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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第一章 銀色ペルセウス
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第五話 死ぬほど嫌いなもの

 駆け付けた和真は、目の前に広がった光景に舌打ちする。


「くそっ!」


 近くにあった電柱は倒れてしまっており、押しつぶされた車が炎を巻き上げ、和真の肌をちりちりと焼く。近くにある店に突っ込んでしまった車や、目の前のそれに壊されてしまっている店もある。

 そしてそんな凄惨な光景の中心に、我を忘れて空に雄叫びを上げる巨大な異形の姿が。もはや人間の姿など残しておらず、どろどろに溶けてしまったヘドロのような姿だ。黒いヘドロを身に纏い、そこから数本の太い触手がうねっている。

 その一つに車が持ち上げられており、和真の眼の前でその車は近くの建物に投げ捨てられた。派手に粉砕する車体のガラス片が飛び散り、和真はすぐさまその場を飛びずさる。

 ――変異型の突然変異種。それも、昨日出会った奴とは比較にならないほど強力な禁止語句を持った化け物。その危険さを良く知る和真は、すぐさま周囲を再度注意深く見渡し、ソフィとベルイットの姿を探す。


「いた!」


 先に現場に来ていたベルイットを見つけた。通りにある建物の中で最も高い五階建てのビルの屋上に立つ彼女の眼光は鋭い。その鋭い眼光で彼女は和真を見つけるが、一瞥した直後には傍に控えていた三体の怪人に指示を投げていた。

 屋上から飛び出した怪人達は、さらに周囲の建物の奥から次々と飛び出してくる怪人達と合図を交わし、それぞれが逃げ遅れた人達の元へ迷わず駆ける。

 瓦礫に足を奪われた女性を救いだしたかと思うと、車の中に取り残された子供を助け出す。暴れ回る突然変異種の触手が逃げ遅れた人に向えば身体を呈して庇い、直ぐに怪我人を連れてその場を離れる。

 突然変異種には目もくれず。

 明確な目的と意思を持った動きに、和真は思わず目を奪われる。


「す、すげぇ……!」


 息を飲む和真のもとに、一体の怪人が飛び降りてきた。その背に乗っていたベルイットがすぐに和真の隣に並び、その服を引っ張る。


「来るなと言ったはずじゃぞ!」

「仕方ないだろ、お前らが勝手に飛び出したんだし!」

「何を言っておる! お主はまだ一般人じゃろうて! 偶然の重なった昨日とは違う、ワシらアンチヒーローには一般人を守る義務があるのじゃ!」


 ベルイットの強い視線に、和真の背筋が伸びる。自分の知らない少女の姿が、ここにあったのだ。


「……いかん!」


 だが、直ぐに控えていた怪人に腕を掴まれ、和真はベルイットと共に宙へと引き上げられる。すぐさま視線を下に向けると、先ほど自分達がいた場所にバスが投げ込まれていた。

 火花が上がったかと思うと、爆炎が和真やベルイットの肌を焼き、その熱に二人は顔を顰める。


「やはり、変異してしまった突然変異種相手では、ワシらの怪人では歯が立たんか……!」


 和真と共に宙を舞うベルイットが歯ぎしりをした。彼女の声に引かれるようにして和真もまた、大通りで暴れる化け物を見つめる。


「うそ、だろ……?」


 避難の遅れる人々を庇い、専守防衛に努める十数体の怪人達が、悉く太い触手で弾き飛ばされる。一体一体が、こうして人二人を抱えて容易に建物の屋上に飛び上がるような怪人を。

