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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第三章 蒼色ヘラクレス
48/69

第十話 助けられねぇよ

 自分達が襲われてからすでに一週間。

 あの後敵の攻撃はぱったりとやみ、和真は授業後の放課後、毎日のようにアリサとご主人様探しを続けていた。だがその甲斐は全くなく、未だに進展はなし。

 土曜となるこの日、学校での昼食後に椅子に背を預けて窓の外を眺めていると、隣に座っている耕介が話しかけてきた。


「なぁ御堂、なにか考え事か?」

「いや、耕介の口元についてる御飯が気になってさ。つい顔を逸らしたくなるんだよ」

「み、御堂お前……。俺の口元のご飯をキスで取ろうっていうアーッな展開期待してんのか!?」

「するか! そんな気色悪い展開想像もしたくないっての!」

「なんだよつれないこと言うな、御堂。俺とお前の仲じゃんか」

「少なくともキスするような仲じゃないからな」


 気安く肩を組んでくる耕介の笑顔に、和真は呆れたように溜息をついて苦笑いを返す。つい最近まではこんなジョークなんて言い合うほど、自分はクラスに溶け込んでいたわけではないというのに。


「耕介、周り見てみろよ。リジィが何か悍ましいものを見る目でお前のこと見てるぞ」


 和真の言葉にぎょっと目を開いた耕介は、慌てて和真の肩から手を離して背筋を伸ばし、瞳を細めてこちらを見つめていたブリジットに声をかけた。


「いや、エインズワースさん! 俺ノーマルっす! 御堂のことなんてほら、唯の友達ですから!」


 耕介の都合のいい言葉に和真は頭をかいて机に頬杖を突く。なおも続いている耕介の言い訳を聞き流していると、ブリジットがにっこりと笑みを浮かべ、


「あら、心配いりませんわ。私はそっちも行けますもの」

「え、マジで!?」

「う、そ」


 ブリジットの満面の笑みの前にめそめそと崩れ落ちた耕介を一瞥し、和真は再び窓の外へと視線を戻す。だが、今度はブリジットが自分の前の席に座り、和真の鼻頭を人差し指でつついてきた。長い金色の髪の毛が机の上に広がるのに気づき、和真は軽く息を飲んで彼女に問いかける。


「なんだよ、お前も俺に何か用?」

「す、け、べ」

「せめて『考え事でもあるんですの?』ぐらいの聞き方にしてくれない!?」

「考え事でもあるんですの?」

「…………」


 コノヤロウと、和真は目の前で笑うブリジットを睨みつけて呟く。だが、笑みを変えないブリジットの様子に毒気を抜かれ、和真は背もたれに背を預けて溜息をついた。


「考え事っていうか、色々と引っかかってることを整理してるんだよ」


 頭の中を渦巻いている問題は、大きく分けて二つ。当然、敵の狙いとアリサのご主人様のことだ。

 事情を知るブリジットは、顔をしかめる和真の様子に合点し、頷く。


「ふーん、それでしたらまぁ、言えませんわよね」

「だろ?」


 声を潜めたブリジットに和真もまた小さな声で同意し、頷き返した。そうこうするうちに鳴ってしまうチャイムを機に、耕介やブリジット達を含めたクラスメイトがざわめきながらも次の授業の準備に入っていく。彼らと同じように教科書などを取り出す和真は、机の上にノートを広げた。


(敵の狙いは、正直言って絞るのは無理だよな。アンチヒーローやヒーロー協会が回収した前のアンドロイド達は、記憶回路(メモリー)が消去されてたって言ってたし。せいぜい改造されていたっていう事実しかわからないって、ベルのやつも言ってた)


 サラサラとノートの端にメモを残す。そうすることで、敵の正体について考えることを和真はすぐに諦めた。メモを残せば残すほど、敵の狙いが分からなくなるからだ。小さな溜息をついて、仕方なく和真はアリサのご主人様のことに頭を切り替える。

 ソフィやブリジット、ベルイットはその人の正体を知っている。だが、その人はなんらかの事情でヒーローを止めるに至り、ソフィ達はその理由を知っているからこそ、アリサにその人の正体を隠している。

 そして、二つの組織の情報統制のせいで地道に探る以外にその人を探す方法がなく、アリサのことを自分は手伝うことに決めた。


(ソフィやブリジット達から聞きだせることが一番なんだけど……)


 ちらりと隣の席に座って授業に耳を傾けるブリジットに視線を向けた。和真の視線に気づいたブリジットは何かに気づき、両手の人差し指をたててバツを作る。

 そんなにわかりやすい顔をしたつもりは和真には全くなかったが、あっけなく頭に浮かぶ方法は無理だと悟った。

 項垂れる和真は、ペンをノートには知らせてすぐ、両腕で頬杖をついて眉を寄せる。

 どうにもこうにも、上手い方法など見つかりはしない。助けたいと思っていても、助ける方法が全く見つからない。今までのように力任せに助ける方法は通用しない。


(伸ばされた手を払うことも、人を助ける事――か)


