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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第三章 蒼色ヘラクレス
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第七話 姿の見えない敵

「それじゃあ、坊主たちも気を付けてな」

「えぇ、虎彦さんも」

「ほら、早く行きますよ御堂さん。時間も結構使っちゃってます」

「引っ張らなくていいから。ソフィ達と一緒に先に行っててくれ」


 不満げに服を引いていたアリサは、和真の言葉を受けてすぐに広場の入り口にいるソフィ達の元へと駆けていく。残された和真は、虎彦に向き合って尋ねた。


「虎彦さん。あの、ベルイットがいってたことって……」

「あのめんこい子のご主人様がどうのって話か? 生憎だが、おっさんは正義の味方なんてがらじゃあねぇ。それにさっきも言ったが、おっさん、面倒事嫌い」

「面倒事っていうか、まぁ……。なんにせよ、変に巻き込んですみませんでした」


 そう言って和真が頭を下げると、虎彦は笑みを零してボリボリと頭をかいた。


「坊主が気にするこたぁねぇ」

「ですけど――」

「んーむ、んじゃ一つおっさんに聞かせてくれ」

「はい?」


 視線を合わせると、虎彦の浮かべていた笑みはうっすらと消え、細舞った瞳が和真を僅かに威圧する。思わず背筋の伸びる視線に息を飲むと、虎彦が和真に立った一言。


「坊主は、全部助けられると思ってんのか?」

「――。助けられるから、じゃあ、ないんです」


 問いかけられた言葉に、和真は少しだけ言葉を詰まらせ、だがその返答にまっすぐに答えた。口を割った言葉に僅かに心臓の鼓動が早まり、唇は震えるが、それでも和真は虎彦を見つめたまま続ける。


「助ける、なんですよ。多分、その程度の違いでしかないんです」

「……若いねぇ、坊主は」


 乱暴に頭を撫でつけられ、和真は苦笑いを返しながら虎彦を見上げた。虎彦はもう和真を見ておらず、壊れてしまった噴水に視線を向けたまま語る。


「おっさんはもう、そう言う若い齢は過ぎたなぁ。身体張って心削って、誰かのためにだなんて頑張ってた記憶なんか、色褪せちまってる。どーにもならんものなんか、その辺にあちこちあったからなぁ。だから――」


 噴水から和真に視線を戻した虎彦は、静かに一言。



「坊主は、気づいても負けんじゃねぇぞ。助けられない――って」

「……その話ってもしかして」


 神妙な虎彦の声に耳を傾けた和真は、言葉を胸に刻みつつもう一度だけ、虎彦に問いかける。そんな和真の様子に頷きながら、虎彦は大きく頷き、


「あぁ。昔一度だけ、市場に出てた生きたタコを、海に帰してやってくれって懇願したら営業妨害で訴えられた。あの虚ろな瞳を助けられなかったのさ、おっさんは。だから――タコ焼き屋になった」

「タコの話ッ!?」



 ◇◆◇◆



 

「御堂さん、まだ見てない場所ってありますか?」


 虎彦と別れた和真は新たに加わったベルイットとソフィを連れて街中で頭を捻る。アリサを連れて見て回った場所は、主に自分が学園帰りに使っていた散歩コースが中心だ。人気の多い場所を避けていた散歩コースであったし、アリサのご主人様探しと言う意味ではもっと別の場所を探すべきであろう。


「少し街中に出てみようか。あ、いや……」


 ふいに感じたピリッとした寒気。

 ここ最近、大きな戦闘に巻き込まれ続けて培われてしまった感覚に和真は眉を寄せて手の甲を覗く。僅かに見える鳥肌に溜息をついた和真は、隣にいたソフィとベルイットに視線を投げる。

 彼女達は和真の視線を受け止めながらも、互いに顔を見合わせて頷いた。


「昨日の今日で、随分とせっかちな連中のようじゃのぅ」

「ん、マスター、反応二つ」

「了解」


 昨日に引き続きまた狙われている。それも人気の多い場所を狙って。なぜ狙われるのか。なぜ人気の多い場所を狙うのか。その理由に頭を捻る余裕はなく、和真はアリサに声をかける。


