第四話 正義の味方とアンチヒーロー
朝食も済ませて一息ついた和真は、休日きってのお楽しみ、一日散歩に出かけようと家の外に出た。のだが、
「なぁおい、なんでついてくんの、お前ら?」
「異なことを。ワシ、お主の恋人。おーけー?」
「私、貴方の調査。おーけー?」
「はぁ……。ごめん、俺の守備範囲、同い年からプラス3歳までだから。あと、今度履歴書出すからそれで調査書出してくれもう」
「じゃあワシ、後で役所に行って戸籍の年齢改ざんしてくるのじゃ」
「履歴書だけじゃ足りない。健康保険証その他諸々もお願い」
「……俺が悪かった。だから、頼むから俺の住民票まで勝手にとってこようとしたりしないでねマジで」
背後には少女二人。動きやすそうな短パンとニーソックスに黒いシャツを着こんだベルイットと、白いゴスロリに身を包んだソフィが付いてきた。黙っていれば美女の部類のこの少女二人の残念度具合に頭が下がる。
彼女達は外出用の服装に身を包んでいるらしく、同じく薄手のパーカーを羽織った外出準備万端の和真を逃がさんとばかりに共に家を出てきた。
「あのな、俺は一人で散歩するのが趣味なの。お前らがついてきたら台無しだろうが」
「心配ないぞ。わしも散歩に行こうと思っただけじゃ。偶然目的地が同じだけじゃがな」
「私は貴方を調査する必要があるだけ。そこの悪の幹部に唆されないように見張る必要もある。博士が貴方を欲しがってるから」
「……お前ら、実は仲いいだろ?」
それぞれが勝手な行動は許さないとばかりに和真の左右に並び立つ。
満面笑顔のベルイットが和真の右腕を取ろうものなら、ソフィがあさっての方向を向いて和真の左隣に陣取る。
「お前らなぁ、なんでそんなに俺にこだわるんだよ……。世の中には俺なんかより正義感溢れるすごい人なんていっぱいいるんだぞ?」
「どこにいるの?」
「え、あ、いやぁ……あ、あの辺?」
ソフィの鋭い問いかけに、和真はドモリながらも適当な方向を指差した。だが、その先を一瞥したソフィは呆れたように盛大な溜息をつき、ぷいっと顔を逸らしてしまう。
「さぁて和真! まずは街中のパトロールじゃ!」
「お前はどれだけ人の話聞かないの!?」
腕を引くベルイットに引っ張られるようにして三人は歩き始めた。門を抜け通りに出ると、直ぐに周囲の視線を独占。近所のおば様方のひそひそ話が聞こえてくるが、限りなくあさっての方向を向いて歩くスピードを上げた。
「歩くの、早い」
「ん、あぁ悪い。居心地悪くてな」
先を行こうとする和真の袖を引くソフィのムッとした視線に、慌てて歩く速度を緩める。歩幅が合わないせいでさらに居心地は悪いが、納得いったように頷くソフィの様子に仕方なく諦めた。
「折角だからこのまま正義の味方講習にはいる」
「いやだ」
「私たちヒーロー協会所属の正義の味方は――」
全然話を聞かない。
和真の意見に完全無視を決め込んだソフィが、仏頂面で語り始めた。ベルイットに至ってはあっちこっちをきょろきょろしながら和真の右腕に抱き着いたまま。
「もう百年も前から突然変異種は存在している。突然変異種については?」
「知ってる。『禁止語句』とそれを連想させる状況下で、特別な力を発揮する連中の総称」
「ん。義務教育でも教わってるって博士から聞いた」
さも当然のように言い放つソフィから視線を逸らし、和真は眉をひそめて呟いた。
「……嫌いだけどな、その呼び方は」
「何か言った?」
「いや別に。で、話を続けてくれ」
コクンと頷いたソフィに顔を向けるでもなく、和真は真っ青な空を見上げたまま歩く。
「それ自体を私達は逮捕しているわけじゃない。でも、『禁止語句』によって暴走する突然変異種が多いのは事実」
「まぁ、そりゃな」
昨日もそう。禁止語句とはそのまま、突然変異種にとってのトラウマ。それを刺激されてなお、暴走せずにいられる方がおかしいのだ。中には、そうでない突然変異種もいるのも確かだが。
「正義の味方の仕事は唯一つ。暴走した突然変異種の無力化。それがそのまま、被害を押さえるために必要なの。そして、それがヒーロー協会の誇り」
