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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第三章 蒼色ヘラクレス
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第四話 一つじゃないやり方

「それでどうかな? 彼女の為にも、そのあの人って人の名前だけでも教えてくれないかな」


 スーツのネクタイを緩めた深見が、和真やブリジット達のほうへと僅かに身を乗り出した。深見やアリサの言うあの人のことを知らない和真は、隣に戻ってきたソフィとブリジットにちらりと顔を向ける。


「ソフィ、リジィ。そのあの人って人のことを、アリサ達に――」


 教えてあげよう。

 そう言葉を口にするより早く、予想もしなかった言葉がソフィの口から洩れた。


「貴方達が探してるあの人のことは、私達からは何も言えない」

「――――え?」


 ソフィの返答に、深見の隣にいたアリサの表情が固まった。言われたことを理解できなかったのか、口を開けたまま何も言えず、アリサはただソフィを見つめる。


「ど、どういうことだい? 君達ならその人のこと何か知ってるんだろ? アリサの為にも、せめて彼の名前ぐらい――」

「無理ですわね」


 乾いた笑い声を上げた深見は、アリサを庇うようにしてソフィとブリジットを交互に見つめて尋ね直した。だが、ブリジットは頭を振ってはっきりと答える。


「アリサさん、残念ですけど私達にはあの人のことを話すことはできませんわ」

「な、なんでですか! 知ってるんだったら、教えてくれたって……!」


 立ち上がったアリサを見て、ブリジットは肩をすくめて頭を左右に振った。


「アリサさんはあの人にあってどうするつもりですの? 正義の味方を辞めた理由を聞いて? その後自分の記憶を完全に消去する覚悟はありますの? それともあの人の傍にずっと一緒にいるとでも? はたまた、もう一度戦うとでも?」


 詰め寄ってきたアリサに対し、ブリジットは捲し立てるように言葉を投げつけていく。その一つ一つに答えを返すことのできぬアリサは、下唇を噛んでブリジットの胸ぐらを掴み上げた。


「あ、貴女なんかに、私の何がわかるって言うんですか!?」

「あら、分からないから聞いていますの。顔も名前も覚えていない相手のもとに今更戻って、貴女は何がしたいんですの?」

「お、おいお前ら! なんで喧嘩になるんだよ!?」

「アリサも落ち着いて! 彼らと喧嘩したって何にもならないんだからさ!」


 睨みあうブリジットとアリサの間に、慌てて和真と深見が割って入る。二人を引き離した和真と深見は互いに顔を見合わせ、小さな溜息をついた。一人、席に座ったままのソフィはアリサを一瞥し、いつもと同じ面倒臭そうな表情のまま呟く。


「私が貴女なら、戦うことを止めたマスターをもう一度戦いに巻き込むような真似はしたくない」

「……っ」


 ソフィの視線に、アリサが押し黙る。彼女は何かを言いたげに黒いワンピースに皺が寄るほど拳を握りしめた。

 和真はそんなアリサの姿を見ながらも、ソフィとブリジットの様子に驚きを隠せなかった。彼女達ならきっと、自分と同じようにアリサや深見にあの人と言う人物のことを教えるだろうと、そう思っていたからだ。

 それがどうだ。

 彼女達の答えは全く正反対のもので、むしろアリサを答えに近づけまいとしている。

 納得がいかない。理由も語らず、アリサ達の助けを一蹴するソフィ達のやり方に、和真は顔を顰めて二人の前に向き合う形で立った。


「ソフィ、リジィ」


 和真が二人の名を呼ぶが、彼女達は和真の視線にもの言うこともせず、黙って見つめ返してきた。

 この場を包む異様な空気を読みとった深見は、直ぐにアリサの手を引いて和真の背に声をかける。


「ごめんね、御堂君。今日はどうにも話がまとまりそうにないみたいだ。後日改めさせてもらうよ」

「……すみません」


 苦笑いする深見に身体を向け直し、和真は深々と頭を下げた。いいよいいよと言いながらアリサの腕を引き、深見はそのままリビングの扉を開く。為されるままに連れて行かれていたアリサだったが、唐突に立ち止まり、振り返った。

