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【1】オオカミさんといけにえ

 ある日の夕方、オオカミさんがお気に入りの大きな岩の上に行くと、子供が捨てられていました。

 どうやらこの子は、森の主であるオオカミさんに捧げられた供物のようです。

 真っ黒な頭巾に、まじない用のネックレスを身につけて、肉や魚、酒や果物などと一緒に置かれていました。


 迷惑な話だなとオオカミさんは思いました。

 勝手に人間は、オオカミさんを神様だと決め付けて、供物を捧げてくるのです。

 しかもそれは、大抵オオカミさんに捧げるためという名の、口減らしでした。

 森の神に捧げるからと言って、いらなくなった子を山へ捨てていくのです。


 大抵供物として捧げられる子は、病気を持っていたり、やせ細っていたりしました。食べたところできっと美味しくありません。

 今回の子もそうなんだろうと思いながら、オオカミさんは岩の上に上りました。

 とりあえずお酒だけでも頂こうかと、大きな銀色の毛に包まれた狼の姿から、人へと姿を変えます。


 オオカミさんは、人狼という種類の狼族でした。

 狼にも、人の姿にも成れます。

 人の姿になれば、艶やかな銀の髪は背中の真ん中辺りまであり、狼の名残は耳と尻尾だけです。

 すらりと伸びた手足に、大きくて形の良い胸とお尻は白くすべすべとしていました。

 人間にしたら二十歳くらいでしょうか。

 

 座って酒のビンを開けると、オオカミさんはいっきに飲みます。

 焼け付くような喉の感覚と一緒に、くらりと心地よい酔いが回りました。

 愚かだと思う人間でしたが、お酒を発明したことだけはすばらしいとオオカミさんは常々思っていました。

 

