小噺33 大罪
「被告人に判決を言い渡す」
裁判長が口を開き沈黙が破られた。被告人、弁護人、検察官、傍聴人-その中には遺族もいた-の目が一斉に裁判長の顔に集まり、次の言葉を緊張して待っている。
「被告人はこれまでに老若男女、人種、信仰を問わずに数多の人々を傷つけて、命を奪う行為を繰り返してきた。刺殺、毒殺、絞殺、殴殺、放火、その他の行為で無垢な命を奪ってきた行為は残虐極まりない」
傍聴席から遺族の嗚咽が響いてくる。
「また人間のみならず犬、猫、多くの動物たちの命も同じように傷つけ奪ったことは尊い生命の重さを軽視したとしか考えられない」
裁判官は粛々と判決文を言い続ける。
「家屋への放火、破壊も同様である。多くの人々の安らぎと憩いの場所を己の勝手な欲望で破壊し尽した行為はもはや鬼畜、という言葉をも使わざるを得ない」
弁護人は顔の前で手を組んでいた。顔を机に向けて目を閉じている。その体は力が抜けて、小さく丸まっている。
「人命を軽んじて建造物を破壊し尽したこと、まさに冷酷非道の極みである」
検察官は不敵な笑みを浮かべて裁判官の方に体を向けていた。その顔は勝利を確信している。
「さらに」
と裁判官はこれまでより、一層力を込めて述べた。言い終えてちらりと被告人に目を向けたが、すぐに判決文に戻り、読み始めた。
「さらに、他の惑星の生命体への侮辱、傷害、殺人は地球と他の惑星との友好関係に亀裂を生ませ、侵略や攻撃の危機にさらした。その行為は、人類すべての、いや地球上に等しく生きる生命を脅かす、まさに空前絶後の凶悪な行為である」
「また古今東西で信仰されてきた神々を軽視、侮蔑、ときには傷つけた行為。鬼や龍、幽霊や魔物といった人間と住む世界が異なれど、異世界で生きる生命の平和を脅かす行為。挙句、人類の英知の結晶とされるロボットへの破壊行為!!」
裁判官は読み進むにつれて怒鳴り声になっていく。顔は真っ赤になり、怒りと侮蔑が混じった目で被告人を睨みつける。
「これまでの冷徹な、冷酷な、人の心を持たない、鬼畜生の、人でなしの、残虐非道な、残酷な、冷酷非道の、冷血な、残忍な、血も涙もない、極悪非道の、非情な、残虐な、心の通わない、非人間的な、人面獣心の、ひとでなしの行為から分かるように、被告人の更生は不可能に近い、いや不可能だと断言する!!」
傍聴席から拍手が上がった。涙を流しながら遺族は裁判官の判決文を聞き入っていた。
「よって」
裁判官は、判決文から顔を上げて、被告人を睨みつけるように判決を述べた。
「被告人を死刑と処す」
判決を言い渡された瞬間、被告人はその場に崩れるようにしゃがみこんだ。
弁護人は相変わらず下を向き、検察官は裁判官たちの判決に賞賛を込めて拍手を送った。
傍聴席では多くの人々が、いや人間だけでなく犬や猫が、お姫様や王子様が、宇宙人やロボットが、鬼やドラゴンが、神や悪魔が、その他多くの生命体が法廷が割れんばかりの拍手を送った。
歓喜に包まれる法廷でたった一人、被告人は涙を流して泣き叫んだ。
「私は…誰も傷つけては…いません…ただ…ただ、物語を書いていただけです…たしかに、話の中で地震で街や大勢の人を巻き込んだり、ドラゴンを倒したり、宇宙の星々を侵略したり…でも、それは…それは…物語の中のお話だ…」
泣き叫ぶ被告人は警察官たちに腕を掴まれて処刑室に連行されていく。大声を出しながら、叫ぶように。
はるか先の時代。物語の登場人物たちが現実の世界に実現する装置が開発されてから、彼らの生命を人間たちと同じように尊重しなければならなくなった時代。
自由気ままにお話を書くことは、この時代では大罪なのだ。