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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
間章 御堂和真の休日
57/69

第一話 お誘い受けてハイテンション

「ベル。このたまりにたまった書類の山の説明をしてくれるよな?」

「え―ベルちゃん困っちゃうーなのじゃ」


 ぎろり。


「注射が嫌で隠してましたすみません」


 隣に座ったブリジットの睨みの前に、ベルイットがやすやすと屈した。それもそのはずだ。彼女の背後――ソファの上でお尻に真紅の矢(アルテミス)の突き刺さっている怪人を見れば、おのずと身の振り方は決まる。

 ぴくぴくと痙攣している怪人達をちらりと一瞥した和真は、小さく咳払いをして再び書類に目を落とす。

 書類の日付は既に三週間前。どう足掻いたってもう予防接種には間に合わない。


「はぁ……ったく。注射が嫌だからってお前、ちゃんと書類は見せろよ」

「だっていやなんじゃもーん」


 ぎろり。


「すみません調子に乗りましたのじゃ」

「……なんか、すげぇ便利だなコレ」


 隣で眉間に皺を寄せてガンを垂れるブリジットを見て、和真は乾いた笑い声を上げる。とはいえ、もう予防接種の日程は終わってる。受けろと言って受けられないのも確かだ。

 どうしたものかと頭を捻るが、いい案など当然出てこない。


「マスター、ベルはほっといて食事の準備する」

「あー……確かにそうだな」


 ソフィに言われて時計に視線を移す。いつもなら既に食事の準備を終えている時間だ。それに今日はアリサが戻ってきた日でもある。いつまでも食卓で全員、唯顔を突き合わせているだけでは味気ない。


「分かった。この件はまた後で考えるとして、食事の準備をするか」

「ひゃっほーい! しょっくじ、しょっくじなのじゃ!」

「お食事なのです、なのですご主人様!」

「分かったから暴れないの、メリー」


 途端に騒がしくなり、和真は頭をかく。そのまま、壁に寄り掛かっていたアリサに和真は声をかけた。


「アリサ、お前ももちろん食っていくよな」

「私もいいんです?」

「良いも悪いもないだろ。半分はお前が戻ってきた祝いなんだからさ」

「そういうことなら、喜んで。すぐにダンボールで私達の座る場所準備します」

「そこまで狭くないからね!? おい止めろ、そこにある段ボールは来週廃品回収に出すために集めてるの!」


 いそいそとダンボールを引っ張り出そうとするアリサを慌てて和真は引き留めた。深い溜息をつきながらも、和真はこの場に足りない一人の男性を思い出す。

 ふくれっ面を見せていたアリサに苦笑いを返し、和真は問いかけた。


「で、虎彦さんは?」

「あ、そう言えば玄関前で待ち合わせしてました。一時間前に」

「……一時間って、この寒空の下? 今日の最低気温、結構低かったけど」

「……」

「……」

「てへぺろ」

「虎彦さぁあああんッ!?」



 ◆◇◆◇



「おっさん、寒かった。凍えそうだよおっさん。寂しさで死にそう」

「そんな筋肉質な身体で何が寂しいんですか。私も携帯持ってるんですから、呼び出せばよかったんです」

「アリサ嬢、一度着信見直せ。おっさん何度も電話したぞ。一度も通じなかったけど」

「……電源が入っているとは言ってません」

「坊主、あっためて、おっさん心が寒い! 凍えそうだお!」

「心が寒いなら物理的にくっつかないで! いぎゃああああ!? くっついて筋肉ぴくぴくしないで!」

「ちょっと静かに食事して下さる? 御堂さん、近藤さん」


 玄関先で一人で座り込んでいた虎彦を招き入れ、和真達は勢ぞろいで食事を開始していた。アリサの事件以降、虎彦もこの地域で少しずつ活動を再開しており、和真も何度か彼の世話になった。

