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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第三章 蒼色ヘラクレス
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第三話 奪われたもの

 人気を消された海上に造られた工場施設。船で十五分程度と言う距離にあるその海上施設に降り立ったベルイットは、傍に控える虎顔の怪人と土竜の怪人二体を連れて歩き出す。

 アンチヒーロー活動用の黒いジャケットと短めのハーフパンツで身を包むベルイットは、身軽な足取りで周囲を見渡しながら目的地を探す。潮風に揺れる亜麻色の髪を押さえた彼女は、アンチヒーローの怪人部隊とヒーロー協会の特殊部隊に囲まれた倉庫の一角を見つけると、歩く速度を速めた。

 厳重に警備された倉庫の前につくと、ベルイットは倉庫に壁を預けて立っていた白衣の女性を見つけ、手を振る。


「ひっさしぶりじゃのぅ、桐子!」

「相変わらず元気そうね、ベルちゃん」


 黒のスーツの上に白衣を羽織っただけの長い銀髪の女性――来栖桐子は、現れたベルイットに笑みを返し、傍に控えていた怪人達を下がらせた。


「すまんの。思ったより距離があったのじゃよ。学校に行けと和真のやつに口酸っぱく怒られて、家を出るのが遅れてしまったのもあるのじゃ」

「あら、仲良くやってるみたいでよかったわ。最近顔出せてないものね」

「うむ。派遣の依頼をしておった新しい正義の味方――リジィとメリーとも仲良くやっておるぞぃ」


 久しぶりの再会に世間話に華を咲かせていたベルイットと桐子だったが、しばらくしてベルイットの鋭い視線が倉庫に移動する。


「それで、これが例の事件の始まりかの?」


 ベルイットの視線に気づいた桐子もまた、揺れる髪の毛に手を添えて倉庫の入り口に視線を移す。そして、小さく一言だけ「……えぇ」と頷いた。

 見つめる先の倉庫の入り口。鉤爪で引き裂かれたかのようにシャッターが抉れてしまっており、無理矢理誰かがその中に入っただろうことがすぐに理解できる。

 そして、入り口の周りには不釣り合いな黒い羽が幾つも散っていた。まるで巨大なカラスが倉庫の入り口で暴れたかのような、そんな黒い羽が。


「ベルちゃんも知ってるだろうけど、ここはヒーロー協会とアンチヒーローの双方の開発の拠点の一つ。表向きは民間の海上施設になってるけど、ここでは怪人や変身ベルト型アンドロイドの素体になるアンドロイドの研究がすすめられてたわ」

「それで、持ち出されたのは?」


 桐子の声を耳にしながらも、ベルイットは怪人を連れて倉庫の中へと入っていく。薄暗い倉庫の様子にベルイットは眉を顰め、直ぐに傍にあった照明のスイッチを入れた。

 そして、目の前に広がった光景に彼女は忌々しく舌打ちをする。


「怪人、変身ベルト型アンドロイドの計十五体。幸い、どれもまだロールアウトされてない試作機ばかりだけれど……」


「三原則搭載前のアンドロイドだけを、ピンポイントで狙ったということじゃな」


 目の前に広がるのは、廃棄品の山。どれもこれもは、本来ならこの倉庫の中で生まれてくる瞬間を待つはずだった怪人と、変身ベルト型アンドロイドの素体達だ。四肢をもがれて無造作に積み上げられたその山を、ベルイットは忌々しく睨み付ける。