 その瞳に目一杯の涙を溜めこみ、嗚咽を堪える彼女はソフィとブリジットを睨みつけ、


「皆さんには、きっとわからないです。記憶は残ってないのに、大切だった人の傍に居たいって思う私の気持ちなんて……!」


 胸に刺さる言葉を残し、アリサは深見に連れられて和真の家を去って行った。




 ◇◆◇◆




「……はぁ」


 深い溜息をついて、ソファに身を投げる。

 仰向けに身体を横にして、右腕で照明の光を遮って和真は思案を巡らせた。

 大切だった人の傍に居たいと思う気持ち。

 アリサは、そんな気持ちなんてわからないだろうと、そう言い残して家を去って行った。


「……分かってるから、困惑してるんだけどね」


 呟きながら身体を起こし、和真は食卓で何事もなかったかのようにコーヒーとお茶に手を付けているソフィとブリジットを眺める。

 アリサの気持ちなら――ここにいる全員が良く知ってる。

 自分は幼い頃に大切だったものに捨てられ。ソフィは何度も大切だったものを傷つけて。ブリジットは大切な物を自分から零してしまい。先ほどのあの場には、一人としてアリサの気持ちがわからない人なんていない。だからこそ、和真は困惑する。


「なんで断ったんだよ、ソフィ、リジィ」


 食卓に座ったままのソフィとブリジットに、和真はきつい視線を向けて尋ねる。彼女達は和真の視線を受け止めながらも、頭を横に振った。


「マスター。アリサのことは確かに私達にも思うとこはある。でも、あの人を探すことにだけは賛成できない」

「ソフィさんの言うとおりですわ。この件に関して、私達は首を突っ込むつもりはありませんの」

「だから、それが意味わからないって言ってんだ。彼女は唯、自分のマスターの傍にいたいだけだろ? なんで名前すら教えてやらないんだよ?」


 彼女達の対応に頭が沸騰しかけるが、和真は努めて冷静に話を進めようとする。頭に血を登らせたまま話しても、彼女達は自分に何も教えてくれるはずはないと感じたからだ。


「御堂さん」


 そんな和真の様子を知ってか、ブリジットが席を立って和真の傍に近寄る。


「貴方のやり方は知ってますの。助けには全部応える。それが求められたものでなくても。そうしなくちゃいけないトラウマがあることも知ってますわ。でも――」


 ぐいっと。ブリジットは和真との距離を一気に詰め、キスをするような距離で二人は顔を合わせた。


「手を伸ばすだけが、人を助ける方法じゃありませんわ」

「どういう意味だよ、それは」

「言葉通りですの。伸ばされた掌を跳ねのけることも、時によっては人を助けることになる。そういうことですわよ」

「…………」


 ブリジットの言葉に、和真は口を閉じた。彼女の言葉を借りるなら、先ほどアリサと深見が求めて来た助けは、跳ねのけることで助けることになるということ。

 ――意味が解らない。

 あの場で彼女を助けるという意味は、彼女にあの人のことを教える事ではないのだろうか。


「……ごめん。やっぱり俺は納得できない」

「そうですわね。ここで納得できるような人なら、貴方はあの時あんな無茶で私を助けたりしないもの」


 間近でクスリと笑顔を見せるブリジットの姿にドキッとしながらも、和真は半歩下がって彼女との距離を取った。


「い、良いだろ別に。とにかく、悪いけど明日もう一度、俺はアリサ達に会ってくる」

「あら、残念。明日は私、メリーを連れて地域活動への貢献ですの。ご一緒はできませんわ」

「いや、俺一人で行くから別に――」


 ぐいっと。来ていたパーカーの裾を引かれて、和真は視線を下げる。不満そうに頬を膨らませて睨みつけてくるソフィが、唇を尖らせていた。


「マスターは最近変身ベルトを蔑にしてる。マスターと私は一心同体。一緒にいるのが当たり前のジャスティス。ジャスティス。ジャスティス」

「別にジャスティス大事じゃないろ! それに、そんなインフィニットな想いでジャスティス語られても困るっての。悪いけど、俺はアリサを手伝おうと思う。お前はどっちかっていうと俺と逆の立場なわけだろ? だったら……」

