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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第一章 銀色ペルセウス
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第十話 禁止語句と突然変異種

 ベルイットとソフィが共に暮らすようになって早一週間。毎日のように騒ぐ二人の少女に振り回されながらも、和真は平穏とした日常を送って――いなかった。


「はぁ……」


 深い溜息をついて学校から帰宅の途につく和真の傍には二人の少女。


「溜息つきすぎ」

「そうじゃのぅ。ここ一週間ほどずっと溜息ばっかりじゃな、お主は」

「誰のせいで溜息つくことになってるのかわかってんの、お前ら?」


 そっぽを向いて二人の少女に知らんぷりを決め込まれ、和真はがっくりと項垂れる。溜息の秘密。それはここ最近自分がまきこまれる事件の数に比例している。


「……俺、人助けなんてしたくないんだけど」

「いっつも同じこと言うておるの、和真は。で、いっつも人助けしておるが」

「言わないでくれないソレ。つか、お前らの行く先々で問題起きすぎなんだよ……」


 背中を叩いてくるベルイットの腕を払いながらも、和真はここ一週間を振り返る。

 日曜日。刑務所から逃げ出してた指名手配犯の大藤大吾を捕えるのに協力。

 月曜日。前日助けた幼い少女にお礼を言われ、自宅でソフィとベルに看病される。

 火曜日。一日の謹慎が空けて学校へ行くとロリコン疑惑浮上とその弁明に丸一日作業。

 水曜日。学校から帰宅後、ベルイットに無理矢理怪人達と一緒の募金活動に参加させられる。

 木曜日。通学途中に交通事故に巻き込まれそうになった親子を助ける。

 金曜日。ソフィとベルイットの他愛ない喧嘩に首を突っ込んで徹夜する羽目に。

 土曜日。久しぶりの散歩を決行するが、突然変異種の起こした小さな事件に巻き込まれる。

 再びの日曜日。前日の怪我で丸一日動けず。

 そして本日月曜日。


「久しぶりにゆっくりできるかと思ったら、土曜の件で警察の事情聴取受けることになって授業もろくに受けられないし……」

「お主が唯の一般人だから事情聴取など受けることになるのじゃよ。アンチヒーローに入っておれば、警察の邪魔などはいりはせんのじゃ」

「アンチヒーローに入る必要はない。ヒーロー協会のほうが身の潔白の証明に役立つ。ロリコン、協会に入ればいいと思う。博士もそれを望んでる」


 左右を歩くソフィとベルイットが互いの提案に、顔を突き付けて威嚇を始める。


「ソフィ! お主の勧誘は些か露骨すぎるぞぃ!」

「貴方ほどじゃない。私はロリコンの授業中に学校に忍び込んだりしない!」

「わしはお主らみたいに和真の制服に発信機を取り付けたりせぬがの!」

「私達は居場所の把握に努めているだけ。それより、今朝確認したら盗聴機能がつけられていた理由の説明が欲しい!」

「どっちもどっちだろうが! つかなに、俺の知らないところでお前らとんでもないことやってないか!? 俺を勧誘したいのかストレス死させたいのかどっちだよ!?」


 左右を歩く少女二人の脳天に拳骨を決めた和真は、制服の上着をまさぐり、襟の裏に取り付けられた小さな発信機を発見。すぐさまこれを取り外し、地面に投げ捨て踏みつけ、歩みを早めた。

 痛む頭をさするソフィとベルイットも慌てて和真のあとを追う。


「ストレスとはいっても、もとはと言えばお主が自分から全部首を突っ込んでおるではないか。ワシは首を突っ込まんでいいと言っておるぞ」

「私も言ってる」

「いや、まぁそりゃそうなんだけどさ。それができればこんなに苦労してないんだよ……」


 ベルイットとソフィの指摘通り、和真のストレスの原因は人助けにある。

 自身のトラウマでもある人助けが、和真は死ぬほどに嫌いだ。とはいえ、目の前で助けを求められてそれを黙って見過ごす。そんなことができるのであれば、和真自身、トラウマの克服などとうの昔にできている。

