現実感がすごいけど…」
手のひらに触れる草の感触。顔に感じるそよ風。
草木の青々とした匂い。どれもがここが現実だと脳に報せている。
「なんで…」
眠った後の記憶がない。ということは寝ている間に
この場所に連れてこられたという事だけど…
連れてこられたにしても、意図がわからない。
拘束されてるわけでもなく、着ている服装も寝る前のパジャマのままだ。
着衣の乱れもない。
「たしか遭難した時は、不用意に動かないことだっけ…?」
記憶の中でそんな心得があったような気がするけど、
そもそも遭難したのかどうかも分からない現状、動きようもない。
「でも助けが来るかどうかもわからないし、連れてきた相手がいるなら
離れないと危険だよね…」
周囲を見回しても、誰かいるようには感じない。
なんだか目の前がチラつくけど、
目にゴミでも入ったのかな…目をこすると見えなくなったし。
私はしばらくの間その場でどうするか考えた結果、
人を探して探索することを選択した。
ここにいても助けが来るとは限らないし、
とにかく人家をみつけないとだからね。
幸い地面は柔らかい草で覆われている…とはいえ裸足のままだし
変な物を踏まないように気を付けながら歩こう。
あれから一時間は歩いたと思うけど、いまだに森の中を彷徨っている。
ジンワリと額に汗もかいてきた。
はぁ…髪をカットしておいてよかったよ。
長くのばしていた髪を肩ぐらいで整えたのが数日前。
長いままだと、そうとう煩わしい思いをしたと思う。
伊吹はやけに驚いた顔をしてたけど。
それにしても…同じところをぐるぐるしてるわけではないと思うけど、
かなり大きな森なんじゃないかな…。
一本一本の木もかなり大きいし。
それと…ここって日本じゃない様な気がしてくる。
見た事のないような変な形の木をたくさん見かけるし。
私が知らないだけかもしれないけど…
寝ている間に日本以外の場所…よく小説なんかにある別の世界に…とか?
寝ている間に海外に連れてこられたと考えるよりも、
よっぽど現実的な気さえする。
そして、それを見かけることで私の中でその考えは確信に変わる。
ぶふぉーっぶふぉーっ
野太い鳴き声。その声を聞いた瞬間、
私は茂みに身を隠して様子をうかがう。
初めての生物との接触。でも人間ではない。
だんだんと近くにきているのがわかる。
ズシン、ズシンという足音まで聞こえ始めた。
かなり…大きい生物なんじゃないかなぁ。
じっと息をひそめて隠れていると、木々の合間から現れる巨大な生き物。
毛むくじゃらの象といえばマンモス。それに近い形だけど毛の色は緑色。
牙が四本生えており、角まで付いている。
うん…どうみても日本どころか地球の生き物じゃない。化け物だ。
緑色のマンモスは私のことなど眼中にないように、
私の目の前を横切っていった。
あんなに大きいのに器用に木々を抜けていく姿は不思議な感じがした。
「な…なによあれ…」
私は足音が聞こえなくなってから、ようやく茂みから身を起こす。
草食動物だったのか…それとも私に気が付いてなかっただけなのか…
幸い襲われることはなかったけど、生きた心地もしなかった。
正面から体当たりされたら、大型トラックに衝突されるどころじゃない結果になるだろう。
「は…早く帰りたいよ…」
若干涙目になるのは仕方ない。ここがどこか別の世界なのは確定だ。
夢の中の可能性もひょっとしたらあるかもだけど、
もし夢じゃなかったらその時は
死んでしまうかもしれない。
とにかく早くこの森を出るしかない。
この森での第二の生物との邂逅は、命の危機とともに訪れた。
マンモスをやり過ごして歩くこと数分、
次に現れたのは苔で覆われた人の形をしたもの。
苔人間は先ほどのマンモスと違い、
私のことを見つけるや否や襲いかかって来た。
「きゃっ!」
不意打ち気味に遭遇してしまった為に、逃げ出す余裕もなかった。
とっさに苔人間の振り回す手を回避するも、足を滑らせて尻もちをついてしまう。
「げ……げ…に…にく…」
私を見下ろして、苔人間は笑ったような気がする。それに肉って言ったよね。
言葉が通じる場所でよかったと思うけど、今はそんな場合じゃない。
尻もちをついたまま後ずさるけど、苔人間はゆっくりと距離を詰めてくる。
もう獲物は手中にあるといわんばかりの余裕だ。
私が恐怖しているのを愉しんでいるのかもしれない。
苔人間の両手にはまるで無理やり付けたかのような巨大な爪が付いている。
あの爪で殴りかかられたら、スイカ割りのスイカみたいに頭がはじけそう…
(はぁ…ホラー映画の被害者っぽい終わりなんて、あんまりだよ…)
私は目の前の苔人間を見ながら、人生の終わりを感じ始めていた。
どこか現実感のない終わり。ふと伊吹の顔が思い浮かぶ。
両親を亡くし、私だけが家族になった伊吹。もし私までいなくなったら…
きっと耐えられない! それにあの子をこれ以上悲しませたくない!
