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閑静な住宅街。そのうちの一つの家での話。
「はい、サンダージャベリンで伊吹に攻撃」
「ええっ、またトップ解決かよ」
夜の九時過ぎ、部屋でモニター越しにカードゲームに興じる姉弟。
「姉ちゃんトップ解決多すぎるんだよ。引き運がよすぎ」
「ふふん、まぁ日頃の行いということよ」
姉のにこやかな笑顔と対照的に納得いかない顔で不満を吐き出す弟。
「はぁ、次のターンでコンボが決まってたのに」
「まぁまぁ、それよりもそろそろゲームもおしまい。
明日から部活の合宿でしょ。早めに休みなさい」
姉はそう言うとゲームの終了ボタンを押してモニターの電源を落とす。
「だから今日のうちにたくさんやっとこうと思ったんだけど…
それに最近新機能が搭載されたから、それの説明もしたかったんだけど」
弟の不満を軽く流しながら、立ち上がる弟に声をかける。
「帰ってきたらまた相手してあげるから
説明もその時に聞くわね」
その言葉を聞きながら、弟は不承不承に姉の部屋から出ていく。
「おやすみ伊吹」
「おやすみ姉ちゃん」
締まりかけのドア越しにおやすみの挨拶を交わす。
ごく普通の日常の一コマだった。
私の名前は三津 舞。両親を小さい頃に亡くし、家族は弟が一人だけ。
遠い親戚に引き取られた私達は、少し腫れものを扱うような状況ではあったものの
大事にしてもらえたと思う。
引き取られた当時の私は両親の死がよくわからずに、
泣き喚いて親戚を困らせた。死というものは理解できなかったけれど、
二度と会えないと言う事だけはなんとなく理解していたから。
そんな私がしっかりするようになったのは、伊吹の存在があったから。
泣き疲れて周囲を見渡した時に、私と同じように泣き喚く伊吹の姿を見て
私がこの子を守ってあげなくちゃと思ったのがきっかけ。
それ以来、散々親から言われていたお姉ちゃんとしての自覚が出てきたんだと思う。
多少過保護気味ではあったけど、事あるごとに伊吹の世話を焼いたものだ。
その伊吹も小学校卒業するくらいまでは、
お姉ちゃんお姉ちゃんと慕ってきて可愛かったけど、
最近は「お」を付けずに姉ちゃん呼ばわり。
あんまり世話を焼こうとすると、恥ずかしがる始末。
まぁ私も高校三年、伊吹は高校一年でそんな時期なんだろうなと思う事にしてるけど。
私は勉強普通、スポーツ普通というごく普通の高校生なのに比べて、
伊吹は勉強優秀、スポーツもそこそこ優秀という羨ましい生物だ。
贔屓目に見なくても、容姿も良いんだろうと思う。
友達があんなイケメンな弟がいて羨ましい! なんていってたからね。
まぁ弟がそう言われて、嬉しくない姉はいない。
そんな伊吹の趣味がさっきまでしていたカードゲーム。
トレーディングカードゲームという、
カードを集めてそれを編集して勝負するというもの。
とはいえ、実際のカードではなくゲームの中で集める疑似カードだけど。
結構頭を使うゲームで、最初はルールを覚えるのも大変そう…と思っていたけど
伊吹が手頃な対戦相手が欲しいとせがんできたので、形だけでもと始めた。
やってみると意外と面白くて、ルールもすぐに飲み込むことが出来た。
といっても伊吹のようにコンボ? などというものは詳しくなく、
難しい編集はできない。
それでも伊吹に時たま勝てる時があるから、
めいいっぱいのドヤ顔を向けてあげている。
伊吹曰く「姉ちゃんは運だけで勝ってる」などとのたまう。心外な…。
まぁ本音を言えば、若干距離を置き始める年齢になった伊吹が
自分から遊んでと言ってくるのが嬉しくて続けているのが本当のことだったりするけど。
もちろん伊吹に言うと恥ずかしがるので、ほんとのところは言っていない。
「ふぅ、明日の朝は何か元気のつくものを準備しなくちゃ…」
私は湯船につかり、一日の疲れを癒しながら明日の朝食のメニューを考える。
最近は親戚のお爺さん、お婆さんに頼んで私が朝食を作らせてもらっている。
少しでも恩返ししたいからね。二人とも喜んでくれるので作り甲斐がある。
明日から三日ほど、部活の合宿で伊吹は家を出る。
たしかバスケ部に入ったんだっけ。
そういえばいつの間に身長抜かれてたのかなぁ。
いつも一緒にいたから、気が付かなかったなぁ。
私は湯気をボーっと見ながら、そんなことを考え続けていた。
この時、明日からの生活がまったくといっていいほど変わることなど
知る由もなかった。