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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第四章 空色ヘルメス
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第二話 幼き日に似たその子

「おっふ!?」


 小一時間だろうか。爆音と共に揺れ踊る空の旅をソフィと二人で麻袋の中で堪能した和真は、転げ落ちるようにしてそこに落とされた。頭から危ない角度で天然芝の上に落ち、和真を押しつぶすようにしてさらにソフィが転がり落ちてくる。

 小さな悲鳴と共に自分の背に落ちたソフィが、和真の上に乗ったまま周囲を見渡す。そして、自分が押しつぶしたままの和真の頭を突きながら、ソフィは溜息と共に呟いた。


「マスター、どうやらついたらしい。それも、とんでもない大豪邸。これが飛ぶ鳥落とす大企業――たった今私達も飛ぶヘリから落ちた。うん、我ながらいい表現」

「い、い、か、ら! せめて俺の上から降りて語ってくれないかな!?」


 よっこいせと言わんばかりに背から降りて立ち上がったソフィの傍に、和真も脇で控えた兵士たちを恨みがましく睨み付けながら立つ。そうしてふくめっつらを上げた先にあったのは、間抜け面を晒すほどの大豪邸。

 ほげぇと言う情けない声と共に、和真は文字通り見渡す。

 左右を見渡し確認。屋敷の端が見えない。

 後ろを振り返って確認。門が見えない。

 足元を見て確認。見渡す限り手入れの行き届いた天然芝の庭。どこからどう見ても超大豪邸。

 だが、


「マスター、様子がおかしい」

「あぁ」


 傍にいたソフィがくいっと和真の服の裾を引く。彼女の厳しい視線と、ヘリから降りてきた兵士たちの屋敷に向けて銃を構える様子に、和真もまた眉を顰めて屋敷へと目を向ける。

 そうして僅かに耳に届いた何かが弾ける様な爆発音に、


「いかん、遅かったか! 突入突入ッ! 冬獅郎様の安全確保最優先だ!」


 和真の傍に駆け出してきた隊長の男の掛け声に、銃を構えた兵士たちが一斉に屋敷に向って突撃を始めた。だが、兵士たちを寄せ付けんと言わんばかりに、屋敷の内部から発せられた衝撃破が壁や窓ガラスを吹き飛ばし、駆け出していた兵士たちをも吹き飛ばす。


「うおっ!?」

「マスター……!」


 しがみ付くソフィを庇うようにして衝撃波に耐え、和真は目の前でめまぐるしく変わる屋敷模様に思考を追いつかせる。だがそれよりも早く、屋敷の中央にあった大きな扉を必死にあけ、逃げ出してきたメイドの女性の姿を見つけた。

 その顔に張り付いた恐怖の表情。彼女の後ろから見えた巨大な鉤爪。それが意味するところに気づいた和真は、低く腰を落とし、


「誰か、たすけて……!」

「助ける!」


 女性の悲鳴にも似た叫びに、和真は迷うことなく答え、大地を蹴った。ソフィを連れていく余裕はない。女性の背中に振り下ろされる鉤爪に向って駆け出した和真は、女性を半ば突き飛ばすようにして逃がし、鉤爪を両腕で受け止めた。

 ズンッと言わんばかりの衝撃に、受け止めた両腕の骨が軋む。アスファルトで整地された入口玄関の床が衝撃に割れ、和真も受け止めた衝撃で半ば押しつぶされるように片足を突く。


「う、お、おおおおおッ!」


 自らの内から溢れ出る暴力的な力を両腕と両足に集中させ、和真は深紅の瞳で現れた敵を睨み付けた。

 そこにいたのは、半人半獣の子供の突然変異種。幼い背丈に似合わぬ巨大な右腕と左足。白に染まるその両腕と両足は、大の大人より遥かに大きく強靭で、鋭い鉤爪を持っていた。ちらりと見た屋敷内にはあちこちにひどい鉤爪痕が残っており、逃げ遅れたであろう屋敷の人達は身を小さくして物陰に隠れている。

 だがそんなアンバランスな腕と脚よりもなお和真の視線を奪ったのは、変異しかけている子供の背中から伸びた――巨大な翼。

 天使を連想さえさせるような白く大きな翼。漆黒の怪鳥とは違う。曇りなく広がるその翼だけは、この戦場において最も異質を放っていた。


「――ッ!?」


 翼に意識を向け過ぎたのか、受け止めていた巨大な腕がいきなり萎んだことに、和真は僅かに反応が遅れた。その瞬間、目の前の子どもの変異していなかった右腕が膨張した。


「しまっ――」


 致命的なまでの反応の遅れ。膨張し、形成し、強靭で巨大となった子供の右腕が遠慮なく体制の崩れた和真の身体を捕えた。咄嗟にとった左腕の防御は、鉤爪に抉られ、踏ん張りの利かぬ身体はそのまま地面を吹き飛ばす如く転がる。


「マスター!」


 跳ねる和真の身体を駆け出してきたソフィが受け止める。それでもなお止まらぬ衝撃にソフィ諸共地面を転がり、和真は左腕を押さえて呻き声を上げた。抉られた左腕の傷は深くないが、痛みがないわけではない。何より、自分を心配そうに見つめるソフィと共に変身していれば、こんな傷は受けなかった。

