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 幼い頃に交わした約束を、キミは覚えていますか?



 幼稚園の砂場で一緒に山を作り、トンネルを掘る二人の園児。

『しーちゃん、しーちゃん』

『なぁに、たっくん?』

『あのね、おおきくなったら、ボクをおよめさんにもらってくれる?』

『およめさんってなぁに?』

『おおきくなるとけっこんするために、およめさんをもらうんだって。そうすると、ずっといっしょにいられるんだよ』

『ずっといっしょ?』

『うん。ボク、しーちゃんとずっといっしょにいたいから、およめさんにもらってほしい』

『わかった。じゃあ、おおきくなったら、しずくがたっくんをおよめさんにするね!』

 貫通したトンネルの中で幼い二人は手を繋ぐ。そうしてにっこりと笑い合う。

『約束だよ!』

『うん。約束!』

 それは幼い二人の、無邪気な約束だった。 

 




 カーテン越しに、朝の日差しが差し込む部屋。

 ベットの大きな盛り上がりは、規則正しく上下していた。

 部屋の住人が平穏な眠りを貪っている中、ドアがゆっくりと開く。

 入ってきたのは、制服姿の少女だった。肩につく茶色かかった黒髪はくせっ毛なのか、緩いウェーブを描き、明るい瞳と丸みの抜けきらない頬は彼女の幼さを現している。

 少女は起きる気配のない住人に悪戯な笑みを浮かべると、忍び足でベットに近寄った。

 そして、大きくジャンプする。

「おっきろーっ!」

「ぐはっ!?」

 腹の上に乗られた住人が、低く悲鳴を上げた。

 それにも関わらず、少女は楽しそうに布団を揺らす。

「たっくん、朝だよ? 起きてー?」

「馬鹿、揺らすな……っ。起きた、起きたからオレの上からどけ、しずく!!」

 掠れた怒声に、少女は大人しくベットから降りた。

 すると、布団を捲って、ため息をついた少年が姿を現す。

 寝癖のついた短髪は黒く、眠そうな目は三白眼。よく引き締まった上半身は裸だ。

 少女はそれを目にしながら、恥ずかしがる様子もない。ただ、にこにこしながら、朝の挨拶をする。

「おはよう、たっくん。裸んぼで寒くない?」

「寒くねぇ。つーか、たっくんって呼ぶな」

「なんで? たっくんはたっくんでしょ? たっくんも昔みたいに、しーちゃんって呼んでいいよ?」

「呼ばねぇよ! つーか、とりあえず出てけ。着替えらんねぇだろ」

「うん? 別にこのまま着替えてもいいよ?」

 少女がきょとりと首を傾げる。その戸惑いもない反応に、たっくんこと、相良匠さがらたくみは深くため息を吐いた。

「いや、そこは恥じらいを持てよ。ったく、恥女かよ」

「……へっへっへ、たっくんの着替えを見てやるゼェー、とか言った方がいい?」

 僅かな沈黙の後、惚けた顔でとんでもないことを言い出した少女に、匠は思いっきり突っ込んだ。

「言わんでいいわ! どこの変態だ」

「あははっ、冗談だよ」

「お前だって一応女だろうが。簡単に男の部屋に入ったりするな。いいから、ほら出てろ!」

「はーい。早く来てね?」

 ぽやんと笑って彼女が出て行くと、匠はようやく安堵した。年を重ねるごとに少女は天然さには拍車がかかっている気がする。

 少女─東堂雫とうどうしずくと匠は、幼稚園から現在に至るまでずっと一緒に育ってきた幼馴染だ。

 雫は昔からぽやぽやした性格で、幼い頃はお菓子に釣られて知らないおっさんに付いて行こうとしたり、迷子になったあげくに知らないあんちゃんに誘拐されそうになったりと、とにかくハラハラさせられることが多かった。

