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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第三章 蒼色ヘラクレス
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第十一話 噴水広場は血に染まり

「…………」


 虎彦がボックスカーを残したままどこかに消え、和真は気付いてしまった答えにその場を離れることができなかった。

 ――助けられない。


「……っ」


 坊主には助けられない。その言葉が全身に降りかかる。虎彦の言葉通り、自分にはアリサを助けることはもう――できやしない。足掻こうが喚こうが、既にいない人間を見つけ出す方法は何一つない。会わせることなど、できやしない。


「マスター」


 かけられたソフィからの声にさえ、今の和真には笑顔を返す力はない。空を見上げたまま、近寄ってきた彼女に和真は問いかけた。


「ソフィ。お前はさ、やっぱり知ってたのか?」

「…………」


 無言の肯定。彼女が知っているというのなら、ブリジットやメリー、ベルイットも知っているのだろう。だからこそ、彼女達はこういった。

 突き放すことも時に、人を助けることになると。


「気づかないままでいられる間が一番って、そう言うことなのか」

「私には分からない。でも、そうでいられる方がいいのかもしれないって、少しだけ思ってる」

「俺は……」

「私は、正義の味方の変身ベルト」


 暗くなる空を見上げたままの和真の背に、ソフィもまたその小さな背を預けてきた。そのまま、彼女も和真と同じように空を見上げ、語る。その表情を見て取ることはできずとも、彼女の声はどこか寂しげなままで。


「今の私にはマスターがいる。マスターがいるから、私がある。多分、それは一番素敵な事だって思う。きっとアリサもそうだった」

「…………」

「だからこそ失うのが一番怖い事だってこと、多分、マスターが一番よく知ってる」

「……そうだな。失う怖さは良く知ってるよ」


 自分も失った。背を預けてくるソフィも失ってきた。リジィもそうだ。そしてまた、虎彦たちも同じく、失ってきた。

 ごちゃごちゃになってしまった頭では、答えなんて何一つ出てこない。今のアリサを救う方法は確かに、手を跳ねのけるものしかないのではないか。どうやったって助ける事なんてできないんじゃないか。これ以上彼女を手助けすることは、彼女をより深く傷つけるだけではないのか。

 だとすれば、


「ソフィ、俺は――」


 どうしたらいい。そんな言葉が口を割ろうとし、和真は思わず掌で口を覆う。



 今、自分は一体何をしようとしたのか。



 選ぶことのできない答えの回答を自分は今、ソフィに求めようとしたのだ。

 どうすればいい、と。


「やっぱり、なんでもない」


 ――なんて情けない。

 なんてみっともない。

 あれだけ自分は、助ける側だとかなんとか叫びながら、自分の選択を彼女に押し付けようとしてしまった。

 助ける方法がない程度で。


 彼女達や虎彦は、助けられないと悟った。だからこそ、虎彦は自分に聞いたのだ。坊主の答えはあとで聞くと。

 まだ答えの出ていない御堂和真の答えを聞かせろと。

 ギリッと、歯を食いしばる。怒りに思い切って頬を抓りあげ、和真は涙目になりながらも、背から離れたソフィに顔を向けた。


「……やっぱり、マスターはマスター」


 視線の先で、ソフィはにやりと笑っていた。その顔の憎らしさに和真はすぐに彼女の頭を乱暴に撫で、鼻を鳴らす。


「うるさい。俺だって迷うの。そもそも、迷わせてるのはお前や虎彦さん達だからな?」

「私にはなんのことだかわからない。ソフィちゃん、こまっちゃう」

「……お前、やっぱりベルに似てきてるぞ?」

「に、似てない、絶対似てない! 正義の味方の変身ベルトの私がベルに似るなんて絶対ありえない!」


 くわっと言わんばかりにソフィの顔が歪み、彼女は涙目になりながらその場を逃げ出していった。

 だが、彼女の後ろ姿から覗くうなじが真っ赤に染まっていることに気付いてしまう。彼女が恥ずかしさに耐えきれず、わざとベルの真似をしてこの場を逃げ去ったことを理解した和真は、自らも照れて赤くなる頬を掻いた。