 深見は未だに治療のためにヒーロー協会の施設にいるが、時折顔を出しに行っている。アリサの調整も終わって戻ってきたこともあり、この日の食卓は豪華な物だった。和食中心ではあるが、炊き立てのご飯は食欲をそそるし、揚げたてのから揚げやエビフライの香りは鼻孔をくすぐる。

 我ながらいい出来だと嘆息した和真が箸を手に、ご飯を口にしようとすると、正面で食事を進めていたカラフルな三人の少女達のお椀が差し出された。


「和――お母さん、ご飯おかわりなのじゃ」

「マス――お母さん、私もご飯おかわり。ちょっと少な目で」

「お母さんお母さん、私もご飯おかわりなのです! もりもりなのです!」

「誰がお母さん!?」


 差し出された三つの茶碗を受け取り、しぶしぶ和真は席を立って炊事に動く。基本的に掃除洗濯は交代制だが、炊事はほとんどの場合和真の仕事だ。違和感なく、お母さんの立場に甘んじるほか、和真にはない。


「ほれ、慌てて食べるなよ」

「ひゃっほーい!」


 がつがつと食事に戻った三人を見て和真は溜息をつき、隣に座るブリジットに視線を移した。彼女は和真の視線に気づくが、素知らぬふりをして紅茶の香りを楽しんでいる。


「生憎と、私のお仕事は料理の盛り付けだけですの」

「いや、まぁそうだけども。お前に料理させたらだめなことは身を持って知ってるし」

「失敬ですわね。別に料理が下手なわけではないんですのよ」

「味付けが致命的に下手なんだよな?」

「……お母様、紅茶のお代わりを頂けるかしら」

「だから誰がお母様だ!?」


 ツッコみながらも空いたカップに紅茶を注ぐ。有難う御座いますとだけ返答したブリジットは、ほんのり頬を染めたまま再び紅茶を嗜み始めた。

 和真もまた食事を再開しながら、アリサや虎彦との話を弾ませる。


「そう言えば、虎彦さんとアリサは今どこに?」

「基本、おっさんは住所不定だなぁ。たこ焼き屋に使ってたボックスカーは今、キャンピングカーに変えてる最中だからな。おっさん年代の夢なのよ」

「私はさすがに車で寝泊まりはきついですので、さっき玄関傍に段ボールハウス立てておきました。大丈夫です、ちゃんとご近所さんに勘違いされないよう、アリサの家って書いておきました」

「人の敷地で何やってんの!? 誤解しか生まないよねそれ!?」

「大丈夫です、ダンボールさえあれば雨風すべて防げます。イッツァパーフェクト、です」

「ノーパーフェクツ!」


 荒れる息を整えつつも、虎彦とアリサが無言で差し出した茶碗を受け取り、和真はおかわりをよそい直す。食費は貰っているから心配ないとはいえ、彼らの遠慮のなさに頭を抱えてしまった。


(まぁ、これも家族みたいなもん――かなぁ)


 家族。

 そんな、もう忘れていたような言葉を思い出し、和真は思わず顔を顰めた。

 自分を施設にすて、自宅を空っぽにして消え去った両親。幸い、残されたままだった家に戻ってくる形で和真はこうして暮らせているが、決してそれまでの間が平坦だったわけではない。

 文字通り煙のように消え去った彼らの足取りは、ヒーロー協会で把握していると桐子に聞いた。

 和真自身、彼らに会いたいとは――微塵も思ってはいないが。


「和真、どうかしたのかの?」

「マスター?」

「……いや、なんでもない」


 正面で食事を続けていたベルイットとソフィが、押し黙ってしまっていた和真の様子に気づいた。彼女達の心配そうな視線に笑顔を返し、和真は頭を振って両親の姿を消す。

 今の自分には彼女達がいるのだ。寂しいことなど何にも――、


「みどうひゃん、おかわりなのでひゅ」


 再び差し出されたのは、ソフィの隣にいたメリーの茶碗。和真はジト目で彼女を眺めるが、メリーはいつもと変わらぬ笑顔を見せた。膨らんだ頬が彼女の赤いショートカットヘアーを押し出す勢いだ。


