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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第三章 蒼色ヘラクレス
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第五話 寒空の下にある宝物

 翌朝誰よりも早く、和真は寝かしつけたままのソフィとベルイットを残して一人で家を出た。が、玄関を出てすぐに目に入ったソレに、和真は瞳を細めて眉間を揉む。


「……寝ぼけてるんだな、俺」


 昨日は何時の間にやら帰ってきていたベルイットのせいで騒ぎすぎ、結局ロクに眠れなかった。自分は癖で早く目が覚めたが、ソフィもベルイットもまだ布団の中だ。朝食を軽く済ませて家を出たわけだが、まだ頭は覚醒しきっていないのだろう。

 だから、玄関先に巨大な段ボール箱があって、その中で見たことのある黒髪の変身ベルト型アンドロイドが膝を抱えてたっておかしくない。

 その頬が風船並みに膨れ上がり、寒さで赤くなった鼻をすんと鳴らして、自分を恨みがましそうに睨み付けていたってなんらおかしくない正常だ。

 見なかったことにしようと和真は踵を返して玄関に手をかけたが、その背後からゾンビも真っ青なほどのかすれた声が和真の耳に届く。


「おぉそぉすぎます、みぃどぉおさああん!」

「止めて、その声止めて! 俺そう言うの苦手だからめっちゃ苦手だからッ!」

「ひぃいどぉおおいいじゃあああなあぁあいでぇええすうぅうううかぁああ!」

「うぎゃっあああ!?」


 段ボールからはい出してきた黒髪の彼女は、地面を這いずるようにして和真の足元にしがみ付いた。なまじ白い肌が余計に恐怖を煽り、和真は思わず絶叫してしまう。だが、彼女はそのまま和真の足元を伝うようにして立ち上がったかと思うと、瞳に目一杯の涙を溜めて和真に詰め寄った。


「御堂さんは遅すぎです!」

「い、一体何、何なに何なの!?」


 いきなり怒鳴り散らす黒髪の彼女は、間違いなく昨晩この家を去ったはずの変身ベルト型アンドロイド――アリサだ。彼女はブルブルと震えながら和真の両肩を掴んで上下にゆすってくる。


「た、探偵さんが言いました! 御堂さんは人を助けずにはいられない人だから、あぁして激昂して家を出れば、きっと追いかけてくるって! その言葉を信じて私、ずっとマイホームで寒さを凌ぎました!」

「いや、なんでそこで段ボールあれマイホーム!?」

「機能性と持ち運び性を備えた夢のマイホームです! あれをバカにするのは許しません!」

「バカにするっていうか、バカにできないからね。こっちが泣きそうになるからね、あれ見てると」


 いくつかの段ボールを組み合わせた特製マイホームらしきそれを眺めて目頭の熱くなった和真は、頭を振って落ち着きを取り戻す。


「つまり、昨日の夜家を出てからずっとあそこに一人で居たってわけ? 深見さんは?」

「探偵さんは別の仕事に行ってます。何かあったらここに連絡してくれってメモを渡されてます」

「あー、まぁそう言う仕事だもんな、探偵って」


 しがみ付いたアリサを引きはがした和真は、肩の力を抜いた。こうして朝早く家を出ようとしたのも、彼女達を探すために他ならない。当の本人は家の前で段ボールハウス作って構えている異常な状況だったが、見つかるには見つかった。

