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第1話 幼馴染との再会

 現在、俺こと伝馬和弥は教室の入口の前に立ち、自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待っていた。

 


 まるで気分は転校生……いや、先生としてここにいる訳で状況としては違う。

 だけれど似たような気分を感じていた。

 緊張が凄い。心臓がバクバクと動いているのが嫌でも分かる。

 学会でお偉いさんの前で発表する時よりも、緊張している自分がいた。

 

 さて、ここまで来るとなんで俺が教室の前に立たされているのか。

 そういう疑問を持つ方もいるだろう。

 これにはもちろん理由があり、この学校に出勤してくる所から始まるのだが……




 今日の朝

 俺はセットした目覚ましよりも早く目を覚まし、少し緊張した様子で準備。

 ソワソワ感を抑えられないまま、学校へと向かっていった。

 

 一応、これから勤める学校のことを少し紹介しておこうと思う。

 俺が勤める扇山高校おうぎやまこうこうは男女共学の高校である。

 中高大一貫校という珍しいエスカレータ式の学校。

 そのためか穏やかな生徒が多く、学力・部活とも不も可もない成績を上げている。

 いわゆる普通の学校らしい。

 変わった所をあげるとすれば、あまりにも大きな校舎が特徴らしいが……

 

 と、まぁそんなことを言っていると校舎の前まで着く。

 写真でしか見てなかった大きな校舎に感動を覚えながらも、俺は先生達が集まる教務室へと向かっていく。


 「しっ、失礼します!」


 少し言葉に詰まりながら、挨拶。教務室へと入っていく。

 朝の会議中だったのか、勢ぞろいしている先生達の視線が一斉にこちらへと向く。

 そして、一瞬にして困惑した表情に……

 

 当然の反応だろう。俺みたいな年齢の奴がスーツ着て教務室にいるなんて。

 傍から見れば異様な光景だ。

 そんな中、一人の男性が立ち上がり、俺の方へと近付いてくる。


 「君が、伝馬和弥くんかな?」


 「あっ……はいっ!」


 返事を返す。突然のことで少し戸惑ったが、はっきりとした声で返事を返すことが出来た。

 すると、その男性は優しげな笑みを浮かべて


 「私がこの学校の校長だ。ようこそ扇山高等学校へ」


 握手を求められる。 

 俺はその手に呼応するように、自分の右手を差し出す。

 なんというか凄く雰囲気のある人だ。その威圧感に押されてしまう。

 

 その俺の気持ちを察したのか、もう一度校長は柔らかな笑みを浮かべる。

 そして、教務室の中央へと俺を移動させ


 「もう皆には事前に話していたと思うが、今日からこの学校で働いてもらう伝馬和弥くんだ。教科は数学を担当してもらう。年齢は17歳だが、アメリカの大学を卒業して正式な教員免許をもっている。とはいえ、まだ若いから皆のサポートよろしく頼むよ」


 校長から軽い自己紹介をしてもらう。

 ……っていうか俺の担当教科、数学だったのか。

 この場所に来て、初めて知った事実である。

 そういえばあの教授、場所だけ指定して後は何も話さなかったからな。

 あの教授のテキトーさが表れた結果だろう。

 

 その後、同僚となる先生達との交流が始まるのだが……

 意外にもこれはすんなりと進んでいった。

 さすがに最初は動揺もあったが、すぐにこの状況に慣れ、フレンドリーに皆が話しかけてくれる。

 ここの先生は意外と気さくな人が多いのだろう。

 賑やかな時間が過ぎていった。


 先生達への自己紹介が終わった後

 俺は校長から担当のクラスへと行き、自分の紹介をすることを命じられた。

 ついに教え子達との対面の時である。

 一つ気合を入れ直して、教室へ向かおうとするのだが……


 「待ってくれ、伝馬君」

 

 校長に呼び止められる。

 何かと思い、後ろを振り向くと


 「すまないが、彼女と一緒に行ってくれないか?」


 と言われ、校長の横にいる黒髪の綺麗な女性へと視線を向ける。

 どういうことかと、校長に訪ねようとすると

 

 「君の事は先生達には事前に話を入れておいたのだが、生徒にはまったくこのことを知らせてなくてね。まず最初に彼女に説明してもらった方が良いと思うんだよ」

 

 校長いわく、そういうことだった。

 確かにこんな若い奴が、スーツ着て教壇に立ったら間違いなく教室は静まり返る。

 もしくはパニック状態に陥ることは分かり切っていることだろう。

 なので彼女、伊織先生と共に俺は教室へと向かうことになったのだ。



 で、冒頭へと戻るのだが……


 俺は伊織先生に紹介を受けるのを、教室の外で待っている状態である。

 窓越しから伝わる生徒達のざわめき。

 俺の受け持つクラスは2年C組。40名のクラスだ。

 これから俺は、これだけの人数の生徒達を相手にしていかなくてはならない。

 その現実を今、俺は身を持って感じていた。


 「は~い、皆こっち向いて。知っている人も多いと思うけど、このクラスの担任をしていた青木先生は急な転任が決まり、今日から新しい先生がくることになりました」


 その伊織先生の声と共に、クラスのざわめきがより一層大きくなる。


 「伊織先生~。新しい先生は男性? それとも女性?」


 「新しい先生は男性の方ですよ」


 「マジで! だったらカッコいいの、伊織ちゃん的にはどうなの?」


 「若いのかな~、いくつくらいの人だろう?」

 

