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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第二章 金色アルテミス
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第四話 身勝手な助け方

「マスター……ダサすぎる」

「いきなり呼び出されて何をさせたいのかと思えば、お主が見せたかったのはあれかの?」

「そうなのですよ!」


 和真の通う学園から数百メートルほど離れたビルの屋上で、彼女達は手にしていた望遠鏡から手を放した。

 短い前髪と腰まで伸びる亜麻色のカールがかかった髪を風に揺らせるベルイットは、慣れない学生服のボタンを緩める。その隣で不服そうに学園の屋上を見つめていたソフィは、自分達の背後でひっそりと立つ彼女に向き合った。


「貴方のマスターのやり方、気に入らない」


 遠慮もないソフィの物言いに、真紅のショートカットヘアーの彼女――メリーは笑顔を崩さない。


「知っているのですよ。でも、ご主人様には突然変異種を倒さなきゃいけない理由があるのです」

「でも、マスターは正義の味方。……正確にはアンチヒーロー所属だけど。だから、貴方達にマスターを狙う権利はない。マスターは化け物じゃない」


 屋上でのブリジットの物言いに酷く苛立ちを見せるソフィは、そのままメリーに詰め寄って問いただす。だが、ソフィに負けじとメリーもまた詰め寄り、唇を尖らせた。


「化け物かどうかなんて関係ないのです。突然変異種はご主人様にとって倒すべき敵なだけなのです!」

「理由も聞かされないで狙われるなら、私にだって考えがある!」

「こりゃこりゃ、お主等が喧嘩を始めてどうするのじゃ」


 一触即発の空気になりそうだったソフィとメリーの間に、珍しくベルイットが割って入る。ベルイットはソフィとメリーを両腕で押して距離を取らせ、メリーに向き合った。


「それで、お主は結局ワシらに何をしに来たのじゃ?」


 ベルイットの問いにメリーはソフィから離れ、二人の前でまっすぐと背筋を伸ばした。そしてそのまま腰を九十度におり、二人に頭を下げる。


「お二人と、御堂様にお願いにきたのです」


 メリーの様子に、ソフィとベルイットは面食らってしまい、互いに顔を見合わせた。


「……お願いって、一体何? マスターを差し出せなんてお願いなら――」


 ソフィがキッと視線を強めると、メリーは顔を上げて満面の笑みを見せる。


「ご主人様のこと、助けてあげて欲しいのです」

「え?」

「ふむ。事情を聞こうかの」


 固まってしまったソフィを置いて、ベルイットはポケットに手を突っ込みメリーに話を促した。


「事情は……うまく言えないのです。でもでも、一緒に変身してるから分かるのです。ご主人様は、いつも何かから逃げてます。その何かから、ご主人様を助けてほしいのです!」

「助けてほしい、のぅ。それをあ奴が望んだのかの?」


 ベルイットが問い返すと、メリーは言葉を詰まらせ顔を伏せる。


「……ご主人様はだれにも頼らないのです」

「じゃろうのぅ。和真に負けず劣らず強情っぱりな女子のようじゃからな」


 上着のポケットに手を突っ込んだままのベルイットは溜息をついて頭を振った。そのまま彼女は、隣でムッと黙ってしまっているソフィに問う。


「どうじゃ、ソフィ。お主はどう思う?」


 ベルイットと同じように、メリーもまたソフィを見つめる。

 彼女達の視線を受け止めたソフィは、静かに頭を横に振った。


「貴方の願いは身勝手すぎる」


 ソフィの返答に、メリーが一歩だけ距離を詰めて言い返す。


「百も承知なのです。でも、ご主人様にはあのやり方しか――」

「だったら、私達にも私達なりのやり方がある。少なくとも、貴方達のやり方とは違うやり方が」


 近寄ってきたメリーから一瞬も視線を外さず、ソフィはメリーのやり方を否定した。自分達から襲ってきておいて助けてほしいなど、面の皮が厚いと言わんばかりに。

 ベルイットはソフィの言葉を肯定も否定もせず、黙って二人から離れた位置で立っていた。

 しばらく睨み合いを続けていたメリーとソフィだったが、不意にメリーが顰めていた顔を笑みに戻し、ソフィから距離を取る。


「これ以上続けても上手くいきそうにないのです。最初から受けてもらうつもりもないのですよ!」

「そう、それならよかった。貴方とは話をしても埒があかない」

「知っているのです。でも、こうして助けを求めたことが御堂さんに伝われば、皆さんはご主人様に手を出しにくくなるのです」

「……っ」


 したたかなメリーの発言に、ソフィは思わず拳を強く握った。殴りつけてしまいそうな怒りを必死になって押し込め、ソフィはメリーを睨み付ける。だが、ソフィの視線を受けてなおメリーは張り付いた笑みを崩さずに話を続ける。


「御堂さんもさっき言ってたのです。皆さんは『人を助ける正義の味方』だと。だから、こうして助けを求めれば、皆さんの動きを牽制できると思うのですよ」

「ふむふむ。天然なふりをしながら、中身はとんだ狐じゃのぅ。にょっほっほっほ」

「ベルは黙ってて!」


 下品に笑うベルイットを叱咤し、ソフィは下唇を噛んで怒りを露わにした。


「貴方達のやり方は、本物の正義の味方のやり方じゃない! 私が知ってる正義の味方の姿じゃない!」

「ご主人様も言ったはずなのです。皆さんのイメージで正義の味方を語られると困るって」

「それが間違ってる! 倒れてきた正義の味方の人達には皆、大切なものがあった! 護ってるものがあった! そのために戦ってきた!」


 メリーの言葉を、ソフィは必死になって否定する。

 ソフィの中には、幾千もの正義の味方達の最後の姿が記録されている。

 その誰もが人を助け、人を守り、そして散っていった。彼らの記録があるからこそ、ソフィにとって本物の正義の味方の姿は、決して譲れない。

 だが、ソフィはそれ以上彼女に食って掛かるのを止めた。

 さきほどの自分のご主人様(マスター)は、どんな挑発にも決して力を振ることを良しとしなかった。強情ともいえる意思で青年はソフィの語る正義の味方の姿を疑わず、まっすぐに相手に立ち向かった。

