第4話 魅惑の生徒会長
「おっ、重い……」
今、俺こと伝馬和弥は大量の資料を抱えて、廊下を歩いていた。
その量は尋常ではなく、特に腕力に自信のない俺にとっては大変な重労働だ。
だが一度でも地面に下ろせば、不安定なバランスを保つ資料の山はたちまち雪崩のごとく崩壊。
修正が困難になるため、震える腕に喝を入れながら持ち続ける。
さてなぜ俺がこんなことをしているのかだけれど……
それは朝の職員会議まで遡ることになる。
「伝馬くん。すまないが、こちらに」
職員会議終了後、授業のあるクラスへと向かおうとする時
俺は校長に呼び止められた。
「どうしたんですか?」
「ああ、すまないが君に頼みたいことがあってね」
そう言うと、職員室の端に置かれている紙の束を指差す。
「こちらの資料を生徒会室まで運んでほしいんだ」
「こっ、これを全部ですか?」
「そうだ。少し多いかもしれないが、若い君なら問題ないだろう」
校長は簡単に言うが、俺はその膨大な資料の量に少したじろいでしまう。
だが、校長たっての依頼だ。断ることなど出来る訳がない。
「昼休憩が終わるまでに運んでもらいたいのだが、大丈夫かな?」
「問題無いです。午前中は授業があるんで、昼休憩にでも持っていきます」
「そうか、すまないな。お願いするよ」
そう言って、校長はこの場を去ろうとするのだが……
何か思い出したかのように、もう一度こちらを向く。
「そうだ。生徒会室には綾月くんがいるはずだ。まだ君は会ったことがないだろう? これを機会に少し話をしてみてはどうだろう。なんたって綾月くんは我が学校の生徒会長だからね」
これで校長との会話は終了。俺は授業の準備に取り掛かろうとすると
「伝馬先生、遂に綾月さんと会うんですか!」
横から伊織先生が話しかけてくる。
「そうみたいですね。伊織先生、生徒会長の綾月さんってどんな人なんですか?」
俺はさっきから思っていたことを聞いてみる。
実はこの学校に勤め始めて数週間。
未だに俺はこの学校の生徒会長に会ったことがなかった。
「綾月さんですか? 綾月さんはね、とても女らしくて綺麗な方ですよ。人望もあって、男女問わず人気者でもあるんです!」
自分の事のように、伊織先生が嬉しそうに語る。
「凄い人みたいですね」
「そうですね。綾月さんが生徒会長になってから、学校は大きく変わりましたから。今や歴代トップの生徒会長だ! なんて言う方もいますしね」
なんというかそうとう優秀な御方のようだ。
まぁ、これだけの巨大な学校のトップに立つ人物。それだけの威厳、凄味がないといけないのだろう。
しかし、そこまで凄いと言われれば気になってくるもので
「そこまで言われると、興味湧いてきましたね。昼休憩に会うのが、楽しみです」
俺の口からもそのような言葉が出てくる。
「それはよかったです! 是非お話してみてください。でも……」
「あっ!!」
時計を見ると、時間は8時58分。1時限目まで後2分になっていた。
「すいません、伊織先生。俺、1時限目から授業なんで失礼します!」
そう言って、伊織先生との会話を中断。
俺は授業のあるクラスへと向かったのであった。
で、冒頭へと戻り……
現在、俺は生徒会室へと資料を運んでいる最中。
そしてようやく生徒会室まで、100メートルを切る所まで来ていた。
教務室から生徒会室までの距離は、約400メートル。
今ほどバカでかい校舎であることを恨んだことはないだろう。
それほどまでに俺の両腕は限界、悲鳴を上げていた。
もうダメかも……そんなことすら思い始めた頃
「カズちゃん、なにしてるのぉ?」
救世主が現れた。
「良い所に来た、あすか! 頼むからこの資料、少し持ってくれないか!」
偶然、そこにいたあすかに俺は助けを求める。
女性に助けを求めるなど問題があるような気もするが、今の俺にはそんな気が回る訳がない。
それくらい限界だった。
しかし、あすかは俺の気も知らず
