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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第一章 銀色ペルセウス
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第七話 日常に紛れる少女達

『たのもぉ! たのもぉなのじゃ!』


 翌朝、床で眠る和真と和真のベッドを占領して寝ていたソフィを起こしたのは、自室の扉を叩き付ける音だった。扉の奥から聞こえてくるのは騒がしいもう一人の少女の声。


「……ソフィ、今何時?」

「……四時。無視」

「……了解」


 布団から伸びる銀の角二つが返事をしたのを確認し、和真は起こしかけた身体をもう一度寝かせて目を閉じた。

 昨日の夜、怪我をした自分を看病すると言ってきかないソフィを何とか寝かしつけた。だが、服を掴んだまま寝てしまったソフィが手を放すのを待っている間に和真自身も床で寝てしまい、気づけば朝になってしまっていた。


『たのもぉお! たのもぉと言っておるのじゃ! 聞いておるのか和真、ソフィ! 愛らしいベルちゃんがやってきたのじゃぞ! というよりなんじゃお主ら! ワシだけおいて二人で甘い夜を過ごすとは何事か! ワシを混ぜろ、そこにわしをまーぜーろーぉ!』


 心なしか、聞こえてくる声がどんどん近づいてくる。あまりの騒音に、和真は両手で耳を塞いで声をシャットアウト。しかし、すぐさま両手が掴まれ、和真の耳元で大音量の声が届く。


『たのもぉ! た、の、も、ぉっ! あい、らぶ、ゆー!』

「ぬぁあああぁもう、うるさいッ!」


 脳みそまで届く近所迷惑な大声に、和真は叫びと共に身体を起こした。霞む目をこすり、拡声器を持って叫び続けるベルイットを睨み付ける。


『おぉう、おかしいのぅ、情事があったようには見えんが……。とにかく、どうじゃこの大音量で愛を叫ぶモーニングコール。これから毎日こうして和真を起こしてあげ――ぷぎゃ!?』


 拡声器を口元に当てたまま喋り続けるベルイットに、和真は遠慮なく拡声器を彼女の顔に押し付けた。ガチリという歯がぶつかる音が聞こえてくるが完全無視。


「にゅおおおおお!? 歯が、歯が折れたのじゃああ!?」


 口元を抑えてじたばたともがき始めたベルイットの首根っこを掴み、欠伸交じりに玄関へと彼女を連れて行く。


「お、おぬひっ! はなひぇ! はなひゅのひゃ!」


 涙目で訴えかけてくるベルイットを半目で睨みつけ、和真はそのまま玄関の扉を開き、玄関先で正座をしていた数体の怪人を見つけた。皆、ベルイット御付の怪人である。

 和真は手にしていたベルイットを彼らに向ってポイッと投げ捨てた。

 上手く彼らがベルイットをキャッチするのを確認し、和真は鼻を鳴らすようにして彼らに告げる。


「そのワンコを連れてこの場でステイ。どぅーゆーあんだすたん?」


 もがくベルイットを抱えたまま頷く怪人達に和真もまた頷き返し、そのまま玄関を占めて鍵をかけ、またまた自室に戻る。


「……ロリコン、騒がしい」

「うっさい」


 もぞもぞと動く銀髪ツインテールに一言文句を告げて、和真はもう一度瞳を閉じた。

 が、瞳を閉じると同時にけたたましくなり始める携帯電話。


『世界一プリティな貴方の嫁でアンチヒーローの幹部、ベルイットちゃんからの着信ですのじゃ、すのじゃ……のじゃ……じゃ……。一人エコー超楽しいのぅ、ひょっひょっひょ! 世界一プリティな』

「貴女の嫁でアンチ――ってどんな着メロッ!? 思わず釣られちまったじゃねぇか! つか、いつ俺の携帯いじった!?」


 あり得ない着信メロディに、さすがの和真もツッコまずにはいられなかった。あまりに突っ込みどころが満載だったせいで、和真の息は荒くなる。寝不足に目は血走るが、もう完全に目は覚めた。二度寝どころじゃない。

