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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第二章 金色アルテミス
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第八話 嘘つきで邪悪な罠

「……なるほど。さすがにあの大藤大吾を捕えたというだけはありますわね」


 満身創痍の和真を見つめ、ブリジットは低い声で和真を褒める。だが、その声を聞いた和真は朦朧とする意識で壁に背を預け、痛みに脇腹を押さえた。

 そうして和真は唇を尖らせ、ブリジットを睨みつける。


「おま、えなぁ……。仮にも、宿主だぞ……? お花畑で踊りだしちゃっただろうが……!」

「冗談。メリーが勝手に手を抜いて手加減をしていたはずですわ。突然変異種の力を発揮している貴方には、あの程度大したダメージにもならないはずですけれど?」


 悠然と髪の毛をかき上げるブリジットを、和真は霞む視線で追う。瞳を凝らすその先で、真紅のバトルスーツが再び小さく波紋を散らした。

 その波紋を見て、和真は自分のやり方が間違っていないことを知る。


「和真君! 貴方、一体何してるの!?」


 唐突な桐子の叫びに、和真は壁に寄りかかったままベルイット達の居る場所に顔を向けた。そこにいた桐子が和真の行動に非難をぶつけてくる。


「何って、このバカ野郎に勝つん、ですよ」

「勝つつもりなら、どうして禁止語句を――!」


 その先の言葉を言おうとした桐子の口を、ベルイットが両腕で押し止めた。桐子がもがく傍で、ベルイットはすぐに怪人を呼び寄せ、桐子を地面に組み伏し、動きを奪う。

 そうして彼女は、和真にその小さな顔を向けた。


「言ったじゃろ。お主の好きなようにせぃとな。別にわしは心配なんぞしておらん、おらんぞ!」


 彼女の唇が震え、額に汗が滲んでいるのに気付く。必死になって彼女がいつも通り強がっているのがわかり、和真は笑みを零した。


「おう、任せとけ。勝負には絶対勝つ」


 その言葉だけ、痛む身体で必死になってベルイットに告げ、和真は再びブリジットに視線を戻す。


「一つ聞きたいんだけどさ」

「いいですわよ。ご自由にどうぞ」


 勝利を確信している彼女は、余裕を以て和真の問いに応えた。


「お前にとって倒すべき相手ってのは、突然変異種で間違いないんだな?」

「当然ですわ。私はヒーロー協会所属の正義の味方。私の力を向けるべきは、突然変異種だけですもの」

『…………』


 確信する。やはり、自分の信じる正義の味方の姿を譲らず、なお彼女に勝つ方法は一つしかない。


「よし。なら、もうちょっとだけ頑張んないとな……!」


 震える足腰に力を入れ、背を預けていた壁から離れる。一歩を踏み出せばすぐに倒れそうになるし、腕を振れば体全体が悲鳴を上げる。この身の弱さを改めて自覚し、和真は不意に溜息をついてしまった。


「当然、遠慮なくいかせてもらいますわよ?」

「いっづ……ッ!」


 踏み出した左足の太ももに、いつの間にか接敵してきたブリジットの強烈なローキック。筋肉が揺れ、立っていられず和真はバランスを崩す。それだけに終わらず、和真の崩れ落ちた身体が蹴り上げられた。まるでリフティングでもするかのように和真の身体は鋭い蹴りに何度も跳ね、蹴り飛ばされる。


「がッ!?」


 呻き声もあげる暇はない。洗練された蹴りの連続技は和真から闘志をそぎ落とし、歯向かう意思を奪い、意識をもぎ取りに来る。

 圧倒的蹂躙。

 だが、苦痛に顔を歪める和真よりもなお、酷い顔を見せているのはほかでもない。和真を蹴り飛ばすブリジット自身であった。


「メリー! いい加減にしなさい! 悪戯にダメージを押さえて何になるというの!?」


 自らの纏う真紅のバトルスーツを、ブリジットは怒号で叱咤する。


「私に相手をいたぶる趣味はないですわ! 答えなさいメリー、どうしてこの人を本気で倒させてくれないんですの!?」


 倒れ込んだ和真の首に蹴りが突き刺さる。ブリジットの蹴りに貼り付けられるようにして、和真は再び壁に叩き付けられた。首に突き刺さったままのハイキックに、和真は残る力でブリジットを睨みつけ、言葉を絞り出す。


