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【1】黒ずきんと森の神様

 オオカミさんは今日も可愛い。

「ねぇ、オオカミさん。食べさせて?」

 その膝にすとんとおさまって、振り向き様に上目遣い。

「……まったくお前はしかたないな」

 そうすれば困った顔をしながら、ぼくにご飯を食べさせてくれるのだ。



●●●●●●●●●●


 オオカミさんは人狼だ。

 大きな狼姿になったり、二十歳くらいの女の人の姿になったりする。

 長生きで、結構前からこの森に住んでいるらしい。

 ぼくの住んでいた村では、オオカミさんのことを森の神様って呼んでいた。


 ぼくは森の神様であるオオカミさんに捧げられた供物だった。

「お前は森の神様への贈り物なんだよ」

 そう父さんは言った。

 真っ赤な髪に黒いずきんを深く被せて。


 みんなぼくの真っ赤な髪を気持ち悪がった。

 ずきんはそれを隠すためのものだったけれど、同時にみんなのそういう視線からぼくを守ってもくれた。

 だからぼくはいつだって、黒いずきんを被っていた。


 森に置いていかれて。

 ぼくはいらないんだって、知っていた。

 捨てられたのも本当は気づいていた。

 でも、それよりも贈り物だから、食べられるためにここにいるんだって思いたかった。


 そしたら、オオカミさんがぼくの前に現れた。

 大きな狼。ぼくなんて一口で丸呑みにされてしまいそうだと思ったけれど、不思議と怖くなかった。

 ぼくのいる大岩の上に、身軽な動作で上ってきて。

 そのしなやかな動きと、銀の糸を紡いだような毛並みに釘付けになった。

 

 綺麗だな、とぼくは思った。

 こんな綺麗なものに食べられるなら、いいなって思った。


 そしたら狼は人に姿を変えて。

 白く滑らかな肌に、長い銀の髪。

 まるで月の妖精がみたいだと思った。

 意志の強そうな瞳から、目が離せなくて。

 今思えばあれは、ひとめぼれだったんだと思う。


 オオカミさんはぼくのずきんを捲って、驚いた顔をして。

 あぁやっぱり真っ赤な髪だから、森の神様もびっくりしてると思った。

「ぼく、オオカミさんのものだよ」

「いらん」

 口にすれば、そんな言葉が返って来て。


「食わないでおいてやるから、とっとと村に帰れ」

「……オオカミさんも、ぼくいらない?」

 わかってはいたけど、泣きそうになった。

 食べてすらもらえない。

 ぼくは、誰にも必要とされてない。


 そう思ったぼくに、オオカミさんはりんごを差し出してくれて。

 りんごを食べるぼくを、オオカミさんは見ていた。

 その視線が、両親や兄妹や。ぼくを見る村の人たちとは違う気がして。


 見られるのは嫌いだったはずなのに、オオカミさんにぼくをもっとその目で見て欲しいと思った。

「ぼくをたべて、オオカミさん」

 その言葉は無視されて、オオカミさんは行ってしまったけれど。

 しばらくして雨が降って、オオカミさんはまた戻ってきてくれた。


「たべられるなら、オオカミさんがいい」

「勝手にすればいい」

 もう一度そう言葉にしたら、オオカミさんは背を向けて歩き出して。

 途方にくれて見送っていたら、オオカミさんはまた振り返った。

 足踏みをしては振り返って。なかなかどこかに行こうとしなくって。


 それが着いてきていいってことなんだって気づいたら、嬉しくてしかたなかった。

 オオカミさんの家について、オオカミさんはぼくがいないかのように、普段どおりに振舞っている様子だったけれど。

 時々ちらりとぼくに視線を向けてきて、気にしてくれてるのがわかった。


 狼姿に戻って眠り始めたオオカミさんに、ゆっくりと近づいて。

 触れればオオカミさんは横目でぼくを見たけれど、何も言わなかったから。

 ここにいてもいいんだと、許された気がして。

 ぼくは幸せな気持ちで眠りについた。



●●●●●●●●●●


 狩りから帰ってきたオオカミさんを出迎えれば、最初は何も言わなかったけれどただいまと言ってくれるようになった。

 オオカミさんはわかりやすい。

 いつだって表情にはでないけれど、しっぽや獣耳は正直だ。

 

 オオカミさんはぼくにご飯を食べさせてくれる。

 甘えたように見上げればぴくりと耳が反応するし、もっとというようにおねだりすると尻尾がふさふさと音を立てて床を撫でる。

 オオカミさんは、ぼくの顔が結構好きみたいだと気づくのに、時間はかからなかった。


 もっとぼくに夢中になってほしくて、ぼくはオオカミさんの目の前で可愛く振舞うことを覚えた。

 そうするとオオカミさんが、ぼくのことを愛おしくてしかたないというような目で見るから。

 オオカミさんはその表情をすぐに隠してしまうけれど、しっぽや耳までは隠しきれてなくて。

 そうやって繕うオオカミさんも可愛らしいのだけれど、もっと素直になってくれてもいいのにとずっと思っていた。


 オオカミさんはひとりで生きてきたからか、最初ぼくにそこまで体を触らせてはくれなかった。

 近づこうとすれば逃げなかったけど、面倒だなという態度を見せることもあった。

 でもブラッシングとか、膝枕とか。

 ゆっくりとぼくに慣らしていけば、その時間になると自分からきてくれるようになった。


 しかたない触らせてやるか。

 いつもそんな態度だけど、最初と違うのはその体がリラックスしてるってこと。

 だらーんと体を伸ばしきって、気持ちよさそうに体を預けてくれる。

 オオカミさんはとても警戒心が強くて、無防備にこんな姿を見せるのはぼくだけだ。

 それはぼくがオオカミさんにとって、特別っていうような気がして。

 もっともっとぼくにだけ、そういう所をさらけ出して、離れられなくなればいいと思う。

 

 

 ただ、オオカミさんは、自分から積極的にぼくを触ってくれない。

 それがちょっと不満だった。

 だから、オオカミさんに触れられたくなった時、ぼくはオオカミさんにお酒をたっぷり飲ますことにしていた。


「ん、黒ずきん……可愛い」

 酔っ払ったオオカミさんは、いつもぼくを赴くままに抱きしめて、すりすりと頬ずりしてくる。

 それを受け入れて、ぼくはオオカミさんの耳やしっぽを好きなだけ撫で回す。ふだんオオカミさんは、そこだけは触らせてくれなかったから。

 そこは敏感な場所らしくて、触ればオオカミさんはびくんと顔を赤らめたり、色っぽい声をだす。


 オオカミさんはお酒を飲むときは、ビンを手にするために人型になる。狼型も好きだけど、この姿の方が色っぽい。

「んっ……こら、いたずらするな」

 そういいながらもオオカミさんは、自由にさせてくれる。

 くすっぐたいけど、別に嫌じゃないみたいだった。


 尻尾にふれる。

 根元のほうからなで上げると、オオカミさんは身を震わせてすこし首筋をのけぞらす。

 少しお酒で上気した肌と、白い喉。

「オオカミさんの方が可愛い」

 もっとオオカミさんのそういう姿を見たくて、たくさん触れて。

 起きたらオオカミさんが全く覚えてないのをいい事に、味をしめたぼくは時々それを繰り返していた。

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