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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第一章 銀色ペルセウス
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第十五話 銀色の輝き

「う、そ……?」


 見慣れた黒髪。初めて会った時と同じように自分を護るようにして立った青年の姿に、ソフィの顔が再びくしゃりと歪む。振り返った青年――和真の笑顔に、ソフィは嗚咽を上げた。


「ソフィ、これ着てろ」

「な、なんで……」


 通りに背を預けて、グチャグチャになってしまった顔で見上げてくるソフィに軽く笑顔を返し、和真は来ていた制服の上着を彼女に渡す。

 そのまま和真は、通りの向かいで歪に笑う大藤大吾を睨み付けた。

 右半身を以前見た時と同じような異形に変異させてしまっている大吾の姿に、和真は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。


「あんたも、つくづく化け物だな」

「お互い様だろそりゃ。そうかそうか。テメェの禁止語句は『助けて』ってわけか。ははは! こりゃ傑作だ! テメェも俺と同じ化け物じゃねぇか!」

「…………っ」


 げらげらと笑う大吾に怒りを覚えながらも、和真は自分の後ろで腰を抜かせてしまっているソフィの様子を確認した。

 来ている白いゴスロリは酷く破れてしまっており、特に前面は引きちぎられてしまったのか、白い肌が隠せもしないほどに。現状を理解できていないのか、ソフィは和真の差し出した制服をひっかけることもせず、唯抱きしめているだけ。


「ソフィ、直ぐにここから逃げ――!?」


 彼女の様子に不安なものを覚えながらも、和真は風を切って伸びてきた触手に気づき、ソフィを抱えあげて大きく跳躍した。だが、遅れた反応に触手が脹脛を軽く裂いてしまい、鈍い痛みが届く。それでも必死になって、和真は傍の家の屋根に着地した。


「オラ、逃げてんじゃねぇよクソヤロウ!」


 怒声を上げながら自分達を追ってくる大吾に、暗くなっていた通りに光が灯り始める。


「ソフィ、聞いてるか! このまま街中で暴れられちゃ、もっと多くの人を巻き込む! 前の廃墟に向かうからな!」

「……和真、私……は」


 ソフィの縋るような視線をうけ、和真は彼女の頭を撫でる。そして、迫る大吾の姿に真夜中の街中を一気に山へと向かって逃げ出した。


「オラオラオラ! はっ、逃げ回ってねぇでかかってこいよ!」


 背後から迫る触手を、飛んで跳ね、転がり蹴り飛ばし、受け止め、逃げる。以前とは状況が違う。陽動をしてくれる怪人もおらず、身軽な身体ではない。胸に抱える少女に攻撃が届きそうになれば、自分の身体を張って受け止める。


「ッぐ!」


 ソフィを庇って背中に大吾の触手が直撃する。歯を食いしばって衝撃に耐え、だが食いしばる唇からは血が滴る。屋根を蹴って逃げていた和真は、ソフィと共に再び通りに弾き飛ばされ、無様に転がった。


「っ、はっ……!」


 倒れてしまいたい気持ちを必死に押し込み、和真は再び立ち上がり、ソフィを抱えあげ、森へと向かう。

 そんな必死な和真の耳に、ここにいない少女の声が届いた。


『和真! 無事かの!?』

「ベル、準備はできてんだろうな!?」


 ここに来る前にベルイットから渡されていた耳元の通信機に連絡が入ったのだ。


『当然じゃ! 例の廃墟に怪人の包囲網を敷いたたぞぃ! 協会にも連絡は入れてある! 桐子も廃墟に向っておるぞ!』

「了解! このまま何とか逃げ切る!」

『うむ。いいな、気を抜くでないぞ!』


 囮は自分達。それを追う大吾を掴まえるために、以前ソフィとベルに出会った廃墟で罠を張り、大吾をそこに追い詰める。


(頼む、持ってくれよ俺の力……!)