「これで、おわり、かよ……!?」


 口端から垂れる血を拭うことも出来ないままに、和真は眼の前のブリジットを挑発した。和真の言葉に彼女の蒼い眼光が鋭くなり、その口元が怒りで歪む。


「答えなさい、メリー! 今の御堂さんは突然変異種の力を使ってるわ! 彼は私達の敵なのよ!?」


 ブリジットの問いに、押し黙ったままだったメリーがようやく答えを発する。


『駄目なのです。力を使っては、ご主人様が御堂様に負けてしまうのです!』

「この私がどうして負けるというの!?」

『力を使えば、御堂さんを倒してしまうのですよ!』


 倒すために戦っているというのに、それをすれば自分が負けるというメリーの言葉をブリジットはどう足掻いても理解することはできなかった。

 だが、和真にだけはその理由がわかる。


「昼休みの件から思ってたけど。メリー、お前、意外とズル賢い奴だろ……!」


 かすれる声で皮肉を告げると、自分の首を締め付けるブリジットのブーツ越しにメリーの声が伝わる。


『当然なのです。私はご主人様至上主義なのですよ。ご主人様が負けるところなんて見たくないのです!』

「人に助けを求めといて、自分勝手なやつだな……」

『だから、最初に言ったのですよ。私の求めた助けはとても身勝手なもので、受けてもらうつもりなんて全然なかったって。それを勝手に受けたのは御堂さんたちなのです!』

「はっ……!」


 伝わる声に、どこか陽気で嬉しそうな響きを感じ、和真は笑う。だが、そんな和真とメリーの様子が気に食わないのか、ブリジットの蹴りがさらに和真の首に食い込んだ。


「答える気がないなら、もういいですわメリー。御堂さんに聞いたほうが早いですもの」


 首が締まり、呼吸ができなくなる。和真は苦悶に顔を歪めながらも、ブリジットから視線を離さずにいた。


「貴方、この状況でまだ何を隠してらっしゃるの?」


 彼女の言葉に、和真は不敵に笑う。その顔を見て彼女は怒りに唇を噛んだ。だが、直ぐに頭を振ってブリジットは落ち着きを取り戻し、和真の首から足を離す。

 突き刺さっていた蹴りが自分から離れていき、和真はドサッと地面に落ちた。すぐさま全身に足りなくなった酸素に呼吸が荒れ、和真は全身に酸素を必死になって巡らせる。

 暫くして、和真はゆっくりと目の前に立つブリジットを見上げて呟いた。


「言ってたよな、お前の敵は、突然変異種だけだって」

「えぇ、それが何だっていうんですの?」

「あの時のお前の挑発を見てて思った。お前は突然変異種を敵視してるだけで、力を奮わない一般人に手を出すことを極端に嫌ってるって」

「……当然ですわね。私は正義の味方ですもの。力を奮いもしない相手を一方的に襲うなんて真似できませんわ。そんなことをすれば、私は私を許すことが――」



 唐突に。



 ブリジットが目を見開く。その顔がありえないものを見る目で和真を見つめ、濡れた唇を震わせた。


「貴方――まさか……っ!?」


 ブリジットの驚愕に揺れる顔を見て、和真は大きく息を吐き出し、倒れ込んでいた身体を壁に預ける。そうして和真は、自分も笑ってしまうほどの邪悪な笑顔をブリジットに向けた。


「昼にも言わなかったっけ? 化け物になれ? はん! い、や、だ。ばーか! ってさ」


 憤怒の形相で、ブリジットは座り込んでいた和真の襟を掴み上げた。そのまま和真を自分の傍まで引き上げ、彼女は和真に怒りをぶつけようと口を開く。


「貴方は、貴方という人はッ! 先ほどのあれは!? 自信満々に禁止語句を叫んでいたでしょう!?」

「お生憎。俺は自分の禁止語句なんか口にしてないからな」

「ふざけないで! 貴方は人を助ける正義の味方を語っていたでしょう!? 人を助けることがトラウマなのでしょう! でしたら、貴方の禁止語句は『助けて』の一言に違いな――」


 そこまで口にしたブリジットは、何かに気付き、開いていた口を噤む。

 彼女の様子に、和真はゆっくりと目を閉じた。


 化け物を倒す。


 それだけを正義の味方のあり方として語るブリジット。彼女とまともに正面からぶつかり合うつもりは、自分にはない。自分は人を助ける正義の味方を名乗り、ソフィとパートナーを組んでいる以上、同じ正義の味方と戦うなどあり得ない。