 恨みがましく未だに意味不明な着メロの鳴り続ける携帯電話を手に取り、着信相手を確認。ベルイット・ベン・ベルの名前が表示されていた。


「……んのやろう」


 とりあえず、怒り狂い始めていた頭を落ち着けるために、大きく深呼吸。そのまま和真は電話に出た。


「はい、御堂和――」


 ブチッと。電話に出た瞬間に通話が一方的に切られた。


「さ、っすが、嫌がらせの天才……ふふ、ふふふふ」


 和真の額に青筋が浮かび始める。すぐさま和真はアドレス帳のベルイットの名前を確認し、こちらから発信する。が、


「……あの野郎、電源切ってやがる」


 手にしていた携帯を壊れない程度に布団に投げつけた。が、投げつけた先の布団の中にいたソフィの腕がにゅっと飛び出したかと思うと、携帯電話が投げ返される。鼻頭に直撃して溢れた鼻血を抑えながら、和真は己の不幸を呪った。

 暫くして落ち着きを取り戻した和真は、頭を冷やそうと自室を出てキッチンへと向かう。


「うむ、水でも飲むかの?」

「助かるよ……で、なんで当たり前のように家の中に入ってきてんの?」


 差し出された水を一気に飲みほし、そのまま振りむく。さも当然のようにベルイットがキッチンに立っていたからだ。指摘を受けたベルイットは、慣れた手つきで頭に三角巾を付け、ハートマークに彩られたピンク色のエプロンを身に着けている。


「なんでって、お主たちの朝ごはんを作ってあげようと思っただけじゃ。あ、裸エプロンのほうが良いかの? いや、スクール水着エプロンがよいか?」

「スクール水着でお願いしま――い、いや、そういう意味じゃない! 鍵かけたよな、かけたよな俺!?」

「世の中にはのぅ、『力』という名の便利な道具があっての。馬鹿力や権力、国力財力などがそれにあたるのじゃ」


 ニヤリと笑うベルイットの姿を見て、和真は慌ててキッチンを出て自宅の玄関を確認。綺麗に扉が外されていた。完全にただの馬鹿力で外されている。ただ今モグラ怪人さんが修復中のようだが。


「どんな便利な力の使い方だ……」


 あまりの強硬手段に、もう怒る気すら失せてしまった。とぼとぼと和真はベルイットが勝手に調理を始めてしまったキッチンへと戻り、彼女の隣で同じようにエプロンをつけ始める。


「ぬ、ぬ? 和真、なぜお主もエプロンをつける?」

「お前のせいで目が覚めたんだ。折角だから手の込んだ料理でも作ろうと思ってな」

「それはいかん! 今日から毎朝ワシの手作りの飯に薬――じゃないじゃない。手作り飯でお主の胃袋を握りつぶす作戦が台無しではないか!」

「今、とんでもないキーワードが混じってなかったか、混じってなかったか? 胃袋握りつぶされたら死んじゃうからね俺!」


 そうして言い合いを始めた和真とベルイットの背後から、低い声が届く。


「……そこの駄目ロリコンと変態幹部」


 ドスの利いた声に、和真とベルイットの背が一瞬で伸びた。慌てて顔を見合わせた和真とベルイットはゆっくりと振り返り、そこでヒーローの描かれた抱き枕を抱えるソフィの姿を見つける。


「そ、そそそソフィ、ま、まだ寝てていいぞ!?」


 和真の発言に、ソフィが胸に抱く抱き枕のヒーロープリントがぐにゃりと歪んだ。


「……うるさくて眠れない」

「わ、ワシは別に騒いではおらんぞ」

「…………あ?」


 鋭くなったソフィの視線を受け、ベルイットが慌てて和真の背後に隠れる、背中にドス黒い何かを背負ったソフィの姿に、和真も頬を引き攣らせた。


「そ、ソフィ? あのな、その、わ、わるかった。もう静かにする。口チャック。ま、任せとけ」

「そもそも、貴方はなんでこんな朝早くから起きてるの? 怪我してるから大人しくする必要がある」

「い、いや待ってくれソフィ。そろそろ朝ご飯の準備もあって――」

「いいから、部屋に戻って寝る」

「ちょ、ちょっとまて、俺はもう眠くない、眠気が覚めてるんだって!」


 寝ぼけ眼をこするソフィに引きずられる形で、和真は自室へと連れて行かれる。ベルイットに助けを求めてみるが、彼女は半笑いで白いハンカチを振ってくれるだけだった。


 ◇◆◇◆



 ソフィもようやく目を覚まし、彼女達と共に朝食の支度を済ませた和真は、食卓に着いてテレビを眺める。


『えー、昨日の逮捕された突然変異種、大藤大吾に関するニュースです。同容疑者は昨日、街中でテロ活動におよび、ヒーロー協会関係者とアンチヒーローの怪人達によって――』


