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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第二章 金色アルテミス
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第七話 金色と深紅の乱舞

 赤熱の発光。

 腰に抱き着くメリーの身体が燃え盛る粒子になって解け、ブリジットの周囲で竜巻を起こす。嵐の中央に立つブリジットは、ピンと天を指差し、憤怒の視線で和真を射抜いていた。


「御堂和真さん。私は、貴方を認めませんわ……ッ!」


 そんな決意と共に、彼女の身体に粒子が飛び込む。

 渦巻く風に和真は腰を折って姿勢を低くした。立ってなどいられない。傍に居たベルイットや桐子も同じように身体を低くし、彼女を見つめる。


「なんで、ここまでしなきゃいけないんだよ、あいつ……!」

「言うておる場合か、和真!」


 悪態をつく和真の前で、真紅の嵐がはじけ飛んだ。空振に思わず両腕で顔を庇い、腕の隙間からそこに立つ彼女を視線で追う。

 折れることを知らぬようなまっすぐとした背筋。すらりとした体型。バランスのとれたプロポーション。きらりと光る両目は蒼く、揺れる金色の髪の毛は獅子を連想させる。そしてその身を包むのは黒のレオタードと、前面が大きく開いた煌びやかな赤いドレス。

 豪華な装飾に彩られたその真紅のドレスを翻し、彼女は和真を指差した。


「ここまで敵意を向けられ、貴方はそれでも力を奮いませんの?」


 その顔は酷く冷め切っており、そのくせ芯には酷く燃え盛る怒りが見えた。和真は彼女の表情に氷の刃を連想し、息を飲んで拳を握る。

 ――戦うしかない。

 そんな思いがないとは言えない。トラウマだろうがなんだろうが、彼女を止めるには力を使うほかない。それしか手段がないことなど、百も承知だった。

 だが、


「言ったろうが! 俺はお前と戦う理由がないの!」


 ぎりっと。離れているのに聞こえてくるほどの歯ぎしりをブリジットが見せる。傍に居た桐子も、言い切る和真の様子に困惑した。


「和真君! 今はそんな強情を張ってる場合じゃないわよ! 貴方は現役の正義の味方の力を侮ってる! 生身でどうこうなんてできるわけ――」


 瞬間、和真は反射的に近寄ってきていた桐子を突き飛ばした。瞬きなどしていないというのに、目の前に突然と現れた細い脚。太ももまで伸びたその黒いブーツが目の前の床を抉り飛ばすが、和真はこれを背後に倒れ込む形でギリギリ躱した。

 土煙が晴れて初めて、和真の背筋を寒気が突き抜ける。

 唯の踵落とし。

 それが今、目の前の地面を軽く二メートルは抉らせ、反動で隆起したアスファルトがブリジットの周りで冠を作り上げていた。

 呆然とする和真の目の前で、ブリジットは金色の髪の毛をかき上げ、眉を寄せる。


「先に行っておきますの。力を使わなければ貴方――死にますわよ」


 脅しでも冗談でもない。彼女の言うことは間違いない事実。

 力を奮わない和真と、最強の力を奮うブリジット。今現在の自分達の間の力関係は、誰がどう見たってはっきりしている。


「……っ!?」


 だが、そんな中で和真はふと、彼女の纏う真紅のバトルスーツが波紋を零すのを見た。あの波紋に見覚えがある。忘れもしない。あの波紋は、ソフィと同じ変身ベルト型アンドロイドの彼女が、何かを伝えようとしている証拠。

