第一話 訪問者は唐突に
ブリジットに連れられて和真達がやってきた場所は、繁華街とは離れた位置にある噴水広場。小さな林に囲まれた広場だ。中央にある巨大な噴水から多少離れた位置に、『たこ焼き一筋』ののぼり旗を掲げた白いワンボックスカーを見つける。
先頭を歩くブリジットが振り返り、にこりと笑みを見せた。
「あそこがそうですわ」
「俺、いっちばんのり!」
「あ、ちょっと、私も私も!」
クラスメイト達がすぐにそこに向って駆け出していくのを見ながらも、和真は軽く辺りを見渡して首を傾げる。昼食時と言うこともあるのに、噴水広場自体の人気が少ないのだ。
だが、見渡すうちにその理由に気づいてしまう。
「マスター。ここ、半年前に突然変異種が暴れた場所」
「やっぱりか……」
ところどころに見える工事の後。崩れたままの塀や、真新しく色が塗られたばかりの塀。良く見れば、この広場最大のオブジェクトである巨大噴水も一部が壊れてしまったままになっており、噴き出す水飛沫には偏りが見える。半年もたつというのに、爪痕は未だに残ったまま。
「修繕が遅れてるんですの。先日のショッピングモールみたいな、より人の集まる場所の修繕が優先された結果、こうして取り残される場所もあるのですわ」
「そっか。そうだよな」
傍に寄ってきたブリジットが説明を入れてくれ、和真は再びあたりの風景を見渡す。その寂しさがわずかに胸にしみ込んでしまうが、傍に居たソフィに手を握られ和真は頭を振った。
「わるい、なんか暗くなっちまった。皆、俺達のこと待つ気は全くなかったみたいだけど……」
「あそこの店長、一日決まった量しかたこ焼きを用意しないから、急がないと無くなりますわよ?」
そんなブリジットの声と同時に、ボックスカー傍で立ち食いを始めていたクラスメイト達の間で次々とおかわりの声が上がり出す。
「ちょ、本気でなくなりそう!?」
「ま、マスター! 私達の分がなくなる!」
「お、おう! 行くぞソフィ!」
先に駆け出して行ったソフィの背を追おうと和真も走り出すが、直ぐに足を止めて頭をかく。
「あら、追いかけないんですの?」
背後からかかった陽気な声に、和真は深い溜息をついて顔だけ彼女に向ける。視線の先のブリジットは、いつもと変わらない腰に手を当てたモデル立ちで和真を見つめていた。彼女の顔が早くしなさいと言わんばかりに頬を吊り上げているのに気付き、その顔を直視できなくなった和真はそっぽを向いて彼女を呼ぶ。
「……お、お前もさっさと行くぞ、リジィ」
「えぇ、御堂さん」
そう言って隣に並び立つ彼女の悪戯顔に、和真は自嘲する。同じクラスで同じ正義の味方とはいえ、一つ年下の少女に良いようにもて遊ばれるのは釈然としない。とはいえ、余計なことを言えばどう切り替えされるかも想像できず、仕方なく和真はブリジットと一緒にクラスメイト達の元へと歩みを進め――、
「……ふんっ」
「ぬへっ!?」
いつの間にやら目の前にいたソフィの足が、和真の脛を蹴り飛ばした。突然のことに崩れ落ちた和真は、仁王立ちしているソフィを見上げる。
「なに、一体何!? 俺何か悪いことした!?」
「……自分の胸に聞いてみればいい」
「胸って、生体リズムのことか? いや、別に今は変身の必要なんて――」
「ドロリコンっ!」
ゴンっと音をたててソフィの拳が脳天に落ちた。和真はそのままもんどりうって地面に倒れるが、傍に居たブリジットもソフィも和真に手を貸そうともせず、
「さぁ、行きますのソフィさん。その人に期待するだけ無駄ですわ」
「ん。初めからマスターにそんなの期待してない」
そんな言葉を残してクラスメイト達のところへ消えていく。彼女達の容赦のない言葉に打ちのめされた和真は、ゆっくりと地面から身体を起こした。痛む頭を撫でながら立ち上がると、物陰からの視線を感じ、そちらに顔を向ける。
「ん……?」
だが、広場を囲う林の中から感じたその視線はすぐに消えていく。誰かに見られている、そんな思いに駆られた和真は、林に向って足を進めようとした。しかし、
「ます……お兄様! 早くしないと無くなる!」
「あ、あぁ分かった!」
ソフィの呼び声に、一度だけ和真は林の中を睨み付け、頭を振ってソフィ達の元へと向かった。