「アリサ。悪いけど一旦場所を変えよう」


 コクンと頷く彼女に和真も頷き返し、場所を変えるべく一歩を踏み出した。

 だが、次の瞬間、背後を歩いていたニット帽とサングラスで顔を隠した女性が姿勢を低く落として和真達めがけて駆け出してくる。

 すぐさまこれに気づいた和真はぎょっと目を開き、振り返ってソフィ達の前に出た。自分達に迫るその女性の前で両手を広げた和真だったが、迫る女性の顔が見知ったものであることに気づき、


「御堂さん、直ぐにその場を下がるんですの!」


 飛び込んできた彼女の叫びに、反射的に傍にいたソフィとベルイットをアリサ諸共突き飛ばす。直後、ゴウッ、という風を裂く音と共に頭上に巨大な二つの影が過った。

 拳を振り上げて空から落ちてくる二体の巨体。その巨体が何であるかを知る余裕もなく、和真の眼前には拳が振り下ろされ――轟音が響き渡った。


「きゃああああ!?」


 捲れあがったアスファルトが周囲に爆発音を立てて散る。響き渡った叫びに、行き交う人々の間で悲鳴が響き、あまりの突然のことに誰もがその土煙を目にして足を止めた。

 土煙の中からうっすらと映し出されるのは、筋骨隆々とした二つの巨体。膨れ上がったその身体はゆうに二メートルは超える高さを見せた。だが、その巨体には頭部がない。胴と腕、足だけの黒い巨大な化け物。

 人々が息を飲んで見つめる先。煙の中から立ち上がり、二体の化け物は声にならない雄叫びを真っ青な空に向ってあげた。


「――――――――――――ッ!」


 耳元で何かが弾ける様な空気の振動に、人々は思わず耳を押さえて蹲る。


「ば、化け物だ!」


 誰かがそう叫ぶ。その叫びを耳にし、目にした化け物達とはじけ飛んだ地面を見て、誰もかれもが恐怖に支配された。広がる恐怖は瞬く間に人々の間を伝染し、叫び声をあげて我先にと逃げ出す。


「――――――ッ!」


 逃げ様を嘲笑うようにして再びもう一体の化け物が雄たけびを上げた。

 そんな中、一人の女性が土煙と風を切り裂いてその巨体に向う。

 靡く黒髪と黒いワンピースが揺れるのも気にせず、彼女――アリサはたんっ、と地を蹴って跳躍。化け物の片腕の手首を掴みとり、そのままの勢いで化け物と交錯。片腕ごと捻りあげて背後に締め、バランスを崩した化け物の一体を地面に押し倒した。


「そう暴れてもらっちゃ困ります。大人しくしてて下――」


 瞬間、もう一体の拳が横薙ぎにアリサの細い体を捉えた。咄嗟に受け身を取って衝撃を受け流すが、体重差の前にアリサの身体は容易に弾きとばされる。


「くっ……!」


 苦悶に揺れるアリサは、迫る地面に頭を庇う。襲ってくる衝撃に耐えるべく唇を噛み締めるが、ドサッという音と共にアリサは受け止められた。

 慌ててアリサは顔を上げ、自分を受け止めた和真の姿にぱっと笑顔を見せる。


「ふぅ……、あ、あっぶねぇ!」

「御堂さん! 死んでなかったんですね!」

「いや、せめて生きてたんですね、ぐらいにしてくれないかな!?」

「マスター、余計なツッコミ入れてないでちゃんと前見て!」


 アリサを胸に受け止めた和真は、直ぐに彼女を傍に下ろして敵を見つめる。動きはそれほど速くない。だが、その巨体から繰り出されるパワーは容易に弾きとばされたアリサの姿や、抉られたアスファルトを見ても分かる。


