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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第三章 蒼色ヘラクレス
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第八話 感応する記憶

 自分達の間にいる二体の敵を睨み付け、和真は身に纏うソフィに尋ねる。


「ソフィ、周囲にあいつらを操ってるやつがいるわけじゃないよな?」

『ん。さっきも確認したけど、敵はあの二体しかいない』

「分かった。なら誘き出しって手も打てそうにないな。リジィ!」


 ソフィの返答に、和真は既に宙高く飛び上がっていたブリジットに向って叫ぶ。和真の声に素早く反応するブリジットもまた、敵二体の真上で真紅のドレスを翻し、自身の最強の矛である足を振りかぶった。


「分かってますわよ! メリー、意識共鳴(シグナルコンタクト)、モード、真紅の弓(アルテミス)!」

『ハイなのです、ご主人様!』


 振りかぶった黒いヒールブーツが真紅の粒子を纏い、彼女の攻撃の準備が整った。


『マスター、近距離戦闘(インファイト)、行って!』

「おうッ!」


 ソフィの合図とともに深く腰を落として姿勢を低くし、和真は地面を蹴った。同時に、ブリジットの足から放たれる真紅の弓が頭上から敵を狙う。


「――ッ!?」


 一発一発が必殺を込める弓に、慌てて敵がその場を飛びずさった。一瞬遅れて真紅の弓は地面を射抜き、爆散。飛び散るアスファルトを粉々に砕き、飛びずさった敵の視界を奪った。

 左右にそれぞれ飛びずさった敵を見据えた和真は、空を舞うブリジットに目線を向ける。

 コクンと彼女が頷くのに気付き、和真はすぐに狙いを右の一体に切り替えた。


「ソフィ、意識共鳴(シグナルコンタクト)! モード、流星の槍(ペルセウス)!」

『イエス、マスター!』


 煙の中から右へ飛び出した敵へと向かって跳躍すると同時に、和真は右拳を突き出す。広げた掌から銀色の粒子が螺旋を作って伸び、右肩までを覆う銀色の槍を形成。目の前に迫る首なしの黒い巨体を睨み付け、和真は咆哮を上げた。


「うぉおおあぁッ!」


 和真の声に反応し、黒い巨体が宙から迫る和真に向って腕を伸ばす。速度差のある攻撃に、和真は迫る腕を無視しようとするが、


『マスター、躱して!』

「なっ!?」


 何かを感じ取ったソフィの声に反応するように、伸ばされた黒い腕が鋭い剣へと変化し、和真の顔面に迫った。目前に迫った切っ先に、和真は必死になって顔を逸らす。目の前数ミリにある刃に目を凝らし、和真はギリギリのところでこれを躱しきった。刃は薄く和真の頬を撫でるが、そんなものを無視して和真は振りかぶった槍を横薙ぎに薙ぐ。

 瞬間。ザンッ、という不快な音と共に姿を変えた黒い腕は根元から千切れ、地面に落ちた。

 失った両腕に黒の化け物が動揺し、和真はそのそばに着地。すぐさま上体を捻ってくるりと身を翻すと、その巨体の胴体に中段蹴りを叩き込む。


「――ッ!」


 黒い巨体の足が地から離れる。やすやすと浮き上がったその巨体は、一直線にもう一体の巨体の元へと蹴り飛ばされ、二体は再び一か所に纏められた。


『マスター、行ける!』

「おう!」


 ソフィの掛け声とともに、和真は流星の槍を真横に構えて駆け出した。槍の刀身が纏う銀色の粒子が激しく吹き荒れ、周囲に散らばる瓦礫を弾き飛ばす。その荒々しい暴風に、二体の化け物達はその場を逃げ出そうと腰を低く落とし、