「さんきゅーな、ソフィ」


 もう一度噴水を見つめる。壊れてしまったまま、だがまだ動きを止めようとしない噴水だ。そこに流れる水の冷たさと、透き通る美しさに和真は心を惹かれ、胸を掴み、呟いた。

 己の決心を揺らがせないように。


「……助けるからな、絶対」




 ◆◇◆◇





 倒れたアリサを連れて噴水広場に来て既に数時間。辺りは肌寒ささえ感じるほどに暗くなり、もともと人気の少なかった広場はさらに寂しさを増す。そんな中で、和真はベルイットと共に、虎彦の車の傍で浮かぬ顔をしていた。


「それで、アリサのやつは?」


 噴水の前から戻ってきたソフィに問いかけるが、彼女は無言で首を左右に振る。その様子に、和真は再び噴水のほうを見つめ、溜息をついた。

 結論から言えば、アリサはあの後しばらくして目を覚ました。だが、一言自分達にお礼を告げたかと思うと、彼女は無言のままあぁして噴水の中で立ち竦んでいる。服が濡れることも身体が濡れることも厭わず、彼女は唯呆然と噴水の池溜まりの中に入り、壊れた噴水を見つめ続けている。


「一体どうしたっていうんだ、アリサのやつ」

「わからない。話しかけてもずっと黙ったままだから」


 隣に並ぶソフィが不貞腐れたように呟く。彼女の言葉を耳にしながらも、和真は車の中から窓越しにアリサの様子を眺めていたベルイットに問いかける。


「お前は分かるか?」

「いや、さすがにわからんのぅ。ただまぁ、ろくなことがあったわけではないのは確かじゃな」

「まぁ、そうだよな……」


 首を横に振るベルイットを見て、和真はどうしたものかと頭を抱える。話しかけても反応がない彼女からは、何をどう聞きだせばいいかわからない。ブリジットや虎彦たちは遅めの買い出しに出てしまっているし、いい案を得られそうにはなかった。


「わかった、なら俺が行ってみるよ」

「マスターに任せる。多分、私達じゃアリサは何も答えてくれないから」


 そう言って自分を見上げるソフィは、悔しそうに唇を噛んでいた。彼女の頭を軽く撫でた和真は、小さな笑みを残して歩き始める。

 そうして噴水の中に立ち竦むアリサに、和真は噴水の塀傍に立って声をかけた。


「アリサ。そんなところに居たら風邪ひくぞ」

「…………」

「あーさーりー」

「…………」


 以前は反応した軽い冗談にも、アリサは何の反応も見せない。まるで壊れてしまった人形のように。自分達に背を向けたままピクリとも動かないアリサの様子に、和真は頭を抱えた。正直、今の彼女に何と声を掛けたらいいのかわからない。

 だが、それでも何か話題を探さなければ、このまま消えてしまいそうな彼女を引き留める術を失ってしまいそうで。


「ん、あー、そうだ。お前さ、今日はなんでまたあんなところにいたんだよ?」

「…………」


 相変わらず返答はない。だが、それでも構わず和真はアリサに声をかけ続けた。


「前に言ってたよな。この公園にいるとなんだか懐かしい気がするって。今もそんな気分なのか?」


 ピクリと。和真の言葉にアリサの身体が反応した。これを見逃さず、和真はそのまま話を続けていく。


「懐かしい……って言うには、少しばかり荒れ果てたままだけどな」

「…………」


 だが、それ以上の反応を見せないアリサに、和真は頭をかいて彼女に背を向ける。だか、このままここを去ってしまっては、結局それまで通りになってしまうことを理解し、和真は塀の上に腰かけた。そのまま瞳を閉じ、先ほど虎彦と交わした言葉を思い出す。

 坊主じゃ、アリサ嬢を助ける事なんてできねぇ。


(できないからなんだってんだ。助ける方法がないからなんだっていうんだよ)


 放っておけばいい、なんてできるわけがない。できないから、助けたいのだから。だが、事今この場において彼女にかけるべき言葉が見つからない。それはもう、和真自身も彼女のご主人様がどうなったかを、想像してしまったから。