 そのやり方は本当に、アリサを助ける方法になるのだろうか。

だが、いくら考えども、御堂和真と言う人間に伸ばされた手を払うことはできない。伸ばされた手を払うことのできる人間じゃないからこそ自分はトラウマを抱え、突然変異種になってしまったのだから。


(そういえば、アリサ達が最後に戦った場所はあの噴水広場だよな。もう一度虎彦さんにでも話を聞いてみるか。いやでも、あの人、応援はするけど関わらないって言ってたし……。ダメもとでアリサにあってもう一度噴水広場に行くか)


「……会って直接聞いてみるのが一番だよな、やっぱり」

「はい、御堂君。誰に会って何を聞くんですか?」

「そんなの、アリサに会って――」


 直後、背もたれに預けていた和真の背がピンと伸びる。顔の前をよぎった影に視線を上げると、黒いスーツが見えた。そのまま視線を上げれば、見慣れた女性教師の顔が。細くなった瞳で和真を射抜く担任教師は、手にしていた教科書を和真の机の上に広げて笑みを歪める。


「じゃあ御堂君。起立。その後音読してもらいますね。あ、登場人物は全員『アリサ』って名前に置き換えて読んで下さいね」

「はい……ハイッ!?」

「はい、じゃあ七十六ページ目の三行目から。『アリサ』は僕を抱きしめて泣き続ける。僕はそっと彼女を抱き返し――からお願いします」

「え、いや、ちょっ!?」


 生温かい視線の教師と、必死になって笑いをこらえるブリジットやクラスメイト達の前で、和真は茹で上がったタコの如く真っ赤な顔で音読を続けた。




 ◇◆◇◆




 放課後、アリサと待ち合わせをしていた噴水公園に向って、和真は繁華街を抜けていた。まだ人気のピークには達しておらず、すれ違う程度の人波を抜けながら和真はまだ明るい空を見上げていた。


「……強制共鳴と、黒い怪鳥か」


 先日自分の脳内に焼き付けられた映像と、そこにいた化け物の姿を思い出す。鋭い鉤爪と巨大な黒い翼を持っていた化け物。獲物を狙う鋭い眼光と、アンドロイドや怪人をやすやすと引き裂く力。何よりその化け物は、空を飛べる。


「案外、こうして空を見上げてたら見つけたりしてな」


 そんな馬鹿なことを呟きながら、和真は抱えていた鞄を肩に預けて苦笑いしてしまう。顔を下ろすと視線の先に、フラフラと危うく揺れる黒いワンピースの女性を見つける。腰まで伸びる綺麗な黒髪とその立ち姿に、女性がアリサであることに気づき、和真は手を上げてアリサに声をかけた。


「おい、アリ――」


 ぐらりと、声をかける和真の目の前でアリサの身体が道路に向って傾く。正面から突っ込んでくるトラックの目の前にアリサの上半身が傾くようにして晒され、和真は振り上げた拳を振り下ろして身体を倒し、


「危ない!」


 自分から禁止語句を口にしようとしていた和真の目の前で、飛び出してきた一人の男性が倒れ込んだアリサの腕を通りに向って引き寄せた。

 ハンドルを切ったトラックと男性の助けもあり、アリサは寸前で救い出され、無造作に地面に転がる。耳障りなブレーキ音と騒然とする周囲。何事かと人々が足を止める中で、すぐさま和真は彼らの元へと駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


倒れ込んだアリサとそのそばで腰を落とした男性を見て、和真は息を飲む。見知ったその顔の主は、苦々しい顔で和真を一瞥し、深い溜息をついた。


「坊主、嬢ちゃんのことぐらいしっかりみはっとけ。おっさんが居なきゃ、完全にアウトだったぞ」

「す、すみません。でも、有難う御座います、虎彦さん」


 虎彦が、左腕でボリボリと白髪の頭をかく。助けに入った虎彦に怪我がないことをすぐに理解した和真は、倒れ込んだままのアリサに声をかけた。


「おいアリサ! しっかりしろ!」

「…………」


 揺れ動かすものの、アリサの顔は苦悶に歪んだまま目を開こうとも、反応しようともしない。抱き上げようと彼女の腕に触れた和真は、その肌に感じた熱に思わず仰け反ってしまう。


「熱っ……!」


 触れた右掌を左手で押さえ、和真は痛みに顔を歪めた。和真の様子に気づいた虎彦もまた、アリサの腕に触れて眉を顰める。


「……ったく、目ぇ離せばすぐ無理しやがる。坊主、嬢ちゃんは広場のほうに連れて行くぞ。どうせそこらの病院じゃ意味ねぇからな」

「わかりまし――え?」

「坊主はあっちの人に大丈夫っていっておけ。おっさんは先に広場に向っておく」


 虎彦が渋い顔をし、顎で和真にその場所を促す。そこには、道路脇に慌ててトラックを止めて飛び出してきた運転手の姿が。その顔が真っ青に染まっているのに気付き、和真は軽く息を吐き出して頷いた。

