第2話 完璧委員長の憂鬱
あすかとの再会
その後の俺は、今までに感じたことない苦労と緊張を背負う日々が続いていた。
当初は人にモノを教えたことのない俺にとって、授業を作り上げることの難しさ。
それに直面していた。あまりにも拙い、授業の進め方。
それに生徒達も同い年の先生に教えてもらっているという違和感。
動揺や不安が隠しきれなく、ギクシャクした雰囲気が続いたが……
今となっては、その雰囲気もなくなってきていた。
授業に関しては周りの先生のサポートや自分の努力によって改善。
生徒達もこの学校の先生達と同じく順応が早いのか
一週間もしない内にこの光景にも慣れ、戸惑いや不信感は消えていた。
それどころか、生徒から気さくに話し掛けてくれることも増えてきている。
というか、生徒の中では俺は先生というよりもクラスメイトとしての認識が強く
今日の朝の登校の時も
「伝馬くん、おはよう~」
「伝馬。先生が遅刻したら、格好がつかないぜ!」
「伝馬~、この問題分かんねぇんだけど、教えてくれぇ~」
とまぁ、こんな感じで完全に学生同士の朝の風景へとなっている。
俺としても同年代の生徒達に敬語を使われるのは、嫌だなと思っていた所だ。
これはこれでよかったと思っている。
こういう同年代の人達の触れ合いは経験してこなかったこと。
なので、楽しんでいる自分がいるのは確かなのだが……
少しくらいは先生として、扱ってくれても良いんじゃないかなぁ~と思う今日この頃なのであった。
このように冒頭からこれまでのことを振り返ってみた訳だが……
いくら仕事が上手く行き始めたと言っても、慣れないことをしているのは事実。
俺の疲れはピークに達しており、凄まじいほどの疲労感を感じていた。
それも今は昼間。外から感じる朗らかな陽気も相まって、眠気が俺を襲ってくる。
もういっそのこと寝てしまうかと思うが、さすがに俺は先生。
それはダメだと、自分に向けて喝を入れる。
なによりも今は、ホームルームの時間。
なんとか気持ちを立て直し、俺は黒板の方へと視線を向ける。
議論されている内容は、今度行われるクラス対抗のレクリエーション大会。
その大会でどんな競技を行うのか、それの話し合いがされていた。
「やっぱりメジャーなバスケやサッカーは入れるべきじゃね?」
「それじゃあ普通すぎてツマンナイ~」
「なら、運動系以外でクイズ大会とか?」
「俺クイズ、ダメなんだよな~。それにクイズとか、新鮮さがねぇよ」
「それなら……カバディとかどうよ!?」
生徒達の様々な意見が飛び交っている。
つうかカバディって……皆ルール知ってんのかよ。
それに何百の生徒達がカバディをする光景……うん、間違いなく異様な姿だ。
意見は続々と出てくるのだけれど、中々意見は一つにまとまらない。
ただ生徒達の声が大きく、うるさくなっていくだけである。
さすがにこれは不味いと思い、俺が注意するべく立ちあがろうとするが……
それよりも早く、教壇に立っている一人の女生徒が口を開いた。
「このままでは、いくら話し合っても纏まるものも纏まりませんので。今挙がっている候補の中から多数決を取りたいと思います。よろしいでしょうか?」
この騒がしい流れを断ち切る言葉。
一瞬にしてクラスの雰囲気は変わり、多数決をする方向へとなっていく。
まさに見事な判断である。
それを下した我がクラスの委員長である水樹に、俺は視線を向けていた。
彼女の名前は水樹奏
このクラスの委員長を務める優等生。
いつでも冷静沈着。生徒、教師共に評価は高く、信頼も厚い。
それに加えて、可憐なロングヘアー美少女なのだから文句のつけようがない。
まさに「完璧」という言葉が似合う人物だ。
そして、このクラスで唯一と言っていい
「伝馬先生。先生も多数決という手段でよろしいでしょうか?」
俺のことを先生と呼ぶ生徒である。
いや、これが正しい光景。
問題はないのだけれど、どうにも違和感を感じずにいられない。
「伝馬先生、どうかしましたか?」
水樹の視線がこちらに向いていることに気づく。
どうも考え事をしていたのが悪かったのか、水樹の言葉を聞き逃していたようだ。
少し慌てて、水樹に向け返事を返す。
「あっ! いいよ、多数決で。もう時間もないことだしな」
「そうですか。なら、さっそく多数決を……まずはサッカー。サッカーが良い人は手を挙げてください」
この言葉と共に、多数決は開始される。
結果的にはバスケと言う平凡な結果で、このホームルームは終了したのであった。
終了後、スムーズに進行してくれた水樹の元へと駆け寄る。
「ありがとな、水樹。水樹のお陰で早く意見が纏まったよ」
そうすると、水樹はこちらへ向き
「いえ、お礼を言われるほどのことでは。私はただ委員長としての責務を果たしたまでですから」
