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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第一章 銀色ペルセウス
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第十二話 決めた覚悟

 翌日、久しく人気のない家の中で和真は一人、食事を済ませた。『夜には戻るのじゃ』という書置きと共に消えていたベルイット。昨日から姿も見せずにどこかへ行っているソフィ。どちらもいないリビングは、驚くほど静かだった。

 いつの間にか居座っていた彼女達がいないことが、空虚に感じてしまう。

 陰鬱とした気分で学園へ向かい、授業を終え、帰宅する。つい一週間ほど前までは当たり前に繰り返していた生活ルーチン。だがこの日は何を習ったかなど、一つとして覚えてはいない。

 珍しく一人で歩く和真の足は、気づけば以前に寄ったこともある公園へと向かっていた。


「……はぁ」


 公園入口に立ち、和真は深い溜息をついた。何もこんなタイミングで会う必要はないだろうと頭を悩ませ、結局一歩を踏み出した。

 一歩一歩を踏みしめ、和真は公園の中を進み続ける。そうして和真は、備え付けられていたブランコの一つにゆっくりと腰を下ろした。


「……よう」

「……ん」


 何とか絞り出した挨拶に、先にブランコで揺れていた彼女が小さく返事を返した。寂しく垂れ下がる銀色の髪の毛が夕日を受けて赤く染まり、だが、彼女はずっと下を向いたままだった。


「あー、その、元気だったか?」


 必死になって言葉を紡ぐと、ソフィは一拍の時間をおいて答えてくれる。


「貴方ほどじゃない」

「うんまぁ、そうだな。俺のほうが元気だな、うん」

「……意味が、わからない」


 ソフィの声色が、急に強くなった。同じブランコに背中合わせで座っている彼女の肩が震え、声に涙色が滲む。


「私のせいで、貴方は昨日あんな目に遭ったのに……! それで元気だって、それで私を責めないほうがおかしい! 一歩間違えれば、死んでたのに! 私のせいなのに!」


 自分自身を責め立てる様なソフィの言葉に、和真は頭を振った。


「いや、あれは俺が悪かっただけだろ。お前には何の落ち度もない。俺が唯の化け物だったせいだ。それだけだ」

「違う! 私が和真と変身なんかしようとしたから……!」

「違っての! 俺がお前の記憶に負けちまったから……!」


 鼻息荒く自分達の想いをぶつけ合って、ふとした瞬間に二人は言葉を止めた。


「……悪い。別に喧嘩しようってつもりはないんだ」


 和真が折れると、ソフィが静かに和真に問うた。


「……見たの? 私の中にあるもの」


 彼女の震える声に、和真は小さく頷く。それを見たソフィは一言、そう、とだけ告げて押し黙る。暫く心地よい風にさらされていると、ソフィが誰に聞かせるでもなく呟き始める。


「突然変異種は強い。それは協会とアンチヒーローの共通認識。千差万別の化け物へと姿を変える突然変異種と戦うには、余りに正義の味方は少ない。怪人は脆い」

「…………」

「だから、協会とアンチヒーローは、熾烈化する突然変異種との戦いに備え、これまで敗北してきたすべての正義の味方の戦闘記録を用意することを決めた」

「それが、お前なのか? ソフィ」


 顔を伏せたソフィがこくんと頷く。


「私の中には、何世代もの正義の味方と怪人達の敗北の様子が記録されている。それはそのまま、対突然変異種において、どう戦えばいいか、どう動けばいいかの経験値があるということ」


 なるほどと、和真は思う。自分が彼女と変身を試みた時に見たあの映像は、確かに正義の味方達の敗北の記録であった。あの記録を紐解き、どんな突然変異種と戦ったのか。どんな攻撃が出るのかを事前に経験として蓄積されているのなら、それはとても強い武器になる。

 だが、


「お前が何を抱えてるかは分かった。けど、それだけなら別にどうってことはない」


 この発言は、まさに失言だった。


「どうってことないなんて簡単に言わないで……!」


 立ち上がったソフィが、和真の目の前に立つ。その瞳に目一杯の涙を溢れさせ、震える下唇を噛んで彼女はそこにいた。


「私の記録は、私の中にあるものは……っ! 誰も助けられない記録! 貴方を化け物にしてしまう記録! わたしを責め立てる記録! そんな記録を、どうってことないなんて言わないで!」

