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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第二章 金色アルテミス
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第十四話 見過ごせないもの

 ふぅっと、軽く息を吐き出す。変身と同時に展開していた流星の槍は既に粒子となって宙に散り、和真は腕の中で縮こまっているブリジットに声をかけた。


「サンキューな。お前のおかげで、助かった」


 そう言って和真が笑うと、ブリジットは赤面して顔を逸らす。


「な、何をバカなことを言ってるんですの。助けたのは御堂さんのほうですわ」

『マスター、いちゃついてないで! 背後から攻撃!』

「っと!」


 脳内に響くソフィの声に、和真はブリジットを抱きかかえたままその場を蹴って跳躍した。直後に迫った残り一本の巨大な腕を躱した和真は、宙で体勢を建て直し、地面に着地。しかし、右脹脛の痛みと全身のダメージに、着地と同時に和真は片膝をつく。


『マスター、やっぱりダメージが……!』

「気にすんな。あの化け物の動きを止めるまでなら、充分持つ」

『……ばか』


 ソフィの不貞腐れるような声に和真は軽く噴き出し、腕に抱えていたブリジットを地面に下ろす。同時に、すぐさまメリーがベルイットと共に駆け寄ってき、ブリジットに抱き着いた。


「ご主人様、ご主人様! 無事でよかったのですよ!」

「ありがとう、メリー。それと、ごめんなさい」


 メリーを優しく受け止め、彼女の頭を撫でるブリジットの姿を見て、和真は小さな笑みを零して立ち上がる。風に揺れる外套がブリジットの前で音をたてて揺れ、和真は背中に三人を隠すようにして化け物に向かい合った。

 その背に、ブリジットの小さな声が届く。


「それが、御堂さんの正義の味方の姿……?」


 困惑と羨望。言葉の裏にそんな思いが伝わってきてしまい、和真は背を向けたまま銀色を靡かせる頭をかいた。


「あぁ。俺は化け物だ。突然変異種だ。でも、それをソフィが制御してくれる。こいつがいるから、俺はこうして正義の味方でいられる。だから――」


 ゴウッと。

 眼前に身の丈を遥かに超える握り拳が迫る。その拳を睨み付け、逃げることもせずに和真は宣言した。


「あとは、俺達が全部助ける」


 和真が正面に突きだした両腕が、質量差の全く違うその巨大な拳を受け止めた。衝撃は両腕を突き抜け、地面を踏みつける足へと伝わる。伝導するその打撃力は、踏みつけた地面のアスファルトを抉り、辺りに土煙をまき散らした。


「なっ!?」


 藤堂の驚愕の声が聞こえ、和真は背後にいたベルイットに指示を出す。


「ベル! 後はこっちで引き受ける、そいつらのこと頼む!」

「任せておくのじゃ!」

「あ、ちょ、ちょっとお待ちなさ……!」


 何かを言いたげだったブリジットとメリーを、ベルイットの傍に控えていた虎顔の怪人が抱えあげ、直ぐにその場を退いていった。彼らが十分に距離を取ったのを確認し、和真は敵の拳を受け止めた両腕に再び力を込める。

 受け止めはしたが、本調子ではないこの身にパワー勝負の不利を悟り、和真はソフィに指示を仰ぐ。


「ソフィ! 指示頼む、できれば、あんまりパワー勝負にならない感じで……!」

『イエス、マスター! 敵の巨体は、藤堂秀樹の能力で作られてるだけ! このタイプの特徴は、その能力の源が、作り出された化け物のどこかにある! それを潰さないと……!』