「えっ~嫌だよぉ、カズちゃん。そんな重そうなの、持つの」
あっさりと断れる。あまりにも薄情な幼馴染だ。
でも、あすかはもう一度こちらへと視線を向けて
「だけど、カズちゃんが今度デートに連れて行ってくれたら、手伝っちゃおうかな~?」
そんなことをあすかは俺に向けて言う。
なんて奴だ、この場に及んで交渉してくるとは……
だが、俺の腕はもう限界寸前なのは隠すこと出来ない現実。
俺に選択肢などはなかった。
「わっ、分かった! デートの事は考えておく。だから早くこの資料持つの手伝ってくれ!」
もうプライドなんて何もない。
俺は大声で、幼馴染に助けを求める。
「ホントに? やったぁ~。週末はカズちゃんとデートだぁ~」
両手を挙げ、あすかは喜びを表現する。
またやっかいなことが増えてしまった気もするが、今の俺は負担が減ったことに喜び
あすかと二人で生徒会室へと向かったのであった。
その後、なんとか生徒会室入口まで到着。
途中、校内放送であすかが呼び出しをくらう緊急事態が起きたものの
残り僅かな距離であったため、最後の力を振り絞りここまで来ることが出来たのだ。
一つ大きな深呼吸。乱れた呼吸を整える。
落ち着きを取り戻した所で、俺は部屋の扉をノックした。
「頼まれた資料を持ってきた。すまないが、ドアを開けてくれないか?」
扉の先にいるであろう生徒会長に向けて、話しかける。
「は~い。今、開けます」
少し艶のある綺麗な声が聞こえてくる。
その後、ゆっくりと扉が開く。
「どうぞ、資料はこちらの机の上にお願いね」
可憐な少女が姿を見せる。
これが生徒会長の綾月さんなのだろう。
一瞬、あまりの可憐さに見とれてしまうも、自分の役割を思い出し体を動かす。
指定された机に資料を置き、ようやく頼まれた仕事を完遂した。
とはいえ、疲れはかなりのものだったようで……
両腕が鉛のように重く、節々が赤く腫れていた。
その様子に気付いたのか
「あっ、大丈夫? その手や腕。凄く赤くなっているし、傷痕まで」
こちらに近付いて来て、俺の両手を労わる様に会長自身の両手で包みこむ。
自然に行われたことなどで茫然としていたが、こんな美少女に手を握られている。
なんともドキドキするシチュエーションだ。
つうか距離が近い! それにすげぇ良い匂いが!!
様々な刺激が俺に襲いかかり、心を動揺させていく。
「後から保健室に行って治療してもらいましょ。私も付き添うから」
更に追い打ちを掛けるように上目づかいの視線。
もうなんかいろいろとヤバい。
この状況を打破すべく
「いいよ。これくらい平気だから」
「だめ! そうやって意地張って……後からひどくなったらどうするの?」
そっけなく対応するが、あっさりと反論されてしまう。
それにしても伊織先生並の心配性ぶりだ。
確かに酷くなっても困るので、ここは大人しく従うことにする。
彼女と視線を合わせない様にしながら……
そうしていると、ようやく心臓の鼓動が落ち着きを見せ、俺はまだ彼女に自己紹介をしてなかったことを思い出す。
さすがにそれは失礼。そう思い、俺は彼女の方へと視線を向け
「そういえば、自己紹介がまだだったな。今更だけど、俺の名前は――――」
「伝馬和弥、でしょ。それに担当教科は数学」
先に名前を言われてしまう。
それに加えて、ご丁寧に担当教科まで
「あれ知ってたのか。それも担当教科まで知ってるなんて」
「先生はこの学校で有名よ。知らない人なんていないんじゃないかしら?17歳の先生が高校生に数学教えてるって、そこらじゅうで話題になってるから」
確かに普通に考えれば、こんな先生がいるとなると噂になっていても何の不思議でも無い。
ただ最近まで忙しかったせいか、そういう生徒間の話題には疎く、構ってはいられなかった。
「じゃあ、今度は私の紹介。私は扇山高校2年綾月蓮、ここの生徒会長やってるわ。今後ともヨロシクね」