「リジィ、お前な……」

「わ、私の責任じゃありませんの。メリーは他の子達より良く食べるだけですわ」


 何か文句があって? と言わんばかりに、ブリジットも顔を逸らす。仕方なく和真は差し出された茶碗を受け取り、最後のお代わりをよそおうとした。

 すると、ポケットに入れていた携帯が鳴るのに気付き、和真は手にしていた茶碗をブリジットに押し付ける。


「わるい、ちょっと頼む」

「わかりましたの」


 席を立って廊下に出る。着信の鳴り続ける携帯を取り出してみると、そこにはクラスメイト――耕介の名前が。この名前を見て、和真は頭をかきながらも電話に出た。



「もしもし、耕介?」

『あ、御堂? 今大丈夫か?』

「んー……大丈夫」



 食卓に視線を戻し、騒がしく食事を続ける仲間たちの様子に頭を抱える。あの場では周りの音で電話が通じないが、廊下に居れば問題はない。そう判断した和真は耕介に話の続きを促した。


「それで、どうかしたのか?」

『さっき渡された書類見たら、明日の予防接種の時間帯が夜なのよ。御堂、お前ってどうする、それまでの時間』

「ちょっと待って。……うお、確かに夜だなこりゃ」


 隣の部屋に移動し、鞄の中から引っ張り出した書類には午後八時の記載。なんでこんな時間に病院に行かなきゃいけないんだと思わなくもないが、ある意味で自業自得なため文句は言えない。


『だろ? 時間が合うならどっかで遊んでから行くか? 実は明日の昼間、隣の女子高と合コンが――』

「耕介、お前ホントはそれが理由だろ……」

『あ、ばれた? いやさ、御堂もロリコン伯爵なわけだし、今度はもっとかわいい子達を呼んだんだって!』

「悪いけどパス。身内だけで腹一杯だっての」

『ちぇっ、ほんとこういうことだけは付き合い悪いんだからなぁ御堂は』


 言葉はきついが、電話先で声を押し殺して笑う耕介の様子に気づき、和真もまた笑みを浮かべる。その後しばらく耕介と他愛無い話を躱し、和真は電話を切った。

 手にしていた書類に目を通しながら、和真は顎に手を当てて思案する。


「けど、耕介の言うように確かに時間が微妙だな……。さて、どうやって時間を潰すか」


 朝一ぐらいであれば、さっさと用件だけ済ませて一日ゆっくりするつもりだった。だが、時間が夕食後ほど時間帯だ。正直時間を考えると、家でグダグダしてから外に出る気にはなれない。


「耕介の言う通り、どこかで暇をつぶしてそのまま出かけるのが一番か。とはいえ一体――」


 そこまで考えて思いつく。自分が予防接種に行くのなら、そのついでに何とかベルイットをねじ込むことはできないだろうか。多少無茶にはなるだろうが、本人を連れていって医師に相談すればどうにかなるかもしれない。


「けど、そのためにはまず……」


 病院にベルイットを連れて行かなければならない。それも、こちらの意図がばれない様にだ。幸いまだ彼らには明日自分が予防接種のために病院に行く旨は伝えていない。だとすれば、適当な理由をつけて朝から連れ出し、そのままの流れで病院に行けば……。


「問題は理由だな。大勢で動けば誤魔化しやすいけど、その分夜の時間には気を使ってしまうし……」


 顎に手を当てて壁に背を預ける。ベルイットだけを呼び出すのも警戒される。とはいえ、仲間たち全員で出るというわけにもいかない。相性は悪いが、ここはソフィを連れてベルイットを連れ出すのが最善だろう。

 理由は……、深く考えず遊びに行くということにでもしよう。


「よし、そうと決まれば聞いてみるか」




 ◆◇◆◇




 部屋から出て食卓に戻る。扉を開いて中に入ると、仲間たちは皆食事を終えてそれぞれに寛ぎ始めていた。食器の片付けを進めるブリジットとアリサを尻目に、机に突っ伏した虎彦。ソファにダイブして鼾をかき始めたメリー。頬を引っ張り合っているソフィとベルイット。