「ソフィ……」


 ブランコに座ったままの和真の襟元を、ソフィが掴む。漏れ出した嗚咽が耳に届き、和真は酷くいたたまれない気持ちになった。


「私の気持ちなんて知らない癖に! あんなものを抱える気持ちなんて知らない癖に! 結局は自分の好きなように生きている貴方なんかに、私の気持ちなんてわからない!」


 ソフィの言葉に、和真も思わず立ち上がって叫ぶ。


「だったら、言えよ! お前もあの空気読まないバカみたいに! お前の気持ち全部吐き出せよ!」

「出来るわけない! 私は正義の味方の変身ベルトなんだから! 貴方もそう! あのバカみたいにはっきり言えばいい!」

「はぁ!? 俺が一体何をはっきりしてないっていうんだ!」

「それが、私は気に食わない……! お前のせいで化け物になっちまったって、はっきり言えばいい! 私が貴方を化け物にしたんだから!」


 ぶちんと、ソフィの言葉に和真の怒りが溢れた。


「ふざけるな! あぁそうさ、俺はあの時化け物になったさ! 自分の弱さに負けて化け物になったさ! けどな、俺はそんな自分の弱さをお前になんて押し付けない!」

「違う! 貴方は私のせいで化け物になった!」

「それが違うって言ってんだ! 俺はお前と変身したからじゃねぇ! 俺は……っ!」


 最初からただの化け物だ。

 その一言が、和真の口から出ることはなかった。


「やっぱり……そう。貴方も、他の候補者と同じ。私のせいで、化け物になった」

「ちが……っ!」


 慌てて和真はソフィの言葉を否定しようとするが、心の奥底で震えるトラウマが、それをさせてくれない。ソフィの瞳からボロボロと零れる涙を見てなお、和真の中で膝を抱えるソレは立ち上がろうとしなかった。


