【3】黒ずきんとしかけた罠
オオカミさんにご飯を食べさせてもらうのは、小さな頃からの習慣だ。
なのに、ぼくに名前をくれた次の日、オオカミさんがそれを拒んだ。
習慣になるように、毎日続けてようやく当たり前になったのに、いまさらやめるなんて絶対に嫌だった。
ぼくがオオカミさんに触れるのが当たり前で、オオカミさんがぼくに触れるのが当たり前。
そういう風にぼくはしていくつもりでいたから。
最近ではオオカミさんも抵抗なくなったと思っていたのにな。
少し目を潤ませて俯くと、ぼくの予想通りオオカミさんが動揺する。
「わかった。じゃあ、食べさせてはやる。けど膝は駄目だ。ほら、そのお前も大きくなったし重いからな」
オオカミさんはぼくに甘い。
ぼくがそういう顔をしてみせると、大抵折れてくれる。
「うん、ありがとうオオカミさん!」
オオカミさんの膝の上は捨てがたかったけれど、食べさせてくれるならそれでいいやと思うことにした。
あまり駄々を捏ねすぎるのもよくない。
妥協したつもりだったのだけれど、これはこれでいいかもとぼくは思った。
オオカミさんの顔を見ながら、ご飯を食べることができる。
スープをすくって、口元に運んでくれるオオカミさんは、不機嫌そうに眉を寄せているけれど、照れてるってことがぼくにはわかった。
しかも、目が合うと逸らしてしまう。
なんだろ、この反応。
今までとはちょっと違う気がする。
けどその時のぼくは、そこまで気にしてはいなかった。
その日からオオカミさんは、変になった。
「オオカミさん!」
いつものように抱きついただけなのに、びくりと体を硬直させる。
しかも目を合わせてくれない。
「オオカミさん、どうしてぼくを見てくれないの?」
悲しげな声でそう言えば、そんなつもりはないとバツが悪そうな口調で呟く。
「じゃあ、ぼくを見て?」
甘えるようにそう言って、首に抱きつくようにして目を見つめれば、困ったような顔になった。
つねに表情だけはクールなオオカミさんが、こんな風にうろたえるのは珍しかった。
普段なら、しかたないという風を装って抱きしめさせてくれるのに、逃げるようにしてぼくの腕から離れて行った。
「……もしかして」
オオカミさんは、ぼくを意識しはじめてくれたんだろうか。
そう思ったら、確かめずにはいられなかった。
オオカミさんを水浴びに連れ出して、体を洗う。
獣の姿のオオカミさんを洗いながら、ぼくも一緒に服を脱いでみる。
普段ならオオカミさんの方が、お前も一緒に洗えと脱がしてきて、ぼくがそれを嫌がるというパターンなのだけれど。
「脱ぐな! 私がいないところで洗え!」
オオカミさんは、いつもと違う反応をした。
「どうして? いつも一緒に入れっていうのオオカミさんじゃない」
無邪気を装って、聞いてみる。
「オオカミさんも人型になってよ。一緒に洗いっこしよ?」
「……そんなのできるわけがないだろう!」
おねだりするように口にすれば、オオカミさんがしっぽをピンと伸ばした。興奮してるみたいだ。
「どうして? 前までやってたじゃない?」
ぼくの問いかけに、オオカミさんが言葉に詰まる。
「ねぇ、オオカミさん。何でぼくと洗いっこするのが嫌なの?」
わかってるのに言葉にして認めてほしくて、体を近づけてオオカミさんの顔に触れる。
わざと体を密着させたり、体をオオカミさんの視線にさらすようにすれば、オオカミさんは体を硬直させてごくりと喉をならして。
「……っ、駄目なものは駄目なんだ!」
オオカミさんは逃げ出した。
本当素直じゃなくて微笑ましくて。
つい、笑いが漏れた。
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きっとオオカミさんの好きは、ぼくと同じものになってきてる。
小動物や子供に対する可愛くて好きとかじゃなくて、それよりももっと上の好き。
でも、素直じゃなくて鈍いオオカミさんは、ぼくを見る目に熱が灯っていることに気づいてない。
無防備な姿をさらけ出してみる。
オオカミさんは興味を示してくれるけど、手は出してくれなかった。
わざと寝たふりをして誘っているのに、オオカミさんときたら物欲しそうな目でぼくを見つめながら、恐る恐る触れてくるだけ。
キスくらいしてくれたら、それをきっかけに既成事実くらい作れるのに。
さっきまで、オオカミさんが触れていてくれたところを自分の手で撫でる。もうぬくもりは残ってなくて、それが寂しい。
いっそぼくから襲ってしまいたいけれど、それは駄目だ。
こんな事ばかり考えていて、中身が真っ黒な人間だって知られて、嫌いになられたら元も子もない。
オオカミさんは、純真で可愛いぼくが好きなのだから。
焦らずにゆっくりと。
オオカミさんは、もうぼくの罠の中にいる。