 僅かに肌寒そうにするアリサの様子に頭をかいた和真は、着ていた黒のパーカーを脱いでアリサに渡す。


「ほら」


 差し出されたパーカーを見つめるアリサは小首を傾げた。


「これ、なんですか、御堂さん?」

「何って、寒いんだろ? 家に戻ってあったかいものでもって思ったけど、まだ家の中にはあいつらがいるからな。昨日の今日で顔合せるのも気まずいだろ?」

「……そうですね。お言葉に甘えさせていただきます」


 差し出されたパーカーを羽織ったアリサと共に、和真は自宅の玄関にカギをかけた。


「んじゃ、行こうか」


 そう言って和真が通りに向って歩き始めると、背後からアリサの小さな声が届く。


「その、待ってた身でこんなことを聞くのもおかしいんですけど……。ほんとに、いいんですか?」


 振り返って見つめた先にいるアリサの眼は、困惑に揺れていた。

 それも当然だろう。昨晩彼女はそれを願い、ソフィやブリジットに拒否されたばかりである。それを自分が手伝うと言い出したのならなおさらだ。


「いいのか悪いのかなんて、見つけた後に考えればいいだろ? 生憎、俺は求められたら断れない側なの。そう聞いてるんだろ、深見さんにも」

「……聞いてます。聞いてますけど」


 彼女が深見と共にこの家を去らず、一人で今朝までこの場にいた理由。それはきっと、彼女のマスターの手掛かりはもうここにしかないということ。

 協会に戻れば再び初期化を迫られる。それも逃げ出した身。彼女の立場を知れば知るほど、和真にはもう抗う術はなくなっていく。見て見ぬふりをする事なんてできやしない。


「ソフィやブリジットの言ってることも、確かに間違っちゃいないのかもしれない。お前だってそれは薄々気づいてるんだろ」

「わかってますけど……!」


 顔を伏せて下唇を噛むアリサの様子に、和真は痛む胸を押さえて言葉を続ける。


「けど、言葉で言われたって納得なんてできやしない」

「え?」


 顔を上げたアリサに視線を合わせ、和真は頭をかいて笑った。彼女も自分と同じで、こういうことにはきっと、強情なタイプだと。


「そりゃ、自分の眼でみて耳で聞いて肌で感じたことなら、認めなきゃいけないこともあるかもしれない。でも、アリサはそうじゃない。で、俺もそうじゃない。何より……」

「何より……何ですか?」


 口を噤む和真は、アリサの姿を眺めた。黒いワンピースこそ深見が用意したのか、小奇麗なものではあるが、良く見れば彼女の身体には小さな傷が幾つも残る。履いているパンプスも泥で汚れてしまい、髪の毛もぼさっとしてしまっている。

 それだけ――彼女は必死になって自分のご主人様を探しているということ。

 だからこそ、


「見て見ぬふりしちゃいけないんだよ、このことだけは」

「……意味が解りません」


 拗ねたように唇を尖らせるアリサの様子に、和真はどう説明したものか迷う。

 昨晩、ソフィにも同じことを問われた。ベルイットの登場でごたごたに終わった話ではあったが、彼女達が寝付いた後も和真は一晩中その答えを考え続けた。結局、その答えはすぐ隣にあったのに気付くのに、数時間もかけてしまったのだが。


「俺は、あいつのパートナーだから。今回の件を、そう言う物だと割り切ってしまうと、俺とあいつの間にあるものを自分で捨ててしまう気がするんだ」


 頬を掻く和真の返答に、アリサは軽く驚きを露わにし、直ぐに噴出して笑う。


「なんとなく、私のご主人様も同じようなことを言う気がしました。ひょっとしたら、御堂さんは私のご主人様に似てるのかもしれないですね」


 口元に手を当てて上品に笑うアリサの姿に、和真も頬を緩めた。そうして彼女の言葉を噛み締め、和真は一言だけ彼女の言葉を否定する。


「俺が似てるんじゃなくて、全員が似てるんだよ。パートナーだから絆があるんじゃない。絆ができたから、パートナーになったんだからさ」

「そう、ですね。ありがとうございます、御堂さん」


 頭を下げたアリサに和真は苦笑しながらも、軽く瞳を閉じた。


「ま、ご主人様が見つかったら奢ってもらうからな」

「はい。その時は私のマイホームで御馳走しますね」

「いや、移動式快適マイホームでの御馳走はお断りなんだけど」


 くだらないことを言い合いながら、和真はアリサと共に家を後にし、通りに出た。上がり始めた太陽に瞳を細めて軽く深呼吸すると、アリサが期待に満ちた瞳で自分を見つめているのに気付く。


「それで、御堂さん。教えてください。あの人の名前と、今からどこに行けばあの人に会えますか?」

「いや、名前も居場所も俺知らないんだけど。ひとまず足で捜し歩くしかないかな、なんて」


 そう和真が答えると、アリサの笑みがスッと消える。口元はへの字に変わり、目は細く。どこかで見たことがある表情だなと思い、それがソフィが時たま見せる幻滅の顔だと気づいた。

 よりによって、こんなところで彼女達の共通点など見つけなければよかったと和真は自分を呪う。


「……御堂さん、一体どうやってあの人を見つけるつもりだったんですか? かっこいいこと言ってましたけど」

「いや、深見さんも一緒だろうから、あの人について聞き込みとかそう言う地道な作業でって思ってたんだけど、当てが外れたよな」

「御堂さんは――いいぇ、やっぱりいいです」

「あの、言って貰わないと地味に傷つくんですけど俺。その冷たい視線で何言いたいかわかるだけに辛いんですけど」


 項垂れる和真を置いてアリサはあさっての方向を眺め、軽く頬を引くつかせた。そうして彼女は前を歩く和真を追い抜き、颯爽と寒空の下を歩き始める。


「私が先に行きますから御堂さんは後ろからとぼとぼついてきてください。何かあったら声かけますから。じゃ、行きますね」

「ねぇちょっと待って!? さっきと全然態度違わない!? いや、そりゃ役に立たないかもだけど!」


 慌てて和真はアリサを追いかけると、彼女は振り返って笑顔を見せた。


「大丈夫です。ツッコミぐらいはお任せします」

「いや、なんでや――」

「じゃあ行きますよ」

「ツッコませてすら貰えないんですけどォ!?」



 ◇◆◇◆



「ふむふむ、愛されておるのぅ、お主は」

「う、うるさいの!」


 玄関先の扉に耳を押し付けてニヤリと笑うベルイットに、ソフィもまた扉に耳を押し付けたまま赤い顔で怒鳴り返す。彼女達の背後には、出かけ支度を済ませたブリジットと、眠気眼をこするメリーの姿もある。


