【4】オオカミさんの贈り物
ある日オオカミさんがアウルを街に迎えにいくと、アウルが女の子と楽しそうにお喋りしていました。
人間の姿に変身していたので、隠れる必要はないのですが、つい木の陰に隠れて様子を窺います。
「アウル凄いわ。もうお師匠様が教えることはないって言ってたわよ」
「ぼくには目標があるからね。早く一人前になって、好きな人に告白したいんだ」
その会話の内容に、オオカミさんは驚きました。
アウルに好きな人がいるなんて知らなかったのです。
最近のアウルは、前にも増して研究熱心でした。
それも全てその好きな人のためなのだと思うと、どうしてか悲しくて苦しい気持ちになりました。
アウルは人間なんだ。
人間の世界で暮らすほうがいい。
オオカミさんは、そんなことを思うようになりました。
アウルが自分からどこかへ消えてしまう前に、自分から手放してしまおうと思ったのです。
そんなある日の事。
薬草を捜しに行くと森に入ったアウルがなかなか帰ってこないので、心配になって迎えにいけばアウルが倒れていました。
「アウル!」
叫びましたが、返事はありません。
お腹のあたりには血が滲んでいて、どうやら銃でやられたようでした。
前にオオカミさんが怪我をした時以来、時々森には人間がやってくるようになっていました。
こんな森の奥に人がいると思わなくて、獲物と間違われて撃たれたのか、オオカミさんと間違われて撃たれたのか。
どちらでも腹が立つことに変わりはありませんでした。
がさがさと茂みから音がして、銃弾がオオカミさんめがけて放たれました。
それでオオカミさんは、アウルがオオカミさんの仲間だと思われて撃たれたのだと知りました。
街からアウルを送り迎えするところを見られていたのかもしれません。
そうか、自分のせいか。
避けることはできました。
けれどそうすればアウルに当たってしまう。
オオカミさんは銃弾を避けませんでした。
オオカミさんの体に弾が貫通し、さらにもう一発が放たれて、オオカミさんの目の付近に当たりました。
血がでて、視界が滲みます。
オオカミさんは相手が弾を充填している間に、アウルを背に乗せて走り出しました。
血が出ているにも関わらず、痛みはそれほどありませんでした。
それよりも早く早くと、心が急いて、足が追いつきませんでした。
急いで街まで下りると、人間の姿に変身して医者にアウルを見せました。
アウルは酷い状態でした。
このままだと、アウルがいなくなってしまうかもしれない。
そう思うと、怖くて体が震えました。
銃弾ですら恐れないオオカミさんなのに、こんな風に何かを怖いと思ったことは初めてでした。
どうにかアウルは一命をとりとめ、オオカミさんはほっとしました。
そして決意しました。
アウルを人間の元へ返そうと。
そろそろ住む場所を変えなきゃなと、前々からオオカミさんは思っていました。
元々オオカミさんはこの森に住んでいたわけではありません。
色んな場所を巡ってここにたどり着いただけです。
長くいすぎたなと思いました。
傷が治るまでオオカミさんとアウルは、医者の家に住む事になりました。
人型で街をうろつきながらオオカミさんは考えます。
別れる前に、何かアウルにしてあげられることはないだろうか。
アウルがネックレスをプレゼントしてくれたように、自分も何かあげてみようか。
そんな時、張り紙を見つけました。
そこには狼姿のオオカミさんの絵があって、多額の懸賞金がかけられていました。
懸賞金に目がくらんで、男はアウルを使ってオオカミさんをおびき寄せようとしたのでしょう。
それを見ていて、オオカミさんはいい事を思いつきました。
●●●●●●●●●●
アウルの傷も、オオカミさんの傷も癒えてしばらく経って。
オオカミさんは、アウルに引越しの準備をするように告げました。
「私が考えた作戦に協力して欲しい」
オオカミさんが考えた作戦はこうでした。
