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 家から徒歩で十分。匠達が通う高校は、小高い丘の上にある。

 校舎の前は緩やかな坂で、直線に伸びた道は広い。車三台は余裕で行き来出来そうな道の左右を民家が連なっている。

 民家と道路の間には歩行者通路がひかれ、植えられた並木が、五月の日差しを柔らかなものへ変えてくれている。

 降りそそぐ木漏れ日に背中を温められながら校門を抜けると、二人は校舎へ入った。

 朝の廊下は本当に賑やかだ。挨拶が飛び交い、開かれた教室からは時折笑い声も聞こえる。

 匠も顔見しりに声をかけられれば挨拶を返し、ちょこちょこと隣を歩く雫に歩調を合わせて階段を上がる。

 二階の踊り場から進行方向は左。入る教室は一年二組。そこが匠達のクラスだった。

 敷居に頭をぶつけないように屈んで教室へ入ると、すぐに声が飛んでくる。

「おはよう、今日も夫婦で登校かい? 実に仲良きことは美しきかな、だな」

 匠の友達、斉藤正義さいとうまさよしだ。

 眼鏡をかけた顔は整っており、頭の出来もいいのだが、その性格は少々どころじゃなく難ありで、一癖ある。こうやって性質の悪い冗談を言うくらいには。

 匠は自分の席にどっかり腰を下ろすと、背負っていたリュックを下ろし、近づいてきた正義に呆れた目を向けた。

「オレ達がそういう関係じゃねぇって知ってんだろうが? その上で言うかそれ?」

「おやおや、癪に触ったかい? それならば謝罪の一つくらいしようか」

「いらねぇよ。なんだその上から目線はっ」

 明らさまに目の奥が笑っている正義に噛みついても、その笑みは深まるばかりだ。

「すまないね、そんなつもりはなかったんだが。僕の滲み出る気品が、君にはそのように受け止められてしまったようだ。しかしながら言わせてもらうなら、高校二年で異性の幼馴染と付き合いがあるのは珍しいからね、ついついかまいたくなるんだよ。これも友情表現の一種と受け止めてくれたまえ」

「どーこが友情だぁ? 相っ変わらず捻くれてんな。素直な心をどこで落としてきた? 今すぐ拾って来いや」

「残念。生憎と持って生まれた覚えもないね。きっと母の腹にでも忘れて来たんだろう」

「いっそ、生まれ直して来い!」

 びしりと突っ込むと、背後で笑い声が上がる。振り向けば、雫がほわほわ笑って立っていた。

「二人とも仲良しだねー。私も入れてほしいなぁ」

 正面に回った雫は机に両手をついて、にこにこしながら子供みたいなことを言う。

「十六の野郎二人つかまえて仲良しもなにもねーよ。気色悪い」

「辛辣だな、匠。まぁ、君は照れ屋だから仕方ないか」

「照れてねぇよ!」

 わかっているくせに悪質な絡み方をしてくる正義にまたしても突っ込む。どうもこの二人のせいで突っ込みの腕ばかりが上がっている気がする。どうせなら、学力の一つでも上がればいいものを、そっちは空っきしだ。