 舌打ちをする和真の身体から少しずつ力が抜け始める。先ほど受けた脹脛の傷と背中の傷が痛みだし、アドレナリンで誤魔化せなくなってきた。変異する時と違い、強化型として使う際の突然変異種の力の効果は短い。


「かず、ま……逃げて……」

「大丈夫、何とかしてみせるからしっかり捕まっておけ!」


 未だに涙を流し続けるソフィの姿に笑顔を向け、和真は襲ってくる触手を蹴り返して再び空に大きく跳躍した。



 ◇◆◇◆



「はぁ、はぁ、はぁ……」

「あーぁー、能力切れちまったなクソヤロウ。で、この廃墟でテメェは何したいの?」


 山奥の廃墟の中に逃げ込んだ和真は、自分達の前に迫ってきた大吾を睨み付けた。

 その顔はもう異形に変異してしまっており、かすかに見える瞳も血走り、自分達のほうを見てなどいない。


「はぁ、はぁ……。決まってんだろ、アンタを、捕まえるんだよ」

「はぁ?」


 ニヤリと笑う和真の背後から、十体の怪人が飛び出した。


「なっ!?」


 突然のことに固まる大吾を尻目に、宙を舞う怪人達はそれぞれ四方八方からスピードを駆使して大吾に迫り、その身体を一瞬にして鋼鉄製バンドで拘束。身柄を確保した。


「ふぅ……。よし、大成功だなベル」

「う、む」


 近寄ってきたベルイットに和真は親指を立てた。強化されていた身体能力も元に戻り、和真は大きく息を吐き出す。だが、ベルイットの浮かない表情に首を傾げる。


「どうかしたのか?」

「いや、どうにも納得がいかんだけじゃ。先週のこやつは多数の怪人を相手取っても、ものともせんかった。それが今、不意を突かれたとはいえこれほど簡単にいくというのはのぅ」


 ベルイットの疑問に、和真も確かに不審に思う。予め罠を張り、そこに追い詰め、不意を突いた。だが、それだけだ。

 それだけで、大藤大吾は簡単に捕まった。今もそう。大吾は鋼鉄製のバンドで全身を拘束され、もがきもしない。その真っ白な服も地面に伏せられたせいで軽い汚れを見せ――、


「あ、れ?」


 そうして初めて気づく。

大吾の服装が白くなっているのだ。先ほどソフィを助けた時に見た大吾の服装は、黒いパンクなモノだった。それが今、目の前の大吾は真っ白なスーツのようなものを着ている。それはまるで正義の味方のスーツのような、


「御堂君、ベルちゃん! すぐにソフィから離れなさい!」

「――え?」


 廃墟の扉を蹴破るようにして飛び込んできた桐子の叫びに、和真は反射的に傍にいたベルイットを横に突き飛ばす。


「逃げ、て……和真!」

「ソフィ、お前……!」


 次の瞬間、ソフィの叫び声と共に彼女の身体が粒子となって消えた。慌てて差し出した掌は空を切り、光の奔流となったソフィはそのまま取り押さえられた大吾に吸い込まれていく。


「ハハハハハッ! こりゃいい、こいつはすげぇ!」


 笑い声をあげる大吾の姿が、白いスーツで完全に覆われた。同時に、大吾を拘束していた鉄のバンドはまるでゴムのようにちぎられ、傍に居た怪人達は腕の一振りで廃墟の壁に叩き付けられてしまう。


「うそ、だろ?」


 立ち上がった大吾が一歩、また一歩と和真に近づいてきた。

 その姿は、テレビでよく見る正義の味方の姿そのものである。黒いブーツに純白の外套。立ち上がった襟元に、膨れ上がる筋肉。

 だが、その背からは夥しい量の触手がうねり、見たものに吐き気を催す。

 正義を纏った悪魔。そんな言葉が和真の脳裏を突き抜けた。


「随分と時間がかかっちまったが、ハハ。こいつは最高だ。これが正義の味方の変身ってやつか!」


 掌を見て愉悦に笑う大吾のもとに、突き飛ばしていたベルイットの指示で、隠れていた怪人達が突撃を敢行した。しかしその攻撃は大吾に触れることはなく、大吾の背でうねる触手によって怪人達は四肢を拘束されてしまう。