 そして、今の彼女が自分に伝えることがあるとすれば、きっとそれはあの屋上での出来事に違いない。


「はぁ……」


 携帯電話越しに聞いていた彼女の言葉。彼女はそれを詭弁だと言って見せたが、本当にそうだろうか。彼女は正真正銘――助けを求めていたのではないだろうか。


「あぁ、くっそ……」


 そう思ってしまうと、もう駄目だ。相手が自分に敵意を向けていようが、自分を倒そうとしていようが。助けを求められている。そう自分が感じてしまった以上、もう駄目だ。

 御堂和真はどうしようもなく、救いようのない、本当にダメな男だった。


「……うっし」


 荒れる息を整え、和真は一言だけブリジットに告げる。


「悪い。ちょっとだけ待ってくれるか?」

「待てば、貴方はいい加減化け物になってくれるのかしら?」

「あぁ、戦う理由が出来ちまった」

「いいわ。彼女達に邪魔されるのも、私としては困りますもの」


 無言を肯定と取ったブリジットの声に、和真は震えそうになっていた唇を噛んだ。痛みで自分自身を落ち着け、和真は弾き飛ばされていたベルイットに目配せをする。


「ベル、桐子さん連れて離れててくれ」

「和真、いいのかの、お主はそれで?」


 ベルイットの頬が膨れ上がる。彼女の子供っぽい怒りに触れ、和真は軽く笑みを零す。


「おう。明日の朝飯全員で揃って食うためには、やっぱりここで一度全力でぶつかっとかなきゃいけないみたいだ」


 和真の声を聞いたブリジットが破顔する。彼女とは対照的に、ベルイットと桐子は深い溜息をついて和真とブリジット達から距離を取った。


「和真君、言っておくけど、後でソフィから酷く怒られるわよ?」

「え、いや待って。アイツには俺がこうして夜な夜な訓練してること内緒にして――」

「ひょっひょっひょ!」

「喋ってんのかよお前はッ!?」


 高笑いするベルイットが腰に両手を当てた仁王立ちで和真を射抜く。


「和真。お主はお主のやりたいようにせぃ。そのために、わしはお主たちをアンチヒーローに引き抜いたのじゃからの!」

「やりたいことなんて、ほんとはそんなに多くないんだけどな」

「ならば、確認させてもらうぞぃ。ワシらアンチヒーローの戦い方は――」

「助けたいと思ったら好き勝手そうする、だろ? 良く知ってるよ」

「うむ、完璧じゃ!」


 十分に距離を取ったベルイットと桐子の姿を確認し、和真はその場から立ち上がった。そのままブリジットと睨み合いながら足場の良い場所へと移動し、着ていたパーカーを脱ぎ捨てる。


「ようやくその気になってくれたみたいで嬉しいわ。初めからこうして襲えばよかったのかしら」

「冗談。学校でこんな真似できるわけないだろ」

「それもそうですわね」


 軽口を叩きながらも、和真はブリジットから一瞬も目を離さない。見失えばもう、その時点で敗北が決まってしまうことを、先ほどの一撃で悟ってしまった。

 それ以上に、今から自分がやろうとしていることのバカらしさを、和真は自分自身で自嘲してしまう。


「なぁ、一つだけ条件を付けさせてくれ」

「条件ですの? 内容にもよりますわ。できればさっさとすませて頂きたいものですけれど」


 ブリジット自身も必死に自分を落ち着かせているのだろう。彼女の声こそ冷静に聞こえるが、その言葉の端々に彼女の怒りが籠る。何がそうまで彼女をこうさせるのか、和真は未だにわからない。

 故に、


「負けたほうは、相手の言うことをなんでも一つ聞くってのはどうだ」

「――はっ」


 ブリジットの顔が嘲笑に歪む。何をバカなことを言い出したのだろうかと言わんばかりのその顔を見て、和真もまたニヤリと頬を吊り上げた。


「なんだ、勝つ自信の一つや二つ無いのかよ?」

「一体どんな口車でこの場を乗り切ろうとしたのか知りませんけれど……えぇ。いいですわよ。私が負けたら、貴方に跪いて貴方にこの身を委ねますわ。お望みとあれば、御堂さんを旦那様とお呼びしますわよ?」