 助けることがトラウマなら、助けなければいいだけなのだから。


「はぁ……もう少し上手に生きる方法ないもんかな」


 良くも悪くも傍に居る二人の少女の周りでは事件がよく起きる。逆を言えば、事件がよく起きるからこそ、彼女達はこの街にいるのかもしれないが。


「……それより、ロリコン。今日の夜、時間ある?」


 唐突に、ソフィが小さな声で歩く和真を呼び止めた。彼女の声に振り返った和真は、今日の予定を思い出し、特に何もないことをソフィに告げる。


「ん? あぁ、まぁ問題ないな。なんだ、何か用事でもあるのか?」

「博士の指示で、貴方にしかできない手伝いを頼むことになった」

「俺にしかできないこと? なんだよそれは?」


 一歩、ソフィが前に出た。そのまま和真に背を向ける彼女は、小さな声で一言。


「――あなたと私が、変身できるかを」


 と。

 彼女の言葉に和真も立ち止り、顔を顰める。

 自分は正義の味方になるつもりはない。自分は人を助けることにトラウマを抱えているから。


「……わかった。今日の夜だな」

「いいの?」


 振り返ったソフィの驚く視線を無視し、和真は軽く瞳を閉じた。

 ここしばらく傍に居る二人の少女と暮らしていて気づいた。桐子が以前言っていたように、自分はやはり見捨てられない側の人間なんだと。人を助けることにトラウマを抱えて早十年近く。もういい加減、背けていた目を前に向ける時だろうと。


「変身できなかったら、俺は正義の味方の資格がなかった。そう言うことになるわけだろ?」

「……ふん」


 和真の返答が納得いかなかったのか、ソフィはそのまま一人で去っていく。彼女の背を見送り、和真は頬を掻いてベルイットと笑った。


「向き合う覚悟ができたのかの、和真?」

「そんな大層なもんじゃないよ。ただ、なんていうかな」


 放っておけなくなった、というのが一番正しいのだろう。小さななりをして自分達を守ってくれているソフィやベルイットのことを知り、彼女達を放っておけないと思ってしまっている自分がいるのだ。


「俺もいい加減、天邪鬼でいるのがきつくなったんだ」


 苦笑する和真の様子に、ベルイットが満面の笑みを浮かべで飛び乗ってくる。彼女のそれいけの声につられ、和真はイエッサーと一言答えて走り出した。



 ◇◆◇◆



 夕食を食べ終えた和真は、家を訪ねてきた桐子とソフィと共にヒーロー協会の所有地にやってきた。自宅からおよそ車で三十分ほどの距離にある場所だ。

 街中から多少離れた協会所有の敷地ということで、内心かなりドキドキしていたのだが、見た目は何もない荒地。


「こっちよ、御堂君」


 車から降りる和真とソフィを、敷地を囲うフェンスに背を預けて待っていた桐子が呼ぶ。彼女に連れられ、ポツンと用意されていた小さな小屋に連れて行かれる。

 ソフィと和真が小屋に入ったことを確認し、同じように小屋に入った桐子が、備え付けられていた本棚の本を押し込んだ。

 ガチャリと、何かがはまる音が聞こえたかと思うと、小屋の床に地下への階段が現れる。


「うっへ……」


 まるでテレビで見る様な絵に描いた秘密基地。その仕掛けに乾いた笑い声を和真が上げると、桐子は満面の笑みを浮かべた。


「ちょっとした遊び心よ。やっぱり、正義の味方はこうじゃなくっちゃね」

「遊び心って……」

「博士、ロリコン。早くいく」


 上品に笑う桐子と和真の腕を引いて、ソフィが階段を降りていく。

 そうこうして桐子とソフィに連れられて入ったその場所の第一印象は、巨大な体育館。


「広いな……」


 思わず感想を述べると、傍で白衣を着直した桐子が和真に軽く説明をしてくれた。


「ここは私の研究棟の一部でね、ヒーロー候補たちの変身訓練や戦闘訓練に使われているの。何かあってもここの防護壁はとても強固なもので、万が一暴走が起こっても地下施設ごと対処が……ううん、今はいいわね」