自慢げに語るソフィの声色に、和真は思わず息を飲む。まるでそうすることが当然のように語るソフィの姿が、心なしか脆く見えてしまった。
だが、その理由を考えるより早くソフィの話は続いていく。
「私たちヒーロー協会は、各地に少数の正義の味方を配置している。それは私のような変身ベルト型アンドロイドが少ないせいもあるけど」
「一応、お前って最新技術の塊なんだっけ?」
「一応じゃない。文字通り、私は協会きっての最新技術で作られた最新型アンドロイド」
「それゆえに、今までお主を扱えたものなんぞおらんがの、ソフィ」
「それは、どういう意味でいってるの?」
唐突に話に割って入ったベルイットが、ソフィの頬を突いた。ソフィはベルイットの腕を振り払って半目をさらにきつくする。
「悪の幹部には関係ない。私の力を扱えるのは、本物の正義の味方だけ。今までは……そう。私と一緒に変身しようとした人たちに正義の心が足りなかっただけ」
「そして、和真でもう十人目とな? 桐子のやつも損なものよの。お主のようなポンコツアンドロイドを作ってしまったばかりに、協会での地位も下がったとのことではないか」
ベルイットの挑発に、ソフィが唇を噛んだ。握っていた和真の袖から手を放したかと思うと、強い足取りでベルイットとの距離を詰め、彼女の胸元を掴んで叫ぶ。
「博士をバカにしないで! 博士は私の生みの親! 博士は私にとってとても大切な人なの!」
「ははん! いつまでも独り立ちできぬアンドロイドがこのワシには向かおうとな? いい度胸なのじゃ!」
「決着をつける、悪の幹部!」
「やってみよ、ポンコツ!」
「あーもう! なんでいきなり喧嘩を始めるんだお前らは!」
周囲を歩く人たちの視線に気づき、和真は取っ組み合いを始めようとした二人の首根っこを掴んだ。それでもなお暴れようとする二人の様子に、和真は頬を強張らせ、二人の脳天をそれぞれにぶつける。
「ふぎゃっ!?」
「ひひゃっ!?」
ひょいっと手を放すと、二人の少女が地面に落ちて頭を抱えた。彼女たちの恨みがましい視線を平然と受け流した和真は、再度二人の目の前で拳を振り上げる。
慌ててビクッと身体を硬直させる二人を見て、和真は深い溜息をついた。
「仲よくしろとは言わない。喧嘩だって否定はしない。けど、やるなら楽しく喧嘩しろ」
「うぬ?」
「……意味がわからない」
「あー、まぁそのなんだ」
ソフィとベルイットの怪訝な視線にさらされ、和真は自身の伝達力のなさを痛感する。
「喧嘩は、別にいい。けど相手の大切なものを傷つけるような喧嘩はするな。その、どうせやるなら、後腐れない楽しい喧嘩をしろって意味で……」
和真なりに伝えられるように言葉を探すが、二人の少女は互いの顔を見合わせ、小首をかしげた。
「ソフィ、分かるかの?」
「んん。もう少し人間の言葉で喋って」
結局一番に折れることとなった和真は、頭を抱える。
「……おーけー悪かった。俺が悪かった」
「うむ。謝ればよいのじゃ謝れば。さぁ散歩を再開するぞぃ!」
「次はあっちに行く。そんなところに立ち止まらないで次に行く」
「なんで俺が悪い感じになったの!? お前ら、やっぱり実は仲良いだろうが!」
互いに軽くそっぽを向いてしまっているが、それでも先ほどのような険悪なムードを捨てた彼女達の様子に、和真は小さな笑みを零した。
個性的で素直じゃない二人の少女だが、決して人の話に耳を向けないというわけではなさそうだと和真は理解し、引きずられる形で二人と共に歩き出した。
「そこの悪の幹部。ロリコンにくっつきすぎ。悪の心が移る。離れて」
「うるさいのじゃポンコツ。お主こそ何気にくっつきすぎじゃ。正義の心が移る。どくのじゃ」
「やっぱり決着をつける、ベル!」
「おぅおぅ、やってやるのじゃソフィ!」
「お前らいい加減そのパターン止めれ!」
やっぱり勘違いだったらしい。
◇◆◇◆
「ん、おいあれ……」
ついてくる二人を連れて散歩というわけにもいかず、街に出た和真は広場に集まる人垣を見つけた。その奥から見える頭一つ大きな動物の顔をした異形の姿。
その異形は、片腕にプラカードを持って何やら叫んでいる。
「うむ。アンチヒーローの怪人じゃな。今日はこの地区での募金活動の予定じゃったからの」