「……私の気持ちって、ロリコンは言った」


 ソフィが裾で涙を拭い、和真に背を向けた。そのあまりに小さな背にかける言葉を見つけることができず、和真は立ち尽くす。


「……私の気持ちなんて、言えるわけない。私は正義の味方の変身ベルト。人を助けるために生まれて、人を守ることが誇り。だから――」


 ふっと、ソフィが振り返った。その顔は既に涙をからし、目を赤くして自嘲するように笑っていた。


「ロリコンにだけは――和真にだけは絶対言えない。言えるわけがない」


 そう言って、ソフィは和真の制止を聞くことなく、公園を駆け出して行く。彼女を止める術をそれ以上見つけられず、和真は唯呆然とその場に立っていることしかできなかった。



 ◇◆◇◆



「俺にだけは絶対言えない……か」


 ソフィが姿を消した公園で一人、和真はベンチに腰かけて空を見上げた。


「何を言えないってんだよ、俺に。って、俺も言えなかったんだけどな」


 自嘲する。ベルイット相手だった昨晩は、震えながらも語れた自分のトラウマ。だが、それを彼女に伝える事に酷い恐怖を感じでしまった。

 ソフィはベルイットや桐子とは違う。彼女はまだ――自分がどうしてトラウマを抱えたのかの理由を知らない。


「ははっ、ほんとなっさけないな俺は」


 彼女をあれほど泣かせてなお、自分のことばかりを考えている。自分のトラウマから目を背けることだけを考えている。向き合う覚悟がないというのは、このことだろう。


「そう言えば……」


 ふと思い出すのは、先ほどのソフィとの言い合い。彼女の言葉の中に引っかかるものがあったことを思い出す。


「『私が貴方を化け物にした』か」


 彼女との食い違いはその一点に尽きる。確かに和真はソフィに自分が初めから化け物だったことを伝えていない。そして、昨日の変身失敗を受けて化け物になってしまった。

 化け物にした。

 化け物になった。


「なんだ、これ……。私が貴方を化け物にしたって、一体どういう――」


 この言葉の食い違いにようやく気付く。そして、彼女の抱えているあの記録を思い出し、和真はようやくソフィの抱えているものの本当の意味を知った。


「そうか、そういうことだったのか」


 彼女はトラウマを抱えている。それは知っていた。だが、和真はソフィのトラウマを『正義の味方の敗北の記録を抱えている』ことだと思っていた。


「違う。アイツのトラウマはそんなものじゃない」


 彼女の候補者だった以前の九人すべてが、戦う意思を失くした理由を悟る。もとより、和真自身『最初から突然変異種』でなければ、彼らと同じ道をたどっていたはずだ。

 最初から化け物だった自分だけが、彼女の抱えるトラウマの本当の意味を知れた。


「あいつのトラウマは、『自分と変身した相手が突然変異種になってしまうこと』だったのか」


 行きついてしまった答えに、和真は乾いた笑い声をあげた。

 先ほど、自分が彼女に『最初から突然変異種だった』ことを告げられなかったことが、ひどく圧し掛かってくる。自分のトラウマを思い出さないために、彼女のトラウマを思い出させてしまった。

 彼女を責め立てていれば、彼女自身どれだけ救われたのか、今なら想像に安くない。


「……最低だ、俺」


 自責の念は衣となって和真の体を覆っていく。だが、


「あ、この前のアニキだ!」

「え?」


 かけられた声に振り向くと、そこにいたのはサッカーボールを携えて家に帰る途中だったであろう子供たちだった。近寄ってくる彼らの姿を眺めていた和真は、


「お前ら、この前の――」


 以前、この公園でサッカーの相手をした子供たちであることに気づく。その中には以前助けた少女の姿も。駆け寄ってきた子供たちは、和真の目の前で綺麗に一列に並んだかと思うと機敏な動作で敬礼をしてくる。


「その節は、どうもありがとうございました!」

「ははっ、なんで敬礼してんだよ、お前ら」


 男子も女子も関係なく背筋と胸を張った彼らの姿を見て、和真も声を出して笑った。


「兄ちゃん、ここでなにしてんの?」

「ん? あぁ、ちょっと黄昏ててね。この年になるといろいろあってなぁ」

「あ、ひょっとして、リストラってやつ? やっぱりだっせぇ!」

「うっさいわッ!? てか、やっぱりってなんだやっぱりって! おいちょっとそこのお前、そこになお――ブヘッ!? おい、誰だ今サッカーボール投げつけてきたやつ!?」


 顔面に直撃したサッカーボールを投げ捨て、和真は奇声を上げながら逃げ出し始めた子供達を追い回す。ちょこまかと和真の腕の間をすり抜けて、身軽に遊具を飛び越えていく彼らを追いかける和真は直ぐに息が切れ始めた。


「はぁ、はぁ。お前ら、いいか、げん、おとなしくしろッ!」


 精神的影響もあって、和真は数分もしないうちに地面に両手足をついて倒れこむ。すぐさま子供たちは和真の傍に近寄り、溜息をついてその背を叩いてきた。


「兄ちゃん、体力ねぇなぁ。おっさんみたいだぞ。格下げだな」

「う、うるさい! 俺だって、やるときゃやる男なんだよ!」

「へっへっへ。それは俺達もよく知ってるぜ!」

「は?」


 彼らに手を引かれる様な形で立たされた和真は、並び立った彼らの姿を眺めて首をかしげた。


「悩んでるなんて兄ちゃんらしくねぇでやんの」

「元気ないならこれやるよ!」


 生意気そうな一人の少年が、和真に向ってサッカーボールを差し出した。なされるままに和真はそれを受け取り、自分の前に立つ彼らに問いかける。


「おい、これ……」


 返そうとしたボールは、先頭にいた少年に再び押し付けられた。


「返さなくていいぜ。だからさ兄ちゃん、暇があったらまたこの公園来てくれよな! 俺たちのサッカーの相手頼むよ」

「そうそう。この前の兄ちゃんのリフティングってやつまた習わねぇといけないしな!」

「あ、そういや、智ちんなんか、兄ちゃんに自分からキスしたの思い出して――」

「も、もう! それは言わなくていいの!」

「はははは……」


 真っ赤になって暴れ出した以前助けた少女と、彼女から逃げ出したやんちゃな男の子たちを眺めながら、和真は声を出して笑う。そうして騒ぎ出した子供達全員にチョップを決め、和真は彼らをまとめ上げた。