「「――!?」」


 宙に飛び上がろうと地を蹴ったその瞬間、二体の黒い化け物は両足を失ったまま宙に投げ出された。

 化け物達は、自分達の身に起きたことにあっけにとられる。

 四肢をもがれたまま宙に飛び出した黒い化け物達は、地に残された四つの太い脚を止まる時の中で呆然と見つめた。四本の足の脹脛に突き刺さった真紅の弓。そして、残された足の傍で優雅に髪の毛をかき上げる金色の英雄の姿に、化け物達は声にならぬ叫びを上げる。


「顔無だけあって、迂闊でしたのね。次はもっと周りのこともよく見るといいですわ」

『見るといいのですよ』


 歪んだ笑みをブリジットが浮かべるとと同時に、巨大な銀色の槍が化け物達の胴体にを串刺しにした。槍を突き出した和真は、そのまま左腕を突き出した右腕に添えて叫ぶ。


「ソフィ、集束!」

『イエス、マスター!』


 ソフィの返事と共に、槍の周囲を荒々しく舞う銀色の粒子がその刀身に吸い寄せられ――、




 トン、と。




「え?」


 戦いの決着をつけるにはあまりに不釣り合いな、肩を叩くような馴れ馴れしい音が和真の耳に届いた。背後から自分の方に添えられた白い小さな掌に、和真は眼を開く。

 集中力を奪われ、右腕を覆っていた流星の槍は粒子となって宙に解け、化け物達は足掻くことも出来ずに地面に落ちていく。もう戦いは終わった。終わったというのに、和真とソフィは言い知れぬ不安に急かされるようにゆっくりと宙で振り返る。

 そして和真は、自分の肩を掴む黒いコートに身を包む女の姿をそこに見つけた。


「お前は――」


 誰だ。

 そんなことを問おうとしてしまった口が開く。だが、その姿に和真は見覚えがあった。黒い全身を覆うボロボロのコート。深々と被って顔を見せぬフード。そこから覗く白い肌。忘れるはずがない。昨日自分達を襲ってきたアンドロイド。

 その歪に歪んだ口元だけが暗いフードの奥から覗き、和真の背中をぞっとするほどの寒気が走る。


『いけない、マスター、その敵からすぐに……!』


 ソフィの悲鳴のような指示に、和真は咄嗟に自分の肩を掴む女の手を払おうと腕を伸ばし、


強制(シグナル)――共鳴(コンタクト)

「なんっ……!?」


 女の口元が、聞きなれてしまった聖句を口にした。

瞬間、女の身体が目も開けていられないような真っ青な光を放つ。咄嗟に目を覆うことも出来ずにそのマズルフラッシュの直撃を受け、和真は強く目を閉じて痛みに顔を歪めた。


「ぐ、あ!」

『マスター、駄目、直ぐに逃げて……!』


 ソフィの悲鳴も空しく、蒼い光は強烈な音を伴って和真を襲う。両腕は反射的に耳を覆い、和真は頭を振って痛みに耐える。


「み、御堂さん!?」

『御堂さぁん!』


 ブリジット達が自分の身を案じる叫びを上げるが、今の和真にそれに応える余裕はない。焼かれた目の痛みと脳裏を揺らす超音波ともいえる音に気が狂いそうになる。

 だが、それよりもずっと、自分の肩に触れたその女から流れ込む映像に、和真は雄たけびを上げた。


「ああああああ!?」

『マスター!? これ、この記憶データ……!』


 瞳を閉じたはずの脳裏に映る景色。ソフィと変身する時に何度も流し込まれる、彼女の記憶と同じものだ。だが、今自分の脳を蹂躙するのは、ソフィから流れ込むものとは全く違う。無意識に流れ込むソフィの記憶とは違い、今自分を襲う映像は強制的に流し込まれる記憶だ。


 真っ暗な闇。機械の駆動音と波の音が聞こえる薄暗い部屋。大勢の物言わぬアンドロイドと怪人がいるその部屋に、何かが現れる。

 漆黒の怪鳥。

 鋭い眼光と鈍い色を放つ巨大な鉤爪。闇夜の烏の如く、怪鳥は周囲で動くことも出来ずにいたアンドロイドと怪人を襲いにかかった。その速度は早く、速く、疾く――。反応できたものもいたが、怪鳥の速度に追いつくことは到底できない。