 だが、それでは彼女を止めることはできなかった。

 自分を襲ってくる彼女を止めるには、彼女に勝つほかない。喧嘩でも、戦闘でも、力でもスピードでもなく。もっと別の方法で彼女に勝つ方法。

 それは、


「私の信念をへし折るために、わざと突然変異種の力を使ったふりをして、生身で変身した私に立ち向かったっていうの……!?」


 自分の信念を守り、彼女の信念に打ち勝つ方法。試合に負けて、勝負に勝つ方法だ。

 自分の禁止語句までは、彼女は知っていない。それは屋上での彼女の会話の中から気づいていた。協会が正式な情報を持っているわけではなかったし、何より自身の禁止語句について口外した相手は三人しかいない。

 だとすれば、口八丁手八丁でいかにも突然変異種の力を使ったかのように見せかけ、彼女に自分を攻撃させる。それだけで、彼女は自分の信念を曲げたことになる。

 とはいえ、それがどれだけ馬鹿らしく、アホらしく、無茶無謀で考えなしなやり方か和真自身もよく分かっていた。


「貴方、本当にわかっていますの!? 私達正義の味方の力は、突然変異種相手に向けるための力! 生身でそんなものを受けていれば、本当に死にますわよ!?」


 叫ぶブリジットの言葉の通り、生身であんなものを受ければ確実に死ぬ。だが、それ以外に上手い方法が見つからなかったのだ。


「仕方ないだろ。これ以外にお前のことなんとかする方法なんて、分かんなかったんだよ」

「私を、助けるおつもり……? 冗談もほどほどにしてくださいな! 私がいつ、貴方に助けを求めたっていうんですの!?」

「いや、お前の口から聞いちゃいないんだけどさ。メリーには言われたし」

「メリーっ!」

『わ、私何も悪い事なんてしてないのです!』


 慌てるメリーを様子にブリジットは歯ぎしりを見せ、再度和真を睨み付けた。


「メリーが何を言ったか知りませんけれど、私は別に助けてもらう必要なんてありませんわ。何より、貴方は一体私の何を助けようとしたいんですの!?」

「いや、それは俺が聞きたい。俺、お前の何を助ければいいと思う?」


 和真が思わず聞き返すと、ブリジットの表情が固まった。しばらく呆然とした彼女は、深い溜息をついて頭を振る。先ほどまでの怒りなどどこかに捨て去ったのか、あきれ果てたように和真の襟元から手を放した。

 

「メリー、変身解除(コンタクトアウト)

『はいなのです、ご主人様』


 身に纏っていたドレスは真紅の粒子となって宙に解け、ブリジットの隣で少女の形を成す。その目の前で、ドサッと音をたてて地面に落ちた和真は壁に背を預けた。

 そうして痛む身体でゆっくりとブリジットを見上げる。

 視線の先で彼女は、心底唖然として和真を見つめていた。


「本当に意味が解りませんわ、御堂さんは。そんなことも分からずに貴方は私を助けようとしてたんですの?」

「してた、なぁ。いや、先に言っとくけど、メリーが理由も教えずに俺達に助けを求めたのがそもそもの混乱の原因で――」

「はっきり言ってあげますわ。御堂さん、貴方は唯の考えなしの無茶無謀思考回路を搭載したドマゾ人間ですわね」

「止めてくれない!? そこまではっきりと言われるとすっごい傷つくんだけど、傷つくんですけど!?」


 ブリジットの皮肉に言い返しながらも、和真は彼女の言葉に内心で自嘲する。誰がどう見ても、彼女の言葉はまさに自分にピッタリな気がしたのだ。


「ったく、仕方ないだろ。こちとら、その言葉だけには勝てないんだ。その言葉だけには絶対に逆らえない。言っただろ、それが『禁止語句(トラウマ)』なんだよ」


 和真の言葉に、ブリジットは小さく頷き、踵を返す。


「試合に勝って、勝負に負けた。そんな馬鹿な話あるわけないと思っていたのですけれど……。いざ自分がそう言う状況になると、滑稽なものですわね」

「ご主人様……」


 背を向けたブリジットの傍で、メリーがしゅんと彼女のスカートを撮む。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、ブリジットは語り続けた。