 様々な質問が飛び交っている。

 生徒達はまだ見ぬ先生の姿に興味津々のご様子だ。

 つうか、期待度が上がりすぎていることに少し不安になる。

 何しろこれから登場するのは、同い年の俺……

 どう転がってもいい方向に向かう気は1ミクロンも感じられない。


 「静かに、静かに。そこら辺の質問はその先生に直接聞いてください。あと、これから起きることは全て現実だから。そのことは注意しておいてね」


 出だしから釘を刺しておいてくれた伊織先生。

 これでどうにかなるとは思えないが、俺に気を使ってくれたのだろう。


 「それでは、伝馬先生。入ってください」


 ついに呼び出しがかかる。

 もうこうなったら覚悟を決めて入るしか道は残されていない。

 一つ、大きな深呼吸をし、勢い良く扉を開いた。


 扉を開くと、その瞬間に40人の視線が俺へと降り注がれる。

 その強烈な視線に緊張が高まるものの、登場した勢いのまま教壇へと向かう。

 チョークを取り出し、震える手をなんとか抑えながら自分の名前を黒板に書く。

 その後、正面へと体を向きなおして


 「今日からこのクラスを受け持つことになりました伝馬和弥と言います。担当する科目は数学。まだ教師になって間もないですが、どうぞよろしくお願いします」


 昨日から準備しておいた台詞を噛むことなく言い終える。

 個人的には満足なスピーチの出来に、充実感を感じる。

 しかし、生徒達は予想通り戸惑いを隠しきれない状況。

 先程までうるさかったのがどこへ行ったのか、そう思うくらいの静けさが漂う。

 その沈黙の中、一人の生徒がおずおずと手をあげる。


 「すいません、伝馬先生。一つ質問が」


 「おっ、何? なんでも聞いて」


 「あの~、先生。年齢はどれくらいか教えて貰っても良いですか?」


 やはり予想してた通りの質問が飛んでくる。

 その質問に対し


 「17歳です」


 正直に答えることにした。

 するとさっきまでの沈黙が嘘のように、騒がしい雰囲気へと変貌する。

 今度は違う生徒が手をあげ


 「17ってことは、先生は俺らと同い年ってこと!?」


 「そうだな。普通なら皆と同じように机に座って、授業受けてたかもな」


 この発言に更に騒がしく、教室はパニック状態に陥る。


 「なんで俺らとタメなのに先生? 訳が分かんねぇ」


 「えっ? なんで、どうして17歳で先生になれるの!?」


 「信じられない。目の前に起きていることが信じられなぁぁあああい!!」


 もう収集が付かない状況だ。

 まぁ、俺からしても同じシチュエーションに置かれれば、間違いなく大騒ぎしているだろう。

 こんな非常識なこと、普通はありえないのだから。

 

 混乱したこの状態は、一緒に来てくれた伊織先生が事情説明し、落ち着かせていく。

 数分後、ようやくその場の異常な雰囲気を停滞させることに成功した。

 そして、やっとのことで出席確認に入ることが出来た。


 「青木」


 「……はい」


 「飯山」


 「はっ、はい!」


 「石田」


 「はい」


 生徒の名前を呼び、声の聞こえた方向へと顔を向ける。

 その生徒の顔をじっと見て、頭の中にインプットしていく。

 やはり先生になったのだ。まずは生徒の顔と名前を覚えなければいけない。

 最初にやるべき大事な先生の仕事である。

 そう思いながら真剣に名前と顔を一致させていくと、ある名前の存在に気付いた。


 

 茅原あすか(ちはらあすか)


 

 一瞬、見間違いかと思うが、何度見直してもそこには茅原あすかと書かれている。

 まさかな、そう思いながら作業を続けていく。

 ついにその茅原あすかまでの名前を言い終わり、その名前を俺は口に出した。


 「茅原」


 反応はない。

 声が小さかったのか? もう一度その名を呼ぶ。


 「茅原」


 またしても反応はなし。

 休みか? と思ったが、今日は全員出席していると伊織先生が言っていた。

 いないというのはあり得ない。

 なので俺は更に大きな声で


 「茅原っ!!」


 「……えっ? あっ、はいぃ!!」


 三回目にしてようやく気付いたのか。

 席から立ち上がり、返事を返す少女の姿が見えた。

 そこにはツインテールの髪型をした、かわいらしい少女の姿……


 昔とは雰囲気も、外見もかなりの変化を遂げてはいた。

 けれども面影はきちんと残っていて……

 やはり間違いではなかったと俺は確信していた。

 しかし、今の俺は先生。ゴホンと一つ咳払いをし

 