 茶碗を片手に白御飯をかきこみながらも、和真はニュースに視線を奪われた。目の前で同じく食事を続ける彼女達の手腕かどうかまでの判断はつかないが、流れてくるニュースには自分の姿は映らない。割と派手に暴れてしまった以上、それなりの覚悟はしていたのだが。


「どうかしたのかの、和真?」

「いや、なんでもない。ありがとうな」

「にょほ?」


 とぼけるベルイットに軽く御礼を伝え、和真は味噌汁を啜って箸をおく。ちびちびと食事を進めているソフィやベルイットをちらりと一瞥し、一言御馳走様とだけ残した和真はすぐに席を立った。


「どこに行くのじゃ、和真? 食べるのが早いのぅ」

「どこってお前、俺は学生だぞ。学校に行くだけだ。てか、お前ら学校は?」


 和真の問いもなんのその、食事を続けるソフィは素知らぬ顔で応えた。


「私は変身ベルト型アンドロイド。教育は私の義務じゃない」

「ワシハ、アンチヒーローノ幹部。教育ハ、ワシノ義務ジャナイノジャ」

「何お前も一緒になって誤魔化してんだ!? お前は学校に行く義務あるだろうが!」

「にょへっ!? か、和真! まだじゃ、まだワシは朝ご飯を食べ終わっておらん、おらんのじゃぞ! わしのめーだーまーやーきぃいいい!」


 すっとぼけたベルイットの首根っこを掴み、和真は学校支度のために居間を出た。



 ◇◆◇◆



「はい。本日の遅刻は御堂君だけですね。珍しいですね、真面目な御堂君が遅刻だなんて」

「すみません。ちょっと駄々をこねる悪の幹部を引っ張り出すのに時間がかかって……」

「は?」

「い、いえ! なんでもないです!」


 担任の女性教師に頭を下げ、和真は興味なさげに会話を楽しむクラスメイトの間を縫って自分の席に戻った。手にしていたカバンを机の横にぶら下げて、席について溜息。

 怪我をしている左腕に軽い痛みが走り、思わず痛っと声を上げる。


「御堂。お前、腕を怪我してるのか?」

「ま、まぁね。この土日の密度が濃かったせいで、ちょっといろいろ巻き込まれてさ」

「あぁ、そういや昨日は街中で突然変異種が出たんだもんな。あの場にいたの?」

「んあ、ま、まぁね……」


 隣に座っている仲の良い男子生徒からかけられた声に、和真は愛想笑いを返した。学園ではもちろん、和真自身が突然変異種であることは秘密にしてある。バカ正直に自分が化け物であることを言うつもりなど、和真にはこれっぽっちもない。


「おい御堂、お前、ほんとに大丈夫か?」

「……大丈夫大丈夫。全然平気」


 怪我をしていない右腕で力こぶを見せつけると、友人は苦笑しながら担任のほうに視線を戻した。


(はぁ……。なんか、学生生活も疲れてくるよな、ほんと)


 心の中でまで溜息が溢れていた和真は、本日最初の授業のための教科書をバッグから取り出した。


「あ……」


 だが、バッグの中にいつも用意している昼食の弁当がないのに気付く。今朝は暴れるベルイットとソフィのせいでそんな余裕もなかったのだ。仕方なく和真は、ポケットの中の財布の中身を確認。そこにいた硬貨一枚の姿は非常に心許ない。