そっけなく言葉を返す。
しかし、俺はその姿勢がどうも納得いかず
「そんなことないと思うぞ? 水樹は委員長としてしっかり頑張ってるし、新米の俺は助けて貰ってばっかりだ」
「そんな……私は当然のことを」
「勉強や部活なんかも水樹は凄いって良く聞くぜ」
「そんなこと言ったら、私にとっては同い年で先生やってる伝馬先生方が凄いと思いますよ」
水樹に向けて、正直な感想をぶつける。
でも水樹の態度は変わることなく謙虚で、どこか自信のなさが垣間見えた。
俺が知っている限り、水樹は勉強、部活動どの分野にしても模範かつ完璧な結果を出していた。
どんなものでも優秀や完璧という言葉しか見当たらない。
完璧すぎて逆に怖いくらいだと思ってしまうくらいに……
そんな人物が、これほど後ろ向きな発言をする姿に、俺はどうも疑問を感じずにはいられない。
日本人特有の謙遜といえなくもないが、それにしても異常。
それに水樹の目は、いつも何か怯えているような寂しい目をしているように見えて
俺は自然と
「水樹、何か悩みでもあるのか?」
思っていたことを口にしていた。
ヤバい! と思ったものの、もう言葉として出てしまった後。
微妙な雰囲気に包まれていく。
「……」
返ってくるのは沈黙。
顔を下に向けていて表情は分からないが、いけないことを聞いてしまったのは分かった。
ふと昔、教授に「お前って、本当に女心って奴を分かってねぇわ!!」
と言われたのを思い出す。
あの時は何言ってんだと思ったものだが、ここに来てそれを実感するとは。
後悔の念に駆られながらも、この場をなんとかするべく会話の糸口を探していると
「……どうして私が悩んでいるって、先生は思ったんですか?」
水樹がそんな言葉を返す。
変わらず顔は下に向けたままで……
もうこうなったら、どうにでもなれである。
俺は女心とかデリカシーなど考えず、思ったことを口にしていく。
「そりゃ、分かるだろ。誰にも気づかれてないとか思ってたのか? なら甘いな、大甘だ」
俺は一呼吸おき、思いの丈を言葉として紡ぐ。
「俺はちゃんと見てるんだ。水樹が無理して笑顔を作ったり、気丈に振る舞ってる姿をさ。必死こいて自分を、水樹奏を演じようとしている。その違和感をな」
そう、俺が感じていたのは違和感。
このクラスに来て、初めて水樹に会った時からそれを俺は感じていた。
何かを演じながら学校生活を送っている、その水樹の違和感を。
なにしろそれは、良く知った誰かさんと同じような状況で……
俺が気付かない訳がなかった。
「ふっふふ、さすがですね先生。誰にも気づかれたことなかったのに……」
ここに来て、ようやく水樹が顔をあげる。
そこには先程の作られた表情ではなく、自然な笑顔があった。
その笑顔は、あまりにも可憐で……俺は思わず
「可愛い」
とボソリ……
いや、皆勘違いしないでくれ。
いくら同い年だとはいえ俺は先生、ティーチャーだ。
生徒に見惚れてなど断じてない。そう、さっきのは幻聴。おk?
俺は頭を横に振り、冷静さを取り戻させる。
「だっ、だから! 言えない悩みなら俺は無理に聞こうとはしない。でも、俺は水樹の先生なんだ。もし少しでも相談したいと思ったら、俺の所に来い」
少しぶっきらぼうにそう言う。
そんな俺の様子が面白かったのか
「伝馬先生。先生にはそういう台詞、似合わないですね」
水樹にからかわれる。
確かに少しクサい台詞だったかもしれない。
顔が赤くなっていくのが分かる。
「でも、嬉しかったです。こんなこと言われたの、先生が初めてですから」
「そうなのか?」
「はい。ちょっとだけですけど、気分が楽になりました」
またこちらへと笑顔が向けられる。
正直、水樹の悩みを詳しく知った訳ではない。完全に悩みを解決したとは言えない。
だけど今の俺には、これ以上は踏み込めない。そう思った。
「次の授業が始まるので失礼させてもらいます」
「そっ、そうか? 次の授業もがんばって来いよ」
「はい。伝馬先生もがんばってお仕事してくださいね」
「まかしておけ。なんとか今日1日乗り切って見せるよ」
「無理は禁物ですよ」
会話を終え、水樹は次の授業へと向かっていく。
そして俺も、次の授業の準備に取り掛かるため教務室に向かって歩いていく。
「……伝馬先生!」
突然、後ろから水樹の声が聞こえてくる。
後ろを振り向くと
「先生。私と同い年で先生なんて、不安もあると思いますが、伝馬先生はちゃんと先生やってますよ」
その言葉を俺へと贈り、足早に去っていく。
「ちゃんと、先生やってる……か」
その言葉に、俺は嬉しさを感じずにはいられない。
少し陽気な気分へとなっていく。
その気持ちを抱えたまま、俺は次の授業へと向かうのであった。