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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第二章 金色アルテミス
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第三話 化け物になりなさい

「おま、止め……!」


 慌てて和真は手を伸ばすが、彼女は和真を見下ろしたまま、


「冗談ですわよ」


 ひょいっと。

 ブリジットは金網から飛び降り、和真の隣に降り立った。悪戯っ子な笑みを浮かべ、天に向かって手を伸ばしたままの和真をブリジットはちらりと見つめる。


「御堂さんの禁止語句(トラウマ)を刺激するにはこれが手っ取り早いですけれど、最善ではないですもの。さすがに驚いたかしら?」


 上品に笑うブリジットの顔を見て、伸ばしていた腕をだらしなく下ろした。安堵感とは違う脱力感、無力感。中身のないそんな感情に支配され、和真は大きく息を吐き出す。そのまま多少伸びきった髪を掻きむしり、和真は項垂れた。


「あのなぁ、そう言う冗談はさすがにやめてくれ。肝が冷えたよ全く……」

「そうですわね。こういう真似をするより、彼女達を巻き込むほうが貴方は力を奮ってくれるかもしれませんものね」

「――は?」


 彼女の言葉に和真の眉が吊り上る。

 金網にかけていた掌に力が籠り、あまりの力強さに金網の形が変わった。彼女のあっけらかんとした物言いに、和真は両目を怒りに見開く。口から洩れる息は震え、胸の鼓動ははち切れんばかりに鳴り出した。

 そうして、和真は脳裏で自問する。

 今、彼女は何を言った。

 正義の味方を名乗る彼女は、何を言いやがった。


「……ざけんな」


 自分でも驚くほど低い声が出たことに気づく。和真の声にブリジットは振り返り、嬉しそうに瞳を細めた。


「あら、ようやくその気になってくれたのかしら、御堂さん?」


 その顔がまるで褒められた子供のようにはしゃいでいるのに気付き、もはや和真は冷静でなどいられない。


「ふざけんなって言ってんだ! お前、正義の味方なんだろうが! それが、俺に力を奮わせるためにあいつらを襲う!? 冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろうが!」


 詰め寄って彼女の襟を掴み、怒鳴りつける。だが、それでもブリジットは和真から視線を外そうとはしなかった。


「貴方、正義の味方のことを勘違いしてますわね」

「はぁ!?」

「人を助けることが正義の味方の仕事? 違いますわ。私達正義の味方に求められるのは突然変異種を倒す事。結果として人が助かり、マスコミが勝手なイメージを作り上げただけですわ」

「それこそふざけるな! 正義の味方は、人を助け、平和を守るやつのことを……!」

「それこそふざけないでほしいわ。平和を守るというのは、自分達を脅かす脅威を打ち払うこと。貴方の言葉でいうなら、私達は文字通り正義の味方に違いないですもの」


 彼女の物言いに、和真は言葉を返すことができない。

 言いくるめられたわけではない。ただ、言い返すのが馬鹿馬鹿しくなった。


「あぁそうかい。だから、俺を無力化するためには手段は択ばないって?」

「えぇ、理解が早くて助かりますわ」


 くすりと笑う彼女を見て和真も笑った。掴んでいた襟元から手を放し、和真は彼女から三歩ほどの距離を取る。そのまま頬をかき、和真はブリジットに語り始めた。


「俺はさ、ソフィのやつから聞いた正義の味方ってのに、内心――どっか憧れてた。助けを求められれば、どんな危険からでも人を助ける英雄。絶対無敵の最強ヒーロー。テレビで見てる正義の味方ってのは、みんなそう言うカッコいい奴だって」

「お生憎。中には私のようなひねくれ者もいますの。それに、どんな正義の味方だって戦う理由があるから、戦わっているだけですわ」


 自嘲するように言い返したブリジットを見て、彼女にも戦う理由があることを知る。だが、それを聞き出せるほど和真は器用な人間でもなく、聞いたところで先ほどの言葉を納得できるほど優しい人間でもなかった。


「それが本物の正義の味方……ってか」

「納得いただけたかしら。人々が求める正義の味方は、悪を滅ぼす英雄。人を助ける英雄じゃないわ。だから御堂さん。貴方に正義の味方はできない。貴方は正義の味方をやれない。貴方は、本物の正義の味方には絶対になれない」


 迷いのないブリジットの言葉の端々には、絶対の信念が漲る。

 自分とは違う世界で戦ってきた彼女の歩んだ道が、彼女の言葉の中にある。

 だが、たとえ彼女が何といおうと、人々がどんな正義の味方を求めていようと。

 自分の信じた本物の正義の味方は、彼女達が語ってくれた正義の味方であることに和真は疑いを持たない。


「納得した」

「結構。では、やりましょう。その気になってくれたんでしょう?」


 離していたはずの距離をブリジットがつめてきた。もはや唇さえ触れそうな距離に顔を近づけてきた彼女は、再び和真に命令する。


「さぁ、化け物になりなさい」


 甘美にさえ聞こえる彼女の命令に、和真は大きく深呼吸をする。そして、たった一言。



「い、や、だ、ばーかっ」



 ゴスッと。

 彼女の頭突きが鼻頭に当たり、和真はもんどりうって倒れ込む。慌てて鼻血が溢れた鼻を両手で押さえ、涙目でブリジットを睨みつけた。


「いきなり何すんだコノヤロウ!? 制服に鼻血ついちまっただろうが!」

「貴方こそいい加減にしたらどうなのかしら!?」


 ブリジットの方も和真の態度に頭に来ていたらしく、先ほどまでの余裕のある態度から一変、口うるさい少女の姿に戻る。


「さっきから、さんっ――ざん挑発してるのに! なんなんですの、何なんですのあなたは!? さっさと力を奮えば、私も貴方を倒せるのに!」

「理不尽だなお前!? わざわざ倒されるために力を使うやつなんているか! つか、俺のトラウマは自分から口にするのはきついの! つらいの! 怖いの!」

「ごちゃごちゃ言ってないで化け物になりなさい! 私には、突然変異種を倒さなきゃいけない義務があるのだから!」


 昨日のショー終了後の言い合いのように、駄々をこねる子供さながらに掴みかかるブリジットに、和真は深い溜息をついて怒りを抑え込んだ。クールぶって義務感に走っていた彼女の姿はもうなく、今の彼女に先ほどの怒りをぶつける気は、今の和真にはなくなった。