こちらにいるベルイットに気づいたのか、怪人達が軽く手を振ってお辞儀をしてくれた。周囲の視線も一瞬だけ自分達に集中するが、直ぐに怪人達の呼び声に視線が消えていく。
そんな怪人達の様子を眺めるベルイットは、ふんぞり返って笑みを見せ、何度か頷いていた。
「うむうむ。中々に順調のようだのぅ」
隣で胸を張ったベルイットをちらりと見つめた和真は、直ぐに人垣の奥に視線を戻す。
手にしているプラカードには『貧しい子供に愛の手を』と書かれている。そんなプラカードを揚々と振り、周囲の子供たちの無邪気な蹴りやパンチに耐えながらも表情を崩さない怪人達の姿。
ほんの少し、目尻が熱くなってしまう。
「ワシらアンチヒーローの大半は、孤児じゃからの。あぁして活動資金や義援金を募ることは珍しくないのじゃ」
「へぇ……」
和真自身も度々街で見かけたことはある。今ベルイットが言った言葉も、学校の授業で習ったことだ。
「わしらアンチヒーローの目的は一つ。騒ぎに巻き込まれる一般人の救出じゃ。突然変異種が暴れれば、当然周囲に被害が出る。被害が出れば怪我人が――ひいてはワシらのような孤児が生まれんとも限らぬ」
陽気さなどない、はっきりとした声に和真の背が自然と伸びた。和真の傍に並び立っているベルイットは、賑やかな広場を慈しむように眺め、和真に語り続ける。
「じゃから、わしらは正義の味方ではない。ワシらは率先して突然変異種を捕えようなどはせぬし、それはそのまま世間からの批判へと変わる。故に、悪。正義の味方なんぞ、そこのポンコツ達がいくらでもやってくれるからのぅ。それ以外は、ワシらの仕事なのじゃよ」
「ポンコツは、余計」
ベルイットの自嘲するような語りに、反対側に立っていたソフィが強い否定を投げた。その顔は既に明後日へ向いており、彼女の白いうなじが真っ赤に染まっているのに気付く。
「……それに、別に私達正義の味方は、アンチヒーローをそんな風に思ってない」
同情だろうか。それとも、もっと別の何かだろうか。ソフィの消え入るような声に耳を傾けた和真は、自分なりの慰めの言葉を探す。
「ん、あー……。ソフィの言うとおりだ、ベルイット。別に俺達だって、お前らのことをそんな風には――」
いたたまれずベルイットに視線を向けると、伏せていた彼女の顔がゆっくりと上がる。そして気づく。見つめ合った口元と目尻が酷く歪んでいることに。そのあまりの邪悪さに、和真の頬が引きつった。
「同情したかの、の、の? ひょっひょっひょっひょっひょ! ざーんねんじゃが、ワシらは別にそんなことこれっぽっちも気にしてなどおらぬよ! ワシらは自ら悪を名乗る! だって悪のほうがかっこいいんじゃもん!」
悪びれもせずにゲラゲラと笑うベルイットの様子に、和真とソフィは歯を食いしばって拳を握った。
「てめぇ、この、後で絶対とっちめてやるからな!」
「正義の味方を騙すなんてありえない! 悪の幹部、やっぱり貴方は許さない!」
逃げ出したベルイットを追ってソフィが走り出す。ソフィと共にベルイットを追いかけようとした和真だったが、ふいに足を止めて先を歩く二人の姿を見つめた。
意識こそしていなかったが、自分は昨日今日と彼女達を見ている。どちらも年相応にワガママで個性的な少女だった。正直、本当にこの二人が突然変異種を取り締まる組織の人間なのだろうかと疑うほどに。
「けど、違うんだよな。あいつらは本当に、何かを助けようとしてるんだな」
ひたむきに。見返りも求めずに。それが――妬ましい。
「俺には……到底できるもんじゃないな、自分から人助けだなんて……」
「和真、どうかしたのかの?」
「ロリコン、一人で止まらないで」
いつの間にか傍に戻ってきていた二人の視線を受け、和真は慌てて頭を振った。そして、すぐに場を誤魔化そうと言葉を繕う。
「とにかく、どっちもみんなのために頑張ってるってのは分かったよ。お前ら、実は何気にすごいんだな」
褒めると照れる二人の少女の反応はそれぞれに違う。ベルイットは額面通りに受け取った言葉で相好を崩し、ソフィはそっぽを向いて赤くなった顔を隠す。相変わらずうなじまでは隠せていないみたいだが。