 思わず握ってしまった拳を見つめていると、


「御堂さん、お気遣いありがとうございました」

「え?」


 唐突に、背後からアリサの声が届き、和真は顔を上げた。すぐに背後を振り返ると、アリサが振り返って寂しそうに笑っているのに気付く。


「おい、アリ――」

「なんだかもう、疲れちゃいました」


 ペロッと舌を出したアリサが、濡れた髪の気を揺らして微笑む。その顔が酷く弱って見え、和真は慌てて立ち上がった。


「もう一カ月。私のご主人様のことを探しました。でも、やっぱりどこにも何にも残ってなくて。探して探して――見つからなくて」

「アリサ……」


 アリサの言葉に、和真は過敏に反応してしまう。見つからないのも当然だ。彼女のご主人様はもう――。


「だから、なんとなくわかっちゃったんです。ご主人様はもう――どこにもいないんじゃないかって」

「……っ!?」


 彼女の言葉に、和真は反応してしまった。これこそまさに、完全な失敗だった。


「やっぱり、そうですよね。そうなんですよね」

「違う、アリサそれは……っ!」

「見つかるはずないじゃないですか。ソフィちゃん達が教えてくれるはずないじゃないですか。だって、もういないんですもん」


 アリサの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。その顔が酷く自嘲じみていて、和真はすぐに自身が濡れるのも厭わずに噴水の中に飛び込み、アリサのもとに駆け寄ろうとした。

 だが、


「来ないでくださいっ!」


 アリサの強い否定の声に、和真は思わず足を止めてしまう。広場に響くほどの大きな声で、ソフィやベルイット達も慌てて和真の傍に駆け寄ってきた。


「マスター、一体何があったの!?」

「和真!」


 背後からかけられる声に応えることも出来ず、和真はアリサから一瞬も目を離さない。否、離せなかった。そんな和真の目の前で、今にも泣き崩れて壊れてしまいそうなアリサが濡れた黒髪を振り乱す勢いで頭を振って叫ぶ。


「会いたかったのに! 会って聞きたかったのに! 私達が正義の味方だった時、幸せだったか聞きたかっただけなのに! ずっとずっと……気づかないフリをしてたのに!」

「……っ」


 アリサの慟哭に、和真は顔を歪めてしまう。そのまま、和真は背後にいるソフィに消え入るような声で尋ねた。


「……ソフィ。アリサのご主人様は、ほんとにもういないのか?」

「それは――」


 言葉を詰まらせるソフィの声に、自分達の想像が真実であることを確信する。これを知ってしまえば、彼女がこうなることが容易にわかっていたからこそ、ソフィ達が黙っていてくれたのに。それをたった今――自分が全て壊してしまった。


「ねぇ、教えてください御堂さん! なんでですか、なんでこうなっちゃうんですか!? どうしてもういないんですか!?」


 アリサの問いかけに、和真は答えることができなかった。自分自身の無力さに唇を噛み、和真は激しくなる胸を掴み、顔を歪める。だ

 アリサを助ける。

 そんなこと、本当に初めからできやしなかったのだろうか。こんなにも苦しむ彼女を助ける方法は、何一つなかったのだろうか。彼女のご主人様なら、こんな時彼女を助けることができたのだろうか。


「アリサ」


 無力感に襲われそうになる和真と、叫ぶアリサの間にソフィが両手を広げて割って入った。その瞳は唯まっすぐとアリサを見据え、その声は僅かな震えを残しながらもアリサにの言葉を否定する。