「ほらよ、クソ餓鬼!」

「……ッ!」


 迫る触手を寸でで躱す。みっともなく地面を転がり、荒れた息を押さえるために必死になって胸を掴んだ。


「和真、無事かの!?」

「御堂君、ベルちゃん! 気を付けて、まだ終わらないわよ!」


 桐子の声に、和真は近寄ってきていたベルイットの腕を引き、その場を走り出す。


「オラオラ! 逃げ回ってんじゃねぇよ餓鬼ども!」


 響く耳障りな怒声と共に、大吾の触手が二人を一気に襲う。今のままではまるで話にならない。和真はすぐに腕を引くベルイットに視線で合図を送った。事情を知るベルイットはそれだけで和真に向って叫ぶ。


「和真、助けて!」

「あぁ助ける!」


 直後に心臓が跳ね上がった。全身を駆け抜ける血液の脈動が早くなり、和真の体中に力が漲る。すぐさまベルイットを抱えあげた和真は、床を蹴り付け跳躍した。なおも背後から迫る触手に、和真はベルイットを宙へと放り投げる。

 彼女がとんでもないものを見る目で自分を睨み付けるのを無視し、無防備になったベルイットを狙う触手に和真は狙いを定めた。

 掴み取る。捻りあげ、別の触手へ距離を詰めた。そのまま左右の触手を蹴り飛ばし、ついで迫る触手を掴みとっていた触手を構えて受け止める。次の一息で、和真は迫っていた触手を再び蹴り飛ばし、自身も迫っていた触手から距離を取った。

 地面に落ちる寸前だったベルイットをギリギリで引き留め、和真はそのまま彼女を振り回して桐子のいる出口に向かって投げる。


「来栖博士、こいつを!」

「にょおおお!?」

「ちょ、ちょっと御堂君、無茶しな……きゃあ!?」


 ベルイットが絶叫を上げて桐子と激突するのを確認し、すぐさま和真は壁を蹴って宙を舞う。


「うおぁああああ!」


 正面から次々と襲いくる触手を辛うじて躱しながら、和真は地面を蹴りつけて大吾の懐に飛び込んだ。踏み出した足に触手が絡みつき、バランスを崩す。その隙をさらに一本の細い触手が左肩を貫くが、痛みに耐えて和真は右拳を突きだした。

 そして、全身の力を込めた和真の拳は、大吾の空いた腹に突き刺――、



 私は――ロリコンのパートナーになりたかった。



 大吾に触れると同時にそんな小さな願いが、和真の胸に届いた。


「ソ、フィ……?」


 呆然とする和真の拳は、大吾の腹には突き刺さらなかった。伸ばした拳はその強靭な肉体にまるでダメージを残すことができず、代わりに大吾の巨大な拳が和真の腹に突き刺さった。


「う……あ!?」

「あーあ、つまんねぇ。こりゃ、正義の味方が強ぇわけだ。暴れたりねぇよ!」


 和真の身体が蹴り飛ばされたボールのように宙に舞う。床に肩から落ち、それでも消えぬ衝撃に、和真の身体は一直線に壁へと向かった。次の瞬間には、和真の身体は壁に叩き付けられ、意識は一瞬で白く染まる。

 和真自身、突然変異種でなければこの一発で死んでいた。


「が、は……ッ」


 地面に落ち、辛うじて失いかけた意識を取り戻す。しかし、同時に襲ってきた強い吐き気に和真は血反吐を吐いて身体を起こした。


「お、何だ。まだやれんのかお前」


 身体を起こした和真を嬉しそうに大吾が眺める。まるでおもちゃを見つけた小さな子供のように。


「逃げなさい御堂君! 今のそいつはソフィと変身してしまってるわ! 御堂君の力でも……!」

「うるせぇな、外野ぁ!」


 叫ぶ桐子を一瞥した大吾の背から、触手が桐子に伸びる。逃げることもできず桐子は触手に絡め取られ、その口を塞がれてしまった。


「――っ、――――ッ!」


 必死になって何かを和真に伝えようと桐子がもがくが、触手の力強さにまるで意味をなさない。

 そして、そんな桐子の傍からベルイットが唐突に駆け出した。


「あーそうだ。テメェもだったな」


 走り出したベルイットをちらりと見る大吾の触手が、彼女に迫る。


「ベル、逃げろ! 逃げてくれ!」


 叫び声をあげる和真の前で、触手が走るベルイットに迫る。だが、ベルイットの周囲へ飛び出す怪人達が彼女の楯になり、ベルイットは器用に迫る触手を交わす。そして、そんな危機的状況に置いて、彼女は和真に叫ぶようにして語った。