「気が抜けてますわよ、御堂さん。もっとしっかりしてくださいな」

「抜けているのですよ!」

「あぁ、助かったよリジィ、メリー」


 隣に立って帽子を脱ぐブリジットと、いつもの赤いゴスロリに身を包むメリーに礼を伝え、和真はベルイットに声をかけた。


「ベル。救助活動のほうは任せて平気か? 見ての通り、生身じゃ難しそうだ」

「うむ。その代わり、あ奴らのことはお主等に任せるぞぃ」

「あぁ。アリサ、お前もベルと一緒に下がっててくれ」

「ですけど……」


 渋るアリサを軽く押してベルイットに押し付ける。彼女が不満そうに眉を寄せる様子に苦笑いを見せながらも、和真はすぐに敵に視線を戻した。


「こっから先は俺達で受け持つ。だから、皆のことを助けてくれ」

「……はい」

「話はまとまったの。では、いくぞぃ、アリサ!」


 渋々ながらも、頷くアリサを連れて、ベルイット達はその場を去る。彼女達が去っていく様子を一瞥し、和真とブリジットはソフィとメリーを傍に控えさせて敵に向き合った。


「偶然じゃないよな、これは」

「えぇ当然ですの。二日も続けて狙われたのですから、裏で手を引いている人がいますわ」

「マスター、あの敵は昨日と同じ。人間じゃない」

「ってことは、突然変異種でもないアンドロイドか。昨日とはまた、随分と攻撃的になってるみたいだけど」


 次の瞬間、一体の敵が腰を落として一気に空へと跳ぶ。突然のことにわずかに反応が遅れるが、直ぐに和真は敵の姿を視線で追った。そしてすぐに、敵の目的に気づく。


「マスター、まずい!」

「っ!」


 敵の向う先で蹲ったままの小さな子供の姿を目にし、和真は誰よりも早くその場を駆けだした。


「だれか、助けて!」


 子供の声を耳にし、和真は駆け出した足にぐっと力を込める。離れた距離にいる子供の姿を目に焼き付け、息を吸い込み――求められた助けに応えた。


「助ける!」


 ドクンと。

 激しい警鐘を打ち鳴らす心臓が全身へ力を漲らせる。加速する知覚が周囲の映像をコマ送りにし、踏みしめたアスファルトがその力の強靭さに足跡を残す。

 もはや跳躍とさえ呼べる疾駆。風さえ切り裂く速度で地を駆ける和真は子供に迫ったその黒い巨体へと追いつき、


「っぉらッ!」


 強烈な回し蹴り。

 子供に伸ばされた化け物の腕は目標に届きもせず、脇腹に突き刺さる和真の蹴りに巨体がくの字に折れる。敵は着地を許されることもなく弾け飛び、地面を数度跳ね飛んでいった。

 子供の前に着地した和真はそのまま敵を一瞥し、直ぐに少年の前にしゃがみ込む。


「怪我、無いな?」

「ひっ……!」


 怯えた少年の様子に、久しく忘れていた恐怖を和真は思わず思い出してしまう。ソフィ達と出会ってすぐに助けた少女のような、化け物を見る瞳。自分が自ら禁止語句を叫ぶことをためらう理由の一つ。

 その瞳を見て和真は悟った。敵の目的は――きっとこれだと。


「…………」


 痛む胸を掴み、呼吸を落ち着ける。吐き出した息と共に、少年の視線に合わせるべく腰を落とし、和真は笑顔を少年に向けた。

 敵の目的が本当にこの事だとしても、今の自分はあの頃とはもう違う。


「怪我、無いみたいだな。良かった。後は兄ちゃん達に任せとけ。君はすぐに向こうに向って走るんだ」

「で、でも……」


 少年の怯える様子に、和真は彼の頭を乱暴に撫でて立ち上がる。


「心配いらない。すぐに正義の味方がみんなを助けてくれるから」

「う、うん!」


 大きく頷いて走り去る少年に背を向け、和真は敵を睨み付ける。のっそりと起き上った敵は、再び近寄ってきたもう一体と合流して戦闘態勢を整えた。辺りを軽く見渡した和真は、周囲にもう人影が自分達しか残っていないことを知り、拳を握る。


「マスター、あの子は!?」

「大丈夫。それより……」


 自分の傍に駆け寄ってきたソフィに頷き返すが、和真は敵から目を離さない。ぎりっと、歯ぎしりをする和真の様子に気づいたソフィもまた、眼つきを鋭くして和真の隣に並び立つ。


