橋の下のラブソング
彼はいつもギターを抱えて、橋の下の河川でオリジナルの曲を楽しそうに歌ってた。
私は遠目にそれを見ていた。
いつも彼の周りには子供が集まってきて、一緒に歌を歌ってた。
歌詞は全部英語なのに子ども達はみんな楽しそうにそれを歌ってた。
私は耳を傾け、近くのグラウンドで夕日が沈むのを待っていた。
それが私の日課。
ある日。
私がいつもみたいにグラウンドに行くと彼がいつものようにギターをかき鳴らしていた。
いつもの陽気なあの曲を弾いているのに、その背中は哀愁を漂わせていた。
私は気になって話しかけてしまった。
はじめて話しかけてしまった。
どうしたの?
彼はびくついてゆっくりと振り向いた。
私はつい笑ってしまった
だって、彼がイタズラがばれた子供みたいな表情をしているんだもの。
私につられて彼も笑っていた。
一通り笑って、私は彼の隣に呼ばれて座り込んだ。
すごい大きな背中だった。
近くで見ると本当に大きく見えた。
「君、いつも来てくれている子だよね?あのグラウンドで見てくれてる」
私は驚いた。
だって、彼が私のことを知っていたから。
あんなに遠くにいた私を…
「君は覚えてないよね」
私は困惑した。
なんのことか全然わからなかった。
「やっぱり、覚えてないよね?僕の一番最初のお客さんは君だったんだよ」
え?
記憶にない。
私がここで彼を見たとき、すでに子供たちが周りにいた。
「僕、一時期・・・この夢を諦めようと思った時があった」
彼はギターを撫でながら懐かしむように語り始めた。
「この近くの公園でギターを弾いていたんだ」
「確か雪が降ってた」
「寒くて、手も悴んで」
「でも、がむしゃらになってギターをかき鳴らしてた」
「誰も見向きもしてくれない中で、それだけに追いすがってたんだ」
彼は悲しそうに語った。
でも、次の言葉は子犬がはしゃぐような声音で。
でも、静かにゆっくりと言った。
「そんなときに君が止まって、僕をみてくれた」
私?
「そう。君」
彼は優しい笑顔をうかべた。
「君は僕に『きれいな歌ですね。もう一回聞かせてください』って言ったんだ」
「僕は精一杯歌った」
「正直、これが最後だと思ってたからね。声が枯れるんじゃないかってくらい思いっきり歌ったよ」
「そんなむちゃくちゃな歌に君は拍手をくれた」
彼は嬉しそうにはにかみ、川に石を投げ込んだ。
「そん時にわかったんだ」
「自分がやりたいことはこれなんだって」
「僕は間違えてなかったって」
すごいと思った。
こんな話を出来る彼が
私はただ目的もなく歩いてだけなのに彼は私の何倍も先をあるいてた。
すごい
「そんなことはないよ。俺は自分がやりたいことをしてるだけだよ。それこそ、そこらの子どもと何も変わらないさ」
それでも凄いと思った。
だって……
私にはそんなに打ち込めるものさえないもの
彼はそれを聞いて、笑った。
「そんなのわからないさ」
「もしかしたら、君はもう見つけてるのかもしれない。でも、まだ見つかってないかもしれない」
「でもさ、人間なんてそんなもんでしょ?」
彼は今度は滑らすように小石を川に投げる。
何度か跳ねる小石を見て、彼はガッツポーズをする。
「自分でも結局は自分自身を完璧には理解なんてできないんだ。だったら、いっぱい迷って、最後まで足掻いて、答えを見つければいいんじゃないかな。……って、俺、相当恥ずかしい事を口走ってるよね」
彼は顔を少し赤くしながら、照れを隠すように鼻の頭をかく。
「どう?参考になった」
私が何度もうなづくと彼は嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべた。
何故か、私の鼓動が激しくなる。
そこで私は気付いた。
私は恋をしたんだ。
目の前で子どものように笑う彼に。
それを自覚した途端、顔が火照る。
彼が無言になった私の顔を覗き込む。
「どうしたの?大丈夫?顔が赤いよ?」
だ、大丈夫!!
「そう?なら良いんだけど」
彼は納得いかないような顔で引いていく。
あ、あの!!
私の大声に彼が驚いたように目を見開いていた。
だけど私も顔から火が出るというのを身を持って体験中で、自分がおかしい態度をとってることにも気が回らない。
とにかく話し続けないと。
あの……一曲、聞かせてくれませんか!!