「いいか和真! ソフィは特別じゃ! あ奴が普通の人間と変身できなかったのはなぜか! 簡単じゃ、あ奴は、普通でない人間と変身するために造られておるからじゃ!」

「普通じゃ、無い人間……?」


 ベルイットの言葉に、和真の脳裏で今日までに知った全ての情報が結びついていく。


「ちょこまかと逃げ回ってんじゃねぇよ!」

「きゃあああ!」


 ついにはベルイットまで大吾の触手に捕まってしまった。締め付けられる触手の力強さにベルイットは呻き声を上げ、だが、それでも彼女は和真に向って叫び続ける。


「わかる、か! 和真、トラウマを抱えるあ奴と変身できるのは、同じくトラウマを持つものだけなのじゃ!」


 ベルイットが必死になって伝えた最後の答えが、和真の中で音をたててはまった。


「――――ッ!」


 口を塞がれたベルイットはもがき続けるが、大吾によって桐子と一緒に拘束され、近くの地面に触手ごと投げ捨てられた。興味を失ったものを投げ捨てた大吾は、歓喜に叫び声をあげる。


「邪魔者終了、ってな。さぁそこのガキ。テメェを始末してぜーんぶおわり! ひゃはっはは!」


 両腕を天に振り上げて下品に笑う大吾の目の前で、和真はゆっくりと立ち上がった。

 能力は既に切れてしまっている。怪我も酷く、吐き気も止まらない。気を抜けば一瞬で体は再び地面へと横たわる。それに、今まともに大吾の一撃を受ければ、それだけで自分は命を奪われてしまう。

 だが、


「……わかった」


 自然と、口から声が漏れる。


「あん?」


 顔を伏せた和真を、大吾が不審そうに睨んだ。それだけで常人なら腰の抜ける威圧感にさえ、和真は屈さなかった。


「ようやく、全部わかった」


 今まで誰一人、ソフィを扱えなかった理由。彼女と共に変身を試みると、化け物になってしまう理由。桐子とベルイットが二人して、最初から突然変異種だった自分を勧誘に来た理由。

 ソフィは――突然変異種(じぶん)が纏うために造られたアンドロイドなのだ。


「トラウマを持ってるやつを救えるのは、同じ痛みを知ってやれるやつだけだ」


 それが、彼女が変身できない理由。いや、彼女と共に変身する理由。人を助けるというトラウマを抱えて来てからこっち、永久に続くとさえ思っていた胸の穴に、無くしていた何かが埋まった。

 今の自分にあるのは、煮えたぎるマグマより熱い一つの想い。その想いを、覚悟と決意に変える。


「俺が今から、お前を奪ってやるよ、ソフィ……ッ!」


 和真の宣言に、大吾が愉悦に笑みを歪める。


「ハンッ! くっちゃべってねぇでかかってこいよ、クソ餓鬼!」


 大口を開けて挑発してくる大吾に向って、和真は一歩を踏み出した。

 あの日、両親を助けるためにすべてをかなぐり捨てて走り出した時と同じように。

 そうして和真は自ら向かい合う。自分の本当の『禁止語句』を叫んで。


「お前は絶対『助ける』ぞ、ソフィ!」


 瞬間、和真の周囲の温度が上がった。周囲に聞こえるほどの警鐘を打ち鳴らす心臓が、激しく全身を活性化させて和真の瞳が真紅に染まる。内から溢れる暴力的なまでの力に翻弄されそうになり、和真は歯を食いしばって自分を必死に落ち着ける。

 だが、それでもなお止まらない変異は、和真の黒い髪を白く染めていく。


「てめぇの禁止語句は『助けて』じゃなかったってのか!?」


 突如として変異し始めた和真の様子に、大吾が慌てて距離を取った。


「おああああ!」

「くっそ餓鬼がッ!」


 獣のような雄叫びを上げる和真に向って、大吾が拳を振り下ろす。変異に決死の覚悟で抗う和真は、まともに力を扱うこともできず落ちてきた拳を両腕で受け止めた。受けきれない衝撃に腕の筋肉が悲鳴を上げる。だが、それと同時に先ほどと同じ彼女の意識が和真の中に流れ込んだ。