「マスターにその答えは出せない」

「じゃあ、一体誰が答えを知ってるっていうんですか!? 貴方達は私に何も教えてくれなかった癖に!」

「答えなんぞ、簡単じゃ。それを望んだのが他でもない。お主じゃからじゃよ」


 ソフィに詰め寄ったアリサに、和真の隣に並んだベルイットが静かに声をかけた。だが、ベルイットの言葉にソフィが慌ててベルイットの肩を掴む。


「ベル! そのことは話しちゃ……!」

「話さずにずるずるした結果がこれじゃ。それとも、お主がアリサの問いに答えるのかの?」

「それ、は……」


 押し黙ってしまうソフィの腕を払い、ベルイットがずいっとアリサの正面に立った。息を飲む和真達の目の前でベルイットはまっすぐとアリサを見据えて語り始める。


「お主も言っておる通り、ここはお主とあ奴が最後に戦った場所じゃ。あ奴はその戦いで死んだ。お主はあ奴を失った苦しみに耐えられず、自分自身を消すことを望んだのじゃよ」

「……っ!?」

「なっ……!?」


 ベルイットの言葉に、アリサと和真は目を見開いて驚きを露わにする。アリサは、協会の手で無理矢理初期化されたのではなく、自分から記憶の消去を望んだのだと。

 だが、驚く和真達を尻目に次々とベルイットは口を開いていく。


「お主は廃棄を願ったが、上がそれをさせなかったのじゃ。じゃからこそ、お主がこれ以上苦しむことがないよう、協会はお主の初期化を敢行した。結果は、今こうなっておるがの」

「そ、そんなの私……! 私が、それを望んだっていうんですか!?」

「望んだのじゃよ。わざわざ協会に条件まで付きつけて。『戦えと言うなら、私に二度とあの人を思い出させないで』とな」

「あ、あぁ……!」


 飛沫を上げて崩れ落ちたアリサが、力なく腕を伸ばす。そんな彼女を見つめるベルイットが振り返って和真とソフィに苦笑いを見せた。


「その約束を守るための箝口令なのじゃよ。すまんの、和真」

「だから、ソフィやリジィもアリサのご主人様のことを言えなかったってのか……」


 顔を伏せてしまっているソフィの傍に寄った和真は、小さな身体のソフィを見つめて言いようのない気持ちに襲われる。自分より体も小さい彼女達の抱えているもの。ようやく和真はその重さを知り、アリサの抱えていたものの答えを知った。

 何も教えてもらえなかった歯がゆさより、何も知らなかった自分自身の無力さに、和真は拳を握りしめ歯を食いしばる。だが、そっと服の袖を引かれ、和真はそこにいたソフィの視線に射抜かれた。


「マスター」

「……あぁ」


 ソフィの頭を撫で、和真は崩れ落ちたアリサの傍に寄った。彼女の視線に合わせるべく、同じように和真も水に濡れるのを機にせずに腰を落とす。


 同情の言葉か。励ましの言葉か。憐みの言葉か。


 脳裏に浮かぶどの言葉も、唯の言葉でしかない。そこにどれだけの気持ちを込めようと、きっと今のアリサには何一つ伝わらない。

 だとすれば。

 だとすれば、一体どうやってアリサを助ければいいのか。御堂和真と言う人間が、傷ついた彼女をどうすれば助けられるのか。助ける方法のない助けを、どうすれば。

 彼女を一番気傷つけた自分にできることは。


「アリサ」

「みどう、さん……。わた、し……、どうすればいいんですか?」


 泣きじゃくった顔を上げるアリサを見つめ、和真は瞳を閉じて胸を掴む。鳴り響く鼓動を隅に追いやり、耳に聞こえる噴水の静かな音に心を静めて。



「自分で決めろ」



 たった一言。そう言い切った。


「みどう、さん……?」


 困惑するアリサの視線を受け止め、和真は胸の痛みをかき消すように唇を噛み締めた。こんな言葉をぶつけなくちゃいけないのは正直、辛い。苦しい。無責任極まりない。でもこれが御堂和真が選んだ、彼女を助ける方法。

 求められた助けに応える方法でもなく。

 求められていない助けに自分から応える方法でもなく。

 ソフィとブリジットの語った、伸ばされた腕を振り払う方法。


「もう一度言うぞ。アリサ。どうすればいいかは、自分で決めるんだ」

「わ、たし……いや。私は、いや!」

「嫌じゃない! お前が望んだんだ! 記憶を捨てることも、ご主人様を探すことも!」

「いや、いやいやいや!」

「アリサ!」


 頭を振って嫌々をするアリサの肩を、和真は両腕で掴む。そのまま彼女を自分の目の前に引き寄せ、睨み付ける勢いでアリサに問い詰める。


「俺は、お前のご主人様を探す手助けをするって言った。けど、今お前は探すべき相手の事情を知ったんだ。お前のご主人様はもう、どこにもいないって。世界中のどこを探したって、きっと見つからないって!」