 じーっという視線を感じてそちらを見れば、子供がオオカミさんを見ているようでした。

 ようでしたというのは、深く被った頭巾のせいで子供の顔が見えなかったのです。

 ぱっと見たところ、7・8歳といったところでしょうか。


 もしかしたら、顔が爛れる病気とかなのかもな。

 それでこんな頭巾を被っているのかもしれない。

 そんなに見れない顔なのか。


 興味を持ったオオカミさんは、くいっと子供の頭巾を外しました。

 そこから現れたのは、見たこともないりんごのような真っ赤な髪。

 蜜のような金色の瞳。

 白くてふわふわとしたほっぺをもつ、可愛らしい子供でした。


 ずきゅんとオオカミさんの心は、その瞬間に打ち抜かれました。

 こんな可愛らしい子を見たことがなかったのです。


「どうしてお前は捨てられたんだ?」

 わけがわからなくて尋ねます。

 子供は黙っていました。

 オオカミさんはおかしいなと思いました。

 結構長く生きているオオカミさんは、大好きなお酒を手に入れるために、人間の言葉も完璧に覚えていました。


「名前は」

「くろずきん」

 尋ねたら答えたので、言葉が通じないわけではないようです。

 それにしても、何て適当な名前だとオオカミさんは思いました。


「どうしてここにいるんだ」

 オオカミさんはさっきした質問を、少し言葉を変えて尋ねてみました。

「ぼく、かみさまへのささげモノなの」

 つまりはこの子供、捨てられたという自覚がないようだとオオカミさんは思いました。

 可哀想になとは思いましたが、それだけでした。

 魚を食べながら、お酒を飲みます。


 じーっと、子供はオオカミさんを見つめていました。

「なんだ、何かようか」

「ぼく、オオカミさんのものだよ」

「いらん」


 子供はオオカミさんが、この森の主だとちゃんと理解していたようでした。

 しかし、人間の子供を食べる趣味は、オオカミさんにはありません。

「食わないでおいてやるから、とっとと村に帰れ」

「……オオカミさんも、ぼくいらない?」


 食わないでおいてやると言っているのに、子供はくしゃりと顔をゆがめ、泣きそうな声をだします。

 オオカミさんは戸惑いました。

 食べないといっているのに、泣かれるとは思ってなかったのです。


「りんご、喰うか?」

 尋ねれば、子供は少し泣き止んで頷きました。

 両手でりんごを持ちながら、がぶりと噛み付くその仕草から、オオカミさんはなぜだか目を離せませんでした。

 りすや他の小動物が同じ事をやっていても、ふーんとしか思わないのですが、この子がやると、妙に愛らしいのです。


 一通り食べ終わって、オオカミさんは一つ伸びをしました。

 それから狼の姿に戻ります。

 タン、タンと岩を蹴り、さっきまで居た場所から離れました。

 ちらりと振り返れば、子供が岩をおりようとして、足を宙にぶらぶらとさせていました。岩を掴んでいる手が、今にも外れそうです。


 気づけばオオカミさんは、子供の元へ走っていました。

 落ちる瞬間に首根っこを咥えて、トンと地面に着地します。

 そっと地面に置いてから、やれやれとオオカミさんは再びその場所を離れようとしました。

 けれど、ぐっと尻尾をひっぱられて振り返ります。


「なんだ」

「ぼくをたべて、オオカミさん」

 放っておけば、勝手に元の村へ帰るか、死ぬかするだろう。

 いつものことです。

 オオカミさんは、無視して家に帰りました。



●●●●●●●●●●


 外は雨が降ってきました。

 たまには雨の中の散歩もいいかなと、さっき帰ってきたばかりなのにオオカミさんは家を飛び出しました。

 大岩のところへ行けば、子供はまだそこにいました。


 オオカミさんの姿を見て、ぱぁっと目を輝かせます。

 狼姿なのに、怖くはないのでしょうか。

 人間は誰しも、オオカミさんのこの姿を見れば、萎縮してガタガタと震えるというのに、この子は怖がるようすもありませんでした。


「ぼくを食べてくれる気になってくれたの?」

「違う、たまたま通りかかっただけだ」

 そういうと、子供はしゅんと俯きました。

「なぜ私に食べられたいんだ」

「たべられるなら、オオカミさんがいい」

 理由になってない理由を、綺麗で真っ直ぐな色をした瞳を向けて、子供は語りました。


「勝手にすればいい」

 オオカミさんは子供に背を向けました。

 ゆっくりと歩きだして振り返れば、子供は寂しそうな顔でこっちを見たまま、大岩の側で突っ立っていました。

 二歩くらい進んで、また振り返ります。

 かわらず子供はそこにいました。

 

 足踏みをして、また振り返ります。

 まだ子供はオオカミさんの後を着いてきません。

 もういちど足踏みをして、ちらりと振り向けば、子供は何かに気づいたように嬉しそうな顔になって、こちらに向かって走ってきました。


 オオカミさんは歩き出します。

 普段よりもだいぶ遅いスピードで。

 家にたどり着くと、その後に子供が続きました。

 

 オオカミさんの家は、木でできたお家です。

 元は猟師のおじいさんが使っていた家でした。

 おじいさんは人間の罠にかかっていたオオカミさんを助けてくれて、手当てをしてくれました。


 彼はオオカミさんを森の神だと信じていて、常に森の恵みに感謝している人間でした。

 オオカミさんに人間の言葉を教え、お酒の美味しさを教えてくれたたった一人の人間の友人です。

 オオカミさんは基本人間が嫌いでしたが、中にはいいやつがいることくらいはちゃんと理解していました。

 彼が病気で土にかえってからも、なんとなくこの家に居続けています。


 暖炉に火をくべるために、いったん人間の姿になり、それからまた狼の姿に戻って暖炉の前で寝そべります。

 雨のせいで体が濡れたので、体が少し冷えていました。

 子供はおそるおそる火の側に近づいて、オオカミさんから少し離れた場所に座りました。


 ちらりと横目で子供を見て、それからあくびをします。

 少し眠くなってきました。

 丸くなってうとうとしていると、にじりよる気配を感じました。

 ちょっとずつ子供がオオカミさんに近づいてきていました。

 その距離がだんだんと近づき、ゼロになります。


 子供はおそるおそるといった様子で、手を伸ばしてきます。

 ゆっくりとオオカミさんに触れて、ほっとしたような顔になります。

 襲われなかったことに安堵しているというよりも、オオカミさんが逃げずに触らせてくれたことを喜んでいるように見えました。

 変な子供。

 そう思いながらも、その撫でる手つきは悪くなかったので、そのままオオカミさんは目を閉じました。



●●●●●●●●●●


 朝の日差しを感じて目を開ければ、子供がオオカミさんによりかかって寝ていました。

 誰かの重みと温かみが心地よくて、まぁいいかと思い、もう一眠りしようかとオオカミさんは目を閉じました。

 

 しばらくして、自分から重みが消えたことで目を覚ましました。

 子供がいつの間にかいなくなっています。

 のそりと起き上がって、家中を探し回りましたが、見当たりませんでした。


 あぁ明るくなったから、村に帰ったんだな。

 賢い子供だと思いました。

 あのままオオカミさんと別れて暗い森を歩くのが、危険だとわかっていたのでしょう。

 何故だか少し沈んだ気分になりましたが、オオカミさんはその気持ちを気のせいだと思うことにしました。


 さて、今日は何をしようか。

 まずは朝ごはんでも食べにいくかな。


 んーと、オオカミさんは前足を突っ張って伸びをします。

 運動がてら、野ウサギでも食べようかと考えました。

 ドアを開けて外にでたところで、子供と出くわしました。


 手には木の実や草を抱えています。

 オオカミさんを見て、これをどうぞというような動作をしました。

 どうやら朝早くから、それを採るために出かけていたようです。

「帰ったんじゃなかったのか」

「ぼくオオカミさんのものだから」

 オオカミさんの問いに、子供は答えます。

 にっこりと笑って。


 勝手にすればいいと言ったのはオオカミさんです。

 村に帰るのも自由ならば、子供がここにいるのも自由な気がしました。

 だから何も言わず、そのまま子供に背を向けて、狩りに出かけることにします。


 今日は運よくすぐウサギに出くわし、一匹狩ることができました。

 オオカミさんは体のわりに小食なので、一人で食べる朝ごはんには、ちょうどいい量です。

 

 ……念のため、もう一匹狩っておくか。

 無駄な殺生をオオカミさんはしません。

 けれど、なんとなく必要になる気がして、オオカミさんはもう一匹ウサギをしとめて家に持ち帰りました。


「おかえりなさい!」

 家に帰ると、子供が出迎えてくれました。

 まだオオカミさんはドアを開けてすらいません。

 外にオオカミさんの気配がある事に気づいて、出てきたようです。


 おかえりもなにも、自分の家だ。

 人間の習慣に付き合う気はない。

 そう思って、オオカミさんは無言で家に入ります。

 その尻尾はふさふさと左右に揺れていました。

12/12 オオカミさんの見た目の歳を20歳に変更しました。

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