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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第二章 金色アルテミス
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第十話 絶望の鐘の音

「それじゃあ、先生へは私の方からお休みの連絡を伝えておきますわ」

「いや、あの、ちょっと待って。俺も学校行く準備済ませたんだけど」


 朝食も済ませ、時間も頃合い。制服を着こんだ和真は、ブリジットと共に家を出ようとしたところで彼女に家の中へと押し返された。

 玄関で靴を履いてすらりと立つブリジットは、呆然とする和真の前で髪の毛をかき上げ、ふっと笑う。


「あれだけ蹴り飛ばしたのだから、まだ立ってるのも辛いはずですけれど? 心配いりませんわ。一字一句違わず、先生へ伝えておきますもの。『御堂さんは昨夜、私との激しい運動のせいで怪我をしてしまったのでお休みします』と」

「間違っちゃいませんが、えぇ間違っちゃいませんがその言い方は誤解を招くんじゃないかな!?」

「そのために言うんですもの。何か問題がありまして?」

「むしろ問題しかないんですけど!?」


 颯爽と一人で家を出ようとするブリジットに、和真も慌てて彼女を追う。だが、直ぐに腕を引っ張られて和真は足を止めた。振り返ると、ベルイットと御付のモグラ怪人が腕を掴んでいるのに気付く。


「おいこら、ベル! 俺を学校に行かせてくれ!」

「ダメじゃダメじゃ。お主は自分の怪我の具合が分かっておらんのか。今日は安静にしておく必要があるのじゃよ」

「いやけど、あいつ一人で行かせると俺の大切なものが全部ぶっ壊れそうだ!」

「そこはそれ。心配はいらぬ。わしを誰じゃと思っておる? アンチヒーロー作戦参謀大幹部! ベベベのベルちゃんじゃぞぃ! お主の身代わりの用意など、完璧なのじゃ! ほぅれ!」


 ベルイットの掛け声とともに、彼女の背後にいたモグラ怪人の巨体が端による。その背から現れたのは、自分と同じ制服をぶかぶかに着こなし、伸びる銀色の髪の毛を頭の上でソフトクリームにして身長を稼いだ正義の味方の変身ベル――、


「って騙せるかぁッ!」

「にょへっ!?」


 光の速さでベルイットのおでこをひっぱたく。床に転がって赤くなったおでこを押さえたベルイットが涙目で和真に不満をぶつけた。


「て、亭主関白かの!? わ、わしは確かにマゾっ気はあるが、あまり実力行使で来られるのは苦手で……きゃ、言っちゃったのじゃ!」

「いや問題そこじゃねぇだろ!? あれで本当に変装できてるって、身代わりできるって思ってるのお前!?」


 指差す先にいる自分の変装をした――つもりのソフィが、肩をすくめて和真に向かって呟く。


「だからいった。私は人を助けるのが嫌いって」


 ちょっとだけ低い声で自分の真似を面倒臭そうにするソフィの様子に、和真は大きく項垂れて彼女の前で膝をつく。そのまま、だぼだぼの制服を引き摺る彼女の両肩を掴み、和真は必死になってソフィに懇願した。


「ソフィ、悪かった。色々お前に黙って好き勝手やったのは悪かった。悪かったからもう許してお願い」

「い、や」


 ぺっと唾を吐く勢いでソフィに見捨てられ、和真はその場に崩れ落ちた。そんな和真の様子をカラカラと笑いながら見ていたブリジットが、ソフィに手招きをして彼女を呼ぶ。


「あら、素敵な身代わりだと思いますわ。これならきっとばれませんわね。そっくりだもの」

「本気で言ってる!? 胸が平らなところ以外何一つそっくりな要素ないけど本気で言って――ふごっ!?」

「誰の胸が貧乳? マスターは一生そこで股間押さえて寝てればいい」


 強烈な蹴りが股間に突き刺さり、和真はもんどりうって床に崩れ落ちる。ぷいっと言わんばかりにそっぽを向いたソフィは、そのままブリジットの隣にならび、和真にひらひらと小さな掌を振った。


「ベル、後のことお願い。マスターは絶対安静にさせてて」

「おうなのじゃ! 心配せずとも、このワシの手にかかれば和真のハートなど一夜で射抜いて見せるぞぃ!」

「一夜も家をあけないから無理」

「ま、ま……て! た、たのむ、から、まって……!」


 和真の伸ばした腕は空しく宙を切り、漏れる呻き声も無視される。そうして、ソフィとブリジットはいってきますと一言告げて玄関先に消えていった。

 涙の溢れた瞳を見開き、和真は自問する。


 出席日数、だいじょうぶだっけ、と。



 ◇◆◇◆



「あら、もう脱ぐんですの、その制服?」

「……当たり前」


 玄関先を出てすぐ、ソフィは空に向って巻き上げていた髪の毛をおろし、左右で結い直す。そのままぱっと制服を脱いだかと思うと、一瞬にしていつもの白黒のゴスロリに着替えを済ませた。