 それはつまり、まだ自分がどこか一人で戦おうとしているということで――。


「ソフィ、悪い先走った。行くぞ!」

「……わかってる!」


 物言いたげな彼女から視線を逸らし、和真はソフィと共に敵に向って駆け出した。脇で銃を撃って突然変異種への牽制を続ける兵士たちを追い抜き、和真はソフィの腕を引いて抱き寄せる。



「シグナル、コンタクトォッ!」



 重なる心音と同時に叫ぶ聖句が、ソフィの身体を粒子へと溶かせ、敵へと向かって飛んだ和真の身を純白のスーツで包んでいく。靡く銀色の髪と煌めく純白のスーツは、そのままもう一度敵の前に飛び込み、その太い右腕を受け止めた。

 だが、左腕の痛みに思いのほか力が入らず、半ば暴走する敵の力の前に徐々に押される。


『マスター、左腕動くの!?』

「動くには動くが、わるい、結構痛みがきつい……!」

『……受け止めたまま反転、敵の攻撃を地面に落として、手首に一撃!』


 ソフィの指示に返事をするよりも早く、和真は行動に起こす。受け止めていた右腕をそのまま左に流し落としながら宙にとび、身体を捻って反転。勢いをつけた空中踵落としで、敵の手首に強烈な一撃を決める。


『あああああああ!』


 痛みか、それとも精神の異常か。右腕に一撃を受けた子供が、叫ぶような声を上げた。その悲痛な声に和真は眉を悲痛に歪めてしまう。


『マスター! 迷わないで、今止めないとあの子自身が……!』

「……分かってるよッ!」


 目の前で部分的に弾けるような膨張をし、まったく制御できていない変異を見せる幼い子供。

 変異型の未熟な突然変異種に見られる、一種の暴走状態。姿形が一定化せず、何物にもなり、何物にもならぬ生まれざる化け物の形。

 そんな子供の顔が、和真にはよく見えた。それは縋るように、祈るように、泣き叫ぶように。

 そしてなにより、助けを求める瞳を見せる子供の姿に、和真は己の幼いころの姿を重ねてしまう。

 気づいた時にはもう、和真の身体はそうあることが当然であるように敵の目の前に肉薄した。そして、泣き叫ぶようにもがく敵の肩を両腕で掴み、自分の顔に引き寄せるようにして宣言する。



「俺は、御堂和真だ! お前は――誰でいたいんだ!?」

『……っ!?』



 目の前の突然変異種の瞳が困惑に揺れる。その口元は意味のない嗚咽をもらし、和真は締め付けられるような思いで目の前の誰かに叫び続けた。


「見失うな! 目を逸らしたって、そこには何もないんだ……! だから、そんな暗い世界を見るぐらいなら俺を見ろ!」

『マスター、避けて!』


 ソフィの叫びが届くより早く、敵の腹が膨張した。

 未だ定まった形を持たぬ目の前の突然変異種の腹から、三本目の腕が和真の腹を捉える。受け身も取れぬ強烈な一撃に、和真の身体はくの字に折れ、腹の奥底から燃えるように熱い血液が口の中に溢れた。

 だが、それでも和真は相手の肩を掴んだまま、目の前に相手に笑顔を見せる。


「心配、するなって。俺もお前と同じ、なんだから……!」

『あ、あぁぁぁぁあ……』


 自分のしていることがわかるのだろうと、和真は目の前の突然変異種の視線から読み取ることができた。誰よりも、自分だからきっとわかってしまうのだと。


『……マスター!』

「あぁ、分かって、る!」


 ソフィの声に、和真もまた腕から力を抜く。先ほど自分に一撃を与えた後、目の前の突然変異種は酷く狼狽えた様子でだらしなく両腕を垂らしたのだ。己の無力さを呪うようなそんな呪詛の言葉を吐く様に、和真の目の前でその巨体がゆっくりと萎んでいく。

 そして、


「っと……」


 とすっと、倒れるようにして気を失った幼い子供を、和真は両腕で受け止めた。うっすらと茶色がかった髪をした、まだ十歳になろうかどうかと言う小さな身体だ。

 和真に受け止められたその子供は、息も絶え絶えに自分を受け止めた和真を霞む目で見上げ、


「お前なんか……、僕と同じじゃ――ない……!」


 その一言を残し、その子供は和真の腕の中で気絶してしまった。

 

『マスター、この子――』

「分かってる。ソフィ、変身解除(コンタクトアウト)

『イエス、マスター』


 纏っていたスーツが光に解け、そのままソフィは子供を抱えたまま倒れかけた和真の背に自らの背を寄せ、支える。ソフィに支えられながらも、和真はその場に崩れるように座り込み、抱きかかえていた子供を傍の床に寝させた。

 そうして和真自身も、支えるソフィに助けられる形で床に寝る。図らずもソフィが膝枕をするような形で支えてくれ、荒れる息を整えた。


「はぁ……、ソフィ、助かった……」

「もう何度言ったかわからないけど、無茶しすぎ。……腕とお腹、大丈夫?」

「悪い、左腕はもう感覚がない。腹は……多分痣程度で済むだろきっと」

「……ごめんなさい、私の判断がもっと早かったら――」

「気にすんなって。俺が勝手に一人で突っ走っただけだ。それより、十分だけ休むからあとは、任せる……」



 物言いたえなソフィの眉間をつつきながら、和真はゆっくりと瞳を閉じた――。

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