 それが今、目の前の十数体の怪人全てが手も足も出ない。


「ベル、何とかならないのか、あの化け物!?」

「あれは『暴れるために変異した』突然変異種じゃ! その能力の質は怪人で押さえられるレベルではない! ヒーロー協会に応援を要請してはおるが……!」


 忌々しく携帯を睨み付けるベルイットと共に、和真は変異型から距離の離れた通りで怪人に下ろされた。


「この地域を守っておった正義の味方は、今は怪我で戦線を離れておる。応援が来るとしても……」


 ベルイットの悲痛な声に、和真はようやく事態を理解した。


「なるほど、人手不足ってのはそういうことか。それで、俺なんかをお前らの組織に……」

「う、む」


 渋い顔をしてベルイットが未だに暴れ続ける変異型に視線を移した。和真もまた彼女の隣でそこを睨み付け、拳を握る。

 逃げる人々とそれを守る怪人。燃え上がる炎。なくなる逃げ場所。彼らを襲う突然変異種。もうあと数分もしないうちに、ここは唯の焼野原へと変わる。それまでのわずかな時間を、自分はこうしてただ見ているだけ。


「…………」


 大きく深呼吸して、和真は小さな一歩を踏み出した。だが、その服を掴まれ和真は振り返る。


「行ってはならんぞ」


 ベルイットの双眸が和真を射抜いた。


「わかってるよ、そんなこと。そんなの、どこの誰よりも俺が良く知ってるんだ」

「行けば、お主は自分から『禁止語句(トラウマ)』に向き合うことになるのじゃぞ」


 ベルイットのまっすぐな視線に、和真はすぐに理解した。やはりこの少女は自分のことを知っているのだと。


「……お前は、どこまで知ってんだ?」


 ベルイットに背を向け、和真は問う。


「お主もまた、トラウマを持っているということだけじゃ。そしておそらく、お主の『禁止語句』は――」


 彼女の言葉を聞くことなく、和真は逃げ遅れた一人の少女を庇って飛び出した銀色を見つける。その瞬間、和真の足を止めていた心の中の何かが弾け飛んだ。ギリッと音を立てるほどに和真は顔を歪め、その場を睨み付ける。そして、


「あの、バカ野郎……!」

「和真!?」


 ベルイットの腕を振り払った和真は、変異型の化け物に見つかってしまった少女たちのもとに向って駆け出した。

 通りを駆ける和真のスピードは決して速くない。常人のそれでしかない。

 弱い。情けない。意気地なし。そんな言葉が脳裏をよぎり、和真は歯を食いしばる。和真を嘲笑うように、泣き喚く少女の前にソフィが腕を広げて立ち上がった。下唇を噛んで立ち上がったソフィの真上に巨大な触手が迫る。


「くそッ……!」


 まるで間に合わない。ただの人間じゃ絶対に間に合わない。だったら――。

 和真が瞳を閉じて口を開こうとしたその時、



「助けて、和真ぁっ!」



 背後から聞こえるベルイットの声に、和真は驚きを露わにし――叫び声をあげた。


「任せとけ、助けるッ!」


 瞬間、和真の心音が一度だけ激しく鳴る。同時に全身を駆け抜けた暴力的な力を、脚力に全集中。踏みつけた地面を抉り、直裂帛の気合いと共に和真は空を切り裂き、跳躍した。


 ヒュン――と。


 風を切り裂く音を背負い、和真は少女とソフィの目の前に迫った巨大な触手を殴り飛ばす。わずかに掠った触手に左腕が裂けるが、気にしてなどいられない。


『アアアアアア!?』


 引きちぎれた触手から体液をまき散らし、化け物が雄たけびをあげる。その姿を一瞥する和真は、すぐにその場で腰を抜かしたソフィと少女を抱えあげた。突然のことに慌てるソフィが、自分を抱き上げた和真を見上げて驚きに口を開く。


「あ、貴方!?」

「黙ってろ、舌噛むぞ!」


 ソフィの問いかけに応える余裕もなく、再び背後から迫る触手を跳躍で回避。手近な店の屋根に飛び上がった和真は、直ぐにこちらに怪人と共に近寄ってきたベルイットに少女を任せた。