 「茅原、返事は元気があって結構だが。立たなくても良いんだぞ」


 あすかに向けて、注意をする。

 その言葉であすかも自分のした行動に気付いたのか。

 顔を真っ赤にして、席に着く。

 その後は、俺に向けて睨むような視線を浴びせ続ける。


 人の目など気にすることなく、ずっと俺の方へ……

 恥をかいたのは、自分のせいだろうが。

 と心の中で思うも、そんな俺の気持ちなど伝わることなく、俺が教室を出るその時まであすかの視線は、俺を外れることはなかったのだった。




 初出勤のためか、授業は明日から担当することになるようで

 今日は身の回りの準備や校舎内の把握などに時間を使うことになった。

 やはり驚くのはこの広い校舎で、場所によってはRPGのダンジョンの様に複雑。

 迷路のような作りに、結局全部回ることができなかった。


 いやね、マジな話。無駄に広いのも考えモノだなと思わずにはいられない。

 そんなこんなしている内に時間は過ぎ去っていき、気付いたら放課後に。

 ある程度用事も済んだ俺は、今日は早く帰りなさいという校長の言葉に甘えて、先に帰らせて貰うことにした。


 一人、校舎を歩き校門へと向かっていく。

 すると、校門の近くに人影が


 「ん? あれは……」


 注意深く眺めると、そこには一人の少女の姿があった。

 壁に体を預け、誰かを待ちわびているような雰囲気が漂っている。

 そんな様子を少し眺めた後、俺は


 「よう、茅原。何そこで突っ立ってんだ?」


 先生と思えないほど、軽い感じで話しかける。

 いきなりのことで少しびっくりしたのか、あすかの体が一瞬揺れる。

 だが俺だと分かった途端、ホッとした様な表情を浮かべた。


 「伝馬……先生かぁ。いきなり話し掛けるから、びっくりしましたよぉ。もう」


 少し怒ったような顔を見せる。でも、俺には分かっていた。

 これは本気では怒っていない顔、少しからかう時に見せる顔だ。

 何度も見た表情。忘れるわけがない。


 「えっと、伝馬先生」


 そんな昔を懐かしんでいると、あすかがこちらに向けて話掛けてくる。


 「どうしたんだ?」


 「あの……あのぉ」


 中々はっきりとした言葉にならない。相変わらずの優柔不断っぷりだ。


 「いいから、はっきり言ってみろ。何か俺に言いたいことがあるんだろ?」


 俺があすかの背中を押す。

 この言葉であすかの何かが吹っ切れたのか


 「聞きたいことがあるんですがぁ!!」


 大きな声で、そんなことを言う。


 「何を聞きたいんだ?」


 俺は飛鳥に問いかける。

 少しの沈黙の時間。覚悟が決まったのか飛鳥は


 「伝馬先生、間違ってたらごめんなさい。でも確認しておきたくて。先生は……先生は、昔私と遊んでくれた。いつか私との再会を約束してくれた、カズちゃんですかぁ?」


 そう俺に向けて言葉をぶつけてくる。

 真剣な少女の表情、でも少し不安そうなその顔。

 あまりにもシリアスな雰囲気に


 「……っははは、あはは!!」


 思わず笑わずにはいられなかった。


 「なっ、なんですか! なんで笑うんですかぁ! 笑うなんて酷いです!」


 あすかの不満の声があがる。確かに笑うのは失礼だろう。

 しかし、どうにもあのあすかが、シリアスな雰囲気を醸し出している。

 それが無性に可笑しくて仕方がない。

 とはいえ、さすがにそろそろ可哀そうだ。

 ここら辺でネタばらしといこう。


 「久しぶりだな、あすか」


 「……えっ?」


 俺は何年か振りに、その名前を呼ぶ。幼なじみである茅原あすかの名前を。

 先程まで顔を真っ赤にして怒っていたあすかが、瞳を大きく見開きこちらを見る。

 

 「本当に……カズちゃんなの? 嘘じゃないよね」


 「あぁ、本当だ。あすかと5年前、再会を約束した伝馬和弥本人だよ。まさかこんな形で約束を果たすとはな」


 俺は昔の様に、あすかの頭を撫でる。

 変わらないあすかの髪の感触、懐かしい気持ちが蘇ってくる。

 

 「あすか……ただいま」


 そして、ずっと言いたかった言葉をあすかへと伝えた。


 「……カズちゃん!」


 その言葉と同時にあすかが駆け寄ってくる。

 そのまま体当たりするようにくっつき、俺の体を抱きしめてきた。


 「おい、あすか! これはヤバい。つうか俺、教師だから!」


 そんなことを言うが、あすかに聞こえる訳もなく、更に強く抱きしめてくる。


 「あ、うわぁ、カズっ……カズちゃん! カズちゃん! すごく寂しかった。すごく逢いたかったんだからぁ!」


 泣いているのか少し上ずったようなあすかの声。

 こうなったらどうにもならない。あすかが満足するまで俺は大人しく待つだけだ。

 

 だけど、こうやってあすかと再会することになるとは……

 俺は故郷に帰って来たんだなと改めて実感する。

 少し感慨深い気持ちになる俺なのであった。 

 

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