 そうして襟元を掴んでくる彼女の腕を取り、引き離して立ち上がる。


「とにかく、昼休みももう終わりだろ。昼食だって逃したし、もう教室に戻ろう」

「…………」


 苦虫を噛み潰したように顔を歪め、ブリジットが拳を握ってその場に立ちすくむ。風が彼女の金色の髪を揺らすが、顔を伏せてしまった彼女の表情はもう読めなくなった。

 反応のない彼女を不審に思いながらも、和真は彼女を置いて屋上の扉へと向かう。


「……っ」

「あぁそれと、言い忘れてた」


 彼女に背を向けたまま立ち止まり、和真は拳を握った。背後から向けられた隠しきれない殺気と風を切る音に耳を傾け、和真は振り返る。



 ――ヒュンッ。



「ソフィとベルイットには絶対手を出すな」

「……っ!?」


 向かい合った先のブリジットの顔が驚愕に歪んだ。

 和真の眼前には彼女の蹴りが停止し、同じようにブリジットの眼前にも和真の蹴りが伸びている。互いの蹴りは互いの目の前で動きを止め、必殺は唯の威嚇に変わった。


「あいつらに手ぇ出すなら、次は遠慮なく蹴り飛ばすからな」

「……いっそのこと今蹴ってくれれば、正当防衛なんて言い訳もたつのですけれど?」

「それこそ、こっちのセリフだ。背後から狙ってきたくせに正当防衛主張するなよ」

「……結構ですの。貴方の覚悟はよく分かりましたわ」


 すぅっと音も無くブリジットの蹴りが引いていく。片手だけ腰に当てたモデル立ちをする彼女は、自慢の金色の髪の毛をかき上げ、青い瞳を和真に向けた。


「いずれにせよ、御堂さんには人々が求める『敵を倒す正義の味方(ヒーロー)』になる資格なんてありませんわ。貴方は化け物なんですもの」


 彼女の言葉に、和真もまた片腕だけ腰に当て、宣言する。


「お褒めに預かりありがとう。あんたの言うとおり、俺は『敵を倒す正義の味方(ヒーロー)』じゃない。所属は『人を助ける正義の味方(アンチヒーロー)』だからな」


 そう言い返すと、彼女は吐き捨てるように呟いた。


「……ほんとうに、減らず口ばっかりで気に入らないわ」


 どっちのほうが減らず口だと、和真は頭を抱えて踵を返す。彼女を置いて屋上の扉に手をかけ、和真はふと脳裏に浮かんだ言葉を彼女に残した。


「ブーちゃんのクールぶった口調のほうが気に入らないよ、俺は」


 ゴンッと、脳天にブリジットの履いていたスニーカーが直撃し、和真は思わず開こうとした扉に顔面からぶつかる。止まりかけていた鼻血は再び吹き出し、和真は慌ててポケットからティッシュを取出した。


「だ、誰がブーちゃんですって!? やっぱり貴方だけは私の手で倒します! 絶対倒して見せますわ!」

「スニーカー投げるな! 人に当たれば時と場合によっては凶器だぞ!? みろ、今の俺の顔を見ろ! 真っ赤だろうが!」

「知りませんわそんなもの! それより邪魔ですわ! チャイムが鳴ってしまいますの!」

「何その自分勝手!? 誰のせいでこんなことになったと思ってるの!?」

「貴方のせいに決まっているじゃありませんか!」

「ハイソウデスネ!」


 もはや議論にすらならないブリジットをみて、和真は仕方なく屋上の扉を開けた。どうぞお通り下さいと言わんばかりに和真は腰を折って頭を下げ、彼女に先を促した。

 和真を一瞥するブリジットはカツカツと音をたてて歩き始め、開かれた扉の中へと戻る。だが途中で立ち止まると、彼女は鼻を鳴らして和真に宣言した。


「ふん! 覚えていてくださいな。貴方を倒すのは私だということを!」

「それ負けセリフだぞ」


 ピクリと彼女が動きを止め、小さな咳払いをして再び和真に宣言した。


「ふん! 忘れてくれても構いませんわ。貴方を倒すのは私だということを!」

「……いや、言い直すともっとみっともないんだけど」


 真っ赤な顔をして振り返ったブリジットは両腕で和真を突き飛ばし、そのまま屋上の扉を酷い音をたてて閉めた。すぐさま聞こえたガチャリという音に、和真は慌てて扉にしがみ付く。


「ちょ、おい、待てお前! おいマジか!? ねぇちょっと! ブーちゃんちょっと!?」


 ノブを必死になって廻すが扉はびくともしない。引いても押しても蹴っても殴っても微動だにしない頑丈な扉を見つめ、和真は力なくその場に倒れ込んだ。どうしたもんかと頭を抱え、もはやいるかわからない神様に助けを乞うべく、和真は天に向って高らかに宣言する。


「開け、ゴマ!」


 叫んだ後猛烈に恥ずかしくなり、和真は警備員の助けがくるまで屋上でもがき続けた。

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