 まず最初に、一番正面にいたアンドロイドの首が飛ぶ。次に、その隣にいた怪人が斜めに鋭い鉤爪で切り裂かれた。そして、迎え撃とうとした別の怪人とアンドロイドがその胴体を二つに引きちぎられた。

スクラップの山が重なっていく。為す術もなく蹂躙され、希望もなく。流れ込む記憶の主は、ガタガタと震えながらその様を見つめていた。目を逸らさず、悲鳴も上げず。

 そうしてとうとう、記憶の主の身体に鉤爪が突き刺さる。深々と。抉りこむようにして腹を貫かれる。呼吸もできず、呻く事も腕を伸ばすことも出来ず。

 ただ、恐怖と無念と痛みの中、記憶の主は機能を停止した。


 唯の記憶だというのに。無理矢理流し込まれる映像だというのに、和真は胸の奥から湧き上がる吐き気に耐え、自分の身を貫かれる痛みに襲われた。もはや痛みを通り越した死痛。脳が焼け死ぬのではないかと言う苦しみに襲われた和真は、為す術もなく地に落ちた。

 それでもなお、自分の肩に触れる女の掌から痛みと苦しみの記憶が流し込まれ、和真は己の身体を抱きしめて苦しみに耐える。

 そんな和真の様子を、黒いコートで身を隠す女が冷たく見下ろした。


『マスター、流れ込む情報を私のほうに切り替えるから……!』


 ソフィの必死な悲鳴に、和真は下唇を噛んで自分自身を落ち着ける。口端から血が滴るほどに感じる偽物の痛みを誤魔化す。ソフィの言葉通り、直ぐに自分に流れ込む女の記憶は軽くなり、和真は眼の前の女を睨み付けた。


「……ッ!」

「御堂さん、伏せなさい!」


 背後から聞こえてきたブリジットの声に、和真は咄嗟に起き上がらせようとした体の力を抜き、地面に崩れる。直後、遠い距離にいたブリジットが放った真紅の弓が自分の頭上を突き抜ける。

 真紅の弓は和真の肩を掴む女の眼前に迫り――躱された。


「な……!」

「うそ……!?」


 弓の起動を目で追った和真とブリジットは、目を見開いて驚きを露わにする。幾度となく敵を射抜いてきたであろう必殺が、完全に躱された。

 掠ったフードの一部こそ切れ端を散らせるが、女の顔は覗けない。和真は未だに痛む頭を意識の外に追いやり、自分の肩を掴んだままの女の手を掴み取った。

 だが、


「――――っ」


 掴み取った手首がくるりと反転して上に向いたかと思うと、女はそのまま和真の手首を掴み取り捻りあげ、地面に組み伏せに来る。そのあまりに流れるような動作に圧倒されそうになるが、和真はこれに逆らわず自分から仰向けに地面に倒れ込み、女を自分に引き寄せた。


「ソ、フィ!」

『わか、ってる……!』


 自分に流れ込む記憶データを半分以上も引き受けるソフィの声の中にも、苦しいものが聞こえてくる。だが、今は泣き言を言っている暇はない。

 自分の上に覆いかぶさるようにして引き寄せた女の腹に、和真は空いていた右掌を押し付けた。そして、


流星の槍(ペルセウス)ッ!」


 押し付けた右掌から噴き出す粒子が女の身体を弾き飛ばす。自分の肩を掴んでいた腕も剥がれ、女はやすやすと宙に投げ出された。同時に、自分達の脳裏を蹂躙していた女の記憶もぱたりとやみ、和真は胸の内に溜まった息を荒々しく吐き出した。


「はぁっ! はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

『ま、マスター! 気を、抜いちゃ駄目……!』

「わかってるよ……!」


 辛うじて立ち上がった和真のそばに、ブリジットも駆け寄る。崩れ落ちそうになる和真の腕を自分の方に預けたブリジットに一言、和真はありがとうとだけ告げ、女の姿を目で追った。