「マスター。一つだけ勘違いしてる」


 ソフィの言葉に、和真は小首をかしげる。そんな和真の様子に、ソフィとブリジットは小さく頷き、言葉を紡いだ。



「私達も、助けたいって気持ちは同じ」




 ◇◆◇◆




 アリサ達が家を出てから和真達は食事を済ませ、各々の部屋に戻っていた。ベルイットは未だ帰らず、ブリジットに自身の部屋を宛がった和真はソフィと同じ部屋にいた。

 古ぼけた机に向って宿題を済ませていた和真は、背後のベッドにちらりと視線を向ける。そこには、寝巻に着替えてちょこんと座ったまま大人しいソフィの様子があった。


「何しおらしくしてるんだよ? そりゃ、アリサに対してきつい言い方だったけど、お前らの言葉で言うなら、彼女を助けようとしてのことだったんだろ?」

「…………」


 椅子に背を預け、和真は黙ったままのソフィの様子に溜息をついた。ぼーっと自分を見つめるソフィの傍に近寄った和真は、彼女の小さな頭を乱暴に撫でる。

 自分の頭を撫でる和真の掌に、ようやくソフィがはっと意識を取り戻し、ツインテールを揺らすほどに全力で嫌々をした。そうして恨みがましく和真を睨み付け、眉を寄せる。


「ら、乱暴に頭を撫でないで! せ、正義の味方の変身ベルトの頭は、そんなに安くない! 私は安くない!」


 いつもの調子を取り戻した彼女の様子に和真はふっと笑みを零して安堵した。


「アリサにあんなこと言った時、正直ちょっと戸惑った」

「あ……」


 和真の言葉に、僅かにソフィが顔を伏せる。そんな彼女に視線を合わせるように和真はしゃがみ込み、笑った。


「お前らならきっと、アリサ達の力になることを迷わないって思ってたから。それだけに、お前らのきつい言い方には腹も立ったけど」

「……マスターは」

「ん?」


 ソフィの声に、和真は口を閉じる。


「なんで、聞かないの? あの人のこと」

「あぁ、そのことか」


 ソフィの問いに、和真は頭をかいて呼吸を落ち着けた。

 アリサ達が帰った後、ソフィやブリジット達の言葉を自分なりに解釈し、分かったことがある。アリサに、あの人の名前を教えない理由。伸ばされた手を跳ねのけることが、彼女を助ける手段になる理由。

 そして、そのあの人に合わせない様にする彼女達のやり方。

 その答えは、


「そのあの人って人が、アリサに会えない事情があるんだろ?」

「……ん」


 頷くソフィの前で、和真は彼女の隣に腰を下ろした。


「お前らが初めて俺のところに来たときも、ベルイットが言ってた。俺の前にこの街に居た正義の味方は、怪我で戦線を離れてるって。怪我しまくってる俺が言うのもなんだけど、長期で戦線を離れるってことはつまり――それだけの状態になってたってことだろ?」

「マスターのところに来る前に、私の中にもあの人の最後の戦闘記録が保存されてる」

「……なるほどね」


 ソフィの中にある正義の味方や怪人達の敗北の記録は、彼女にとってのトラウマだ。何百何千を超える戦いの記録を抱えるソフィだからこそ、アリサにはその記録を伝えられない。

 否。伝えるわけにはいかない。

 文字通りそれは――敗北の記録であるから。


「ま、どちらにしろ、明日もう一度アリサと話をしてみるよ」

「見逃したくないから?」


 ソフィの問いかけに、和真は頭を捻る。彼女の言うとおり、求められた助けを見逃したくないという気持ちもある。彼女達の理由を聞いてなお、モヤモヤしたものもある。求められた助けには全て答えると決めたこともある。