「お前ら、整列ッ!」


 和真の掛け声とともに、子供達がきれいに並び立つ。あまりに統率されたその動きに和真は噴出しそうになるも、笑いをこらえて彼らに話しかけた。


「お前ら、もう時間も遅いから気を付けて帰れ! いいな、遠足は次の遠足までが遠足だぞ!」

「兄ちゃん、それじゃいつまでたっても遠足終わらねぇよ?」

「ったりまえだ。それぐらい毎日気を付けて帰れってことだ」

「うっす、リストラ隊長!」

「だぁれがリストラ隊長だッ!? 俺はまだ学生だぞ、リストラなんかされるかッ!」


 口の減らない男児達に腕を振り上げながら、和真は彼らに帰宅を促した。仲よく騒ぎながら公園を離れていく彼らを、和真は手を振って見送り、一人の少女が戻ってきたのに気付く。

 先ほど、智ちんと呼ばれていたあの少女だ。


「あ、あの……お兄さん」

「忘れ物でもしたのか?」


 恥ずかしそうに俯いてしまうその少女の前に、和真はしゃがみ込んで視線を合わせた。すると、ふっと少女が顔を上げたかと思うと、和真の頬に顔を寄せ、慣れないキスをした。


「お、おい」


 真っ赤になって離れていった少女を見て、和真も慌てて声をかけた。だが、そんな和真とは対照的に、少女は照れながらも言葉を紡いでいく。


「その、何に悩んでるかわからないですけど、元気だしてください」


 少女の一言を受けて、和真は一瞬だけ言葉を詰まらせ、


「……一つ、聞いてもいいかな?」

「あ、はい!」

「人を助けるって、どういうことだと思う?」


 和真の問いに、少女はまっすぐな笑顔で答えた。


「えとえと、一緒に笑ってあげられることだと思います」

「――――っ」


 少女の言葉に、和真は胸を掴んだ。そんな和真の目の前で、はにかむ笑顔で少女は言葉を続ける。


「私、お兄さんに助けてもらった時、すごく怖いと思いました。化け物より強くって、怖い人なんだって。でも……」


 少女はまっすぐな視線で和真に告げた。


「次に会ったらお兄さん、お兄さんのことを怖がってた私と一緒に笑ってくれたから。皆と一緒に笑ってくれたから、私は凄く嬉しかったです」

「そうか。そうなんだ」

「はい、そうなんです! だから、私もお兄さんみたいになりたいって決めたんです」


 こんな小さな子だというのに、自分よりずっと大人な少女だと、和真は笑う。


「ありがとう、助かったよ」

「あ、え、えへへ」


 少女の頭をぐりぐりと撫でた。しばらくして待ちくたびれた男の子たちが少女を呼び、彼女は元気良く頷いて友人たちのもとへと戻っていく。彼らの背が見えなくなるまで、和真は彼らに手を振り続けた。

 しばらくして、公園には文字通り和真一人だけが残される。


「……俺は、何を怖がってたんだろう」


 言葉にして、和真は自嘲した。

 自分は心のどこかで、助けることは力を奮うことだと勘違いしていた。トラウマの力を使い、化け物にならなければ人を助けることはできないのだと。


「でも、違うんだ。力なんてなくたって、人を……」


 助けることができる。

 そうだ、すごく簡単な事だったのだ。自分のような力のないベルイットやソフィ、桐子だって、人を助けるために戦っていられる。

 それに、自分は何度あの二人に助けられたのか。


「そうだよ。今度は、俺の番だよな」


 晴れ渡る胸に、大きく息を吸い込んで和真は笑った。


「うん。決めた。俺はソフィと――」


 逸る気持ちを抑える。向き合う覚悟は、今この瞬間に決める。

 覚悟とは勝手に『出来る』ものではなく、自分から『決める』ものなのだ。

 今は、この胸に生まれた気持ちを少しだけ噛み締めたい。そう思い、和真は久しぶりの一人の散歩へと興じていった。

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