 ちょうど中央に白い台が見える。辺りに敷き詰められた計測器やパソコンがあるのを見れば、おそらくあそこで変身を試みるのだろうことはすぐに理解できた。

 今から自分は、本当に正義の味方に変身するのか。そんなことを考えると、やはり和真の中に不安が溢れ、唇が震える。


「先に言っておくわね、御堂君」

「あ、はい」

「ダメだと思ったなら、直ぐに教えてね」

「え?」


 和真は小首をかしげるが、桐子はすぐに踵を返して周囲にいた他の技術者たちに合図を飛ばした。途端に騒がしくなるこの場で、押し黙ったままのソフィに桐子は視線を合わせる。


「ソフィ。貴方の準備はいいわね?」

「……ん」


 ソフィが小さく頷くと、桐子に導かれて和真は中央の白い台の上に立つ。すぐに傍にソフィが近寄って、和真の正面に立った。


「計測! 生体信号のモニタリングは!?」


 桐子の叫びに、和真とソフィの乗った白い台を囲う環が浮かび上がる。スキャニングでもされていのだろうか、浮かび上がった環は緑色の光を放ちながら和真達の爪先から頭部までを上昇していく。


「問題ありません!」


 一人の研究者の声に、桐子が大きく頷く。そして、自らもパソコンに映しだされる情報に目を通しながら、和真とソフィに指示を飛ばした。


「ソフィ、御堂君。それじゃあお願い!」


 桐子の指示に、ソフィがコクンと頷いて和真の腰に抱き着いた。そのまま和真のへその辺りに頬を寄せ、腕を和真の背で繋ぐ。

 和真はびくりと身体を硬直させるが、桐子に深呼吸を促され、直ぐに落ち着きを取り戻した。


生体信号(シグナル)同調開始(シンクレディ)


 ソフィの消え入るような呟きと共に、和真は瞳を閉じる。ただ、そうするのだろうということだけは分かった。


「同調開始! モニタリング! 完全同調まで残り十秒!」


「すごい、初めてのコンタクトでここまですんなり同調が進むなんて……!」


 淡い光を放ちだしたソフィと共に、和真の周囲で風が揺らぐ。心地よさに瞳を閉じていた和真は、自分の鼓動とソフィの鼓動が重なっていくのがわかった。


「完全同調確認! 博士、いけますよ!」

「ソフィ、御堂君!」


 期待のこもった桐子の声に、ソフィと和真は眼を開いて頷いた。重なり合った視線に、和真は以前ソフィに教えてもらったように、彼女と声を揃えて叫ぶ。


「「シグナル、コンタクト!」」


 瞬間、建物内の中央にいた二人を中心に強い発光。桐子たちが慌てて目を閉じる傍で、ソフィの身体が粒子に溶け、和真の身体の周囲を渦巻くように覆っていく。

 自身の身体に起こる変化に身を任せようとした和真だったが、ふと頬に触れた粒子の流れに、激痛を覚えた。


「ぐ、あ……!」

「――え?」


 痛みに歪む頬に思わず呻き声を上げると、どこからかソフィの呆然とした声が耳に届いた。

 だが、頬だけではない。和真の全身を包もうとするその粒子が、触れる箇所全てに声もあげられないような激痛を伝えていく。怪我をしているわけでもない。ただ、痛いという感覚が流れ込んでくるのだ。