「わ、分かればいいの。それより、どう? これで少しは正義の味方になった自覚出た?」
「いや、俺は正義の味方じゃないし。てか、なんでお前らはそこまでして俺を引き入れようとするんだ?」
「……私は、博士がそう言う指示を出したから。貴方なら、もしかして私と――」
「ん? なんだってソフィ? 聞こえないぞ」
「な、なんでもない! わ、私達はただ、ロリコンを野放しにできないだけ!」
「だぁれがロリコンだ!? お前いい加減俺をロリコン呼ばわりするの止めろ!」
「いぃや」
顔を背けるソフィの頭を軽くひっぱたく。すぐに眉をしかめたソフィに脛を蹴られてあえなく撃沈。崩れ落ちた和真を一瞥し、ソフィは一人すたすたと歩いていった。
「ひょっひょっひょっ! 和真よ、そっちの暴力ポンコツアンドロイドの話になど乗る必要はないのじゃ」
「さ、サンキュー、ベルイット」
手を貸してくれたベルイットにお礼を言いながらも、和真はゆっくりと立ち上がる。ソフィに至ってはもう一人で二人より先を歩いている。
「あいつ、お前とは違う意味で自分勝手なやつだな。あれで本当に正義の味方の変身ベルトなのかよ?」
「ふむ」
思わず和真がぼやくと、ベルイットが前を歩くソフィの背を見て、和真には到底読み取れない表情を見せた。笑顔ばかりを見せる彼女には珍しい表情に、思わず和真は面食らってしまう。
「どうか、したのか?」
「いや、なんでもないのじゃよ。それより和真、お主はなぜ自分をワシらの組織に引き入れようとしているのかと聞いたな?」
「あ、あぁ」
再び破顔したベルイットが和真の耳元に口を寄せる。
「……ここだけの話じゃが」
彼女の真剣な声色に、思わず和真の喉が鳴る。そして、
「……お主に惚れたから、というのはどうじゃろうか?」
「ぶっ!?」
「にょほほほほほ! やーいひっかかった、ひっかかったぁなのじゃ! 和真の超ド級デレ顔写真をゲットなのじゃひゃっほぃ!」
傍から離れていったベルイットが、小躍りしながら携帯で撮影した画像に向ってキスを連発。周囲の視線などまるでお構いなしの大笑い。
真っ赤になった顔を隠すこともできなくなった和真は、拳を握ってベルイットの前に立ちふさがった。
「いい度胸だこの野郎! 俺がこの手でお前を空でとろける少女にしてやろうか!?」
「やれるもんならやってみるのじゃ和真! ワシがお主に抱き着き愛を叫んで、世間に指差される高校生にしてやるのじゃ!」
携帯片手に歪な笑みを浮かべるベルイットと睨み合いをしていた和真が拳を振り上げた瞬間、
「きゃあああああああ!」
遠く聞こえる悲鳴。直後の轟音。
振り返るより早く和真達の居る場所から離れた位置で土煙が上がった。
唐突な爆音に周囲にいた人達は悲鳴と共に逃げまどい始め、辺りは一気に騒がしくなる。
悲鳴と共に聞こえてくる『突然変異種が出た』という単語に過敏に反応した和真は、ベルイットの腕を掴んで前を行っていたソフィに慌てて声をかけた。
「おいソフィ! 何やってる! 戻れ、逃げるぞ!」
「貴方は来なくていい! 突然変異種が出たなら、その対処は私達の仕事!」
和真の制止の声を無視し、ソフィは向ってくる人垣を縫うようにして現場に向かって走り出した。それどころか、和真が腕を掴んでいたはずのベルイットまでもが、先ほどの街中の怪人達を傍に控えさせ、和真から抜け出して走り出す。
「お、おいお前ら! 馬鹿か、さっさと逃げるほうが先だろうが! 昨日とは状況違うんだぞ!」
「お主はそれでよい! いいな和真、誰かに助けを求められても、決して応えるでないぞ!?」
「……っ!?」
和真の投げる声に反応したベルイットは、怪人の背の上から和真に言葉を残し、走り出したソフィを追っていった。
その背を呆然と立ち尽くして見送った和真は、ベルイットの言葉に拳を握る。
「……ベルイットのやつ、俺のこと知ってて?」
逃げまどう人々の中で和真は強く目を閉じ、ゆっくりと胸に溜まった息を吐き出す。
「あぁ、くそっ……! これだから、あの夢を見た次の日は最低なんだ……!」
そう言葉を残し、力なく、和真は人垣めがけて一歩を踏み出した。