アウルがオオカミさんを倒したということにして、その犬歯を証拠として報奨金をかけた奴らのところへ持っていく。
そうしてオオカミさんは姿をくらまして、後でアウルと落ち合うというものです。
「いいか、この牙を証として懸賞金も貰うんだ。それくらいは許されるだろ。二週間後にいつもの酒屋で待ってる」
昔生え変わった時に、なんとなく残しておいた犬歯をアウルに握らせます。
こうすればオオカミさんが死んだと思って、誰も追ってはこない。
報奨金を貰って、二人で別の場所で暮らそうとオオカミさんはアウルに言いました。
二週間というのは、オオカミさんがいなくなったかどうか、相手が確認するための期間でした。
グルだとばれてもいけないので、その間は別々に過ごそうと言えば、アウルは頷いてくれました。
オオカミさんは、その二週間の間にアウルを置いて、遠くの森へと移動しました。
風の噂で赤い髪の少年が、森のオオカミを倒したのだという話が聞こえてきて、オオカミは自分の作戦が上手く言ったことを知りました。
――アウルは伝言を聞いただろうか。
オオカミさんは、落ち合う場所として指定した酒屋の店主に、伝言を頼んでいました。
『私のことは忘れろ。人間は人間と幸せに暮らせ』
その言葉だけ。
ちゃんと伝わっただろうか。
心配ではありましたが、オオカミさんには信じることしかできません。
前の森からは遠く離れたこの場所で、オオカミさんは暮らし始めました。
オオカミさんは、お昼寝が好きでした。
ゆっくりとまどろんで、ひなたの暖かさを堪能します。
いつもの場所で寝ていると、時々重みが乗っかってきて。
『オオカミさん、ぼくも一緒にお昼寝する!』
そういってアウルが乗っかって、邪魔をしてくるのです。
もう邪魔をする者はいない。
そのはずなのに、オオカミさんはお昼寝を堪能する気分になれませんでした。
しかたないので、家にしている洞窟へ帰ります。
「ただいま」
人間の習慣なんてと思っていたくせに、つい口からそんな言葉が出ました。
返ってくるのはオオカミさんの声のエコーだけ。
おかえりと聞きなれた声は、返ってきませんでした。
オオカミさんは、無駄な殺生を好みません。
けれどどうしてでしょうか。
つい狩りすぎてしまうようになりました。
ちゃんと美味しく全部頂きましたが、ついアウルの分まで捕ってきてしまう自分がいました。
――私が食べさせなくても、ちゃんとご飯は食べているだろうか。
ふとした瞬間に、そんなことを思います。
きづけばいつもアウルの事ばかり、オオカミさんは考えていました。
アウルがいる前に戻っただけなのに、何かが変だとオオカミさんは思いました。
こっちが普通で、アウルがいる方がおかしかったんだ。
そう思うのに、胸にぽっかりと空白ができたような気分でした。
オオカミさんはずっと一人でした。
生まれた時には、オオカミさんはもうオオカミさんで。
自分が狼族で、シスカという名前で。
力を持った存在なのだということを最初から理解していました。
どこからきたのかとか、自分が何者なのかとかは、オオカミさんにとってどうでもよく。
オオカミさんはただ、オオカミさんとして生きてきました。
ずっと一人だったから、オオカミさんは寂しいという気持ちを知らなかったのです。
アウルの事を考えれば、心配でそれでいて会いたくて、苦しくなります。
でも自分の側にいればアウルは危険で。
怪我をしたら嫌だと思うのです。
それに、アウルに会えたとして。
隣に人間の女がいたらと想像したら、もっと苦しくなりました。
アウルにとってそれが幸せなんだからと思えば、またオオカミさんの心が悲鳴を上げるのです。
アウルに会いたいのに、会っても会わなくても、どこまで行ってもぐるぐると痛みはついて回るようで。
オオカミさんはわけがわからなくなりました。
どうやったら、この苦しさから解放されるんだろう。
アウルから貰ったネックレスをギュッと胸に押しつけるように握りしめては、そんな事 ばかり思うようになりました。