【2】オオカミさんと(腹)黒ずきんくん
オオカミさんが勝手にこの小屋に住み着いているように、子供も勝手にこの小屋に居座ることを決めたようでした。
木の実をオオカミさんに分けてくれたので、小さいほうのウサギをそのまま手渡しました。
子供は驚いたようでしたが、それを受け取りました。
ウサギをそのまま食べてもいいのですが、毛が口の中でざらつくのがオオカミさんはあまり好きではありませんでした。
それよりはナイフで皮をはいでから食べたほうが、うまく全部味わえるのだと、オオカミさんは猟師から教わっていました。
人間の姿になって、ウサギの血抜きをし、ナイフで皮をはぎます。
子供は青ざめた顔をしていました。
怖いなら見なければいいのに、口を押さえたまま、それでもオオカミさんの手元を見ています。
こうやって生き物がさばかれるのを、直に見たことがないようでした。
ついでに子供の分のウサギもさばいてやり、皿においてやります。
そのまま肉にかぶりついて、もぐもぐとオオカミさんはウサギを味わいました。
子供はそれをみて、同じようにしました。
けれど口に合わなかったらしく、すぐにやめてしまいます。
「台所、借りてもいい?」
「好きにしろ」
オオカミさんが答えると、子供はその肉を持って、台所へ行きました。
しばらくすると、ジューっという音と香ばしい香りが漂ってきました。
どうやら子供は肉を焼いているようです。
子供は焼いた肉を皿に盛ってきました。
それをちょっとずつ頬張ります。
熱かったのか、少し涙目でした。
オオカミさんが見ていることに気づくと、子供は皿をこちらに差し出してきます。
別に食べたかったわけではなかったのですが、子供が一切れフォークに刺してオオカミさんの口元に持ってきたので食べました。
何が面白いのか、子供はぱぁっと顔を輝かせました。
他にも焼いたキノコや、実をむいてオオカミさんの口元へ持ってこようとします。
「お前が食べろ」
「ん……」
子供はなぜか不満そうでした。
「しかたないな」
もしかして食べさせてほしいのかと思い、オオカミさんは少し悩みましたが、人間の姿になって子供に同じ事をしてやりました。
口元に木の実を持っていってやれば、子供は驚いた顔をします。
「なんだ、食べないのか」
オオカミさんの質問に、ふるふると子供は首を横に振りました。それから大きく口を開けます。
その真っ赤な口の中に木の実をいれてやると、小さな唇が閉じられ、オオカミさんの指を食みました。
ちゅぷっと音をたてて指を引き抜けば、子供はもっと欲しそうな顔をしています。
なぜかごくりとオオカミさんの喉が鳴りました。
子供は上目遣いでオオカミさんを見つめて、あーと口を開けます。そのおねだりに、オオカミさんは逆らえませんでした。
実をむいてもう一度口に入れてやれば、子供は満足そうな表情になります。
それを見て、妙にオオカミさんは心が温まるような感覚を覚えました。
この子を抱きしめたくてしかたないというように、手がむずむずとしました。
なんか変だなと、今までなかった感情にオオカミさんは戸惑いながらも、子供と生活するようになりました。
「お前、名前は何ていうんだ」
おいとか、そんな風に呼びかけていましたが、不便なので尋ねてみました。
「黒ずきん」
「それは名前じゃないだろう」
ただのあだ名のようなものです。
子供はいつだってその黒いずきんを被っていました。
「みんな、黒ずきんって呼ぶ」
子供は名前を言いたくないようでした。
ならそれでいいと、オオカミさんは子供の事を黒ずきんと呼ぶことにしました。
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「オオカミさん、おかえりなさい!」
オオカミさんが朝方帰ると、黒ずきんがとてとてと走りよって抱きついてきます。
「あぁ、ただいま」
黒いずきんを外して、その紅くて柔らかな髪をもふもふと撫でてやれば、黒ずきんは目を細めます。
オオカミさんと黒ずきんが一緒に暮らすようになって、かなりの月日が流れました。
黒ずきんは少し大きくなって、ますます可愛らしさに磨きがかかっていました。
狩ってきた獲物を手渡すと、黒ずきんはそれを受け取ります。
それから、料理をはじめました。