「なん、だ……これ!?」


 痛みと共に脳裏に走った映像に、和真は頭を抱えた。


 ――痛い。

 ――怖い。

 ――熱い。

 ――苦しい。

 ――死にたくない。


「あ、ああああ、ああああああああああ!」


 目の前にないはずの映像。知らないはずの記憶が粒子を通して脳裏に焼き付けられていく。

 その一つ一つが目を覆いたくなるような凄惨な映像。

 あるものは腕をもがれ、あるものは焼けただれ、あるものは胸を貫かれ、あるものは大切なものを目の前で失う。真っ赤に染まる世界。


「うあああああああああ!」


 その全てが、和真には理解できた。これは――誰かのトラウマだと。


「あああああああああ!」


 絶叫を上げる和真の様子に気づいた桐子が、慌てて周囲の技術者たちに怒声を上げた。


「モニタリング中止! 候補者の安全確保を最優先! 精神安定剤の投与急いで!」

「ま、待ってください! 候補者の様子が……!」

「え!?」


 周囲の様子などもはや和真の意識からは消えていく。

 蹂躙されていく脳内の記憶の隅から呼び起される、自分自身のトラウマ。

 助けて、と。

 油の漏れる車体の中から、両親が自分を求めた。

 藁をもすがる思いで。

 助けて。助けて。助けて。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。


 ――助ける。


「……ける」


 次の瞬間には、和真は本能的に呟いていた。漏れた呟きはもはや、その意味を真逆に変えて叫びへと姿を変える。


「たす、ける……! たすけ、るから……もう、止めてくれええ!」


 瞬間、和真の全身を覆い始めていた粒子が吹き飛ばされる。周囲にいた桐子たちも、和真から放たれた衝撃波に投げ飛ばされ、地面に激しく打ちつけられて呻き声を上げた。

 粒子となっていたソフィもまた、和真から離れた位置で元の人の姿に戻る。

 しかし、


「……か、和真?」


 ソフィの目の前で、和真の身体が変異していく。離れていても聞こえてくる鼓動の音に、和真の眼が血走り、真紅に染まる。


『オオオオオオオオッ!』


 黒い髪の毛もまた色素を失い白く変色し、和真は天を見上げて獣のような雄叫びを上げた。その肉体は全身を駆け抜ける血液の速度に赤く変色し始めている。


「あ……あぁ! は、博士、お願い、和真を……!」


 まるで鬼のような悍ましい姿に変異を始めた和真の姿に、ソフィが金切り声を桐子に投げた。


「分かってるわ、ソフィ! ベルちゃん、お願い!」

「もう動いておるのじゃ!」


 桐子の指示よりはやく、和真の真上に六体の怪人が飛び込んだ。変異途中だった和真を捕えた怪人達がすぐさま和真の身体を床へと貼り付ける。だが、我を失って暴れる和真は押さえつける怪人達を容易く弾き飛ばし、再び立ち上がる。


「押さえつけてなお、あれほど簡単にワシらの怪人を……!」


 和真の元へ飛び込もうとしていたベルイットは素早く傍に控える怪人と共に飛びずさった。


『アアアアァ……』


 低い唸り声をあげる和真――だったものが、自分自身の手の平を見つめる。だが、すぐにその真紅に染まる双眸は当てもなく彷徨い、ベルイットを捕えた。


「いけない!」


 桐子の叫びに呼応して、化け物はベルイットへと疾駆する。すぐさま間に駆け込む怪人達が化け物の注意を引き、ベルイットはその隙を見て桐子たちの元へと逃げ込んだ。


「派手に失敗してくれたのぅ、桐子」


 ベルイットにしては珍しい、静かな怒りの籠った声。その声を受けて、桐子は下唇を噛んで逃げ遅れていた研究員達に叫ぶ。


「貴方達はすぐに地上へ! 私の合図で施設ごと封鎖! これは絶対よ!」

「は、はい!」


 すぐに地上へと逃げ始める研究員達の脇を抜け、ソフィは桐子とベルイットに慌てて問う。


「は、博士! 待って、それじゃ和真が……!」


 ソフィの縋る視線を受ける桐子は、悔しさに瞳を揺らせ、彼女の両肩を掴んだ。


「いい、ソフィ。今の彼を見て。今の彼は――これまでの候補者と同じように突然変異種になった。これまでの候補者は、ベルちゃんが指揮した怪人達で押さえられたから、今回もできると思ってたわ。でも……」