 ――私と変身したせいで、和真が化け物になってしまった。


「違うッ!」


 流れ込むソフィの意識に、和真は自分自身の変異に蹂躙される意識を繋ぎとめる。


 ――私は、パートナーを化け物にしちゃう変身ベルト。


「お前のせいなんかじゃない! 俺は、初めっから化け物だ!」

「何をいってんだテメェは!」


 腕を掴まれ振り回される。そのまま地面に叩き付けられ、和真は血を吐き、だが、直ぐに振り下ろされる拳に慌てて体を捻って躱した。情けなく地面を転がり大吾から距離を取った和真は、大吾の纏う白いスーツに向って叫び続ける。


「いいかソフィ! 俺はお前と出会うずっと前から化け物だった! 突然変異種だった! 俺はお前と変身したから化け物になったんじゃない! 俺は自分の弱さに負けて、化け物になったんだ!」


 意味がないなど、和真は到底思わない。彼女にきっと自分の言葉が届くと信じていた。

 迫る触手に脇腹が殴られる。食い込む攻撃に目の前がちらつき、意識を失いそうになるも、和真は震える拳で大吾の襟元を掴みとった。


 ――私は、必要とされない。誰も、私と変身なんてしてくれない。


 心に響く弱気なソフィの声に、和真の頭に血がのぼった。


「お前は、正義の味方の変身ベルトなんだろうがッ!」


 ――っ。


 和真の一言に、大吾の纏う白いスーツが波紋を広げた。


「クソッ、離れろテメェ!」


 巨大な拳が和真の脳天に叩きこまれる。しかし、和真は足を踏ん張り拳に耐えた。衝撃に地面は割れ、和真の額からも血が滲み、流れ出す血が和真の白い前髪を赤く染めていく。


「いつも言ってただろうが! 変身するためには、本物の正義の味方の心が必要だって! あの言葉は嘘だったのかよ!? あの誇り高さは全部偽物だったのかよ!?」


 ――本物の、正義の味方?


 マシンガンの如く振り下ろされる大吾の巨大な拳に、和真の意識は何度も刈り取られる。

 しかし、それでもその度に和真は鋼の闘志で意識を繋ぎ留め、握りしめた白いスーツに叫び続けた。


「教えろ! お前の中の本物の正義の味方は、一体どんな奴だ! そいつの姿は、俺の見てる姿と同じじゃないのか!?」


 ――私の見つけた本物の正義の味方は……。


 掴むスーツの波紋がさらに広がる。ようやく異変に気付く大吾が、すぐさま和真の腕を掴みとり、自分のスーツから引き離した。


「てめぇ、何しようとしてやがる!?」


 再び巨大な拳が和真に向って振り下ろされるが、和真は倒れ込むようにしてこれを躱し、大吾の懐にもう一度飛び込んだ。

 そして、大吾の空いた左胸に自分の右掌を押し付ける。


「俺の声を聞け、俺の音を聞け、ソフィ!」

「はん! 喋ってる暇なんてないだろうが!」


 大吾の叫びに呼応して、スーツの背後から延びる触手が和真の全身に絡みついた。四肢をへし折る勢いで籠る力に和真は呻き声をあげながらも、必死になって伸ばした腕の先に声をかけ続ける。


「目を開けろ、前を見ろ! お前のトラウマと向き合え! お前は今、どうしたい!?」


 ――私は……。


 トクン、と。大吾とは違う鼓動が和真の伸ばした腕に響く。


「お前にとってのトラウマが人を化け物に変えてしまうことなら! 俺がそれを克服してやる!」


 ――私は……!


 今もなお自分の中から溢れる制御の利かない力に、和真はまっすぐと立ち向かう。初めて力を使った時と同じ。両親たちに見捨てられる原因となった自分自身の変異に蹂躙されながらも、和真は伸ばした腕の先の鼓動を信じ続けた。


「だから、お前は俺を助けてくれ! お前の力で、俺のトラウマを克服してくれ!」


 ――私は、和真と……!


 生まれて初めての懇願。求められることはあっても、自分から必死になって求めるのはこれが最初で最後。それは、彼女にしか叶えられないものだと知っているから。


「俺はお前を助ける! お前も同じなら……お前の意思で手を伸ばせ!」


 ――私も、和真と……っ!