「あいつを気絶させるだけじゃだめだってことか……!」


 ソフィの言葉に、和真は受け止めた拳から手を放し、その拳の上に飛び乗った。その刹那に深紅の両眼を見開き目を凝らし、敵対する巨体を分析する。


「くそっ、これだけデカいとその能力の源ってやつも……!」


 どこにあるか見つけることができない。もとより、その源を囲うようにして瓦礫が集まっているのであれば、なおのことそんなものを見つけることなど簡単ではない。


『マスター、注意して! 何かくる!』


 ソフィの鋭い声が脳裏に響き、和真はすぐに視線を巨体の上に立つ藤堂に向ける。


「く、くそぉお!」


 状況を飲み込めずにいる藤堂が腕を振ると、和真が乗った拳を構成する瓦礫が唐突に隆起していく。鋭利な刃物を先端に隆起していくその腕から、慌てて和真は宙へと飛び上がった。


『マスター、捕まったら終わり! 相手が自分を見失いかけてる!』

「分かってるよ!」


 宙で身を翻す和真は、藤堂の様子を見つめた。その顔は既に蒼白。もともとが線の細い男だというのに、今の彼はさらにその印象を強める。目を見開き自分を睨み付け、全てを拒絶するために限界を超えて力を奮う。


「……っ」


 あのままだとまずいと。同じ突然変異種として、和真は理解した。以前戦った大吾とは違う。藤堂にこのまま能力を使わせていては、取り返しのつかない暴走が怒るという直観。まるでそう、自分がソフィと変身に失敗した時と同じような。


「ソフィ、敵の能力のコアの場所はわかるか!?」

『探してる!』


 互いを怒鳴りつける様な形で、急ぎ敵の弱点を探る。だが、宙を舞う和真を捕えんと最後の腕が再び迫った。


「疾ッ!」


 伸ばされた掌の人差し指と中指に狙いを定め、和真は両脚を伸ばす。指と指の内側を蹴り付けそのまま足を開き、無理矢理人差し指と中指の合間を広げた。そしてその隙間から身を抜け、叩き付けを寸前で躱す。


「っおぉおらあ!」


 すり抜け様に手の甲の一部を掴みとり、離れていく腕にしがみ付いた。そのまま左足を振りかぶり、巨大な腕の手首に踵落としを叩き込む。この一撃で蹴りの直撃した瓦礫が粉砕し、巨大な腕の拳と腕が手首から折れた。


「なん、と!?」

「よっし、いいのじゃ和真!」


 驚く藤堂の声と、遠くから応援してくるベルイットの声を耳にしながら、和真は眼の前で地面に落ちていく拳を一瞥し、残る腕の一部に着地した。


「まだだ、まだ負けるわけにはいかんのだ!」


 そんな藤堂の声に引き寄せられるように、再び周囲に転がる瓦礫が化け物の巨体に吸い寄せられていく。藤堂達の乗る本体の胸部へ向かって吸い寄せられた瓦礫は、そのまま化け物の巨体を大きくしていき、再びその身体に四本の腕を生やす。

 しかし、その瞬間を和真とソフィは見逃さなかった。


『マスター、見えた!?』

「あぁ、見えた!」


 吸い寄せられる瓦礫の中心。

 能力のコアがあるというのなら、そこ意外に考えられない。

 すぐさま和真はその場を飛び、宙で右掌を正面に突きだした。そのまま構えた右腕を左腕で掴み、意識を掌の先に集中させる。


「なめるなぁ!」


 唐突に、吸い寄せられていたはずの瓦礫が一斉に和真の周囲へ飛来する。あまりのその数の多さに、宙で動きを止める和真の全方位が瓦礫で覆われた。

 例えるなら瓦礫でできた不出来な月。その中に閉じ込められた和真の様子に、離れた場所に連れられていたブリジットが声を上げる。


「御堂さんっ!」

「和真!」


 ベルイットとブリジットの叫びも届かず、瓦礫の月が一瞬だけ膨張を見せた。そして、巨体の二本の腕が瓦礫の月の左右から風を切り裂き、迫る。


「これで、終わりだァ!」


 藤堂の勝利の雄叫びと同時に、瓦礫の月が巨大な拳の前に押し潰され――、



意識共鳴(シグナルコンタクト)、モード流星の槍(ペルセウス)ッ!」



 月の中から響く高らかな召喚の語りと共に、瞬く間に迫った両腕ごと銀色の光が粉砕した。


「なぁ!?」


 あっけにとられる藤堂を一瞥し、和真は右腕に顕現させた流星の槍を構える。鋭く伸びる右肩までを覆う銀色の槍。背後に光り輝く粒子を吹き出すその槍を大きく振りかぶり、和真は宙で散る瓦礫を蹴って化け物の巨体へと向かった。