黒ずきんはコトコトとスープを作って、それを床に並べます。それを、ふもとの村で買ってきたパンと一緒にいただくのです。
オオカミさんの膝の上で、黒ずきんは朝食を食べます。
これが黒ずきんの毎日の日課でした。
オオカミさんが食べさせてくれないと、拗ねるのです。
それなら別に食べなければいいだろとオオカミさんは思うのですが、泣きそうな瞳に見つめられると、どうにもこうしなくてはいけない気がしてしまうのでした。
その後、黒ずきんはオオカミさんにお礼として、毛づくろいをしてくれます。
黒ずきんは丁寧にオオカミさんの体をブラシで梳かして、最後は膝枕をしてくれます。
うとうとと二人で一眠りして後、お昼になると黒ずきんは動き出します。
オオカミさんが捕った獲物の皮を加工したり、木の実を拾いにいったり、街へ買い物に行ったり。
その間オオカミさんはというと、お気に入りのお昼寝スポットで眠ったり、散歩をしたりして過ごすのです。
夕方になると黒ずきんが家に帰ってきます。
時おり黒ずきんは、オオカミさんのためにお酒を買ってきてくれました。
飲んでよっぱらって後、目覚めると大体黒ずきんがぴったりとオオカミさんに寄り添っていました。
何をしたかは記憶にないのですが、大抵お酒を飲んだ次の日の黒ずきんは上機嫌でした。
そんな感じで過ごしていくうちに、幼かった黒ずきんは少し大人になって、十五歳になっていました。
手足はすらりと伸びて、背も高くなりました。
そしてオオカミさんはここに来て、ある事に気づきました。
黒ずきんは可愛らしい見た目をしていて、女だとばかり思っていたのですが、実は男だったのです。
まぁ大した違いはないだろうとオオカミさんは思っていました。
相変わらず黒ずきんは可愛らしかったですし、オオカミさんは何の問題もないと思っていました。
しかし、最近の黒ずきんは何か変です。
オオカミさんが人型で裸の姿でいると、目も合わせてくれなくなりました。
「なぜ私を避ける」
「だってその姿だと……ぼく、オオカミさんを襲っちゃいそうになります」
瞳をうるませて、黒ずきんはそんな事を言ってきます。
襲うも何も、襲う側はこっちであって、黒ずきんは元々オオカミさんに捧げられた獲物です。
何を言ってるんだとオオカミさんは思いました。
「それは逆だろう。心配しなくても、お前を食べたりはしない」
今まで一緒にいたというのに、いきなり何をいいだすのか。
「わかってます。オオカミさんはいつまで経ってもぼくを食べてくれない」
そうやって問い詰めれば、黒ずきんはまるで食べられたいと思っているかのような事を言って、深い溜息をつきました。
「わかりましたオオカミさん。もう避けませんから、その姿でいる時はこれを着てほしいです」
そう言って手渡されたのは、人間の女の服でした。
「なんでそんなものを着なきゃいけないんだ」
オオカミさんは、人間の習慣に合わせるのが面倒でした。
何故今まで何も言ってこなかったのに、急にこんな事を言い出したのか。
最近の黒ずきんは、街に頻繁に下りるようになっていて、それで人間に慣れてしまったせいかもしれないと思いました。
「ね、オオカミさん。お願い」
見上げて、黒ずきんが小首を傾げてきます。
その仕草に、オオカミさんの胸がきゅんと音を立てました。
黒ずきんと一緒に生活してからというもの、こんな風にオオカミさんの胸は妙に痛むようになりました。
ドキドキとして、それでいて悪い気分ではありません。
結局オオカミさんは、黒ずきんの言う通り、服を着てあげることにしました。
白いワンピースはひらひらとしていて、少し邪魔でしたが、肌触りは悪くありませんでした。
「これでいいのか……って、何故目を逸らす」
黒ずきんが言う通りに服を着たのに、黒ずきんは紅くなってオオカミさんから目を逸らします。
「だってオオカミさん、そういう服も可愛い」
たまらないというように恥らう黒ずきんの姿に、オオカミさんの方こそたまらない気持ちになりました。
オオカミさんから言わせれば、そうやって頬を赤らめる黒ずきんの方が可愛らしくて、今すぐにぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られたのです。
危ない危ないと、オオカミさんは自分の欲求を無理やり押さえつけ、クールにそうかとだけ答えました。