 ならばその想いを、ソフィは裏切るつもりは到底ない。


「……これ以上は時間の無駄」

「私にとっては有意義な時間だったのですよ。ご主人様のためになる仕事ができたのです」


 まるで人形。変化のない笑みを浮かべたままのメリーを一瞥したソフィは、ベルイットにちらりと視線を移した。すると、ベルイットは大げさに肩をすくめてみせる。彼女の様子を見て、ソフィは銀色のツインテールを揺らしながら、メリーに背を向けて屋上の扉へと向かい始めた。


「あれれ、帰るのですか?」


 尋ねられるが、ソフィは足を止めずに答える。


「話は終わった。要は、私達に貴方のご主人様を助けてほしいってこと」

「いえ、それは皆さんを牽制するための詭弁なのですよ?」

「あー、無理じゃ無理無理」


 メリーの言葉をベルイットがケラケラと笑いながら否定した。その顔は酷く嬉しそうに笑っており、ベルイットは短い前髪を撮みながら口端を歪め、宣言する。


「お主は決定的なミスを犯したのじゃよ」

「ミス、です?」


 小首をかしげたメリーの目の前に、ベルイットはツッコんだままのポケットから手を出した。同時に、扉に向って歩き続けるソフィの声がメリーに届く。


「貴方達のやり方は身勝手で気に食わないし、許せない。……でも」


 カツン、カツンと。ソフィの履いた黒いパンプスが屋上に音を響かせていく。そして、ソフィの纏う白と黒のコントラストの強いゴスロリが風にふわりと揺れた。


「助けを求められたなら仕方ない。生憎と、それはマスターの弱点だから」


 ソフィの声色が、誇りを持った言葉へと変わっていく。その言葉は酷く自嘲じみていて。だが、何よりも気高い誇りに満ち溢れていた。


「マスターも私も、その言葉にだけは世界中の誰よりも弱い。その言葉を聞かされると、私達はとても弱くなる。考えなしになる。理屈も、理由も、人も、化け物も、敵も味方も、やり方さえ関係なくなる。だから――」


 ソフィの語りを聞くベルイットはそっと瞳を伏せ、取り出した携帯端末をメリーの正面に突き付ける。画面に表示された一つの名前に、メリーは驚きを露わにする。

 そして、呆然とするメリーはベルイットの差し出した端末と、ソフィの小さな背中を見つめた。その視線を知ってか知らずか、屋上の扉に手をかけたソフィと携帯端末の先の主が声を揃えて告げた。


 正義の味方の――宣戦布告を。



「覚悟して。そして、後悔して。私達の助け方は、貴方達より何千倍も身勝手だから」

『覚悟しろ。そして、後悔しろ。俺達の助け方は、お前らより何億倍も身勝手だからな』



 食い違ったセリフに、ドアノブを捻ったソフィの身体がぴたりと止まった。

顔を伏せたソフィの首筋が真っ赤に染まり、プルプルと震え始める。しばらくそうして、ソフィはくるりと回れ右をしたかと思うと、ベルイットが付き出した携帯に向って叫び始めた。


「ロリコン! 大事なところでセリフ変えないで! 私が恥ずかしい目に遭った!」


 ソフィの怒声に、端末を通して和真の驚きの声が周囲に響き渡る。


『俺のせい!? お前こそ何千倍ってなんだ、何千倍って!』

「私のマスターをやるなら、私と完璧に意見一致(コンタクト)するのが当然!」

『どんな無茶振り!? 気持ち的には億でいいだろ、億で!』

「あの人達より億倍も自分勝手なのは嫌! 私はそんなに自分勝手じゃない!」

『怒るとこそこ!? 大体だな、お前らなんだ! 人の授業中に電話かけてきたと思ったら、通話状態のまま無視するし!』


 携帯から聞こえてくる和真の声に、ベルイットが悪気もない笑い声をあげた。


「おぉう、わしのポケットの中じゃったからな。ひょっひょっひょっひょっひょ!」

『やっぱりお前かよ!? しかも、また勝手に人の着メロ変更しやがって! 教室中にあの時と同じ着メロが鳴ったんだぞ!? 大爆笑どころか失笑された俺の身にもなれ! 涙出たぞコノヤロウ!』


 その後もぎゃあぎゃあと騒ぎ始めて収まりを見せないソフィ達の様子に、メリーはぽかんと口を開けたまま立ち竦む。

 緊迫していたはずの空気はもはや、この場には微塵も残ってはいなかった。



 わけがわからない――と。メリーは唯それだけを理解する。


 自身のご主人様と同じようにメリーは彼らを挑発した。ご主人様が苦しむことなく敵を倒すために。

だが、彼らは決して揺るがない。

 どれほどの挑発をしようと。どれほど彼らの傷を抉ろうと。

 それでも彼らは、決して自分達の信じるものを曲げようとはしない。


「……わからないのですよ、私には」


 騒ぎ続ける二人に聞こえぬよう、メリーは小さな声で呟いた。

 自分の言葉が困惑によるものか、恋慕のものか。

 それとも――自分達にはない妬みなのか。

 

 その答えを知ることができず、メリーは騒ぐソフィ達を残してその場を静かに消えていった。

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