一瞬で思考が現実に戻ってくる。
私は諦めと絶望を振り切って、なんとか身体を動かす。
苔人間の手が私の頭に振り下ろされるのを、
なんとか身をよじって回避する。爪が私の身体をかすったのか、
パジャマごと肩口を薄く切り裂かれる。
肩に激しい痛みを感じるけど、まだ大丈夫!
そのまま中腰から立ちあがって、苔人間と距離をとる。
肩がズキズキ痛むし、足の裏も何かで切ったのかジンジンとする。
走って逃げるのは難しい。
倒せないまでも、なんとか追い払わないと…
私は周囲を見渡して何か使えそうなものが無いかを探す。
木の枝でもあれば武器になるんだけど…
その時また私の目の前に何かがチラつく。
また目にゴミが入ったのかと思ったけど、
それが見覚えのある物だったことで動きを止める。
注視するとはっきりと浮かんで見えてくるソレ。
ソレは見知ったゲームで使っていたカードだった。
(なんでカードが…!? ううん、今はこれに賭けるしか!)
私の目の前に浮かんでいるのは五枚のカード。最初の手札と同じだ。
その五枚のカードは白い輝きに包まれている。
これもゲームの最初のステップと一緒。
助かる為には藁にもすがりたい状態だった私は、
とにかくゲームの手順でカードを使う事にする。
―マナゲイン―
そう心の中で言葉を紡ぎながら一枚のカードを選択する。
その瞬間カードが砕け散り、私の中に力が満ちてくるのを感じた。
これはイケる!
ゲームではターン開始時に手札のカードを一枚砕くことで、
カードを使用するためのマナを入手することが出来る。
レアリティによって入手量が変わり、
ブロンズで1、シルバーで2、ゴールドで3手に入れることが出来る。
今私が砕いたのはシルバーなのでこれでマナが2手に入ったことになる。
カードが消えるとともに、一枚カードが補充される。
マナゲインの後はドローが行われる。これもゲームの手順通りだ。
新たに手札に来たカードも見覚えのある物。
私が昨晩使っていたものかもしれない。
「ぐぉ…お…おっ…」
私が手札のカードに気をとられている隙に、目の前に迫る苔人間の腕!
とっさに回避するも、回避しきれずに脇腹に爪先がかする。
「うぁっっ! 痛いっ……」
ゲームじゃないんだから、
こっちのターンや相手のターンなんてあるわけなかった。
そのことを痛感しながらも、私は痛みを我慢しつつ一枚のカードを使用する。
―サモン・サーベルウルフ―
その瞬間カードが白く輝き砕け散る。
同時に現れるしなやかな身体を持つ、中型の獣。
牙をむき出しに苔人間を威嚇する狼。私はその姿に生きる希望を見出した。