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【2】黒ずきんの名前

 ぼくが十五歳になってしばらくした頃。

 街が栄えてきて、新しい人が増えた。

 彼らは森によく入っては、狩りを楽しんでいるようだった。

 よそ者の彼らは、森の神を敬う心なんて持ってなくて、時折オオカミさんが怪我をして帰ってくることがあった。


 それが嫌で、でも子供のぼくにはどうにもできなくて。

 そうやって過ごしているうちに、人間がオオカミさんに大怪我を負わせた。

 大人数でオオカミさんを待ち伏せして、卑怯にも罠にかけた。

 オオカミさんが死んじゃうかもしれないと思ったら、苦しくて、怖かった。

 自分が代わりになれたらって、何度も思った。

 オオカミさんを撃った人間たちが憎らしかった。


 でも三日くらい経ってオオカミさんは目を開けてくれて。

 その時、心の底からほっとした。

 


 そして思った。

 オオカミさんを守れるようになりたいって。

 この先もずっと、オオカミさんと一緒にいれる方法を探そうと決めた。


 まずは薬の勉強をした。

 オオカミさんが怪我をしても、すぐ治してあげられるように。

 そして、銃を扱うことを覚えた。

 また人間がオオカミさんを襲ってきても、退治してあげられるように。


 オオカミさんの狼族についても調べた。

 色んな伝承を聞きに行って、時には他の獣人に会いに行った。

 調べてわかったのは、人間でも狼族との間に子をなせるということ。

 人間から狼族になった例が存在する事。

 それはかなりの収穫で、ぼくが思っていた以上の成果だった。


 さらに獣人について情報を集めているうちに、ぼくは一冊の本に出会った。

 それには人が獣人になる方法が書かれていた。

 獣人は人よりも身体能力が優れている。

 もしも人を獣人にできたら。

 それを兵士にすれば、凄い力が手に入るんじゃないか。


 そういう研究をした魔術書だった。

 ただし、完成はしてないみたいだったけれど。


 ぼくは薬を完成させた。

 研究書はいいところまで行っていた。

 けれど、それが成功しなかったのは、そこに愛がなかったからだ。

 別に比喩とかそんなんじゃない。

 この薬は狼族になるのを促進させる薬であって、狼族と愛し合っていれば、自然と人間は狼族に近づいていくんだと、ぼくは気づいていた。


 体液で感染する、狼族の因子。

 それが一定以上になると、人が狼族になる。

 つまりはそういう事なのだ。


 薬師としての仕事も上手く行っていたし、稼ぎも出るようになった。

 薬も完成したし、オオカミさんに告白して、狼族にしてもらって。

 この森は少し危険だから、しばらく一緒に旅でもして暮らそうと思った。

 そしてお金を蓄えて、いつかこの森を買う。


 そう決めて、指輪の代わりにネックレスを準備した。

 オオカミさんが獣型になっても引きちぎれないようなネックレス。

 すこしゴツイのが難点だけれど、オオカミさんは気に入ってくれたみたいだった。

「悪くはないな」

 ぶっきらぼうな口調だったけど、耳や尻尾は嬉しいって語ってたから。



●●●●●●●●●●


「そのずきん、そろそろ取ったらどうだ?」

 その日、お酒を飲ませたらオオカミさんはそんな事を言ってきた。

 ぼくはどきっとした。

 オオカミさんは、ぼくの顔を気に入ってくれている。

 けれど、この赤い髪はきっと嫌いだ。

 嫌われるくらいなら、ずきんで隠していたかった。


「なんでそんなに嫌なんだ? せっかく綺麗な顔と髪をしているのに」

 拒んだぼくに、オオカミさんはそんな事を言った。

 綺麗なんてオオカミさんは何を言ってるんだろうと思った。


 毒々しい、目に痛い赤色。

 血を思わせる赤色。

 両親はこの色が嫌いで、ぼくに黒いずきんを被せた。

 ぼくを生んだことで、化け物の親だといわれていたことをぼくは知っていた。


 こんな毒々しい色をしてるから。

 オオカミさんもきっと、ぼくを食べてくれない。

 最初ぼくを見たオオカミさんは、驚いた顔をしていたし、手をつけてもくれなかった。

 だから、ずっとそうなんだと思っていた。


 それでもオオカミさんはこの顔を気に入ってくれたみたいだったから、黒いずきんをかぶって、髪を見えなくして。

 なのにオオカミさんは、それを口にしたぼくに呆れたような顔をした。


「私は別にお前を美味しくなさそうだと思ってあんな顔をしたわけじゃない。可愛いと見惚れていたんだ。だからずきんを取れ」

 それからちょっと恥ずかしそうに、オオカミさんはそう言ってくれて。

 嬉しくてしかたなかった。


「あぁだがそのずきんがないと、黒ずきんとは呼べないな。何と呼べばいい?」

 でもそんな言葉が続いて。

 ぼくは何も言えなくなった。

 

 ぼくには名前がない。

 黒ずきんとか、あれとか、それとか呼ばれていた。

 名前をつける価値が、ぼくにはなかったから。

 贈り物として捧げられたのに、ぼくが本当はそんな無価値なものだとオオカミさんが気づいてしまったら。

 それが怖くて、ずっと誤魔化してきた。


「どうした。名前を私には言いたくないのか」

 でもそんな風に聞かれてしまったら、言わないわけにはいかなくて。

「そうじゃなくて、黒ずきんってしかぼくは呼ばれてなかったんだ」

 そう告白したら、オオカミさんは黙った。


 オオカミさんがぼくの価値に気づいて、いらないって言ったら。

 それを想像するだけで、苦しくて泣きそうになった。

 最初の時にも言われたけれど、今と昔じゃ重みが違う。

 あの時のぼくは何も持ってなかったから、言われたって平気だったけれど。

 今のぼくは、オオカミさんが好きって気持ちを持っていたから。


 長い沈黙が、苦痛だった。

 ぼくを捨てようかどうか、悩んでいるのかもしれない。

 そう思っていたら、オオカミさんが口を開いた。


「……私の名前はシスカというんだ。銀色という意味を持つ。お前は赤い髪をしているからアウルでどうだ? 赤色という意味で、私とおそろいだ」

 オオカミさんはそう口にした。

 黙っていたのは、ぼくの名前を考えていてくれていたからのようだった。

 オオカミさんと、おそろいの名前。

 胸になにかがこみ上げてきて、たまらなく嬉しくて。


「うん、オオカミさんとおそろいだね!」

 そう言って抱きついたら、オオカミさんがしかたないなというようにボクのずきんを外して、髪を撫でてくれて。

「アウル」

 オオカミさんが大切そうに口にしてくれたのが、ぼくの名前だと思うと、その響きが何よりも素晴らしいものに思えた。

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