「それで、ベルさん。暫くの間アリサさんの行動を監視しておけばいいのですよね?」

「うむ。倉庫から盗まれたアンドロイド達が改造され、お主等を襲った。敵は誰を狙っておるのか知っておく必要があるのじゃ。和真かお主か、ソフィかアリサか。それとも、もっと別の何かなのか」


 扉から離れて立ち上がったベルイットが鋭い視線を見せる。その顔を見たブリジットは軽い驚きを露わにしながらも肩をすくめた。


「でしたら、御堂さんにも事情を説明したほうが良いのではなくて? そのほうが動きやすい気もしますけど」


 そんなブリジットの問いに、ベルイットは大声を上げて笑う。


「あー、それは無理じゃな。和真には助けるという選択肢以外がないからの。助けるなと言われて、はいそうですかと納得するような男じゃないのじゃよ」

「それは……そうでしたわね」


 自分の時を思い出したブリジットはがっくりと項垂れ、隣にいるメリーの頬を突いた。

 うつらうつらしていたメリーは頭を振って目を覚まし、自分の頬を突くブリジットに向って頬を膨らませる。


「うにゅ、何をするのですかご主人様!」

「貴女がいつまでもゆらゆら寝ぼけているからですわ」

「失敬なのです! 私ももう眼は醒めているのですよ。今日のお仕事は、アリサさんと和真さんをブッ飛ばすお仕事なのです! 力一杯やるのですよ、ご主人様! へいへい!」

「……メリー、貴女やっぱりお留守番してなさい。私一人で行きますの」


 ヘロヘロのワンツーパンチで空を殴るメリーを一瞥し、ブリジットは玄関の扉に近づいた。だが、その扉にそっと手を伸ばしたままのソフィの様子に気づき、ブリジットは声をかける。


「どうかしましたの、ソフィさん?」

「…………」


 呆けたままのソフィの様子を怪訝に思い、ブリジットは軽くベルイットに視線を投げる。


「うぬ? おぉう、ソフィなら只今惚気中じゃ。こやつもなんだかんだ言うておるが、マスター大好きっ子じゃからのぅ」


 にへへへと言わんばかりの笑みを見せたベルイットの言葉に、ソフィがハッと意識を取り戻す。そのまますぐに振り返り、傍に居たブリジットやベルイットのニヤケ顔をみて顔を赤らめた。


「へ、へへへへへんなこといわないで! 別に、そう言うんじゃない!」

「にょっほっほっほ! いくらお主が和真大好きっ子でも、正妻はわしなのじゃ! わしの眼が黒いうちは、和真はワシの嫁じゃもーん!」

「勝手なこと言わないで! マスターは私のマスター! それに、貴女はいっつも寝てるとき白目向いてる!」

「それ、わしの十八ある特技なのじゃ」

「そんな気持ち悪い特技なんて見せなくていい! と、とにかくさっきのは違う! さっきのは、そう! 変身ベルトとの絆についてちゃんと考えてるマスターに感心しただけ! ただそれだけ!」


 詰め寄るソフィの様子にうんともすんとも表情を変えないベルイットが、したり顔でソフィの肩を叩いた。そして、短い前髪から覗くおでこを輝かせたベルイットは満面の笑みで一言。


「つ、ん、で、れっ。ぷぷっ」


 ブチッと。派手に何かが切れる音が聞こえ、ソフィの顔が憤怒に。逆立つツインテールがゆらゆらと揺れあがり、拳を握ったソフィは半目しか開かぬ瞳を鋭くする。


「きょ、今日と言う日は決着をつける、でこぴか栗頭!」

「おうおう、いい度胸なのじゃ! ポンコツンデレ!」

「あの、私は御堂さんみたいにツッコみませんわよ?」


 玄関先で取っ組み合いの喧嘩を始める二人の少女を眺めたブリジットは、深い溜息をついた。

 扉の前で暴れられるせいで家を出られないが、どうしたものかと頭を捻る。だが、彼女達の間に割って入る以外他にないことを知り、ブリジットは軽く眩暈を覚えた。結局、傍に居たメリーの頭を撫でたブリジットは、二人に聞こえないような声で呟く。


「まぁ、貴方の言うとおりですわ、御堂さん。この子たちは、私達にとってとても大切ですものね」



 そんなブリジットの声に気づかぬ少女二人は、いつまでも互いの頬を引っ張り合い続けた――。


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