 幼い頃の匠は、そんな彼女のナイトだった。いや、ナイト気取りだったと言った方が正しい。二人はどこへ行くにもいつも一緒で、匠はよく『雫はボクが守らないと』と思っていた。今となれば、赤面ものの記憶だ。 

 雫は今も相変わらずぽやぽやしているが、匠は幼い頃と比べて随分変わった。

 身体が大きくなっただけではなく、心境的にも変化はあった。もっとも、むしろ変わらない人間の方が珍しいのだろうが。

 ──あれから十二年。二人は高校一年になっていた。




 

 家が隣ということもあり、匠と雫は毎朝一緒に登校している。

 匠は上機嫌に隣を歩く雫を見ながら、一つ欠伸をした。

「あー、眠ぃ」

「たっくん、またゲームで夜更かししたの?」

「まーな。セーブポイント探してたら、一時越えてた」

「あんまりやりすぎて、体調崩さないようにね?」

「わかってる。そこまで馬鹿じゃねぇよ」

 心配そうな顔をする雫の頭を軽く叩いて、匠はまたも出そうになった欠伸をかみ殺す。

「たっくん、たっくん。あのね、駅の近くにクレープ屋さんの出店が出来たんだって。今日の帰りに食べに行こうよ」

「クレープなぁ……」

「あっ、大丈夫だよ? ちゃんと、たっくんが食べれる奴もあるからね? ツナとか卵とか、サラダクレープもあるみたい」

 返事を渋ったからか、雫が慌てて付け足す。匠は甘いものが得意ではないのだ。

 ──それが原因じゃないんだけどな……。

 いつも雫は匠を誘う。別にそれが嫌なわけではないが、雫には遊びに誘う友達がいないのかと、たまに心配になる。

 匠にとって雫は妹のようなものだ。だから、幼い頃と変わらずに純粋な彼女を守ってやりたい、そう思う気持ちはある。

 だが、このままではいけないとも思うのだ。雫の世界は狭過ぎる。彼女のためを考えるなら、もう少し距離を置いて付き合うべきなのかもしれない。──幼馴染と言っても、ずっと一緒というわけにはいかないのだから。

 ちらりと隣を見ると、答えを待つ雫が、子犬のような円らな瞳をしていた。思わずうっと詰まりそうになる。匠は昔からこの目に弱いのだ。

 そこですんなり頷きそうになった自分をぐっと堪え、あえて条件をつけてみる。

「お前がたっくんて呼ぶの止めるなら、一緒に行ってやるよ」

「じゃあ、なんて呼べばいいの? 相良くん? 匠くん? それとも、さーちゃん、とか? たーくん?」

「さーちゃんだぁ? 馬鹿か、余計に酷くなってどうすんだよ。普通に匠でいい」

「じゃあ、匠くんだね?」

「あ、あぁ……」

 嬉しそうに笑う雫が名前を呼んだ瞬間、心臓が大きく跳ねた。なんだか、物凄く気恥ずかしい。

 たかだか名前を呼んだだけ。それなのにこうも動揺した自分が情けなくて、匠は熱くなった顔を隠すように逸らした。

 なにも気付いていない雫は、にこにこと笑って何度も匠の名を繰り返し呼ぶ。

「匠くん、匠くん……ふふっ、なんだかちょっと恥ずかしいけど、嬉しいなぁ。ねぇねぇ、二人とも大人になったみたいだね?」

「呼び方一つで大人になんかなるかよ。そんなこと言ってる内は、お前はまだまだお子様だ」

「ぶーっ、同い年なのに、たっくん酷いっ!」

「ほら、また戻ってるぞ。やっぱお子様にはまだ早かったか?」

「早くないもん。見てて、すぐに慣れるからね!」

「へーへー、せいぜい頑張れよ」

 匠は気のない振りをして、さっさと先を歩き出す。

 だから、気づかなかった。

 彼女の目がほんの少し、揺れていたことに。


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