 彼女の様子を眺めていたブリジットはおぉっと声を上げ、驚きを露わにする。


「見事な早着替えですわね。でも、もう少しその恰好で居ても良かったんじゃないかしら? 折角面白かったんですのに」


 ブリジットの指摘に、ソフィは綺麗に折りたたんだ制服を胸に抱いて、眉を寄せた。そのまま抱いた制服で顔下半分を隠し、赤くなった頬をブリジットから隠す。


「……良くない」

「あら、どうして?」


 キッとブリジットを睨みつけたソフィは、頬を膨らませて消え入るような声で呟いた。


「……私は、正義の味方の変身ベルト。纏われる側。なのに、マスターの制服を着てたら、まるでマスターを纏ってるみたいな気分になる」

「あぁ、抱きしめられてるみたいで恥ずかしいってことですわね。匂いフェチなんですの?」

「ち、ちちちちちがう! そう言う意味じゃないの! 匂いなんてちょっとしか嗅がない!」

「ちょっとは嗅いでるんですのね」

「か、嗅がない! 絶対嗅がない!」


 真っ赤になって否定するソフィの様子をおかしく思いながらも、ブリジットは物陰に隠れていたメリーを呼びつけた。


「メリー、行きますわよ」

「はいなのです、ご主人様!」


 てとてとと近寄ってきたメリーを加え、三人は和真の家を後にした。



 車の通らない細い路地を抜けて大通りへ出て、信号を渡ってさらに先へ。学生たちの波をかき分け、三人はどんどん人気の多い場所へ向かって歩みを進める。

 だが、しばらく歩みを進めたかと思うと、ソフィは眉をしかめてブリジットに問いかけた。


「この道、学校に行く方向じゃない」

「当然ですわ。私は今日、学校へ行くつもりはないもの」

「…………」


 当たり前のように答えたブリジットをちらりと一瞥し、だがソフィはそれ以上を問いかけはしなかった。ソフィの様子に、歩みを進めるブリジットは通りの先にあるショッピングモールを見つめる。平日の朝だというのに、人が集中するオープンスペースのショッピングモールだ。


「貴方がこうして私についてきた理由も同じでしょう?」


 ブリジットの尋ね返しに、ソフィは一瞬だけ視線を向け、呟き始める。


「……今朝、ヒーロー協会とアンチヒーローに連絡が入った。あのショッピングモールで、指名手配されている突然変異種が目撃されたって」

「手配犯の名前は、藤堂秀樹。先日の大藤大吾に比べれば、器物破損の容疑で指名手配されている程度の、超能力型の突然変異種ですわ」


 ブリジットが胸ポケットから取り出した携帯の画面には、短髪の線の細い男性の顔が映る。見れば見るほどにひ弱なイメージの男だ。経歴を見ても、何度も事件を起こしているわけではない。最初に現れた時に一度だけ、周囲の建物を丸ごと飲み込むような化け物を生み出したとある。


「それでも、怪我してるマスターには無茶させられない」

「…………」


 ソフィの言葉に、思わずブリジットは拳を握る。青年を傷つけたのはほかでもない。自分だからだ。


「心配いりませんわ。御堂さんが居なくても、私がいますもの。突然変異種なんかに遅れはとりませんわよ」

「とらないのです!」


 元気よくガッツポーズを決めるメリーの頭を撫で、ブリジットは彼女とソフィを連れてショッピングモールの中に入った。



 ◇◆◇◆



「どうですの、メリー」

「……センサー感度上げても、見つからないのですよ」


 制服から私服に着替え、深々と帽子で顔を隠したブリジットは、メリーと共に手近なオープンカフェに陣取り周囲をざっと見渡す。途中まで一緒だったソフィは既に別の場所の捜索に当たっており、ブリジットとメリーはモール入口傍のこの場で人の出入りを観察していた。


「そう簡単には見つからなくても当然ですわよね」


 ぼやきながらも、ブリジットは注文していたアイスコーヒーに口をつけ、ちらりと周囲を見渡す。向かいで座っているメリーも頭を抱えているふりをしてセンサーで人気を探っているが、どうにも上手くいかないらしい。

 そうしていると、ふとすぐそばのベンチで一人、愚図っている子供を見つける。小さな少年だ。だが、忙しいのか係員は少年に声を掛けず、行きかう人々は見て見ぬふりをする。そんな周りの様子に、ブリジットは軽く溜息をついて席を立った。