何故か、敬語だった。
恥ずかしくてうつむく私に彼は微笑んだ。
「俺なんかの歌でよければ聞いて下さい」
そう言って彼はギターの弦に指を添える。そして、それを優しく撫でた。
彼の指が奏でたのは、いつも彼が子ども達と歌っている陽気な曲ではなく、温かみのある優しいそよ風のような曲だった。
「これはね、君との出会いを歌った曲なんだ」
彼はギターの奏でる優しい音色の上に気持ちのこもった優しい言葉をのせる。
彼の歌声に私の感覚がすべて溶けていく。
そして、私の世界にはその歌だけが響き渡った。
彼が一通り歌い終わると達成感に満ちた顔で私を見る。
「どうだった?あの日、君にもらった想いをこの歌に込めてみたんだけど」
私はとにかく拍手を送った。
遅れて私の口からすごいって言葉が漏れた
「この曲は君に一番に聞いてほしくてさ。でも、君になんて話しかけようかってさっきまで迷っててね。だって、いきなり話しかけて、警察に御用になるなんて冗談にならなくなるもん。そんなことしたら格好がつかない。そんな風に迷ってたら、君から話しかけてくれた。もう、今日は一生分の幸運を使った気分だよ」
彼は照れたように頭をかく。
彼のいつもと違う寂しげな雰囲気は、そんなことを考えてたからだったんだ。
そう考えるとすごく嬉しかった。
私の為にそこまで考えてくれたんだ。
でも……
何で私?
「言ったろ?これは君に出会って俺が歌の道を決めた時の想いをこめた曲なんだ。俺はさ…結局、歌しかなくて君にこの気持ちを伝えるにはそれしかないって思ってさ。そう思ったら、頭の中にどんどんメロディーが浮かんで、それに歌詞をつけて、出来上がったのがこの曲なんだ。だから、この曲だけは一番最初に聞いてほしかった」
……すごいね
「え?」
だって、その想いをあなたはすぐに歌に出来る。でも私にはそんなことは出来ない。
そう言ったら彼が大声で笑った。
私が拗ねたような表情を浮かべると彼は笑いながらごめんごめんと謝った。
「でも、君は自分でもわかってないんだね?」
何を?
「君の言葉は俺をの心を奮い立たせてくれた。君の言葉は心の中に入ってくるんだ。そんな君ならきっと多くの人にもその想いを届けられるさ」
そんなこと……
「あるよ!君にはそんな力を持ってる」
…………………
彼の真剣な眼差しが私を射抜く。
私の鼓動はどんどん早足になる。もうフルマラソンに出れるぐらいのペースだった。
「でさ、そんな君にお願いがあるんだ」
彼の視線が私から水面に移った。その顔は少し赤みがかっている気がした。
「今日みたいに暇な時でいい。また、俺と一緒に曲を作ってくれない?」
う、うん
一緒に曲なんて作ったことはない。
彼がどんな意味でそれを言ったのかはよくわからない。
でも、彼と一緒になにかできると思うと素敵だなと思った。
だから、私はゆっくりと頷いた。
すると、彼はいきなり私に抱きついてきた。
心臓が跳ね上がる。
身体の隅々までが真っ赤に染まる。
「ありがとう。よかったよ。ダメって言われたらどうしようって」
そう言いながら彼は私の手を両手でつつみブンブンと振った。
も、もう、遅いから!!
そう言って私は手を振り払い、逃げるようにかけ出していた。
土手を上がり、もう一度振り返るとかれは無邪気な笑顔を浮かべ、こちらに手を振っていた。
それをみて、私はすぐにまたかけ出した。
嬉しかった。
とにかく嬉しかった。
彼が私を必要としてくれた。
家に駆け込んで自室のベッドに飛び込む。
お母さんの怒声が聞こえた気がしたけど気にならなかった。
わたしは、その日の夜、枕を相手に興奮がおさまることはなかった。
次の日から私は彼の隣でいろんな歌を歌った
たまに私が思いついた歌詞と呼べないレベルの文字の羅列を持ていくと彼がそれを最高なメロディーに乗せて、最高の歌へと変えてくれた。
毎日が楽しかった。
彼の隣に入れることが本当にうれしかった。
この日々がいつまでも続けばいいと思った。
だけど、そんな願いはかなわないものだ。
彼がとある音楽番組のオーディションを受けた。
大多数の新人が受けるオーディションでそれに受かったアーティストはほとんどが大ヒットするという結果を残しているらしい。
彼はそれを嬉しそうに話してた。
私もがんばれって言って送り出した。
でも、私は心の中で思ってしまった。
彼にずっと私の隣にいて欲しいって。
彼はオーディションに受かった。
そして、その番組で子ども達と歌ってたあの歌を披露してデビューを果たした。
彼の実力は認められ、すぐに人気者となっていった。
雑誌にアイドルとの熱愛疑惑とかも書かれてた。
新聞の記事も大体彼の物だった。
そんな現実をみて、私は……
私はもう彼の隣にいられないんだ。
そう思うと胸の中からあつい何かがこみ上げてくる。
彼の幸せを願ってたはずなのに、それ以上に私は彼と一緒に歩きたかった。
私は涙をこらえて、机に向かった。
作詞の勉強を必死でした。
彼の隣にいるための勉強を……
でも、心の中に虚しく開いた大きな穴を埋めることは出来なかった。