「酷いことをしてくれるのぅ。吐き気がするのじゃ」

「えぇ、そうね」


 ベルイットの隣に立った桐子もまた、その山を見つめて目を閉じた。しばらくして顔を上げた桐子は、傍に立つベルイットに問いかける。


「それで、ベルちゃんがアンチヒーローの会議後すぐにこっちに来た理由は?」

「うむ。会議中に上層部に連絡が入っての。ここから連れ出された十五体のうち三体が、あの街で見つかったのじゃよ」

「あの街ってことは、和真君達?」

「いや――もう一人おる。先日協会でオーバーホール中に脱走した、例の変身ベルトも」


 ベルイットの言葉に桐子は眉を寄せた。


「ちょっと待って。ってことは、あの子、あの人のこと探してるってこと?」


 桐子の問いに、ベルイットは肩をすくませる。


「その様じゃのぅ。リジィの報告じゃ、今日は現場に出張ってきておったみたいじゃな。協会のお抱え探偵まで連れ添って」

「……最悪ね」


 深い溜息をついて桐子は頭を振った。出口に向かって歩き出したベルイットに続き、桐子と怪人も同じく倉庫の中を後にする。


「あの人を探せないように、オーバーホールでメモリーの初期化を行ってたはずなんだけど」

「うぬ? わしの情報網じゃと、初期化中に脱走されたらしいが」

「……そのにんまりした顔止めてくれないかしら。今はもう、私の管轄下でやってるわけじゃないもの」

「にょっほっほ!」


 笑い声を上げたベルイットは、手すりに身体を預けて海を越えた先の街を見つめて押し黙る。そのそばで桐子は、ベルイットに言い聞かせるように語った。


「あの人はもう、アリサと一緒には戦えないわ。アリサも当然、あの人と変身なんてできない」

「…………」

「上が動けば別でしょうけど、彼らはもう二度と正義の味方に戻れない。それに、それがアリサが望んだ未来よ」

「うむ。お主の言う通りじゃな」


 にこっと。笑みを浮かべるベルイットの顔を見た桐子は呆れたように溜息をついた。


「そう思うなら、どうしてアリサをそのまま放置しているの? わざわざ協会に手回しまでして」


 桐子の問いに、ベルイットは口端を吊り上げてニヤリと笑う。そして、彼女は自信満々に胸を張って桐子に宣言した。



「お主の言うあ奴らの未来を、人助けが嫌いな人を助ける正義の味方(アンチヒーロー)達に変えてもらうためじゃよ」




 ◇◆◇◆




「はい、お茶なのですよ」

「ありがとうございます、メリーさん」


 ソファに腰かけたアリサと探偵を名乗る深見の前に、用意していたお茶を差し出したメリーは頬を緩めて笑顔を見せ、だが、椅子に腰かけるブリジットを睨みつけた。


「だから言ったのですよ。私だけ留守番させられるなんて、仲間はずれなのです!」

「仕方ないでしょう? 貴女は口の軽いところがあるし、お友達にいろいろ喋られても困るんだもの」

「むむむっ、私はそんなに軽くないのですよ! 私の体重はソフィさんと同じご――」

「そう言う口の軽いところが不安。それとメリー、話が進まないから黙ってて」

「もがっ、ほががが!」


 和真やブリジットと共に椅子に腰を下ろしていたソフィが、素早い動きでメリーの口を封じる。ポケットから取り出したハンカチを彼女の口にまき、余計なことを言わせまいと後ろ手を縛ってそのままずるずると引き摺り、部屋を出て行った。

 その背を見送る和真は、ソフィのうなじが赤く染まっているのに気付いて呟く。


「話が進まないってか、体重言われるのが嫌だったんだな、うん。まぁ、アンドロイドだけあって見た目より重いからな、あいつら」

「御堂さん、女性の体重の話に突っ込みいれるのはナンセンスですの。それに、話が進まないから黙ってて頂けます?」

「ハイ」


 どこから取り出したのか、鞭を持ってニコリと笑うブリジットの顔を見て和真は口を閉じた。

 静かになったその場の空気に気づき、アリサと深見は互いに頷きあって話を始める。


「お邪魔させてもらってごめんね。もう一度自己紹介させてもらうけど、僕の名前は深見徹。隣の県で協会のお抱えとして探偵をしてるんだけど、彼女からの依頼を受けてここに来たんだ」

「先ほども名乗りましたが、ソフィちゃんやメリーちゃんと同じ変身ベルト型アンドロイドのアリサです。呼び捨てで構いません。型式は彼女達より随分と古いですけどね」


 そう言って慎ましやかに笑みを見せるアリサを眺め、和真は嘆息する。

 見れば見るほどに、ソフィやメリーとは雰囲気が違う。彼女達より頭一つ高い身長。ゴスロリより和服の似合いそうな美人。型式が違うと本人は言うが、ソフィ達より進んでいる気がするのは気のせいではないだろう。彼女達のほうは機能が増えた代わりに何かを犠牲にしてしまったらしい。


「御堂さん、なんだか残念そうな顔してますわよ」

「いや別に」

「あとでソフィさんとメリーにも教えておいてあげますの。御堂さんが貧乳を嘆いてたって」

「誰もそんなこと言ってないんですけど!? そこ、深見さんもメモ取らなくていいから!」

「あ、あぁいやごめん。職業柄すぐにメモを取る癖があってね。御堂和真はツッコミ過多……っと」

「メモ帳に観察日記って書いてあるんですけど!?」


 頭をかいて苦笑いする深見の隣で、アリサがくすくすと口元に手を当てて笑った。先ほどまで僅かに張りつめていた場の空気がようやく緩み、和真とブリジットは軽く頷きあって本題に入る。