「お・は・よ、匠クン」

 甘い声を耳に吹き込まれるのと同時に、背中に押し付けられた柔らかな感触。

抱き付かれたと気付いた匠は慌てて首に回った細い手を振り払う。

「てめっ、松崎!」

 そうして凄みながら振り向けば、そこにはスタイル抜群の女──松崎美鈴まつざきみすずが悪戯な顔で笑っていた。

 泣きぼくろが色っぽいこのクラスメイトは、出るとこが出ているナイスバディの持ち主で、男子の間では女神扱いされているフェロモンたっぷりの女だ。

 雫と比べると、同い年なのかと本気で聞きたくなるほど、大人の色気を振り撒く美鈴を、匠は三白眼を釣り上げて睨む。

「お前、破廉恥極りねぇよ。オレはお前の男じゃねぇんだから、気やすく抱き付くのは止めろって」

「えー? 女として自覚してるから、あんたに抱きついたのよ? だって、あたしあんたが好きなんだもの。だ・か・らそんな怖い顔しないでよ、匠クン」

「あのなぁ……何度も言ってるだろ? お前と付き合う気はねぇんだよ」

「だからあたしも何度も言ってるでしょ? あんたがその気になるまで待つってね」

 押しが強い美鈴は、高校生活初日、顔を合わせたその瞬間に告白してきた強者だ。その時も断ったのだが、なかなか諦めてくれないので、正直困っている。

「悪いことは言わないぜ、オレを待つより他を探せよ。オレに女は必要ねぇの。今はこいつの世話で手いっぱいだからな」

「わっ、た、匠くん……っ」

 美鈴が来るまでは笑っていたのに、今は借りてきた猫のように大人しく親しくしている雫の手を引っ張ると、簡単にその身体が腕に飛び込んできた。

 基本的に雫は、女子の前でだけ人見しりの気が出る。いつからそうなのか覚えていないが、傍でほわほわ笑っていた雫が大人しくなるのは、いつだって女子が居る時なのだ。

 それにしても軽い身体だ。しげしげと見降ろすと、髪の間から見えた耳が紅くなってきた。めったにしないスキンシップに照れているのだろう。面白くなって、ついでにぎゅっと抱きしめてやると、腕の中で無駄な抵抗を始める。

「弱っわいパンチだな。こんな力じゃ俺には到底勝てないぜ、雫」

「酷いよ、匠くん! 私子供じゃないよ!」

 両手を片手で拘束してやると、雫はむくれた顔で抵抗を諦めた。不満一杯顔で睨まれても赤いから迫力もなにもない。

 美鈴がにっこりと笑う。

「そんな扱いしちゃ、東堂さんが可哀そうよ。いくら子供っぽくても女の子なんだから」

「……子供っぽい…………」

 雫がショックを受けたように俯く。拘束を解いてやると、しょんぼりした様子で、しゃがみこむ。そうすると小さな彼女がますます小さくなる。

「あら、別に嫌味じゃないのよ? 小さくて可愛いし、アタシは無駄に身長が高いから羨ましいくらい」

 そう言いつつも、美鈴はそれほどコンプレックスを持っているようには感じない。おそらく自分の欠点でさえ長所に変える強さがあるのだろう。その奇麗な笑顔には、自分に自信があるもの特有の傲慢さが透けて見える。しかし、その自信過剰一歩手前の傲慢さが、周囲に魅力的に映るのは、嫌味のない人柄のせいだろう。

 だから匠も押しの強さに困ることはあっても、それにうんざりすることはない。彼女のストレートな物言いや態度は、むしろ好ましいものだ。……だからと言って、付き合うのは勘弁だが。

 そこで、面白そうな表情を隠しもせずに傍観へ周っていた正義が、唐突に口を開く。

「むっ、そろそろチャイムが鳴る。僕は一足先に戻るとしよう。後は若い三人で楽しく話すがいいよ」

「お前は見合いの仲介人か。大体後五分でなにを話せってんだよ。戻れ戻れさっさと戻れ。そんで二度と来るな!」

「照れるなよ。僕の親友はまったく照れ屋で可愛いねぇ」

「誰がだ、気色悪いっ!」

 総毛立った匠が顔を顰めて腕を擦ると、正義は肩を竦めたうえに笑みまで残し戻っていく。嫌がらせか、まったくなんて奴だ。

「それじゃあアタシも一時撤退するわ。またね、匠クン」 

 鳥肌の消えない腕をがしがし擦っていると、色気のある流し目をした美鈴が離れていく。

 最後に、しゃがんでいた雫がゆっくりと立ち上がる。

「……私も、戻るね」

 よほどショックが大きなかったのか影を背負った雫が力なく笑う。

 匠は椅子に座っているせいで少しばかり上にある彼女の頭を、慰めるように撫でてやる。また子供扱いするなと怒るかと思ったのに、その様子もない。これは重症だ。

「あー、あれだ。お前はそれで丁度いいんだよ。だから、背のことは気にすんな?」

「うん、ありがとう……」

 匠なりにフォローしたつもりだが、どうも上手い言葉が見つからなかった。それでも雫が少しだけ浮上した様子を見せたので良しとする。

 へにゃりと笑う雫の頭を最後にぽんと一つ叩いて送り出す。遠ざかる背中に、知らずボヤキが口をついて出た。

「……まったく、手のかかる妹だぜ」

 しかしその声には、苦笑と呼ぶには隠せない温かさが滲んでいた。



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