「さっすがじゃのう、和真!」


 少女を連れて避難するよう怪人に指示を出したベルイットが、興奮気味に和真の腕を引いた。彼女の笑みに同じように不敵な笑顔を和真は返す。


「さんきゅー、ベル。危うく自分から言うことになるところだった。そうなりゃ、制御なんてできやしないからな、あいつと同じで」


 拳をぶつけ合った和真とベルイットの間に、一緒に連れて逃げたソフィが割って入った。


「あ、貴方! なんでこんなところに来たの!」


 目一杯の怒声に、和真はこちらにゆっくりと迫ってくる変異型を睨み付けながらも答える。


「なんでって、助けるためだろ?」

「貴方は、人助けが嫌いだって言ってた!」

「あぁそりゃ嫌いだ。俺は自分から人を助けることが、死にたくなるほどに大嫌いだ」

「だったら、なんで……!」


 瞳に一杯の涙を抱えたソフィの嗚咽交じりの叫びに、和真は頭をかいて彼女の頭を撫でた。


「助けてって、言われたからな」

「――っ」


 和真の言葉にソフィは涙を服の袖で拭い、和真の隣に立ち上がる。ソフィは一度だけすんと鼻を鳴らすと、そのまま和真の服の裾を掴んでそっぽを向いた。


「……私、助けてなんて言ってない」


 彼女の拗ねた様子に、和真は頭をかいて笑う。


「俺も別にお前に助けてなんて言われた記憶はない。そっちのハイテンションお嬢様に助けてって言われただけだ」

「は、ハイテンションだなんて。わし、照れちゃう、ぽっ」

「誰も褒めてない、褒めてないからな!?」


 ソフィとは反対側に立って腰をくねらせたベルイットの頭を叩く和真は、二人を背後に隠し、変異型の異形を睨み付けた。


「ベル。怪人達に陽動を任せてもいいか?」

「本来、ワシらアンチヒーローは逃げ遅れた人々の救出をじゃな――」

「助けを求めたのはお前だろ。最後まで責任持てよな」

「……しかたないのぅ」


 溜息をつくふりをするベルイットの様子に、和真は拳を握る。


「な、何をするの、ロリコン?」

「何って決まってんだろ。俺が死ぬほど大嫌いな人助けだよ……ッ!」


 行っては駄目だと言わんばかりに伸ばしたソフィの腕を振り切り、和真は屋根から飛び出した。


「壱号から七号は右から陽動を! 倒壊した建物を利用して距離を詰めよ! 機動力はこちらが上じゃ! 残りは和真の正面で壁になれぃ!」


 飛び出した和真の背後から、ベルイットが鋭い指示を倒れていた怪人達に投げる。すぐさまこれに反応した怪人の三体が、走り出した和真の正面を共に駆け抜け、別の場所で倒れていた七体の怪人達が変異型の周囲を駆け抜ける。


『オオアアア!』


 耳を劈く雄叫びを上げる化け物の巨大な触手が、一体また一体と陽動を仕掛けた怪人を捕えていく。

 彼らの陽動で変異型が背を向ける隙を逃さず、一気にスピードを増す。揺れる地面に足を取られそうになりつつも、和真は距離を詰めていく。

 勝負は一瞬。相手の意識を奪ってしまえばいい。


「ッ!」


 一本の巨大な触手が隙を突く和真に狙いを定めた。慌てて和真は両腕を防御に回すが、迫る触手の前に先ほどの三体の怪人が飛び込み、和真を庇う。直撃する触手に、三体の怪人達が宙に浮く。僅かにできた怪人達の足元と地面の隙間にすべり込み、すぐさま上体を起こす。


「うおっ!?」


 見計らったように振り下ろされた巨大な触手を寸でで躱す。掠ってしまった頬が薄く裂け、血が滲む。酷使する肉体が悲鳴を上げるが、そんなものを無視して再び無様に地面を転がる。


「ちっくしょう……!」


 詰めたはずの距離は次々に襲いかかる触手に再び離され始める。もはや踊らされるように必死になって攻撃を躱す和真は、ほんの僅かに見えた変異型の本体に、生身の部分があることに気づく。