◇◆◇◆
爪楊枝に刺したホクホクのたこ焼きを一つ口にする。
瞬間、口の中に広がる熱と旨味を閉じ込めたソースの香りが身体に吸い込まれた。それだけではない。ひと噛みすればとろける舌触りが広がり、その中で自己主張する歯ごたえのあるタコが口を動かす楽しみに変わる。口の中に籠る熱と香りを、何度も何度も口をすぼめながら外に出し、歯ごたえと旨味を楽しむ。
はっきり言って、
「美味い!」
「だよなぁ御堂! 俺もこんな美味いたこ焼き食ったの初めて!」
腹の底から出てしまった感想に、周囲で食休みをする耕介たちが同意した。だが、和真はすぐに浮かべていた笑顔を消し、手にしていたパックを見下ろす。
そこにあるのは、ソースとマヨネーズでトッピングされた鰹節の海。申し訳ない程度に中央にポツンと残っていたたこ焼きは、たった今自分の腹の中に納まったばかり。
平たく言えば、一つしか残ってなかった。
「美味いけど何この仕打ち、何このトッピング? たこ焼き春の鰹節祭りか何か? ねぇ、皆。なんで俺の分だけ鰹節の海に埋もれただけのたこ焼き一個なのかな」
ジト目をクラスメイト達に向けるが、さっと全員に顔をそらされる。誰か一人でも余ってないものかと見渡すと、一際目立つ金色を見つけ、和真はすぐさま声をかけた。
「なぁリジィ、言いだしっぺだし、一個ぐらい分けてくれても――」
「はむっ、ん、はぐっ、んっ。ごめんなひゃい御堂ひゃん。私も一個ひか残っていまふぇんでひたの」
「おーけー。言い訳ならまずその膨らんだ頬潰して、口元の青のりを拭ってから聞こうか」
誰もかれも食事の席では容赦がない。一つで我慢するしかないかと和真が項垂れると、制服の裾を引っ張られる。
「……仕方がない。私の分をあげる」
そう言って真っ赤になった顔を背けるソフィの姿が傍にあった。銀色のツインテールをゆらゆらと揺らしながら、彼女は自分が持っていたパックを差し出してくれる。
ソフィの思わぬ優しさに頬を綻ばせ、和真は自分の胸の位置にある彼女の頭を撫でた。
「サンキュー、ソフィ。お前だけだよ俺の分まで考えてくれるやつは」
「べ、別にそんなことない。私は唯、変身べ……い、妹として食べきれない分を残しただけ。と、とにかく頭を撫でないで!」
嫌々をするように頭を振るソフィの様子に、和真は苦笑しながらも彼女の頭から手を放した。恨みがましく見上げてくるソフィの半目に急かされ、和真は彼女からパックを受け取る。
「ありがとな。それじゃあ、遠慮なくいただくよ」
「ん、後はお願い」
コクンと頷いたソフィの目の前で、和真はパックの蓋を開いた。そうして、そこにあった八つの綺麗な赤色をしたたこ足を見て、和真の笑みが固まる。
「ねぇソフィ。なにこれ?」
「何って、たこ焼き」
「いや、俺の知ってるたこ焼きと全く違うものが目の前に広がってんだけど。香ばしく焼けたたこの足だけ八個並んでるんだけど」
「だから、たこ焼き」
「いや、ちょ、あれ?」
間違っちゃいないが、間違ってる。困惑する和真はソフィを再び見つめるが、彼女は何食わぬ顔で自信満々に語った。
「わたし、タコが苦手。触手っぽいあの感じが駄目。だからそれはお兄様にあげる」
「いや、なんでタコが苦手なんだよ。つか、タコ苦手なのにたこ焼き好きって――あ、やっぱいい、言わなくていい頼むから言わないでお願い」
「タコを見てるとあの時の触手を思い出すから嫌い。うねうねうねー。たこ焼きは外側だけ食べるのがジャスティス」
「だっから言わないでって言ったのに! 思い出しちゃっただろ!?」
初めて変身した時に戦った大吾のヘドロのような触手を思い出し、和真は頭を抱える。目の前のタコ足はあの時の触手と全く関係ないが、重なってしまったイメージは簡単には払拭できそうにない。
食欲をそそるはずの赤色のタコ足が、脳内で勝手にドロドロのヘドロ色した蠢く触手に変換され、もはや見る事さえもできなくなった。
そっと開いていたパックを閉じ、和真はがっくりと項垂れる。
「もう食べられない、食べられないじゃんたこ焼き……」
絶望に打ちひしがられた和真が項垂れると同時に、背後から声がかかった。