笑顔を見せながら、俺に自己紹介をしてくれた。
その笑みは魅惑に満ち溢れており、まさしく男性を虜にしてしまう笑顔だった。
まさに伊織先生が言っていたように、とても綺麗な人だ。
あすかや水樹とは違う。薔薇の様な可憐さ。
そのあまりの美人さ加減に、俺の気も緩んでいたのか
自然と口から
「綺麗だな」
言葉が出てしまっていた。
「……えっ?」
生徒会長は目を大きく広げ、俺の方へと視線を向ける。
そこで俺もようやく自分がおかしたミスに気づき、顔が真っ青になる。
「いっ、いやこれはなんていうか。ボソッと出てしまった言葉というか」
「さっき言ったこと本当? 私が綺麗って、それって本当なの、ねぇ!?」
言い訳をしようとしていた俺に、彼女はググッと体を近付かせて聞いてくる。
いきなりまた距離が近くなったことに、動転しそうになる。
取り繕うことはもう出来ない雰囲気。こうなったら開き直りだ。
俺は正直な思いを
「あぁ、綺麗だよ。綺麗過ぎて、まともに直視できないくらいだ」
言葉にする。
先生である俺が何言ってんだと思うがもうどうにもならない。
俺は生徒会長に、お叱りの言葉を貰うことを覚悟していると
「……どっ、どうしよう、どうしよう! 和弥に綺麗って言われちゃった! すっごく、すっごく嬉しい! まるで夢みたい!」
さっきと様子が一転し、目を爛々と輝かせた生徒会長がそこにいた。
ありえないくらいハイテンションで周りを駆け回る。
っていうか、さっき俺のこと呼び捨てにしてたような……
「ちょっと待ってくれ、綾月。さすがにいきなり呼び捨ては」
「どうして? っていうかまだ気づいてないんだ。それはそれでちょっとショックかも」
さっきまでのハイテンションはどこへやら。
肩を落とし、少しご機嫌斜めになる生徒会長。
唐突な彼女の変わりように、俺の頭は軽くパニック状態だ。
「だって、綾月とは今日初めて会って……」
「何馬鹿みたいなこと言ってるのよ、和弥。もう私の顔忘れたの?」
更に近付き、目の前まで顔を接近させてくる。
そして、彼女は
「親友の顔をさ」
その瞬間、脳内が急激に刺激され
――――――――ピンッ
頭の中で一つの結論が導き出された。
しかし、それには大きな違いが存在し……
俺は恐る恐る
「もしかして……蓮か?」
彼女に問いかける。
すると、彼女は満面な笑みを浮かべて
「やっと思い出してくれた! 嬉しい、和弥!」
俺に抱きついてくる。
涙を流しているのか、体は少し震えていた。
傍から見れば、感動の光景。
だが、俺はそんな感動に浸る暇はない。
大きな疑問が残っているのだ。なにしろ
「ちょっと待ってくれ! でも俺が知ってる蓮は男だ!!」
俺の知っている、俺の親友である蓮は男なのだから。
だけど目の前にいる自称俺の親友は、どうみても女性。
顔や雰囲気が似てるといっても、俺は彼女が蓮だとは到底思えない。
「まだそんなこと言ってるの? じゃあこれ見せてあげる。ハイッ、これ!」
そういって見せてくれたのは、生徒手帳。そこには
綾月蓮 性別男
としっかり記されている。
目の前にいる人物が綾月蓮であると証明するものだ。
これで確かに彼? 彼女? が正真正銘、俺の親友綾月蓮だと分かった。
分かったけれど……
「どういうことだよ、蓮! なんでお前、女装してんだ!?」
問題が解決しても、更に脳内が混乱する訳のわからない事態に。
久しぶりに会った親友が、女の子になっていましただなんて
すんなり納得できることではない。
しかし、蓮はそんな俺の思いなど知ったことではなく
「そんなの和弥に綺麗って言われるために決まっているでしょ! こんな所で再会できるなんて夢に思わなかった。もう離さないんだからぁ!!」
「ちょっと、蓮」
「大好きっ!和弥!」
より強く抱きしめてくる。
親友である蓮との再会。
とても喜ばしい出来事。なんだけれど
その親友の大きな変化に頭を悩ませる俺であった。