 だが、不思議と今回はもっと別のものが、和真の身体を動かしていた。


「この件は、多分見て見ぬふりしちゃ駄目だと思う。なんでかわかんないんだけどな」

「……曖昧過ぎる」

「いいだろ別に。言葉べたなんだよ俺は」


 不服そうなソフィの視線に和真は言い返し、ベッドの傍に布団を敷きつめた。時計を見ればもう夜も遅い。どこに行ったかわからぬアリサ達を明日また探すためにも、早く寝てしまわねばならない。


「とりあえず、今日はもう寝よう。こうして言い合ってても仕方ないしな」

「ん」

「明かり、消すぞ」


 部屋の照明を落とし、和真はベッドの隣に敷いた布団で横になる。結っていた髪を下ろしたソフィはベッドから降り、その隣にひょいっと横になった。ベストポジションに潜り込んだソフィと共に和真は声を揃え、


「おやすみなさい」

「おう、それじゃお休――オイ」


 上半身を起こして隣で横になったソフィを睨み付ける。すると、彼女は瞳を細めて和真を一瞥。そのままポンポンと自分の傍の布団を叩きながら唇を尖らせた。


「マスター、さっさと横になる。私が眠れない」

「いや問題そこじゃねぇだろ!? お前の寝場所あっち! ベッドの上!」

「無理。愛用の抱き枕が洗濯中。あれがないと眠れない」

「抱き枕って、あのヒーロープリントの入ったでっかい奴か? いや、そいつと俺の隣で寝るのと一体何の理由が――ちょっと待て」


 思い当たった答えに和真は頭を抱えた。そんな和真の内心を知ってか知らずか、ソフィは面倒そうに宣言する。


「ゆーあー、マイマクラー」

「マイマスターみたいな言い方しても誤魔化されないからな!?」


 変身ベルトのこの少女は、自分に抱き枕の代わりをしろと言うのだ。そうしないと眠れないという彼女の言葉は、これまでの生活の中でよく知っている。知っているが、それとこれとは話が別だ。そんな真似をされてすやすや眠れるほど和真に心の余裕はない。


「お前な、もう少しちゃんと考えて……」


 ぎゅっ。


 髪を下ろしたソフィの小さな白い手が和真の裾を握る。横になったままのソフィのうなじは真っ赤に染まっており、掛け布団で彼女は顔の下半分を隠しながらも和真を睨み付けた。


「ご、ごちゃごちゃ言ってないでもう寝る。早く寝る」

「…………ったく」


 服を掴んだ彼女の手が震えているのに気付き、ソフィが珍しく甘えてきた理由に思い当たった。

 アリサとそのマスター。アリサに会うことで、できるだけ見ずにいたソフィの中のトラウマに彼女自身が触れてしまったのだろう。人を化け物にしてしまうほどの壮絶な敗北の記録に触れ、彼女は強気を保ちながらもこうして震えているのだ。


「今日だけだからな」

「う、うるさいの。最初からそう言ってる」

「はいはい」


 起こしていた上半身を再び横にする。傍でむすっとしたソフィの顔を見て噴き出しながらも、和真はもう一度彼女に声をかけた。


「それじゃ、おやすみ」

「……お、おやすみなさい」


 瞳を閉じて寝息を立て始めるソフィの様子を最後まで眺め、和真はふぅっと大きな息を吐き出した。今日はどうにも、徹夜になることになりそうだ。


「ん?」


 不意に、カシャッと言う音が聞こえてきたベッドの下を覗き込む。きらりと光った何かを視線で追うと、とぼけた顔と目が合った。


「にょほ? わしのことは気にせずランデブーじゃぞ。心配いらぬ。そやつの恥ずかしい写真を撮り終えたら、すぐにワシもお主の隣にいくのじゃ。きゃっ」

「…………」



 ハイテクなデジカメ片手にいい笑顔を見せる亜麻色の少女をそこに見つけ、和真の叫び声は深夜の住宅街に轟いた。

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