「どっと気が抜けましたわ。心が折れるって、こういうことを言うのかしら?」


 自信を卑下する彼女の物言いに、和真はゆっくりと身体を起こして立ち上がり、頭を掻く。

 理想的な結果だろう。自分は見事に彼女の信念を折り、勝負に勝った。だが、不思議と彼女の自重した物言いに、歯がゆさが残る。

 勝つために、能力を使わなかったのか。彼女の信念を折るために、能力を使わなかったのか。

 どちらも違う。

 自分は唯、ソフィと語る人を助ける正義の味方を信じたが故に、能力を使わなかった。

 だとすれば、この結果は理想的であっても、御堂和真には納得のいくものではない。


「おめでとう、御堂さん。貴方の邪悪な策略にはまった私は、見事に信念を折られましたわ。貴方の勝――」

「あぁくっそ。引き分けかぁ! 折角痛い思いしてまで踏ん張って、結局これかよ!」


 ブリジットの敗北宣言を、和真は大げさな声でかき消す。振り返ったブリジットは瞳を細め、唇を尖らせた。まるで揚げ足を取られた小学生のようにむくれた彼女を無視し、和真は大げさに悔しさを全身で表現する。


「貴方、一体何のつも――」


 話しかけてくるブリジットをスルーし、和真は彼女の隣にいるメリーを睨み付けた。


「メリー! お前な、俺を蹴り飛ばす時だけわざと力抜いて『ご主人様は別に正義の味方として御堂さんを蹴ってるわけではないのです。この勝負は無効なのですよ』はないだろうが!」


 わざわざ説明を入れてまで語る和真の言葉に、メリーはぱっと笑顔を輝かせ、和真のもとに駆け寄ってくる。そのまま和真の前で大きく首を横に振って、彼女もまた和真を睨み付けて言い返し始めた。


「御堂さんのやり方がずるいのです! 正義の味方にあるまじき、最低なやり方なのですよ! そんな最低なやり方でご主人様を敗けさせるわけにはいかないのです!」

「そのせいで俺、唯の蹴られ損だっただろ!? めちゃめちゃ痛いんだぞこれ! 力抜くなら、もっと全力で力抜いて蹴ってくれ!」

「いやなのです! その痛みは御堂さんの邪悪なやり方に対する神様の、正義の味方からの仕打ちなのです!」

「なにそのトンデモ理論!?」


 顔を突き付けての言い合いを始めると、遠くから陽気な声が聞こえてくる。


「かーずーまー。痛みが酷いならわしの愛の手厚い看護でお主をメロメロにしてあげるのじゃ!」

「お前はちょっとそこで黙っててくれない!?」

「やっぱり和真君の身体って、普通の人より丈夫みたい。今度研究所で調べさせてもらってもいいかしら?」

「いやだ、ぜったいいやだ!」

「可愛い研究員一杯呼んでおくわよ?」

「そこでいそいそとメイド服着こもうとしてる怪人達を呼ぶなら、断固断らせてもらいます!」


 離れていたベルイットや桐子も和真とメリーの傍に集まってき、途端にその場が騒がしくなった。

 そんな彼らの様子を呆然と眺めていたブリジットは、不意に小さく噴き出してしまう。


「……ふふっ」


 彼女のほんの僅かな笑い声を耳にし、和真は頬を緩める。

 彼女に蹴られた箇所の熱に顔を歪め、痛みに歯を食いしばり、それでもなお和真は口元に手を当てて笑いを堪えるブリジットの前で立ち続けた。


「……うん。これで、いいかな」


 霞み始めた視界の先で和真は、涙目で笑う彼女を追う。

 先ほどまでよく我慢できたなと思わんばかりの痛みに、急速に意識が薄れ始め、和真は壁に寄り掛かった。そのままずるずると彼女達の前で和真の身体が地面に崩れ落ちていく。


 和真の異変に気づき、慌ててベルイットやメリーが傍で身体を支えようと腕を伸ばした。

 彼女達と同じように、すぐさま自分に手を伸ばしたブリジットの姿を見て、和真は必死になって笑顔を作る。


 消え行く意識の中で、和真は幼い少女の言葉を思い出した。



 人を助けるって、どういうことだと思う。

 えとえと、一緒に笑ってあげられることだと思います!



「……俺、ちゃんとたすけられたかな……?」


 目の前に見えた気がした銀色に向って和真は問いかけ、ぷつりと意識を手放した。

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