今日はクリスマス。
私はあの河川敷に来ていた。
彼がデビューしてもうすぐ一年がたつ。
彼とはもう全然会ってなかった。
彼だって忙しいんだ。
だって、大スターだもん。
それに私より大切な人が出来たんだろう。
だって、私なんかよりアイドルの子の方が断然、可愛いもの。
私は彼と初めて喋った橋の下に座った。
ここに来ると彼との思い出が今のように思い出される。
今何をしてるんだろうか。
スタジオでリハーサルかな。
今日、音楽番組で新曲を歌うって言ってたから。
もしかしたら、彼女と楽しくしてるのかもしれない。
私のことなんか覚えてるかな。
きっと……覚えてないよね。
だって、所詮……ただの友達みたいなもんだもん。
頬を何か温かいものが伝う。
自分の涙だった。
私……泣いてるんだ。
その滴を拭う事無く、私は灰色に染まる空を見つめてると、空は白い羽を落とした。
雪だ。
雪はしんしんと振り続け、私の身体を包んで行く。
きっと空も私と一緒に泣いてくれてるんだ。
私は歌を歌った。
彼が私にくれた一つの音。
彼が私の為に奏でてくれた一曲。
歌声に嗚咽に交じり、聞けるような代物ではなかった。
でも、わたしは歌い続けた。
彼が言ったから。
私の言葉は心に届くって。
だから、きっと……彼にだって届いてくれる。
彼の力になってくれる。
そう思って歌い続けた。
この歌が終わればきっと私も前に進める。
だから、全部………全部ここに吐き出してしまおう。
そう思って、力の限り歌い続けた。
最後のさびの部分に入る前の間奏の部分で一旦息を吸い込む。
これで最後だ。
これで……本当に終わりにしよう。
そう思って歌い出そうとすると、後ろからあのギターの音色が聞こえた気がした。
振り向くと彼がいた。
雪を頭にかぶりながらも、汗だくで、ギターを抱えて。
なんで?
なんで…ここにいるの?
私は決心が揺らぎ、瞳からは涙が流れ落ちる。
彼のギターが私を誘う。
私は最後の歌を精一杯歌った。
歌いきると彼がゆっくりと私の方へ歩み寄ってくる。
彼は肩で息をしていた。
きっと、走ってきてくれたんだろう。
嬉しかった。
彼は無邪気な笑顔をこちらに向けてくれた。
私も笑顔で返したかった。
なのに…
なのに、涙は止まってくれなかった。
……何でいるの。
「君の声が聞こえたから」
今日は大事な新曲の発表でしょり
「うん、よく知ってるね」
だって、一番最初で世界で一番のファンだもん
「ありがとう」
彼は着ていたコートを脱ぎ棄て、ギターを構える。
「聞いてくれ」
彼がギターをかきならし、音を奏でた。
それは甘く切ない愛の歌。
私の胸を締め付けるぐらい温かくて
それ以上にその刹那の瞬間を抱きしめていたくなる。
そんな歌だった。
彼は歌い終わると、ギターを柱に渡し、私の前まで来る。
「この曲、君に一番に聞いてほしかった」
……なんで、私
あなたにはもっとふさわしい人がいるでしょ
私じゃなくて…その人…に…とどけて
それ以上、言葉が出てこなかった。
代わりに涙が止まることなく漏れ出す。
………っ!
彼が私を抱きしめていた。
よして
優しくしないで
私の中の決意が音を立てて崩れていく。
「君以上にこの歌を聞かせたい人なんていない」
あのアイドルの人がいるじゃない
「あの人とはそんな関係じゃない」
彼の腕に力がこもる
「俺は君が好きだ
「この曲が出来た時、俺、すぐ君に伝えに行こうと思った
「でも俺、へたれだからさ
「また、どうやって言おうか迷っちゃって
「だから、今日の新曲発表が終わったら、その場で言おうと思ってた
「でも、君の声が聞こえたんだ
「だから、走ってきた
「いないかもしれないとも思った
「でも君は此処にいた
「だから、俺は君に言いたいんだ
「俺は君が好きだ。大好きだ!世界で一番大事なんだ!」
涙が止まらなかった。
その言葉が胸を埋め尽くしていく。
彼が…私とおんなじ気持ちを持っていた。
私もあなたが大好き。
そう言ってすぐに抱き締めたかった。
でも……私は……
彼をつき飛ばした
だめだよ
「なんで!!」
あなたはこんな所にいるべきじゃない
あなたの歌はいろんな人を幸せにしてくれる
だから、その歌をいろんな人に聞かせてあげて
それに、私はあなたといたらきっと足を引っ張るわ
足かせとなってしまう
そんなの…
そんなの嫌!!
「そんなことはない!!」
彼は叫んでいた。
「俺は君が何と言おうが君を愛してる
「たとえ、周りが何と言おうと君を守って見せる
「君は俺に力をくれる
「そんな君が足手まといになってなるわけがない!」
彼は膝をつき、私の前に一つの小さい箱を私に向かってつきだす。
「これが俺の本気の想い」
私はその箱の包装を解き、箱を開ける。
そこには銀色に輝く一つの指輪が
「何があっても俺は君をまもる
「だから……
「俺と結婚してください」
………………
「ご返事は?」
ばかっ!!
私は彼に抱きついていた。
どんな表情をしてたかな。
すごく泣いてたからな
きっとひどい表情だったんだろうな。
でも、きっと……
最高な笑顔を浮かべてたんだろうな