「あのあの、どこに行くのです、ご主人様?」

「少し待ってて。ちょっとだけらしくないことを済ませてきますわ」


 小首をかしげるメリーを残し、ブリジットはゆっくりとベンチへと歩みを進めた。少年のすぐ傍に寄ったブリジットは、顔を伏せて涙を堪える少年の前で屈み込む。


「どうかしたのかしら?」


 優しい声で少年に問いかけた。ブリジットの声に顔を上げた少年は、小さく一言。


「お父さんと、はぐれたの」


 お父さん。

 その言葉に、ブリジットは思わず息を飲み、少年を怖がらせないように微笑みを浮かべる。


「そう、貴方の探しているお父さんって、どんな人なの?」

「えと……。忙しくてあんまり会えないから」

「…………」


 聞いてはいけないことを聞いてしまったかと、ブリジットは苦笑いしてしまう。すぐにまた泣きそうになる少年の姿を見て、ブリジットは彼の手を引いて立ち上がった。


「わかりましたわ。なら私が一緒に探してあげますの」

「本当に?」

「えぇ、本当ですわよ」


 ぱっと笑顔を見せる少年の様子に、ブリジットもまた笑顔を返す。すると、先ほどまで自分のいたカフェのほうからメリーがこちらに走ってきているのに気付いた。彼女の慌てた様子に、ブリジットは眼つきを僅かに鋭くする。


「ご主人様! 当たりなのです! この辺りに反応があったのですよ!」

「……っ」


 メリーの声に、咄嗟にブリジットは端末を懐から取出し、そこに映った線の細い男の顔を目に焼き付けた。すぐさま辺りを注意深く見渡し、藤堂秀樹の姿を探す。この辺りにいるのであれば、すぐに見つけられる。

 だが、ブリジットの手にしていた端末を興味本位で覗き込んだ少年が、ブリジットの服の裾を引いて、嬉々とした声を上げた。


「あ、お姉ちゃん! これ、これが僕のお父さん!」

「――え?」


 少年の声に、ブリジットが固まる。あり得ないモノを見る目でブリジットは少年の嬉しそうな顔を見つめ、言葉を詰まらせた。


「すごいやお姉ちゃん! お父さんの顔分かったんだね!」

「う、そ……?」


 喜び飛び跳ねる少年を見て、ブリジットは力なく腕を垂らす。

 この少年の父親が――自分がこれから倒そうとしている突然変異種の藤堂秀樹。

 自分はこれから、この少年の大切なものを奪わなくてはいけない。


「っ……」


 唇を噛む。

 拳を握る。

 震える身体から力が抜けていく。

 あの日、自分が大切なものを傷つけた時と同じ。絶望的な無力感がブリジットの全身を蝕んでいく。


「ご主人様、ご主人さま!?」


 その場に尻もちを突く形で崩れ落ちたブリジットの傍に、メリーが駆け寄る。彼女の名を呼ぶ声に応えることも出来ず、ブリジットは自らの掌を見つめた。大切なものを自分から捨て去ってしまった、何一つ守れない掌だ。


 ――戦えるの?


 自答したその問いの答えは、一瞬で出てしまった。


 ――戦えない。


 昨日までの自分なら、戦えた。だが、今日の自分は駄目だ。あの青年に負けたあの瞬間から自分はもう、突然変異種をただの敵として見れなくなってしまった。倒すべきだけの敵として見れなくなってしまった。

 それだけが、あの日大切なものを自分で傷つけてしまったことを許す方法だったのに。

 それだけが、これまでの自分を護り続けて来てくれた信念だったのに。

 敵を倒すことに逃げ続ける事さえ、今の自分はできなくなってしまっていることを、今更ながらに悟ってしまう。

 そして何より、敵がこの少年の父親だと知ってしまった。


「お姉ちゃん、どうかしたの?」


 自分を心配する少年の声に、ブリジットは溢れかけた涙を拭って顔を上げた。少年に何と言って謝ればいいかわからず、ブリジットは震える唇を開いた。そして、


「私の子に、何の……用だ?」

「――っ!?」


 少年の背後に立つ、見慣れた痩せ干せた顔。短い黒髪。スーツに身を包み、射殺さんばかりに目を開くその男は、少年の背後からブリジットを見下ろし、憤怒の怒りを見せていた。

 その視線に身動きもできずにいたブリジットの腕を引き、メリーが叫び声を上げる。


「ご主人様! その男が……!」


 藤堂、秀樹。その名をメリーが叫ぶより早く、男の乾ききった唇が禁止語句を口にした。



「私の息子に、『手を出すな』……ッ!」



 懇願にも似た絶望の叫び。

 賑やかだったショッピングモールのその入り口で、九時を告げる絶望の鐘が鳴り響いた。

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