 桐子の視線が暴れる突然変異種へと向けられる。


「彼は止められなかった。だとすれば、私達ヒーロー協会の仕事は一つ。分かるわね?」

「それは……っ!」


 突然変異種の速やかな無力化。桐子の言葉の意味を理解したソフィは、必死になって彼女にしがみ付く。


「だ、だめ! それは駄目! 私達が、あの人をあんな風にしたのに……!」


 ソフィの叫びに合わせ、ベルイットも暴れる突然変異種を忌々しく睨み付けて同意する。


「じゃから、ワシはヒーロー協会が好かん。協会上層部の意向は、現実的過ぎる」

「知ってるわ。だから、彼らだけ逃がしたの。貴方達も早く逃げなさい。この責任は、私がとるか――」


 次の瞬間、その場にいた三人の意識が固まる。

 頭上によぎった巨大な影。

 ゆっくりと、桐子は背後を振り返る。そこにいた巨大な突然変異種の姿に、桐子はふっと諦めの笑みを浮かべた。

 桐子の時間が止まる。ゆっくりと振り下ろされる拳。逃げ場のない必殺の一撃。

 その拳が、彼をこんな姿にした自分に突き刺さるのだと自嘲する桐子は、それ故、目の前に飛び込んできたソフィの姿に驚きを露わにした。


「和真!」


 強い叫び声が辺りに響いた。叫び声をあげたソフィは、目の前で止まった拳を睨み付け、震える体を必死になって桐子の前で広げていた。


「ソフィ、止めなさい!」

「止めない! 絶対止めない! 私は、正義の味方の変身ベルトだから!」


 桐子の制止に耳を傾けないソフィは、必死になって突然変異種へと姿を変えた和真に叫び続ける。


「私の声を聴いて! おねがい、目を覚まして!」

『あ、アアアアッ!』


 ソフィの声に、僅かに突然変異種の動きが鈍る。瞬間の逡巡を見逃さず、ソフィの脇を抜けてベルイットが突然変異種へと向かって飛び出した。


「普段迷惑を掛けておる分、これであいこにしてくれると助かるのじゃがな……!」


 ベルイットの突然の動きに慌てて反応する突然変異種の足元を、背後から飛び込んできた怪人が払った。倒れ込む突然変異種はすぐさま再び怪人に床に押さえつけられ、ベルイットが馬乗りになる。

 すぐさま黒服の内ポケットから注射器を取出したベルイットは、もがき苦しむ突然変異種の首に注射器を打ち込んだ。


『アァ、あ、あああ……!』


 強烈な精神安定剤を打ち込まれた突然変異種の動きが、直ぐに止まる。


「和真!」

「御堂君!」


 床に押し倒されたままの突然変異種――和真の身体がゆっくりと元に戻っていく。その身体から赤みが消え、真っ白に染まっていた髪の毛も黒く戻り、和真はようやく人の形を取り戻した。


「ふぅ、なんとか、間に合ったようじゃのぅ……。さすがにヒヤリとしたしたわぃ」


 変異が収まり、元の姿に戻った和真の様子を見てベルイットが腰を落とした。

 背中に感じた重さに、和真は霞む意識を必死になって手繰り寄せ、瞳を開く。そのまま荒れた息を整え、和真は自分の上に腰を下ろしているベルイットに訊ねた。


「おま、え……なんで、ここに?」

「仕事じゃよ、仕事」

「はっ、とりあえず、助かった……」


 床に貼り付けられたままの和真は、そうベルイットにお礼を言い、深い息を吐き出した。

 すぐさま傍に居たソフィと桐子が和真の手を握って悲痛に嘆いた。


「和真、身体は、身体は!?」

「いや、心配させて悪い。ちょっとやばかったかな……」

「ご、ごめんなさ……!」

「なんで、お前が、謝る必要あるんだよ……」


 和真の見せた弱弱しい笑みに、ソフィが口を覆って立ち上がる。彼女の瞳に目一杯の涙が溜まっているのに気付き、和真は言葉を探した。

 だが、和真が何かを発するより早く、ソフィはその場を逃げ出すようにして駆けていく。


「御堂君、後できっちりと謝罪はさせてもらうわ。でも今は、身体を休めることに専念して。直ぐに医療班を呼ぶからそのままでね」

「……は、い」


 頷いた和真は、消えていったソフィを霞む視線で追うが、やがて全身を包む痛みと疲れに意識を手放した。

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