「あぁ坊主、一つしか食べられなかったのか?」
「え、あ、はい」
かかった声に振り返ると、ボックスカーの中でせっせと片づけを始めていた男性と目が合う。フレームのないメガネをかけたスーツ姿の男性だ。ところどころ見える白髪と皺に、その男性が壮年を少し超えていることを感じさせる。
「いやぁ、すまんな。ここは人通りも少のうて、食材はあまり多く仕入れてねぇんだ。坊主達みたいな学生が来るってわかっちょったら、もっと多めに準備したんだがなぁ」
「い、いえ! 別にそんな気にしてもらわなくて大丈夫ですよ。また今度食べに来ますし」
「そうか? そいつは嬉しいね!」
言葉の端々が力強く、何よりスーツの上からでも分かるようながっしりとした体形。だが、ボックスカーの中から出てきた男性の姿を見て、真樹は頬を引くつかせた。
男性は背広姿の上に『たこ焼き一筋』と書かれた白いエプロンを身に纏っている。
そこまでならいい。そこまでは良いのだ。
「……あの、その」
「なんだ坊主、言いたいことがあるならはっきり言っていいぞ?」
首を傾げる男性の様子に、和真は軽く咳ばらいをした。周囲を見渡すと、食事を終えた友人達は皆自分に目で訴えてる。
お前がツッコめ、と。
ちらりとソフィとリジィに視線を移してみるが、無言で親指を立てられた。
「……それじゃ、遠慮なく」
もはややけくそ気味に大きく深呼吸した和真は、出てきた男性を指差して叫ぶ。
「背広とエプロンの下が、なんで赤いふんどし一丁なの!? 何その新しいこの夏の新作ファッション!?」
「坊主やるな。ハッハ! ツッコミの中にさり気なくボケツッコんでくるたぁ。おじさん、感激」
「お、俺のことは良いですから! だからなんで赤フンなの!?」
和真の様子に声を上げてゲラゲラ笑うその男性は、腰に手を当ててニヒルな笑顔を和真に向けた。
「おうこれ? 実は半年前に事故でなぁ」
「はぁ……。事故で何? 頭でも打ったんですか? 打ち所悪かったんですか」
「いや、事故でズボン破れてそれ以来履いてないだけだお」
「そんなおちゃめな言い方されると腹が立っちゃうなー」
見かけのがっちりとしたおじさんの印象とは裏腹に、非常におちゃめなその男性の様子に和真は頭を抱える。どうしてこう、自分の住んでる街にはボケたがる人間が多いのかと。
「さぁて、坊主のツッコミも見れたし、ズボン履くか」
「最初から履いてください!」
「えー」
「なんでそんな反応なの!? もう少し大人の常識持って動いてくださいよ」
いそいそとズボンを履く男性の様子に深い溜息をつきながらも、和真は出てしまったゴミを集め始める。周囲の友人達はおちゃめな男性の様子に打ち解けたのか、既に雑談モード。
「なんでたこ焼き屋をこんなところに開いてるんですか?」
「そりゃおめぇ、人の多い場所でふんどし一丁なんて、警察のお世話になるだろ? おじさん、その辺の常識は完備」
「いやぁ、ふんどしは既に常識はずれじゃね? それより、たこ焼きもっといっぱい作れないんですか」
「嫌だ面倒臭い」
「なぁにそれ!?」
男性の会話ペースに飲まれる友人達を尻目に、和真は不意に感じた視線に目を細める。
男性と友人達の会話は終わらない。自分達に向けられていないはずの視線が、明らかにどこかにある。
違和感は次第に確信に変わり、和真は隣で険しい顔をするソフィに視線だけを投げた。
「…………」
コクンと。
頷いたソフィの様子に気づき、和真は眉を寄せる。すぐにブリジットも和真の傍に近寄り、小声で声をかけてきた。
「(気づきました? 御堂さん)」
彼女の声に、和真は軽く息を吐き出し、相槌を打つ。
「(あぁ。尾行されてた、ってことか。全然気づかなかったよ)」
見据える先。噴水広場を囲う林の中から、三人に敵意が向けられる。
よりによって人の眼がある場所。それも、自分がよく知る友人達の居るこの場。
御堂和真にとって、最悪のシチュエーションがこの場に揃ってしまっていた。
「(……マスター)」
ソフィの心配そうな視線を受けて、和真は下唇を噛む。
「(最悪だな、今回は)」
ソフィの心配そうな視線に苦笑いを返し、和真は胸の内で己の不幸を呪った。