「ベルッ!」

「おうなのじゃ!」


 空中から四体の怪人が変異型の頭上を狙う。不意を突かれた変異型は、和真に向けていた触手を慌てて空に伸ばす。

 コンマ一秒ほどの僅かな隙。自分から逸らされた一瞬の油断を狙い、和真は地面を蹴り付けた。


「もらったぁあああああ!」


 右腕を振りかぶる。距離は既にゼロ。大きく踏み出した左足に込められた力を、全身をバネにしてそのまま右腕に。触手と触手の合間に見える、ほんの僅かな生身の脇腹を狙い――和真の一撃が突き刺さった。



 ◇◆◇◆



「和真、無事かの!?」

「け、怪我は……!?」


 動きを止めた突然変異種の傍に居た和真の元に、二人が慌てて駆け寄ってくる。彼らに軽く笑顔を返した和真は、自分の体の中から力が抜けていくのに気付き、握っていた拳を開いた。

 だが、つい先ほどに感じた感触に和真は不快を露わにする。


「……やっぱり、あんまり気持ちいいもんじゃないな、こういうの」

「え?」

「いや、なんでもないよソフィ。それより、終わったな」


 抱き着いてきたベルイットと、心配そうに見上げてくるソフィの頭を撫でる。

 そんな和真達の目の前で、横たわった変異型の突然変異種が光となって霧散した。散った光がそのまま宙で一つに集まり、異形だったそれは大通りの中央で元の人の姿に戻った。

 髪を金色に染め、耳に大きなピアスをつけた筋肉質の大きな身体。肉体だけなら軍人を連想させるような男だった。すでに気を失っているのか、白目をむいて地面に横たわっている。


「こいつ、確か……」


 その顔を和真も何度かテレビで目にしたことがあった。ここ最近警察に指名手配されていた男だ。名前は確か、大藤大吾。拘置所で十数人の人間を殺して逃げ出した突然変異種として、テレビでその顔が放送されていた。


「さて、と」


 和真は一息ついてベルイットの傍に控える一体の怪人に視線を移した。その背後に隠れた先ほどの小さな少女の視線に合わせて、和真は腰を屈める。


「君に怪我はない?」

「……ひっ」


 そう和真が笑顔を向けると、少女が頭を振って恐怖を露わにした。震える小さな手で怪人の足を掴み、まるで化け物を見るような目で和真を射抜いた。唇は青く染まり、血の気の引いた顔。無垢だったはずの両目は今は唯、別の感情に支配されてしまっている。


「…………っ」


 向けられた視線に、和真は一瞬だけ言葉を詰まらせる。何かを伝えようとして口を開き、そこから漏れたのは何とも情けない小さな吐息だけ。

 ――最悪な気分。

 そんな気持ちを少女に悟られぬよう、和真は必死になって笑顔を作り、笑い出す。


「あ、あははは。怖がらせちゃったかな? ゴメンな、もう少し早く何とかしてやれなくて。けど、怪我無くて本当によかった」


 少女が完全に怪人の背後に隠れてしまったのを見て、和真はゆっくりと立ち上がる。

 胸にぽっかりと穴の開いた気分。忘れたいと思っていた感情に、和真は少女に背を向けて胸を掴んだ。

 渦巻く感情を彼女達に悟られぬよう、一歩先に踏み出し、和真は下唇を噛む。


「和……真?」


 ソフィの困惑する声が背後から届き、和真は胸を掴んでいた腕を下ろした。握りしめていた掌には爪が刺さり、僅かな出血を残す。


「貴方、怪我して――」


 ソフィの近寄る様子に気づき、和真は声を上げた。


「悪い。ソフィ、ベル。後のことって任せていいか?」

「え、あ……」

「ちょっと……疲れた。俺、もう帰るよ。その子のこと任せたな」

「こりゃ、和真!」


 何かを言いたげだったソフィとベルイットの二人を残し、和真は荒れ果てた通りを抜けて自宅へと向かって歩みを進めた。

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