 アリサを抱えてその場を離れていく虎彦を見送った和真は、地面に一枚のメモが落ちていることに気付く。


「なんだこれ?」


 手にしたメモは、丁寧に破り取られたものだ。余計な装飾のない唯の紙。そこに書かれてあるのは、いくつかの単語。

 強制共鳴。トラウマ。ご主人様。見つからない。御堂和真。ソフィ。黒い怪鳥。試す。


「これ……」


 目を凝らして単語の意味を反芻し、和真はふと気づく。これらの単語に共通しているのは、先週、自分の家で話題に上がったものだ。ともなれば、このメモを用意した人物もその理由も分かる。


「そうか。深見さんの書いてたメモだなこれ。アリサに渡してくれていたのか」


 アリサはあの場にいなかった。メモを取る癖のある深見がこれをアリサに渡したのだろう。


「お、おぉい君! さ、さっきの子、さっきの子大丈夫!?」

「あぁ、はい。大丈夫ですよ。ちょっと体調悪いようなので、知り合いが連れて行ってますから」

「そ、そうかいそうかい! はぁ……、良かったぁ!」


 肩で息をしながら今にも泣きそうな顔を見せるトラックの運転手の男性に笑顔を返し、和真は手にしていたメモを折ってポケットに直す。


(この後でまたアリサに渡しておくか)


 崩れ落ちた男性を支え、事情説明を済ませた和真は、自身もまた虎彦とアリサを追って噴水広場へと向かった。





 ◇◆◇◆





「坊主。嬢ちゃんの様子はどうだ?」

「いや、まだ目は醒めてません。ソフィやベル達が今はついていてくれてます」


 噴水広場にアリサを連れてきて既に一時間ほど。未だにアリサは目を覚まさず、駆け付けたソフィ達が虎彦のボックスカーの中でアリサの様子を見てくれている。

 女性陣に追い出される形で外に出ていた虎彦と和真は、壊れかけの噴水の前に並んで立ち、透き通る水を見つめる。


「虎彦さん、一つ聞かせてください」

「おっさん、面倒事は嫌い」

「貴方は一体、何者なんですか」

「…………」


 和真の問いかけに、虎彦は答えなかった。

 先ほどの虎彦の行動を思い出して気付いたのだ。虎彦は倒れたアリサを病院に連れて行こうとはしなかった。そこに連れて行っても意味がないと。つまり、アリサがアンドロイドであることをちゃんと知っているということ。

 それはそのまま――虎彦が正義の味方の事情を理解しているということだ。


「貴方が、アリサの探しているご主人様なんですか?」


 核心に迫る言葉を投げると、虎彦は和真を一瞥し大きく首を振った。


「残念だが、違う。言っただろ、おっさん、元正義の味方」

「え!?」

「なんだその反応! おっさん嘘つかないぞ! この前正直に言っただろうが、この地域を守ってた正義の味方だって」

「い、いや、あの時はさすがに唯の冗談かと……」

「しょっく、おっさんしょっく」


 壊れかけの噴水の淵に腰を下ろした虎彦に習い、和真もまたその隣に腰を下ろした。


「おっさんが正義の味方を止めたのは、二十年ほど前の話だ。この地域に配属になったあの嬢ちゃんとそのご主人様にバトンタッチして、現役を退いた」

「じゃあ虎彦さんは、最初からアリサとアリサのご主人様のことを――」

「全部知ってるが、嬢ちゃんには話すつもりは微塵もねぇ」

「なんでですか!」


 思わず虎彦に和真は詰め寄る。だが、和真の強い剣幕にも虎彦は全く物おじせず、話を続けた。


「あの嬢ちゃんには悪いが、さっさと協会に連れ戻したほうがいい。このまま探し続けたところで、何にもいいことなんざねぇ。おっさんが保証する。だから、教会でさっさと初期化してもらったほうがいい」

「……っ、なんで、そうあんた達は……!」

「おっさん言ったよな。全部助けられると思ってんのか、って。はっきり言うぞ。助けらんねぇよ、坊主じゃ。嬢ちゃん――アリサ嬢のことは、坊主でも助けらんねぇ」

「どうしてあんたにそんなことが分かるんだよ!」

「どうにもなんねぇことだってこった。坊主がどれだけ頑張ろうが、アリサ嬢は助からねぇ。それが分かってるから、ちっこい嬢ちゃんたちは口を閉じる。おっさんもそうだ。いくらやったって無理だ」

「無意味なんですか、本当に!?」

「…………」


 虎彦が押し黙る。その視線は壊れたままの噴水から、ゆっくりと空に向った。夕暮れ時の静まり返った空は――真っ赤に染まっている。


「おっさんは助けられなかった。アリサ嬢もおっさんと同じで、助けられなかった(、、、、、、、)

「それが一体何の関係が――」


 言葉の意味に和真は違和感を感じる。アリサを助けられなかったのではなく、アリサが助けられなかった――と。

 そして、直ぐに知る。その言葉はアリサにではなく――彼女のご主人様に向けられていたものであったことに。

 絶句してしまった和真をちらりと一瞥した虎彦は、立ちすくむ和真の肩を叩き、


「おっさんや嬢ちゃんたちの答えは、『助けられない』だった。助けたいと願うのと、助けるというのは別もんだ。坊主の答えは――また後で聞くさ」


 そう言い残し、その場から去ってしまった。


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