「よしわかった。じゃあ俺が負けたらお前に跪いて一生の愛を誓ってやる」

「……吐き気がするから止めてくれません?」


 ぺっと唾を吐き捨てたブリジットの姿を見て、和真は拳を握って怒りを露わにする。


「お互い様だろそれ!? こっちこそお前みたいな金髪爆弾女なんて願い下げだ!」

「な、言うに事欠いて爆弾女!? 私こそ、貴方みたいな捻くれロリコン変態クソ男なんて願い下げですわ!」

「言いすぎじゃない、言いすぎじゃないそれ!?」


 ぐさりとブリジットの言葉が胸に刺さる。思わず瞳から熱い何かが流れそうになり、和真は慌てて親指で目元を拭い、拳を構えた。


「とにかく、さっさと決着つけちまおう。要は、お前は化け物になった俺をブッ飛ばしてしまいたい。いや、化け物になった俺しかぶっ飛ばせない。だろ?」

「……えぇ。それが私の義務。ヒーロー協会所属の正義の味方、ブリジット・エインズワースの正義。私が倒すべき敵は、化け物だけ」


 迷いのない答えを聞き、和真はニヤリと笑みを歪める。そして天を指差し、和真は瞳を伏せた。


「じゃあ、聞かせてやるよ。俺の『禁止語句』を」


 ごくりと。ブリジットの喉が鳴る。彼女の身体が低くなり、戦闘態勢に移行していく。

 そして和真は、離れた距離にいたベルイットに目配せを投げた。


「助けて、和真ぁ!」


 彼女の声に、和真は大きく頷き、地面を蹴って駆け出す。


「あぁ、任せとけッ!」


 次の瞬間には、顔面に黒いブーツの甲が見えた。駆け出した身体をさらに前傾させ、正面に迫った中段蹴りをギリギリで躱す。掠った蹴りで髪の毛がいくらか宙に舞うが、そんなものを無視して地面に両腕をつく。


「この程度で化け物だなんて、笑わせないでくださる!?」


 二段目の踵落としが迫り、両腕で身体を倒立。ブリジットが蹴り付けたアスファルトが砕け、その振動が両腕に届き顔を顰める。


「ぐッ……!」


 弾けるアスファルトの破片が脇腹を直撃し、身体が宙に浮く。痛みに目の前がちらつき、ブリジットの姿を見失った。


(やばい、受け――)


 ゴリッと。まるで骨の砕けるような音がして腹に何かが突き刺さった。強烈に湧き上がる嘔吐感に襲われ、口の中に鉄の味が広がる。呻き声もあげられず、和真は自分の腹に突き刺さったその細い足を見つめ、自嘲した。


「勝負、ありましたわね」


 そんな冷たい一言と共に、和真の目の前で金色と深紅が乱舞した。

 腹にめり込んだはずの蹴りが離れていくと同時に、右わき腹に回し蹴りが突き刺さる。終わらない。二連撃の蹴りが突き刺さり、身体がくの字に折れた。

 中段。下段。脳天。変幻自在の蹴撃技の前に、和真は為す術もなく蹂躙される。

 それでもなおまだ蹴りは続く。まるで宙に吊るされたサンドバッグを蹴るように、和真の身体に次々と金色の英雄の必殺が降りかかった。

 そうして、和真の身体はコンクリートの壁に叩き付けられる。足掻く事すらできず、和真はそのまま地面に落ち、ピクリとも動く気配を見せなかった。

 

 時間にしてわずか十秒ほどの戦闘。


 攻防――否、それは一方的な処刑であった。


「…………」


 音も無く、和真を蹴り飛ばしたブリジットが地面に着地する。だが、着地の際に思わず彼女は爪先だけで着地し、眉を寄せた。あの時と違い、ハイヒールが折れたわけでもないのに。


「……最悪な気分ですわね」


 そう一言だけ呟き、ブリジットは地面の上で倒れたままの和真を一瞥する。そのまま彼女は、和真でもベルイットでも桐子でもなく、自らの纏うバトルスーツに声をかけた。


「なぜ、手加減したの、メリー?」

『…………』


 突然のことに、メリーは言葉を返さない。彼女の無言にブリジットは酷く不快感をあらわにし、叫ぶようにしてメリーに問いかけた。


「もう一度聞きますわよ。なぜ、手を抜いたのかしら、メリー!?」

『ご主人様。そんなことより御堂さんが立ち上がるのですよ』

「そんなことではないわ! 貴方、私があの人を蹴る瞬間だけわざとスーツの力を無効にして――」


 唐突に耳に届いた呻き声に、はっとしてブリジットはそこに視線を戻す。


 

 ――ゆっくりと。

 


 床に伸びていたボロボロの身体が立ち上がる。

 その瞳は未だに輝きを失わず、誇りを失わず。勝敗などとうに決しているというのに。

 

 だが、確かにそこには、倒れていたはずの御堂和真が立ち上がっていた――。

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