「仕方ない。今日は昼飯は控えるか……」


 教卓の前に立つ教師が本日の予定を黒板に書き始めたのを確認し、和真は頬杖をついた。

 しかし、


『……から……っと、待ちな……い!』

『……じゃ! わ……は、諦め……おるッ!』


 何やら校庭のほうで騒ぎ声が聞こえてくる。しかも、どうにもここ最近聞いたことのある声。学園生活の中では、絶対に聞きたくない声。聞いちゃダメな声。

だが、一度耳にしてしまったその声二つに、和真の顔から一気に血の気が引いていく。


「お、おい御堂? お前、顔が真っ青だぞ?」

「……心配ないよ。うん、心配ない……」


 友人の心配そうな顔を受けて、和真は大きく深呼吸して心を落ち着ける。

 そうだ、いくら彼女達でも平日のこんな場所に来るはずがない。ないのだ。さすがにそれぐらいの常識は持ち合わせて――、


「じゃ……からっ! さっさと……と、言っておるのじゃ!」

「それが……だって……言ってる!」


 訂正。堂々と校舎に乗り込んでくる程度の非常識を持ち合わせているらしい。

 騒がしい声はどんどん近づいてくる。すでに校舎に乗り込んだらしい二つの声の主は、足音を立てながら廊下を突き進んでくる。

 最早一刻の猶予もなく、和真は慌てて鞄を抱え、何事かと教卓に立っていた女性教師に声をかけた。


「す、すみません先生!」

「は、はいなんでしょう?」


 突然のことに困惑する女性教師に向って、和真は逸る胸を押さえて叫ぶ。


「そ、そうそうそうそ、早退します!」

「え、早漏?」

「ちげぇよ! 早退だよ! その発言にびっくりだよ俺!?」


 可愛らしく小首をかしげた若いその教師にツッコミを入れた和真だったが、今はそんなことをしている暇はない。すぐさま鞄を抱えた和真は前方後方のドアを確認する。


「あのちょっと、御堂君。いきなり早退って言われましても――」

「よ、用事を思い出したんです! とても大切な、そう、ちゅ、昼食の弁当を忘れたんです! 俺、昼は手作りの弁当食べないと死ぬんです! 取りに帰ってきます!」


 自分でももはや何を言っているかわからなくなってしまった。教師や友人たちの困惑顔は分かるが、直ぐに和真は教室を飛び出そうと試みる。しかし、もう廊下は駄目だ。こうなっては窓から飛び出すしかない。ここは二階。死にはしない。多分。


「あ、すみません御堂君。早退する前に一つ用事があるのですが」

「じゃあ急いでお願いします! もうホント、俺には時間がなくって――」

「そんなに早く会いたいんですか? じゃあ、どうぞ」


 和真の視線に気づいた女性教師は、含み笑いと共に教室の扉を開いた。


「お兄様ぁ!」

「ま、待ってって言ってるの!」

「んなっ!?」


 開かれた扉と同時に教室に飛び込んできたのは二人の少女。一人は近くの別の学校の制服を着た、腰下まである栗色の髪の毛の女の子。もう一人が、今朝家を出るときにも見た白黒のゴスロリに身を包んだ銀髪ツインテールの女の子。

 言うまでもない。アンチヒーローの幹部ベルイットと、ヒーロー協会所属のアンドロイド、ソフィである。


「な、なななな……!」


 現れた二人の姿に、和真は言葉を失い、打ち上げられた魚の如く口をパクパクとさせる。が、すぐさまそんな和真の姿に気づいたベルイットが、笑顔で和真のもとへと駆け寄った。


「お兄様ぁ!」


 語尾にハートマークでも付きそうな勢いで飛びついてきたベルイットを、和真はひらりと上体を捻ってかわす。勢い余ったベルイットが顔面から机にぶつかるのを無視して、そのまま和真は乱暴な足取りで、顔を逸らして冷や汗を流しているソフィのすぐそばに近づいた。

 もう逃げ出すタイミングは完全にない。騒ぎの原因であるソフィの腕を取って、彼女の耳元で周りに聞こえないような小さな声で和真は抗議した。


「(何がどうなればこんな事態になるッ!?)」

「(私だってわからない! いきなりベルイットが自宅に戻ってきて、貴方のお弁当持ってここに走り出したの!)」

「(だから、なんでそれをさっさと止めない!? どう考えてもまずいだろこれ!)」

「(私はただの変身ベルト! あんな歩く暴走機関車を止めることなんてできない!)」


 そのまま和真とソフィは互いに睨み合い、言葉を飲み込んだ。担任を含めたクラスメイト達の好奇の視線に気づいたからだ。


「……御堂君って、あんな人形みたいな妹さん達がいたんだ」

「御堂の野郎、地獄に落ちちまえ!」

「そういえば御堂君って、ロリコンっぽいもんね」

「和真が帰宅部なのって、あの妹さん達とよろしくやってるからじゃね?」


 などなど、とんでもない噂がクラスメイト達の間で広がっていく。普段目立たず過ごしている分、クラスメイト達の反応は鋭い。


「(そ、ソフィ! お前、俺を性疑の味方にするつもりか、つもりなのか!? お前ってそのために俺のところに来たのか!?)」

「(し、仕方ないの! べ、別に貴方の怪我が心配でついてきたわけじゃない! アレが暴走しないように見張るために来ただけ!)」


 そうこうして和真とソフィが言い合いをしていると、机に顔面からぶつかったベルイットが復活。手にしていた弁当を顔の前に持ってきて、頬を染めて視線を斜め下三十度に。恥ずかしげに上目使いに移行しながら和真に声をかけてくる。