 少し目を離しただけでこうなる彼女達の様子に、和真は頭を抱えた。

 とはいえ、まずは話題から持ち出す。


「ソフィ、お前明日は暇か?」

「マスター、明日は私、メンテナンスの都合で博士と一緒にアンチヒーローの施設に行く予定」

「まじで?」

「まじ」


 頬の引っ張り合いを止めたソフィが和真に向ってブイサイン。結っている銀のツインテールを揺らす彼女は自慢げだ。そのサインの意味は理解できないが、いきなり計画は頓挫。

 ソフィが駄目なら仕方がない、和真はブリジットに予定を尋ねてみた。


「リジィ、お前明日は――」

「少し考えても見てくださいな。ソフィさんがいないということはつまり、明日何かあれば私が出なくてはなりませんの。協会から周辺区域の見回りを依頼されていますわ」

「なん、だと……」


 こうなれば最後の手段。無しょ(ニー)……虎彦さんとアリサの予定を確認する。


「あ、私と虎彦は明日、ヒーロー協会に出向く必要があるので無理です。この地域での活動の正式な許可を貰う必要がありますから」

「アリサと虎彦さんは――って先に回答するの止めてくれないかな!?」

「坊主、どんまい」


 ニヤリとした厭らしい笑みを浮かべた虎彦が、和真の肩を叩いた。がっはっはと言わんばかりにそのまま大笑いされ、和真は首を垂れる。周りが予定を完璧に埋めている中、自分だけ何もないのが寂しいわけでは決してない。


「和真和真」

「ん、おう、どうしたベル」


 項垂れていると、ちょこちょこっと傍に寄ってきたベルイットが和真の服の裾を引いた。そのまま亜麻色髪の短い前髪からおでこをのぞかせる彼女は、にへっと笑みを浮かべ、


「わし、明日ひまなのじゃ」

「暇なんだな、絶対だな、絶対暇なんだな?」

「にょっほっほ。暇も暇、最近お主らの活躍もあって、少しだけお休みをいただいておるのじゃ!」


 嬉しそうに語るベルイットの様子に、和真も笑みを返す。予定とは少し異なるが、彼女が一人で暇だというならちょうどいい。


「よし、なら明日二人でどこか行くか」

「ひゃっほい、デートなのじゃな!」



 ベルイットの言葉に、食卓の音が消える――。



「いや、まぁ形式的にはそうなるんだろうけど……」

「で、でっ、でででのデートぉっ! とうとうお主もワシの嫁の自覚が出たのじゃな!」

「いや、だから人の話を――」


 小躍りするベルイットの様子とは裏腹に、先ほどまでは賑やかだった食卓は静まり返っている。バラエティが流れていたテレビは、いつの間にか浮気素行調査の探偵ものに。無機質なお皿の洗う音だけが響き、人の声がない。

 何より――寒気がする。


「ねぇ、ちょっとベルさん、お願い、はしゃがないで」

「のうのう和真! 明日はどこに行くのじゃ? やっぱり外で待ち合わせとかかのぅ! 少しだけおめかしして、普段とは違うワシの姿にお主がメロメロに――きゃっ」

「だから! ほんと、ほんと待って!」


 頬に両手を添えて、僅かに染まった顔を和真から逸らすようにベルイットは腰をくねらせる。彼女の喜びようは嬉しいが、ベルイット以外のこの場にいる誰もが自分と一切目を合わせようとしない。

 このままでは取り返しのつかない事態に繋がる。そう直感した和真は慌ててベルイットの肩を両腕で掴み、


「ベル、やっぱり明日は――」

「かーずまっ! 明日は目一杯、ほんっとーに目一杯、楽しみにしておるからの!」

「…………わかった」


 見せたこともないような満面の笑みを見せたベルイットに、やっぱりやめようなんて言えるわけがない。和真は射殺す様な仲間たちの視線にさらされながら、ご機嫌ステップで部屋を去っていくベルイットを見送った――。

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