「人様を無視して、何を騒いでやがんだ!」


 伸びる触手が和真の首を絞める。息を吸うこともろくにできなくなった和真は、右掌に感じる確かな鼓動に、不敵に笑った。満身創痍になったその身体でなお、和真の闘志は微塵も衰えなかった。

 故に、必然。


「やるぞ……! ソフィッ! 俺は今日この瞬間に、お前のために本物の正義の味方になる!」


 ドクン、と。


 大吾の纏う白いスーツが大きな波紋を散らした。離れていく和真の右掌に、大吾のスーツから透き通る白い肌の小さな掌が伸びる。重なる掌に感じる熱。全身を包む昂揚感。

 繋がった掌に、和真は全身全霊を込めて叫んだ。

 彼女の語る正義の味方と同じように。



「シグナル――コンタクトぉおおおおおおおおお!」



 瞬間、大吾の身体を包む白いスーツが光の粒子となって弾け飛んだ。正義の衣はもはや悪に従うことはなく、和真の伸ばす腕と重なった白い掌が、粒子を集めて形を為していく。


「な、何だこいつは!? てめぇ、何しやがった!?」


 慌てる大吾の正面で、和真の白く染まった髪の毛が鈍い光を放ちだす。それはソフィと同じ、夜に輝く銀色の光。そのあまりに汚れのない光に、地面でもがくベルイット達はおろか、敵であった大吾さえもが目を奪われた。

 そうして、真紅の瞳で一点を見据え、銀色の髪を靡かせ始める和真の腕に、光の粒子が集まっていく。集まる光の粒子は次第に人の形を為し、銀色のツインテールをした少女の姿が宙に浮きあがった。


『かず……まぁ!』

「ソフィ!」


 彼女が自分の名を呼ぶ。それだけで和真の心は燃え上がり、繋がる掌を通して和真の心音とソフィの心音が重なっていった。

 同時に、以前と変わらぬ正義の味方や怪人達の陰惨な光景が和真の脳裏に焼き付く。

 しかし、


「こんなもんで……俺の、トラウマになったりするもんか……!」


 焼付く光景を全て乗り越える、そんな最強の正義の味方のイメージを。彼らの求める助けを、彼らの助けたかったもの全てを助ける無敵の正義の味方のイメージを。

 自分のトラウマによる変異さえも力に変えるソフィの力と共に。


「や、止めろテメェ! これは俺のもんだ! テメェなんかに……!」


 大吾が我に返り、慌てて宙に浮かぶソフィの身体を掴もうとする。だが、粒子となっているソフィの身体に触れることもできず、大吾はひたすらに宙でもがくしかできない。


『いける、和真ぁ!』

「やるぞ、ソフィッ!」


 和真の右腕に大吾の纏っていた白いスーツは奪われていく。目も開けられない発光を伴うそれに、大吾は自分の掴まえていた怪人やベルイット達を思わず離してしまい、そのまま大きく飛びずさった。


「うそ、だろ……!?」


 先ほどまでの余裕をかなぐり捨てた大吾は、突き抜ける衝撃に触手を地面に突き立てて体制を整えた。しかし、感じたことのない寒気に、大吾は顔を振って恐怖を露わにする。


「……へ、変身してる俺を介して、無理矢理変身した……ってのか!? そんなことが、できる、ってのか!? あ、ありえねぇ! 一体、なんなんだよ、テメェら!?」


 廃墟の中を一陣の風が吹き抜けた。同時に周囲を空振が走り、辺りにあったガラスの破片が宙を舞う。


 ――嵐の中央。


 そこには純白のスーツを身に纏った青年がいた。

 太ももまで伸びる黒いブーツ。貴公子を連想させる煌びやかな装飾と風に揺れる白い外套。ピンとたった襟元。後ろ髪の跳ね上がる銀色の髪。見開いた真紅の両眼。

 その一歩は廃墟の中で甲高い音で繊細さを。

 その外套は風に揺れて激しい音で力強さを。

 そしてその声は、気高く強く決意を持って。



変身(マテリアライズ)完了(コンプリート)……!」



 ここに――最強の正義の味方の誕生を宣言した。

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