「それが、いやなんです!」

「だったら! 嫌だったらもうそれで終わっていいのかよ!? そんなにボロボロになるまで探してたたんだろうが!」

「それは……!」


 アリサが視線を泳がせるのに気付き、和真はさらに言葉を続けた。


「失った辛さから逃げたのはお前だ。けど、失った辛さから逃げ出して、それでも大切だからともう一度立ち上がったのもお前だ!」

「…………」

「お前が止めるっていうなら、俺はとめない。ソフィやリジィも、ベルも同じだろ。あいつらは最初から、お前をこうしてしまいたくなかったんだろうから」


 ちらりとソフィに視線を向けると、居心地悪そうにソフィはそっぽを向いてしまう。そんな彼女の様子に、和真はほっと胸をなでおろして、もう一度アリサに向き合い、顔を伏せて瞳を瞑る彼女に声をかけ続ける。


「目を開けろ。前を見ろ。お前は今、どうしたい?」

「みどう、さん……私は」

「決めるのはお前だ。俺は、お前のご主人様を見つけてお前を助けることはできない。でも――」


 アリサの肩から手を離し、和真は立ち上がる。強めていた視線を緩め、和真は両隣に近寄ってきた彼女達と共に、アリサに向って手を差し伸べた。



「お前が決めた後は、俺達は好き勝手全力でお前のことを手助けするからな」



 そう言って、和真は笑みをアリサに向けた。

 アリサは和真とその両隣にいるソフィとベルイットを交互に見つめ、くしゃりと歪んでいた顔をごしごしと両腕でこすり、弱気な顔をかき消す。そうして彼女は、伸ばされた腕をに手を伸ばす。


「私は――」


 アリサの次の言葉を聞こうと和真が耳を傾けたその瞬間、和真のポケットの中から一枚の紙きれが落ちる。和真は、はらりと落ちたその紙切れを目で追った。


(さっき拾ったメモか。そういやこれ、アリサがーー)


 そこまで思案して、和真が伸ばしていた掌をアリサがギュッと握り返した。その力強さに和真は満足いったようにメモからアリサに視線を戻そうとし、


(メモ……?)


 時間が止まる。何もかもがスローモーションになる中で、和真の意識だけはもう一度、ポケットから水の中に落ちたメモに映った。

 アリサが落とした、先日の会話の内容のメモ。あの時話題に上がらなかった(、、、、、、、)アリサのご主人様の記載があるメモ。あの時深見が使っていたメモ帳とは明らかに違う、日付欄のない(、、、、、、)メモ。

 つまりそれは――、



 アリサに、自分達や深見とも違う、まったく知らない誰かとの接点があるということ。


「アリサ、お前は――」





『じゃあ、始めようか。アリサ(、、、)





 暗い空から聞こえてきた声に、アリサの眼の色が黒から金色に変わる。空からの声に気づいた和真とベルイットが天を仰ぐそのそばで、ソフィだけがその変化に気づき、慌てて和真の空いた腕を引いて叫んだ。


「マスター、駄目、手を離して!」

「え?」


 ぐいっと。アリサに腕を引かれる。空に意識を奪われていた和真は造作もなく彼女に引き寄せらせた。そして、その顔がキスをするほど近づいて初めて、和真は気付く。その濡れた口元が、あの時自分を襲ってきたアンドロイドのそれと同じだったことに。

 だが、その時にはすでに遅い。


 サクッと言う音が聞こえ、右脇腹に強烈な痛みを感じる。

 熱を伴うそれに視線を移し、自分の脇腹に突き刺さったナイフとそこから滴る血に気づく。



 そうして和真は目の前でボロボロと涙を流したままのアリサの顔を見て、自嘲した様に笑った――。

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