「お兄様! ソフィちゃんとだけべったりするなんて酷いです! 私、せっかくお兄様に手作り弁当を用意してきましたのに……」

「――っ」


 普段とは正反対の愛らしくいじらしいその姿に、ほんの一瞬和真の胸の中で何かがキュンと音を立てた。が、すぐにソフィに脇腹を抓られて正気に戻る。


「(……ドロリコン)」

「(ド変態みたいな言い方するなッ!)」


 だが、どうにもそう思ったのはソフィだけではなかったらしく、周囲のクラスメイト達が席を立ち上がって和真に非難を爆発させる。


「おい御堂! てめぇ、可愛い妹さんを泣かせてるんじゃねぇよ!」

「そうよそうよ! ちゃんと責任取ったらどうなの!?」


 集中する怒号に、慌てて和真も反論した。


「な、何の責任だよ!?」

「決まってんだろ! 禁断の愛を咲かせた責任だ!」

「そうだそうだ! ちゃんと抱きしめて慰めてやれよ色男!」

「病弱なふりして、やることやってるなんて、さっすがロリコン協会の会長」

「いつからそんな協会出来た!? いつから俺、そんな不名誉な協会の会長やってた!?」


 騒ぎ立てるクラスメイト達の相手をしている間に、気づけばベルイットが和真の隣に来ていた。胸ほどまでしかない身長のベルイットが、和真の服の裾を掴んで上目づかいで尋ねてくる。


「お兄様、責任、とってくれませんの……?」

「だ、だから、何の責任を! てか、そのお兄様設定は一体どこから……!」

「御堂君。一教育者として言わせてもらいますが、男としての責任はですね――」

「まずは貴女が止めましょう!? 担任ですよね担任なんですよね!?」


 全方位対応でツッコミを入れながら、和真は今すぐにでも頭を抱えて叫びたいのを必死にこらえていた。正面には瞳を潤わせるベルイット。そんな彼女を押し返すソフィ。そして、そんな自分達の周囲には羨望や期待、絶望に怒りの視線を向けてくるクラスメイト一同。


「ソフィちゃん、お兄様を独り占めしないでください!」

「お、お兄様は貴女とは話さない! それに、そのお弁当は、わ、私が作った……っ!」


 ベルイットを押し返すソフィのうなじが薄紅に染まっているのに気付き、和真はソフィに耳打ちする。


「(て、照れるならお兄様とか呼ばなくていいぞ、ソフィ。む、むしろ俺が照れる。お前の顔見れなくなる)」

「(う、うるさいの! いいからロリコンも打開する方法考えて!)」


 頬を真っ赤に染めてしまったソフィの姿を見て、和真は溜息交じりにベルイットに視線を移した。目が合うと、ベルイットが周りに気づかれない位置で舌なめずりからの邪悪な笑み。


「(ほれほれ、はよぅワシを抱きしめんと、騒ぎが大きくなるぞぃ)」

「(お、お前……っ!)」


 和真の顔が引きつったのを確認したベルイットが、ソフィのガードをすり抜けて和真の腰に抱きつき、とどめとばかりに叫び声をあげた。


「あぁん、お兄様、なぜ私の愛を受け止めてくださらないのです!? あの夜の燃えたぎるような強い想いは嘘だったのですか!? 私を恋人にしてくださる約束は嘘だったのですか!? 私の胸を朝から揉んだのに!」

「最後以外全部ウソじゃねぇか! あ、いや、さ、最後も違う!」


 思わずの失言に慌てて和真は両手で口を覆う。だが、周囲のクラスメイト達はもちろんこの発言を見逃さなかった。


「み、御堂ッ! てめぇ、やっちまったのか!? 大人の階段登ったのか!?」

「え、え!? 御堂君やっちゃったの!?」

「やってない、やってないって! いいからもうみんな離れてくれ!」


 鬼気迫る勢いで迫ってくるクラスメイトを押し返しながら、和真はベルイットを睨み付けた。が、当のベルイットはそんな和真の睨みを軽く流し、不敵に笑った。


「(アイラブユーじゃよ和真。ワシ、こう見えても目的のためなら手段は選ばんのじゃ! 既成事実さえ作ってしまえばすべてはワシの物! さぁ、お主をワシの嫁にする壮大な計画が今、始まるのじゃ! ひょっひょっひょっひょっ!)」

「(こ、コノヤロウ……! お前だけは絶対、ぜぇったい! 俺がこの手でぶっとばしてやるからなッ!)」



 隣のクラスから注意の声がかかるその時まで、このバカ騒ぎは終わりを告げることはなかった。

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