 宙に投げ出された女はくるりと身を翻すと、そのまま離れた位置に着地する。軽やかな身のこなし。ブリジットの必殺を見切るほどの戦闘経験値。そのどれもが、戦慄に値する敵。


「…………」


 深々と黒いフードと黒いコートで身を隠すその女は、再び和真とブリジット達の元へと一歩を踏み出した。


「おっと、それ以上は動かないほうがいいよ」


 唐突に女の背後に、サングラスをかけたスーツ姿の男が現れる。カチャリと音をたてたのは、男が手にしていた拳銃。黒い銃身は女の頭部に突き付けられ、いつでも引き金を引ける体制だ。

 この場に現れた男の姿を見て、和真ははっとして声を上げる。


「ふ、深見さん……!」

「どうも、御堂君。ま、探偵の出る幕じゃないかと思ったけど、こうでもしなきゃ止まってくれそうにないからね」


 銃を構えたままサングラスを胸ポケットに直す深見が、僅かに垂れる目を鋭くした。


「ってわけだから、もう暴れないでくれると助かるけどね」

「…………」


 女が黙って両腕を上げる。その様子を見た深見は、ふぅっと息を吐き出して銃の引き金にかけた指を離した。その瞬間、女はしゃがみ込み、振り返りざまに深見の足を払う。


「うぉ!?」


 バランスを崩した深見を一瞥し、女は再び一直線に和真達の元へと向かって駆け出してくる。黒いフードの奥から光る鋭い眼光が自分を射抜いているのに気付き、和真は自分の身体を支えていたブリジットを突き飛ばした。


「み、御堂さん!?」


 ブリジットの驚く様子を気にすることも出来ず、和真もすぐさまその場を女に向って駆け出す。


「ソフィ、一点集中!」

『……っ、イエス、マスター!』


 無茶しないで。そんな思いが伝わってくるが、ソフィは和真の声に応えた。右掌に残る流星の槍の一部がソフィの制御を受けて、鋭く尖ったレイピアの如く変化する。

 向ってくる漆黒の弾丸に向い、和真もまた弾丸の如く銀色の残像を残して疾駆。



 ヒュン――ッ。



 一秒にも満たない交錯と共に、和真と女は立ち位置を全く逆に入れ替えた。和真の突き出した銀色のレイピアは宙に粒子となって解け、立ちすくむ女のフードの下半分が裂ける。すぐさま和真は女の口元を目にし、歯ぎしりをそこに見た。

 だが、次の瞬間には女はその場を駆け出し、土煙の中へと姿を消していった。


「お、お待ちなさい!」


 ブリジットがすぐさま女を追おうとするが、直ぐに立ち止まり、地面に崩れ落ちた和真のもとに駆け寄った。

 倒れ込む和真の肩を再び抱きかかえ、ブリジットは変身を解き、私服に戻る。すぐさま彼女の隣で人の形を成したメリーも、ブリジットとは逆側から和真の身体を支えた。


「御堂さん、大丈夫なのです!?」

「貴方、無茶しすぎですわよ!」

「……悪い。ソフィ、変身解除(コンタクトアウト)

『イエス、マスターっ』


 和真の声に、身に纏っていた純白の衣も宙に解け、人の形を成す。ツインテールを結っているリボンも解けたまま、ソフィはすぐに倒れ込みかけた和真の腰に抱き着いた。


「マスター、身体は!? さっきのあれのせいで、また……!」

「あぁ、いや。多分、今回は大丈夫だ。途中でお前が引き受けてくれたからな」

「……なら、良かった」


 ほっと一息をつくソフィの頭を撫で、和真は地面に腰を下ろす。未だに脳裏に残ったままの鮮烈な記憶に頭を振り、和真はすぐ傍に落ちていた黒い羽を見つける。その羽を拾い、和真は女の消えていった煙の中を見つめた。


「……漆黒の、怪鳥か」


 女の記憶の中にあった映像に、和真はいつまでも答えを見つけられなかった。

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