「それで、さっき言ってた正義の味方を探してほしいって話ですが」


 和真の問いかけに、アリサが頷いた。


「はい。私が配属されたのは今から七年ほど前の話になります。ちょうど半年ほど前にあの人と一緒に突然変異種との戦闘に巻き込まれ、ボディが欠損したため修復を受けていました」

「その話は私も聞いていますの。協会で修復ついでのオーバーホール中だと聞いていたのですけど?」

「…………」


 ブリジットの問いに、アリサが顔を伏せて拳を握る。彼女の様子に気づいた深見が溜息をついて、話を引き継いだ。


「彼女、その施設から逃げ出したらしいんだ」

「逃げ出した? なんでまたそんなことを?」

「それは――」

「探偵さん、ちゃんと私が話します」


 深見の言葉を、アリサが遮った。伏せていた彼女は顔を上げ、正面にいた和真とブリジットを見つめて語り出す。


「オーバーホール中に聞いたんです。あの人が正義の味方を引退することになったって。だから私も新しい正義の味方の人のところに配属されるために、メモリーが消去されることが決まったって」

「メモリーの消去って……!」


 身を乗り出した和真を、ブリジットが片手で制した。


「文字通り、彼女達にとっては記憶の消去と同じですわね。貴方にだってわかるでしょう? 人と彼女達の間の意識共鳴に必要なのは強い絆。その絆を消すには?」


 記憶を消す。


 そんな言葉が脳裏に走り、和真はブリジットとアリサの顔を交互に見る。彼女達は無言で押し黙り、和真の視線に応えようとはしなかった。それが何よりの答えとなり、和真の胸の内に突き刺さる。


「御堂さんの思った通りですわ」

「邪魔だってのかよ、その絆が!?」


 淡々と答えるブリジットの様子に、思わず和真は隣にいた彼女の襟を掴み、引き寄せる。だが、和真の剣幕にピクリとも表情を変えないブリジットは、一言だけ言い返した。


「それが嫌だから、彼女は逃げ出したんじゃなくて?」

「……っ!」


 ブリジットの言葉に、和真は言葉を詰まらせる。


 ――例えば、もし。


 ソフィやベル、桐子やブリジット、メリー達との記憶を消されると知ったら。自分を救い、助けてくれた彼女達との大切な思い出や約束を消されると知れば。

 御堂和真は一体どうするだろうか。

 逃げ出すだろう。

 臆面もなく足掻くに違いない。泣き叫んで喚き散らして、逃げ出すに違いない。認めようとなんてしない。


「…………」


 押し黙った和真をみてブリジットが口端を吊り上げる。彼女の視線に気づいた和真は襟元から手を放した。沸騰しかけていた頭を冷やすべく振り、和真は大きく息を吐き出す。そしてすぐにブリジットに頭を下げた。


「ごめん。ちょっと短絡的だった」

「えぇ。後でたっぷり身体で払ってもらいますわ」


 大きな深呼吸と共に、もう一度二人はアリサと深見へ視線を戻す。アリサは和真達の視線に頷き、話を戻した。


「怪我で戦線を離れたとは私も聞きました。でも、私は直接その人から正義の味方を辞めることを聞いてません」

「なるほど。だから、そのあの人って人を知ってる正義の味方に接触する。そのためにってことか」

「まぁ、人探しは僕の本職だからね。時間はかかったけど、幸いこの街でこの前事件が起きた時、僕らもこの街に居てね。いやぁ、でも意外と苦労したんだよ」


 軽く笑みを零す深見の様子に、ブリジットが髪の毛をかき上げた。


「あら、私は名前も姿も隠してるつもりはそんなにありませんけど?」

「君が隠してなくても、メディアは隠すからね。僕自身、隣の県ってことで情報の手持ちも少ないんだ。それに、地道な仕事で探してるとアリサが勝手にどこかに行こうとするもんだから、手綱を握るのに苦労したよ」

「人を放浪者みたいに言わないでください、探偵さん」

「あぁいやごめんごめん。それで、聞かせてほしい。彼女のご主人様だった正義の味方のことを。君達ならその人がどこにいるかを知ってるだろう?」


 アリサの隣にいる深見の問いに、和真は思案を巡らせる。

 彼らの言いたいことは分かる。アリサがご主人様を探しているのも分かる。だが、だったらどうして。


「アリサなら、そのあの人って人のことも覚えてるんじゃ。記憶を消される前に逃げ出したんでしょう?」


 そう和真が問いかけると、アリサが苦笑いを見せた。




「あの人の記憶なら、もうとっくに消えてます。覚えてるのは、私にはご主人様がいたということだけです」

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