 狙うは敵の能力のコア一点。そこさえ潰せばあの巨体はその形を維持できず、藤堂の意識を奪えばこの戦場も終わり。


「これで――ッ!」


 終わりだ。

 そうこの場にいた誰もが確信する。だが、その攻撃を見つめる藤堂だけが、頭を抱えて吼えるような雄叫びを上げた。


「うぉおおおあああ!」


 藤堂の叫びに吸い寄せられるようにして、和真の背後で爆散していた瓦礫が一斉に停止。その鋭い破片達は、一斉に和真の背後から化け物の巨体に向って迫る。

 瓦礫の散弾銃。あまりのその多さに思わず振り返りそうになる和真だったが、あの化け物のコアを破壊してしまえばこの攻撃も意味がない。優先順位をはき違えずまっすぐに巨体を睨み付け、流星の槍を大きく構える。

 敵の最後の足掻きを振り切って飛び込み、和真は流星の槍を正面に突きだした。その鋭い銀色の切っ先が化け物の胸に触れ、そして――、








「お父さん、だ、誰か、助けて……!」









 刹那の瞬間に、背後から聞こえた声。



『マスター、駄目、止まらないで!』


 ソフィの声が自分を戒める。

 だが、聞こえてしまった言葉に、時が止まった。

 見えてしまった物。

 自分を見失った藤堂も気付かないうちに、揺れ動く化け物の頭の傍から少年が投げ出されてしまっていた。為す術もなく十数メートルと言う高さから落ちていく少年。当てもなく腕を空に伸ばし、助けを求め、自分の背後で死へと向かって落ちていく少年。

 宙からは瓦礫の散弾。落ちれば死が待つ地獄。


「――――っ」


 この右手に顕現させた流星の槍で化け物を貫けば、この戦場は終わる。少年に瓦礫の散弾が突き刺さるより早く。少年が地に落ちるより早く。

 化け物を倒してしまえば、全部を助けられる。


 故に、自分が為すべきことを迷う必要はない。自分は唯、自分のやりたいことをやればいい。




 直後。




 耳を塞がなければ立ってもいられないほどの轟音が周囲を突き抜け、爆風と土煙が辺り一帯を飲み込む。離れていた位置にいたブリジットやベルイットでさえ耳を塞ぎ、爆心地の中央を辛うじて見つめ、叫ぶ。


「和真、ソフィ!」

「御堂さん、ソフィさん……!」


 その叫びに応えるように、土煙の中から一つの影が宙に飛び出した。銀色を纏うその貴公子は腕に一人の少年を抱えたまま宙を舞い、ブリジット達の目の前に着地する。纏う純白の外套はふわりと揺れ、辺りの土埃を払っていく。

 そうして青年の抱きかかえた少年の姿を見て、ブリジットは驚きを露わにした。


「その子、あの人の……」


 無言のままの青年が、腕に抱きかかえていた少年をそっと地面に下ろす。少年は瞳に目一杯の涙を堪え、青年を見上げた。だが、直ぐにその少年は青年のズボンを掴み、涙を零す。


「ご、ごめ……ごめんなさ……っ!」


 嗚咽を上げながら和真にしがみ付く少年の様子を見て、ベルイットやブリジット、メリーは困惑したまま青年たちに近寄った。


「な、なんじゃなんじゃ。あの化け物を倒したのに、どうしてそんな顔をするのじゃ?」

「御堂さん、黙ってないで何か」


 泣き喚く少年をあやしながら唇を尖らせたブリジットが、青年を見上げたその瞬間。



 ドサッと。



 誰もが想像もしない中、青年の身体が力なく仰向けに地面に崩れ落ちた――。

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