「俺の禁止語句(トラウマ)を弄ぶだけなら構わない。でも、そのために周りを巻き込むこのやり方は――許せない……!」


 和真の言葉に、ソフィは和真の服の裾を掴んで頷いた。


「そんなの当たり前。それに……」


 ソフィが視線を敵の背後へと向ける。その視線をおった和真は、そこに立つ金色と真紅の姿を見つけた。


「御堂さん、ソフィさん! これ以上の被害なんて、出させませんわよ!」

「ださせないのですよ!」


 聞こえてくる声に、ソフィは和真を見上げる。


「皆、マスターと同じ気持ち」

「……あぁ!」


 ドクン、と。隣り合った和真とソフィの鼓動の音が重なり合う。

 怒りに沸騰しそうになる脳をたった一つの禁止語句(トラウマ)で凍らせ、目的のために奮う力へと変える。自らの抱える突然変異を、彼女の力で変身へと変える。


「やるぞ、ソフィ、リジィ、メリー!」

「イエス、マスター!」

「任せなさいな、御堂さん!」

「ハイなのです!」


 敵を中央に置いた一直線。その両端から和真とブリジットが互いのパートナーを連れて敵へとめがけて駆け出した。

 二体の巨大な化け物達も互いの背を預けて和真とブリジットを迎え撃つべく、拳を構える。放たれる殺気は肌を凍らせ、戦意を削ぐべく和真とブリジットへと迫った。

 だが、二人はそんなものに微塵も闘志を衰えさせず、地を駆ける速度をさらに上げる。同時に、並んで地を駆けるソフィとメリーは互いのマスターの正面に飛び出し、振り返った。

 彼女達が自分達に伸ばした腕に、和真とブリジットもまた腕を伸ばしてその掌を掴み取る。

 

 ――繋がる掌と同時に重なる心音。


 誇り高くなる心音と共に、煮え滾る戦意と人を助ける意思を誓いの祝詞に込めて二人は叫ぶ。



「「シグナル・コンタクトッ!」」



 刹那の直後、二人の正面に飛び出したソフィとメリーの身体が銀と真紅の粒子となって解けた。

 荒れ狂う粒子は敵に向って竜巻の道を作り上げる。一直線に伸びた銀色の竜巻と真紅の竜巻は、敵二体の巨体を飲み込み、その自由を奪い取った。

 そして、作られた暴風の道を黒髪の青年と金色の少女が敵目がけて走り抜ける。駆ける二人の姿は、地面を蹴りつける度に劇的に変わっていく。

 青年の伸びる黒髪は、後ろ髪の跳ね上がる銀色に。少女の地を蹴る足は黒の長いヒールブーツで覆われ。

 光を放つ銀色に染まった貴公子然としたスーツ。前面の開いた真紅の煌びやかなバトルドレス。

 人を助ける正義の味方へと姿を変えた二つの光は、理解を超えた速度で交錯する。

 

 その直後、荒れ狂っていた暴風ははじけ飛び、姿を消した。


 

 ドスッと。



 弾けとんだ暴風の中から真っ黒な二本の右腕が無造作に地面に落ちる。


 躱すことも出来なかった交錯の一瞬で腕をもがれた化け物達は、立ち位置を入れ替える形で背を向けている銀色と金色へと再び身体を向け、声にもならぬ雄たけびを上げた。


「――――ッ!」


 耳障りな雄叫びに、二人は挑発的な視線と共にゆっくりと振り返る。



 銀色。

 銀色は刀のように鋭く鈍くひかり、金色に負けず劣らず敵を射抜く。太ももまで伸びる黒いブーツで地面を踏み、ピンと立つ襟元と純白の外套は慌ただしく音をたてて揺れる。


 向かい合うは金色。

 腰まで伸びる金色は風に揺られ、まっすぐとした立つ。前面の大きく開く真紅のバトルドレスを纏った、バランスのとれたプロポーション。その豪華な装飾汚れを知らず、敵を威圧する。


 そして、二人の正義の味方は自分達が囲う敵を射抜き、威風堂々と宣言する。



「「変身(マテリアライズ)完了(コンプリート)……!」」



 白昼の戦場に、正義の味方の登場を――。

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